爪切り
昼休み。町田さんがスマホを触っている。
生徒がしっかり授業を受けられるよう、スマホは先生が朝に回収する。しかし、預けていない人もたくさんいる。問題が起きているわけじゃないし、先生も形だけやっているのだろう。しっかり学習に専念できるのであれば、強く指導する必要はない。
今日それが気になったのは、カツカツ音がしていたからだ。
「町田さん。ひょっとして爪が伸びてる?」
「あ、本当だ」
本人は気づかなかったらしい。
「よく見てたね」
「いや、見てたわけではなく、スマホの画面に当たって音がしてた」
「なるほど、そういう気づき方もあるのか~。私、爪を結構切り忘れるんだよね」
「わかる。僕も伸びすぎて欠けてから気づく」
「爪切り携帯したほうがいいかも。筆箱に入れれば気づいたときに切れるもんね」
「僕もそう思って筆箱に入れている」
「そうなの?今貸してもらえる?」
「ああそうか。貸せばいいのか。はい」
「ありがとう」
町田さんは爪切りを受け取ると、爪をパチンパチン切り始めた。
「これ、うちの爪切りより切りやすい」
「軽い力で切れる、って謳い文句のものを買ったからね」
「そうなんだ。買おうかな」
「おすすめだよ」
何を買うにしても、ちょっと特別なものを選んでしまうのは、こだわり気質なのかもしれない。
でもそれのおかげで話したいことが増えるから、オタクで良かったと思う。
「こすると消えるボールペンも気になってすぐ買ったんだけど、もう有名になってみんな持ってて、自慢できない」
「確かにみんな持っているよね。佐々木くんは新しいものが好きなんだね」
「うん」
そういう何気ないことを話せる相手が町田さんしかいないから、いつも自慢しそびれる。でも、話せたときが嬉しいから目新しいもの好きはやめられない。気づいてくれないかな、と机に置いていても、なかなか声をかけてくれる人はいない。僕は受け身だ。
聞いてもいないことを自慢するために声をかけるのは、人によっては迷惑かもしれない。突然話しかけてもいいように友人を作っておくのが大切なのはわかっているんだけど、さ。
なかなか切っ掛けがない。
どうやって話しかけたらいいかわからない。
だからよく話しかけてくれる町田さんにはとても感謝している。
女子がわいわい盛り上がっているときは聞き役のことが多いのにさ。話すのが上手くて羨ましい。