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ふと目を開けると白い場所にいた。
先刻まで薄汚れていた肌は母のように白く見えるし、なくなった腹は元のように薄く噛み傷を残して収まっていた。
「目が覚めたかい」
聞き慣れないのにどことなく懐かしい声に顔を上げる。頭上には母よりも白い肌と髪をした男がいた。
「あんた、誰」
そう問うと、男は心外だとでも言うように目を丸くし、肩をすくめた。
「君が、相まみえることを願ってやまなかった神様だよ!」
自称が激しい。別に祈りの言葉、死んで会いたいよみたいな文章、は母に言わされていただけであって、甚だしい尊敬の念とか殉教の覚悟とか何も持ち合わせていない。私の反応にいくらかの衝撃を受けたのか、自称神は地に崩れ落ちた。
「違う!なんか思ってたのと違う!」
などと勝手なことに嘆き出した。別に期待なんて望んでいないし、祈りの言葉に則って言うならば神にあっているということは死んだということなのだから早く休ませてほしい。
「なんかもっとこう、掃き溜めの中の天使みたいなの想像してたのに!」
「当事者の前で掃き溜めなんてやめてよ。」
「なんか当然のようにタメ口!」
よよよ、と崩れ落ちる神。話の進展が見込めないのでそこに自分から切り出す。
「私は死んでいる?」
神は、顔を上げ、呆けた顔で返答する。
「まあ、あの状況じゃ器は壊れてる。精神としての君は生きてるけどね。」
肉体と精神の分離、祈りの言葉にあったとおりだ。
そこから長い神様の愚痴が始まった。
曰く、暇で暇で仕方がないのでこの世界を造ってみたのに誰も彼も自分のとこで精一杯で構ってくれない。
曰く、天災を起こして存在を主張したら認知されたけど逆に恐れられて誰も遊んでくれない。
曰く、権力者に天上の楽しい生活を夢に見させて告知しようとしたら皆こぞって天へ届こうと自害して効果がなかった。
曰く、最近は神の力を悪用する呪いが蔓延し自分が愛情として振りまいた力が吸い取られて世界がカツカツだ。
曰く、死人まで出る始末で私の死に方は特にひどかったから一度助けてやろう、などなど。創世の初期の話などついていけるわけもなく、ここでは割愛する。
それにしてもひどい死に方ってなんだ。掃き溜めに生きているって思ってるなら最初に助けてよ。本当に無敵な存在である。そのくせ自分はそれを棚に上げて私には今回命を救う代わりに呪いで地から吸い取られた力を回収してほしいだのと宣う。
ここで一つ訂正を入れておこう。
「なんだか私が生き続けたいという前提のもとで話が進んでいるようだけど。」
「エッ」
肩が揺れる。
「そんな!頼むよ!僕には君しかいない!」
「貴方には私しか手札がないと?」
「僕の息子を助けてほしいんだ!」
「自分の力でどうにか、」
「その力が今僕にはない。でも君には余りあるほど蓄えられている。その力があれば、他の呪いの力を吸い込んで僕に還元することができる。」
「なぜ私に?」
「幼若期からあれほどの呪いを蓄えれば自然と耐性が生まれる。それに合う条件の個体はなかなか生まれないし、その環境に耐えることができるほど強いとも限らない。」
「利用するつもりならあなたを利用させてよ。自分ばかり得するなんて卑怯。」
「そうは言っても僕は神だ。君は僕に逆らえない。」
人間よりおおよそ人間らしい神は、時として僅かな神の力を振りかざす。そう、僅かな神の力など怖くはないのだ、と自分に言い聞かせる。
「貴方が私を生かし続けるなら、私は貴方が力尽きるまで自害し続ける。それが嫌なら、」
「もうこれは決定された。さあ、行け、僕の命の元に。」