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五話

「暗い空気にさせちゃってごめんね。琴里が僕のために歌を歌ってくれたから、次は僕の番だね」


「え?」


「琴里みたいに綺麗な声は出せないけどね。他のクラスメートにはヒミツだよ」


「っ……うん」


 指を口に近付け、立てる。その姿があまりにも妖艶で、私は目を離せなかった。


「〜♪」


「……綺麗」


 透き通るような声。地声からも優しい声色で話すたびにドキドキしてたけど、歌声はさらに橘くんの魅力を引き立てる。


「橘くん、私なんかよりも上手いよ!」


「僕からしたら琴里のほうが上手だよ。良かったらさ、一緒に歌わない?」


「うんっ!」


 最初からそのつもりだったのか、橘くんは私が知ってる曲を歌っていた。二人の歌声が音楽室を包み込む。橘くんの声は私よりも天使の歌声で、いつまでも聴いていたいと思う声だった。


「ふぅ……。いっぱい歌ったね!」


「琴里と歌えて楽しかった。また一つ思い出が出来たよ。ありがとう琴里」


「私こそありがとう。橘くんと音楽の授業を一緒に受けてるみたいで私もすごく楽しかった!」


「言われてみればたしかにそうだね。授業ってこんな感じなのかな? いい経験が出来たよ」


「良かった。他のことも私と一緒にしよう? そしたら学校生活がもっと充実したものになるし、思い出もいっぱい出来るよ」


「それはいいね。明日からも一緒に思い出作りしてくれる?」


「もちろん!」


 私が昼に授業を受けているような、似た体験を二人でするように約束をした。思い出作りをすると話したものの、具体的にどうするか決まっていなかったから。

 学校にいれば二人でも出来ることは多い。一人では出来なくても二人なら叶う。青春とはそういうもの。


 次の日から私たちは思い出作りをした。もちろん、橘くんの体調を考慮した上で無理はしない程度に、だ。あるときはスマホでツーショットを撮ったり、ある時は体育館でボール遊びをしてみたり、またある日は黒板にお絵描きをしてみたりと。毎日が夢のように楽しかった。


 何気ない日常を過ごしていく内に橘くんの身体は平気なんじゃないかって、そう勘違いしてしまったんだ。それは忘れてはいけなかったのに。


「橘くん。今日も来た……」


「……っ、ゲホッ」


「!?」


 私はバッと橘くんから見えない位置に隠れてしまった。隠れる必要なんてなかったのに、反射的に姿をかくしてしまった。


「ゲホッゲホッ!!」


「……」


 あれは血……!? 橘くんの手を見ると、そこにはたしかに血を吐いたあとがあった。やっぱり無理をさせてしまったんだ。私が調子に乗ってボール遊びをしたいとか言ったから。病気の身体に運動はキツかったよね。


 今までは普通に過ごしていたけど、橘くんの病気は良くなるどころか日に日に悪化してる気がする。病気は少しずつ、橘くんの身体を蝕んでいるんだ。


 私がもし医者だったら橘くんの病気を今すぐ治すことが出来たのかな? 私はなんて非力なんだろう。橘くんの隣にいるはずなのに、何も出来ないなんて。


 仮とはいえ、私は橘くんの恋人なのに……。助けてあげたい。楽にさせてあげたい。どうか神様、橘くんを連れて行かないでください。橘くんの病状が少しでも落ち着きますように。今の私には祈るだけしか出来なかった。


「橘くん、大丈夫!?」


 私は隠れている罪悪感に苛まれ、橘くんの前に姿を現した。


「琴、里……。今日も来てくれてありがとう。ごめんね、なんでもないんだ」


「なんでもないってことないでしょ!?」


 顔は真っ青だし身体も冷たい。


「保健室に行こう。私が連れて行ってあげる」


「うん。今は琴里の指示に従うよ」


 橘くんの身体を支えながら保健室に足を進めた。こんな状態なのに橘くんはそれでも学校に来るのは何故なのか。


「橘くん。病院とかに行かなくていいの? 入院とかしたら治るんじゃ……」


「今の現代医学で僕の病を治せる人はいない。それに入院は僕が拒否してるから」


「どうして?」


「入院なんかしたら琴里に会えなくなるから」


「そんなことで……」


「僕にとってはそんなことじゃないんだ」


 力強い目をして私を見てくる橘くん。


「僕は死ぬ直前まで思い出を作りたい。死ぬときが病院のベッドなんて死んでもごめんだ」


「橘くん。私が間違ってたよ、ごめんね」


「琴里が謝る必要なんてないよ。でも、琴里なら僕の気持ちをわかってくれるって思ってた」


「うん……」


 前に言ってくれたもんね? 後悔ない人生を送りたいって。だったら付き合うよ。橘くんが消えてしまう、最後の一秒まで。

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