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三話

「死ぬのが怖くないって聞いたよね?」


「う、うん」


「死は誰にでも平等に訪れる。だからそれが早いか遅いかの違いだよ」


「それはっ……」


 そうかもしれないけど。橘くんの余命宣告はあまりにも早すぎる。


「でも僕はこの病気になって良かったと思ってる」


「どうして?」


「だって、こうして葉花さんと出会えた」


「それだけ?」


「僕には十分すぎるくらい嬉しいサプライズさ。神さまはきっと今日この日に葉花さんと出会う奇跡を起こすために僕を病気にしたんだと思う」


「……橘くん」


「せっかく思い出を作るならさ? 楽しいことだけじゃなくて、キツいことや悲しいことも体験するべきかも」


「それはだめっ!」


 私は思わず止めてしまった。反射的に手が伸びた。橘くんの手は思ったより冷たかった。だけど大きくてかたい。その手は橘くんを嫌でも異性として意識してしまう。


「琴里、どうしたの?」


「な、なんでもない」


「聞きたいな。琴里が止めた理由。恋人だからこそ琴里のことをもっと知りたいんだ」


「怒らない?」


「僕はそんな簡単に怒ったりしないよ」


「それなら……」


 私は重い口を開きながら、簡潔に過去のことを話した。辛い記憶は私にとって思い出したくもないトラウマということを。だから橘くんには死ぬ前まで楽しい思い出だけを作って生きてほしいという私の思いを伝えた。


「そっか。それは悲しかったね」


「うん……」


 橘くんはそういって優しく頭を撫でてくれた。まるで親が子をなぐさめるみたいだ。


「僕はね? 悲しい思い出もトラウマもいつかは自分の成長に繋がると思ってるんだ」


「もし、トラウマで立ち止まりそうになったら? 辛い記憶を思い出して心が壊れそうになったときは? その時はどうするの?」


「そのときは立ち止まる」


「え?」


「なにも前に進むことが全てじゃない。人は時に立ち止まってもいいし、休んでもいい」


「その間に他の子に追い抜かれちゃうよ!」


「焦る気持ちはわかるよ。でも、それはその子のペース。自分がキツくて心が折れそうになったときは無理しなくていい」


「……」


「自分が頑張りたいと思ったときに再び前に進むことが出来るから。悲しい記憶や思い出を体験するからこそ人は成長するんだと僕は思う」


 橘くんの言葉を最後まで聞き終わると、私は涙を流していた。それも無意識だった。


「琴里、悲しませちゃってごめんね。こんな話、今の琴里にはツラいだけだよね」


「ううん、違うの」


「えっ?」


「私、橘くんみたいな考え方、思いつきもしなかったから。私は勉強が苦手で、でも必死に皆に追いつこうとして無理してた。過去のトラウマだって、ちゃんと向き合えば未来には、いい思い出として誰かに話せるのにな、って」


「琴里……」


「ありがとう橘くん。前に進むためのアドバイスをくれて」


「どういたしまして。僕は琴里に生きる勇気をもらったから、これはお返しになるのかな?」


「そうかもっ」


「ははっ」


「ふふっ」


 不思議だ。橘くんとは今日会ったばかりなのに。お互いに励まし合う。これが恋人ってものなのかな? 昔の彼もこんな感じだったのかな。今なら彼が彼女を大切にしてる理由が少しだけわかった気がした。


 私たちは屋上で星を見ながら笑い合う。そして、私が「そろそろ家に帰るね」と言い出すと、「また明日も来てくれる?」と悲しそうな顔を浮かべながら橘くんはそう言った。


「橘くんは家に帰らなくていいの?」


「僕は保健室で寝てるんだ。家に帰ると、こんな自由に出来ないから」


「そう、なんだ」


 訳ありなのは、その一言でわかった。これはさすがに深掘りしたらいけないやつだ。


「琴里は気にしなくていいよ。やらないといけないプリントがあるんだよね?」


「ごめん」


「どうして琴里が謝るの?」


「私は橘くんの恋人なのにずっと一緒にいられないのがなんだか申し訳なくて……」


「僕は会えない時間も琴里のことを考える。明日は何をしようかな? って。離れてる時間も恋人のことを想っていられるなんて僕は幸せ者だよ」


「帰ったら私も橘くんのこと考える」


「ありがとう」


 何を必死になっているんだろう? 自分でもわからないうちに橘くんに惹かれている。ほんの数時間でここまで好きになってしまうのは橘くんにそれだけ魅力があるから。


「明日も今日と同じ時間に来るね。それで明日も思い出を作ろう」


「うん、楽しみにしてる」


 私たちは約束の指切りをし、私は帰路へと着いた。真夜中の教室。私は名前も知らないクラスメート、橘くんと出会い、その日の内に仮の恋人となった。私は橘くんが死ぬまで一緒にいると決めた。思い出を共に作るために。

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