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Tips
ふゆうまほう【浮遊魔法】
浮かび上がる魔法のこと。その利便性もさることながら、魔法式を使った魔法として初めてその有用性が認められたものであり、歴史的にも非常に価値のある魔法の一つである。
出典 魔法大辞典の-ま第2版
朝。
ピピピピ、ピピピピ。
聞き慣れた大きい電子音がスマートフォンから聞こえてくる。
私はその音で目が覚め、アラームを止めて、私服に着替えてカーテンをサッと開き、太陽の光を浴びる。
今日も雲一つない良い天気だ。
これなら頼まれた境界域の探索も、うまくいく予感がする。
そんなことを考えたあと、気持ちを切り替えて私は身支度をし始めた。
午前9時。
家の前でぽけーっと突っ立って待っていると、車が一台目の前で止まる。
私はそれに迷わず乗り込み、扉をしめて、今日はよろしくお願いしますと運転主さんに声をかけた。
車が発進する音を聞きながら、少しだけ昨日のことを思い出す。
実は、前日に軽く黒谷さんと須藤さんとで今日の調査について打ち合わせをした結果、取り敢えず現地の近くまで私と黒谷さんを魔捜研の人が車で送ってくれるということになったのだ。
自力で行くのは少し面倒だったので、渡りに船。
私は早々とそれを了承し、今日を迎えたというわけである。
そんなことを考えながら、車中で私はスマートフォンのメッセージアプリを開く。
見てみると、昨日から一件も通知が届いていないのか、そのアプリの通知が来たよ!の意味を持つ特徴的な緑のマークを確認できなかった。
心スポに行った怜と縁からは何か感想とか来るかなーとは思っていたのだが…。
まあ、いくら友達であっても、毎日アプリで言葉を送り合う訳じゃないからね。
次学校で会った時に話題にするために、ここで話す事ではないと思っているのかもしれないし。うん。
なんて。
その、ボッチ的な惨状に一抹の悲しさを覚えつつ、私は取り敢えずそんなことはお構いなしに怜と縁に心スポの感想を求めようとメッセージを送った。心スポどうだった、と。
数秒待っても既読のマークがつく事はなかったので、返事が来るのを待つのを一旦諦めて、今度は黒谷さんにメッセージを送る。今向かっています、と。
こちらは一瞬で既読のマークがつき、その瞬間に返事が返ってくる。りょうかい、と。
というか、この現役女子高生にも引けを取らないレスポンスの早さのおじさんは何やねん。
普通は、いやぁ、最近の子は返事が早くて、おじさん追いつけないよ。となるところを、ふ、この私の速度に追いついてこれるかな?とでも言わんばかりの神速で返信してくるのは、なんか少し生きている世界線が違うと思わざるをえない。
無駄に自分に速度強化の魔法でも使ってるんか?いやまあ、なんにしても早いのは助かるけど。
っておい、なんならこの人、スタンプまで押してきよった。何がオッケー☆や。どれだけ余裕やねん。多分私より女子高生できるぞ。
そんなことを思いながら一旦メッセージアプリを閉じた後、目的地までゆっくりスマホのアプリでゲームをすることにした。ぴこぴこ。
午前10時頃。
車でたどり着いた先は、沢山のテントが貼ってある山の中腹にあたる場所だった。見た目はキャンプ場みたいになっているが、実際はそういった類いのものではなく、境界域の捜索などのために築かれた拠点の一つだ。
車から降りてその中に入っていくと、1人見知った顔を見かける。
黒谷さんだ。どうやら彼はここに先に着いていたらしい。
昨日とは違ってスーツではなく、地味な服を着ていて、競馬場にいるおじさんみたいな雰囲気を出している。
彼の方も私に気付いたらしく、早速駆け寄ってくる。
「おはよう。今日は一緒に頑張りましょう。」
「ええ、そうですね。」
簡単な会話の後、ここにいてもしょうがないということで、早速私たちはその場にいた警備員やら研究員やらに見送られながら、あまり整備されていない山道を浮遊魔法で登っていくことになった。
昨日見た地図によると、今いる場所から考えて山の向こう側に境界域群がある。
つまり今私たちは、境界域群が広がっている円の縁に立っていることになる。
さしあたり、まずはこの山の頂を踏んで、そこから境界域群を見下ろしてみることにする。
運が良ければもしかしたら、何かわかるかもしれない。
現代において開発研究されている魔法というのは大抵の場合、魔法式を使ったものだ。
しかしこれはここ数百年の間に構築された技術であり、そもそも魔法式という概念が歴史に登場するのは中世ヨーロッパの、錬金術が盛り上がった16世紀のルネサンス期を待たなければならない。
にも関わらず、魔法の開発研究自体はそれ以前にも盛んに行われていた。
それは例えば占星術にはじまり、数秘術、亀卜、風水、呪術など、枚挙にいとまがないほど沢山ある。
そしてそれらによって生み出されてきたのは魔法式を使わない魔法であり、その性質からそこまで魔力も消費しないので、誰でも簡単に使える汎用性に優れたものが多いのだ。
その当時こそ、それらの技術は秘術などといって隠匿されていたりしたが、現代においては昔の人物の知的財産権などあってないようなものなので、それらは全て人々の目に暴かれることとなり、今では私たちの生活をより豊かにしてくれる一つの魔法として名前が残されている。
そして、私や黒谷さんがこのような山道を何の苦もなく手ぶらで普段着でお散歩感覚で歩ける…というか浮いているのは、そういったものの集大成で成り立っているのだ。
例えば、暑さから身を守る冷却魔法や、虫を近寄らせなくする虫除け魔法、日焼けから身を守る紫外線カット魔法などを用いて、快適に山登りを楽しむことがきる。
もしくは、喉が渇けば水魔法と冷却魔法でキンキンに冷えた水を飲むことができるし、小腹が空けば、収納魔法により事前に用意していたおにぎりを取り出して食べることもできる。
これは実際に体験すると分かるが、かなり快適すぎる。
正直、家の中で何も魔法を使わずにボケーっとしている時よりも何十倍何百倍と爽快だ。
外というのも、その感覚を増幅させる要因となっているだろう。
もちろん、これら全てを常に発動し続けるには魔力を沢山消費する必要があるが、魔力チートを持っている私は当然この程度ではびくともしないし、黒谷さんほどの魔法使いであれば問題になるほどの消耗にはならない。
さて。
そのようなことを考えていると、私たちは山登りを終え、取り敢えず山頂にたどり着くことができた。
本番はここからである。
土日が終わるということは、書く時間が無くなるということである(論理的思考)