ある日記によって暴かれた真実と、その後日談
レティ·フィメールという令嬢は、平民上がりの男爵令嬢である。
そんな令嬢が、風邪をこじらせて死んでしまったらしい。体の弱い令嬢だったかと皆疑問に思ったが、男爵は何も語らなかったし、その冬の大雪によって、直ぐに皆の頭からは忘れ去られた。
だが、彼女にお熱を上げていた王太子はそんな曖昧な終わりを許さなかった。
「レティの部屋を見させてくれ」
そう言ってズカズカと男爵家に乗り込んできた。男爵は何も言わず、メイド達も黙って王太子を見るだけ。そこに一抹の違和感を感じながらも、王太子は部屋を全部ひっくり返した。さっきまで整えられていた部屋が、無惨な姿になっていく。暫く、そうやって探していると、ある物の前で王太子の動きが止まった。
それは、一冊の日記帳だった。レティと書いてある。好奇心に駆られて開くと、彼女が入学した今年の四月から日記はつけられていた。
4月20日
王太子という方に触られ、不快だった。
「なーー!?」
それは記念すべき入学式での二人の出会いだったはずだ。なのに『不快』だと書かれていて王太子は驚愕した。
慌てて日記を読み進める。
5月2日
王太子は婚約者とはただの政略結婚だから心配するなと全く意味不明なことを仰った。
5月16日
初めてあった婚約者ーーレミーエ様はとても私に優しくしてくださった。
5月24日
レミーエ様と一緒にお茶会に出た。レミーエ様のおかげで色んな方と楽しくできていたけど、王太子のせいでその会場から連れ出されてしまった。
「それは、レティが困ってるのだと思って……」
誰に向けての言葉か不明なまま、王太子は声を出す。自分が見てきたレティと日記の中のレティとの差に動揺が止まらない。
6月27日
王太子にきすをされた。その後、気持ち悪くて何度も口をゆすぐ私に、レミーエ様が声をかけてくださった。申し訳なく思いつつも王太子との事を話すと、自分の事のように謝ってくださった。
カタカタと、読む手が震える。7月も8月も9月も、似たような事が書き連ねてあった。王太子になにかされ、それを不快に思ったレティが段々とレミーエと心を通わせていく。どうしてだ、と王太子は呻いた。自分の中では、悪は自分の婚約者であるレミーエだったはずだ。王太子に寵愛されるレティに嫉妬し、レミーエを虐めていると。だが実際はどうだ。レティから疎まれていたのは王太子で、好かれていたのはレミーエだった。
もう1ページ、めくった。
10月15日
夜会で、王太子がレミーエ様との婚約を破棄し、私と新しく婚約を結ぶと宣言した。それだけでは飽き足らず、レミーエ様が私を虐めたと言い出し、レミーエ様を死刑にすることにした。
「レティだって、否定しなかったじゃないか……!」
見当外れの怒りで王太子は顔を真っ赤に染める。それに、王太子の父、つまりは陛下も死刑に反対しなかった。だからこそ、自分はやはり間違えていなかったのだと思ったのに何なんだ、と毒づいた。
11月26日
今日はレミーエ様の処刑日。大広間で彼女は首吊りの刑に処された。その顔は、泣きたくなるほど穏やかだった。
私のせいだ
■■■■■■■■■■■■■■■(書いた後真っ黒に塗りつぶされていて解読不能)
私のせいだ 私のせいだ 私のせいだ 私のせいだ 私のせいだ 私のせいだ 私のせいだ 私■せ■だ 私■せいだ………………|(段々字が乱雑になっていく)
これから先は、何も書かれていない。ただ空白のページがあるだけ。そして、日記の途切れた26日は、彼女が病死したと言われた日だった。つまりは、彼女は本当は病死等ではなく、自殺でもしたのだろう。
「俺の、せいだ……」
愛する人が死んだのは。
嘆き悲しむ王太子に、男爵が近づいた。
「あの子は、とてもいい子でした」
「……そうだな」
ゆっくり頷いた王太子は、目をつぶって懺悔をした。
ーーーそして、男爵に背中を切られた。
「えっ」
何度も、何度も刺される。皮膚が焼け落ちていくような苦痛が体中に広がった。
「あの子とは、利害が一致しただけの関係だった。だけどあの子は間違いなく、私の、そして今は亡き妻の娘のような子です。そんな娘の願いを、私は叶えてみせよう」
男爵が何かを言っている。だけどその言葉も王太子は理解できないほどに痛みに侵食されていた。
暫くして事切れたあと、男爵はため息をついた。
「護衛もつけずに此処に来た。その時点で王家からも見放されたと何故わからない。これだからバカは嫌いなんだ」
こうして、王太子は死んだ。
◇◇◇
そのニュースは世事に疎い村にも届く程だった。多額の報酬が入り何時もならドクダミ茶の所をアップルティーにしたものを、レラティミラリーは啜りながら新聞を読む。最近どの新聞を買っても王太子が殺された事件で持ってかれている。だがどの新聞記者も的外れな事しか書いていなくて、レラティミラリーは嘲笑した。
そう、彼女こそ件の令嬢ーーレティである。彼女の本業は魔女であった。対価と引き換えに、どんな願いだって叶える魔女。彼女は大魔女と呼ばれるほどの力はあったが、普通の魔女の仕事に辟易してこんな『何でも屋』の様な真似をしている。
優雅にアップルティーを飲むレラティミラリーにとてとてと陽気な音を立てて少女が近づいてきた。
「レティ! タルトが焼けましたよ」
「やった。レミーエの焼くタルトが私は一等好きなんだ」
嬉しそうに笑うのは、先日死んだはずのレミーエ。
何故、レミーエとレティは生きているのか。それは至極簡単な事である。
レラティミラリーに依頼をしたのは、レミーエであった。
「もう、王太子に振り回されるのは嫌」
それが彼女の依頼内容であった。その時のレミーエの黒く淀んだ瞳を、レラティミラリーはよく覚えている。
当初はよく分からなかったが、レティとなって学園で生活するうちにその理由がわかった。
レミーエは、あまりにも完璧を求められすぎたのだ。
外国語は5ヶ国語習得は当たり前。食事は一枚の絵画のように。何時も笑ってたおやかでいて、私的な感情に振り回されるなんてあってはならない。王太子を導きながらも、自分は一歩引いておく。
そしてそれをレミーエの『当たり前』とする。死にものぐるいの努力を要しながら、それでいて褒美は与えない。少し令嬢暮らしをしただけのレラティミラリーでも分かった。彼女は人としての扱いを受けて居ないのだと。そしてちょっぴり親近感を覚えた。魔女の力を持つが故に、人と同列とはみなしてもらえない自分と。
そんなレラティミラリーが立てた作戦はこうだ。まずレラティミラリーが令嬢·レティとなり学園に入る。そして王太子に好かれ、レミーエに不快感を覚えるように仕向け、国外追放になるようにする。
この作戦、書き出してみると簡単だが、所々に難所があった。まず、自分を一時的な令嬢として受け入れてくれる所を探さなければならない。そうしてレラティミラリーが探している時、フィメール男爵家が見つかった。かの家では妻を早くに亡くし、それから独身を貫いているらしい。そして男爵の口癖は「子供が欲しかった」らしい。これは好都合、とレラティミラリーは意気揚々と乗り込んだ。
そして、男爵のあまりにも知的な様に、これは真実を話した方が楽そうだと判断して、一つの交渉を持ちかけた。
レラティミラリーは、
『男爵令嬢として自分を養子にとって欲しい』
男爵からは、
『自分の娘の様なものになって欲しい』
というものだった。その関係は、今も尚続いている。
そして次に困ったのは、王太子好みの女の子になることだった。悩んだ末に、今国で話題の恋愛小説のヒロインに似せたのだが、勿論そんな小説読んだことがあるはずもない王太子は簡単に恋に落ちた。今までは、そんなに真面目に恋愛小説を読んだことがなかったが、レラティミラリーはこれを機に、その見方を改めることとなった。
最後は、王太子にどうやってザマァしようか、である。別に依頼内容に含まれてはいないのだが、人生に遊び心は必要だとレラティミラリーは思う。悩んだ末に思いついたのは、王太子にやられたことに対しての不満を日記にしたためる、であった。恋した女の子にこうも拒絶されたと知ったら、普通の男は死にたくもなるだろう。だけど弱いな、と思っていると、
「では、そこで私が王太子を殺しましょう」
この作戦を聞いた男爵がそう言ってきた。魔女にとって、人の子の命など羽のように軽い。だが、曲がりなりにも一国の王太子にそんな事をしてお咎めは無いのかと訝しんでしまう。そんなレラティミラリーの様子に気づいたのか、男爵はニコ、と笑った。
「王太子の下の子のほうが、優秀なようでしてな」
「……あぁ、そういう事か」
もっと優秀な人材が見つかったから、もう王太子はいらないのだろう。王家も汚いと一人レラティミラリーはため息をついた。つまりは、もし王太子が殺されても、特に調査は行わないという事だろう。
まぁいい、役者は揃った。こうして作戦が幕を上げたのである。
作戦は順調に進んでいった。だけど唯一の想定外だったのが、王太子が「死刑」と言ったところである。てっきり国外追放当たりだと踏んでいたが、この王太子はレラティミラリーが思っているより最高に残酷だった。王太子を殺したあと、レミーエの冤罪を暴きまた元の場所に戻してあげる予定だったため、とっても困ってしまった。
「というわけで、レミーエはどうしたいの?」
こんな尊大な態度のレラティミラリーにも、レミーエは怒らない。寧ろ少し嬉しそうである。
「私は、ーーどうせまた王家の婚約者に仕立て上げられるだけでしょうから、出来ればもう何処にも行きたくないです」
「それでも良かったんだけど、君の保護者となれる人は全員貴族だからいつか君の存在はバレるだろうからな、……あ」
それならば、王家も騙してしまえば良いのだろうか。そしてレミーエは死んだこととし、余生は、
「私のもとで一緒に暮らす? 私なら君を隠せる」
その言葉に目を見開いたあと、悲しそうにレミーエは首を振った。
「私は、ただのレミーエになった時、返せるものは多く有りません。それなのにこれからの面倒も見て貰うなんて……」
レミーエは残念そうな顔をして笑う。ジッとその様子を見たレラティミラリーは指を一本立てた。
「じゃあ、依頼の報償として私に君を頂戴。それならいいでしょ?」
「レラティミラリー様」
「そんな堅苦しいのはいいよ。レティって呼んでよレミーエ」
花のようにレミーエが笑う。それは報償としてを受け入れたサインと言えるだろう。
普段ならこんな風に他者を気にかけるなんてしないのに、自分がこんな事を言ったことに自分でも驚きながら、だけどこれで良かったと確信して、レラティミラリーも笑みを返した。
処刑当日は、痛み止めの魔法と身体強化の魔法をかけ、痛みをなくし、死んでしまわないようにした。そして、後の事は男爵に任せ、レラティミラリーとレミーエは隣国の村で暮らしている。
「美味しいよ、レミーエ」
「良かったです」
王太子という邪魔者を排除したことによって、男爵は王家からこっそり多額の報酬を頂いたらしい。そのお金のほぼ全額を男爵はレラティミラリー達に譲ってくれた。おかげでとてもいい暮らしが出来ている。
「そういえば、男爵は次いつ来るんですか?」
「んー、3日後かな。まったく、ペースが早すぎない? つい1週間前に来たばかりじゃないか」
「それだけレティの事が好きなんですよ」
あれからも、男爵との交流は続いている。娘の様に可愛がってくれるから、レラティミラリーだって嫌な気はしない。
それがとても、不思議だと思う。レラティミラリーは、昔を思い出していた。
普通、魔女というのは魔族を殺すために作られた存在だ。人としての感情が乏しく力の強い彼女たちに、これほどの天職はない。レラティミラリーにとっても、そうであるはずだった。
だけど、数年前にレラティミラリーは熱中症になりかけている所を一人の少女に救われた。意識が朦朧としていたが少女の柔らかい声はとても優しく胸に響いた。だからこそ、その時の少女と似たような声をしているレミーエが気になるのかもしれない。
優しさに触れたレラティミラリーは、こうして人の様に何かを感じながら生きたいと思った。そして、そのおかげでこうして少しこそばゆい関係を作れている。
「何時までも、私の為にタルトを焼いてね。レミーエ」
「もー、そんなに食べたら体悪くしちゃいますよ」
そう言って頬を膨らませるレミーエに苦笑を返して、レラティミラリーはレミーエに寄りかかった。外はもう星が出ていて、こんな風に灯りが少ない村ではよく見える。
あの日記でレミーエの処刑辺りのことを書いていた時、間違えて自分の本心を書いてしまったことは内緒だ。
だって、『私がレミーエの事を幸せにしたい』なんてあまりにも恥ずかしいじゃないか。直ぐに黒塗りにしたから誰にも見られてないと思うけど、恥ずかしいものは恥ずかしい。
だけど、とレラティミラリーはおもう。優しい眼差しで空を見上げるレミーエの横顔を見上げて、いつか言ってみたいな、そう思った。
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