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第3話の途中に、境界域群が住んでる町の北側にあることと、境界域群の広さが円板上で約100平方キロメートルほどであることと、その半径が約5.5キロメートルであるという情報を加えました。
Tips
理想空間
魔力を完全に無くした、想像上の空間のこと。この空間上では、ほぼ完全に自然科学的な法則に従う。[関連]理想気体、理想溶液
出典 コトノハバンク
いくら山頂とはいっても、所詮は近所の山。
富士山や飛騨・木曽・明石に代表される山脈たちに比べれば、その高度はとても低い。
しかしそれであっても人間にとっては驚くほど高所に山頂は位置し、その高さは東京の最も高い電波塔を優に超える。
自然のスケールの前では人間の積み上げたタワーでさえ足元にも及ばず、当然そこから見える景色というのは絶景だ。
いくら人間の手が入っていない場所は殆ど無いとはいえ、その可住地面積割合は日本では約27%と相当低く、私たちが登ってきた方角にある市街地から目を外せば、山や川、谷、湖、滝などの雄大な自然を目の当たりにできる。
今回の調査対象である境界域群のある方向に目を向けてみてもその例に漏れず、殆どが緑で構成された幾つかの山で覆われていることが分かる。
よく見ると、山と山の間にコンクリート製の道路がたまにちらりと見えることから完全に自然という訳ではないものの、それはごく一部であり、むしろ自然の景色の中にある一つのアクセントとしてそれらを楽しむことができるだろう。
さて。
昨日見た地図によると、その境界域群は約100平方キロメートルほどの円板上に広がっていると考えられる。
小さな町であればすっぽりと余裕で入ってしまうような広さだが、私たちが取り敢えず目指すのはその中心部であり、100という数字に惑わされそうになるが、実際の直線距離は約5.5キロメートル。
車でぐるぐる山を迂回したり登ったりしながら近付くのであれば、それ以上の距離と時間をかけて進む必要があるのだろうが、私や黒谷さんは浮遊魔法を使って直線上を文字通り移動することができる。
よってその移動距離も、山を越えたり降りたりする分の高低差を加味すれば、7キロから8キロほどとなるだろう。
ちなみに、それじゃあ上空1500メートルとかまで浮かび上がって、そもそも山より高い位置を移動すれば完全に直線で移動できるんじゃない?という疑問が出て来るかもしれないが、私たちは普通そんなことをしない。
なぜならば、そんなに高い場所を飛行してたら、航空機等の飛行の邪魔になる恐れがあるからだ。
特に浮遊魔法に関してはこの辺りの法律がちゃんと定められており、私たちは法律遵守で移動しているだけなのである。
まあ単に、高すぎる浮遊は途中で何かあったら怖いという身も蓋もない理由もあるのだが。
その辺にいる鳥だって、用もなければそんなに高い所を飛ばないだろう。人間だって、相当な用もなければそこまで高い所は飛ばないのだ。
そんなことを考えていると、黒谷さんが話しかけて来る。
「これから境界域群に突入することになるけど、その前に何かやることはあるかい?」
「あー、そうですね。取り敢えず、ここら全体を見渡してみましょうか。もしかしたら何か見つかるかもしれません。ちょうど今いるこの山がここらで1番高い所ですし、全体的に何かあるのかを探るのであれば、おそらくここが1番最適でしょう。」
私はそう答えると、魔法を発動する。
右目に小さく魔法陣が輝き、そして溶けるように消えていく。
解析魔法。名前は特にない。
この魔法は、普通目で見たり肌で感じたりする事が出来ない魔力の濃度を映し出すもので、サーモグラフィーの魔力版といったところである。
そして今しれっと魔力は感じ取れるものではないと言ったが、これには理由がある。
実はこの世界の魔力というのは、よくあるファンタジー系の小説やマンガで見るように、うわ、ここの魔力濃度は高いな…とか、うわ、あの人の魔力、強すぎて近寄ることすら出来ない…!というような事にはならない。
なぜなら魔力というのは、実際に質量を持つ訳でも体積をもつわけでもなく、力を発しているわけでもないためだ。
これでは機械で魔力を直接観測することなんて出来ないし、ましてや人間がそれを体感で感じ取るのは難しいだろう。
しかし、それであっても魔力を観察出来ないわけではない。
魔力の性質は何度も言うように、現実の事象を改変する力を持つということ。つまり逆に言えば、どれだけ現実からその空間の自然法則が乖離しているかを計測すれば、逆説的に魔力の濃度が分かるという寸法である。
そしてこれらの解析を自動的に行えるのが、今使った解析魔法なのである。
ちなみにそのような機構のため、消費魔力がかなり高い方かつ使い手も限られる魔法なので、境界域の場所を特定するといった時でないとなかなか使われないレアな魔法である。
敵の強さを測るためにも使えない訳では無いが、強い敵は大抵みんな高すぎて、計測できる閾値を超えて全員同じに見えるので、余り意味がなかったりする。
まあ、私は魔力チートがあるのでそんなことを考えずにバカスカ発動しまくることが出来るのだが。
「どうだ、何かわかったかい?」
黒谷さんがそう話しかけて来る。
「分かったと言えば分かるし、分からないと言えば分からないですね。」
そう言って、少し現実逃避をするために閉じていた右目を開ける。
視界に広がっているのは、赤と青のまだら模様に広がる絨毯である。例によって青色が理想空間に近い場所で、赤色が理想空間から遠い空間…つまり、境界域になっているだろう場所だ。
これを見れば、境界域がこの場所一帯にちゃんと大量に発生しているというのが本当だったということが、誰がみても1発で分かるだろう。
「ちょっと説明が面倒なので、私が見てる景色を映しますよ。」
そう言って私は一つの魔法を使う。
水色の魔法陣が目の前に浮かび上がると、その上に私が右目で見えているまだら模様の視界がそのまま映し出される。
射映魔法。名前は特にない。
それを黒谷さんにそのまま見せて、解析魔法の色の見方を教える。マイナー魔法なのでおそらく色の見方を知らないから、ちゃんと説明したわけである。
「と言うことは…。おお。本当にどうやら境界域が大量に発生しているみたいだね。まだあまり信じられてなかったけど、これを見たらさすがに認めざるを得ないね。」
「まあ、そうですよね。私も見るまでは信じられませんでした。」
そんなことを言いつつ、ここから分かったことを黒谷さんに伝えるために、いくつかのポイントを指差す。
「まずは映像の真ん中当たりを見てください。」
「どれどれ…。お、ここだけ赤色を超えて白色にまでなってるね。ん、あれ、もしかしてここって…」
「ええ、そうです。そこが私たちが目指す、この境界域群の中心部です。」
当然といえばそうかもしれないが、私たちが目指すこの境界域群の中心部は、周りと比べると群を抜いて理想空間とはかけ離れた空間であるということが分かった。
そしてこれは逆に考えれば、この境界域群の発生原因もそこにあるだろうなと言うことが察せられるので、無駄に探し回ることもなく終われそうだということも分かった。
確かに普通の人にとってみれば、超危険で近寄りたくないとこれを見れば思うかもしれないが、こちとらチーターと最強に近い男とのダブルチームだ。
負ける要因がないね。(慢心)
「とまあ、そう言う訳で、当初の予定通り取り敢えず真ん中に行くということでお願いします。」
「分かったよ。他に何か分かることはあるかい?」
「そうですねぇ。」
私はそう言いつつ、映像の中の先ほど差した真っ白な所の少し上側にある、小さな黒い所を指差した。
「ここを見てください。」
「ここかい?…うーん、ここだけ青を超えて真っ黒だね。と言うことは、この場所に関しては魔力が殆どないと言うことだね。」
「はい、そうです。そしてそれは、明らかに異常なことです。」
何度も言うように、魔力はこの世界ではありふれたものである。理想空間という言葉があるほどに、魔力がない状態というのは殆どありえないことなのだ。
もしかしたら何らかの要因で、ほんの少しの場所だけ理想空間になるということはあるかもしれない。しかし今回それがある場所はかなり広く、しかも近くにもの凄く魔力の濃度が高い場所があるのだ。どう見ても何らかの異常があると見て良いだろう。
しかし、残念ながらそれは通り道にはない。調べるとしても、中心部でやるべきことをやった後になるだろう。
「ということで、ここに行くのは中心部に行った後にします。二兎を追うものは一兎をも得ずです。とりあえず順番に調査をしていきましょう。」
「うん、分かったよ。他には何かあるかい?」
黒谷さんはそう聞いて来るが、取り敢えずこれ以上はもうない。
捜索を一旦ここで切り上げた私は、射映魔法と解析魔法を消して、取り敢えずなんか長引きそうなので早めのお昼ご飯を食べましょうと言い、用意しておいた弁当を取り出した。
黒谷さんもそれに同意して、早速と収納魔法から弁当を取り出して食事をし始めた。
食事中、黒谷さんに先ほどの解析魔法を教えてくれと言われたり、その魔法式を教えたりするイベントがあったものの、そんなに時間はかからず食事は終わり、一息ついた私たちは、いよいよ境界域群の中に侵入することになった。
素粒子の話は、本当は模型の話をしないといけないというのには目を瞑ってほしい。