ミラクル暗黒パワーは防御を無視する
「辞めます」
力なく絞り出した言葉にどれだけの感情が残っていただろうか。
言いたいことはあったけど、言ったところで何になるというのか。
私、糸井ももは数年勤めた会社を辞める事を上司に伝えた。
曖昧に笑う上司もおそらく言いたいことがあったのだろうがその気力もないのか、二つ返事で首を縦に振る。
社会という監獄からの仮出所である。
久しぶりに午前中に外の空気を吸うと、まるで異世界にでも来たような気分になる。
空は晴れ、気分も晴れやかに……とまではならない。
退職手続きやらその後の事を考えるとなかなかに頭が痛い。
とは言え束の間の自由だ、私は気持ちを切り替え会社から少し離れたカフェへと足を向ける。
万年IT企業に居た私にとって昼休憩とは口に十秒チャージ的な物を突っ込むだけの時間であり、車の給油だってもうちょっと時間をかけて燃料を入れる事だろうと突っ込みたくなる。
それがどうだ、今私はちょっと和風なオープンカフェの席で優雅にメニューを読んでいるではないか。
急いで選ばなくても良い、なぜならメニューを選ぶ時間に納期はないのだから。
自然と笑みが零れる。
「よし」
私は近くの店員さんに声をかけようとした。
ん?
おかしい、さっきまで周りには他のお客さんや店員が居たのではないだろうか、妙に私の周りだけ閑散としている。
ふと振り向くと離れた場所で私に向かって口をパクパク開けている人がいる、なにかな、大道芸人という人かな?
そう言えば今日はやけに周りが静かに感じるね、小首をかしげるとちょうど私の頭に大きめの看板が落ちてきた所だった。
「あっそういえば心療内科で言われたね、ストレスで耳が聞こえなくなることもあるって」
睡眠不足の脳で冷静に分析した次の瞬間、私は即死した。
24歳の春の事であった。
第一話 これがわたしの選択!
「痛い!」
ガタガタとやたら煩い音が耳に入ってくる、さらに頭をどこかにぶつけたのかとても痛い。
「ここはどこ……馬車?」
もちろん現代人である私はそんなもの乗る機会はないけど、前方では馬が荷台を引いてるため馬車と言うほかない。
荷台にはたくさんの木箱や荷物が積まれていて、匂いもなかなか強烈だよ。
いわゆる幌馬車というものらしく、乗り心地は某密林レビューで星一つ、最悪だね。スカイ〇ムの冒頭を思い出す。
おまけに暑い、幌の中に熱がこもってくらくらする。
「起きたのかい?」
御者席で手綱を握るおじさんが振り向かずに尋ねる。
その間もあぜ道でも走ってるのかと言いたくなるほどの振動が私を襲う。
「すみません、あの……はい」
おじさんは馬車を止めるとゆっくりと振り返った。
「元気そうでよかった!あんた道に倒れてたんだよ!もう少しで轢いちまうところだったよ」
それは勘弁願いたいところである。
そしてどうやら私はこの人のよさそうなヒゲおじさんに助けられたようだ。親切なおじさん……。
「すみません、助けていただきありがとうございます」
「いいっていいって、棚からぼたもちって言うだろ?」
「はい?」
なんだか意味がわからないようなわかるような、まぁとにかく感謝だ。
「それにこっちも助かったよ、領主様に納めにいく作物が少なくてさ、まさか道端に奴隷が落ちてるとは!これで多少目をつぶってもらえるだろう!」
「そうですか、それは良かった……?」
私は周りを見渡すが誰もいない、木箱に入ったニンジンは控えめに言っても奴隷とは言わないだろう。
「んん?」
よく見ると腕にはゴツイ金属製の手かせが嵌っている、最先端のアクセサリーかな?
「んんん?」
「さて、じゃあそろそろ行くかな」
タバコの灰を落とすとおじさんはふたたび馬車は動き出しひどい振動と共に前進させて行く。
「ま、待って待って!!」
大きな声を出すも道がさらにひどくなったのか、ガタガタ音で聞こえないようだ。
立ち上がろうとするが手足に力が入らない、と言うかなんだか手足が細い。
いくら不摂生なライフサイクルを送っていたとは言え、もう少し人並みの太さがあったはずだよ。
座っているのでわかりづらいが目線も低い、服もボロ布みたい、声も…何か違うような気がする。
「……もしかして、異世界転生しちゃった?」
超速で理解した私は顔が真っ青になる。
寝る前にスマホで読んでいた異世界転生系のライトノベルは私のひそかな楽しみだった。
道路を走るトラックを見かけるたびにもし私が轢かれたら素敵な世界でスローライフを送れるのでは?と納期がヤバい時にはよく考えたものだ。
一度工事現場に止まっているトラックを長時間観てどの部分にぶつかったら転生するのか想像していたら土木作業のお兄さんに「お嬢ちゃん!トラック好きかい!」と聞かれたこともあった。
「トラックは別に好きでも嫌いでもないけどね!」
現在進行形でヤバい、このままでは奴隷として一生コキ使われるコースに突入してしまう。
作品によってはR18的な展開もありえる、せめて全年齢であってほしい!
何としてもここから奇跡の脱出を行わなければならない。
――が、ダメっ!
どうやら子供の体のようなのだが、全身に力が入らない。
いつから食べてないのかわからないが、思い出したかのように胃袋が警告を発している。
そもそも手かせが重くて持ち上がらない。
体力が無いのだろう強烈な睡魔まで襲ってきた。
「だめ……しんどい……ね…む…」
脳内ではアラームが鳴っているが体力が尽きたのか眠ろうとしている。
「…ぅ…………」
どうやら生前の私の固有社畜スキル【どこでも眠れる】が発動したようだ。
そのまま深い眠りへと落ちていく。
「こんにちわ」
白い空間の中で抑揚のない声を聞いた、気がした。
神秘的な空間で光の粒のようなものが周囲を舞っている。
そこで私は目の前の人の形をした何かから話しかけられる。
「私は運命の女神、あなたは現世にて不幸にも死んでしまいました…かわいそうなあなたにもう一度チャンスを…」
「待って待ってぇ!」
納期が決まっているのに追加の仕様変更依頼が来た時によく使うツッコミである。
「そう言うのって死んでから最初に言うのがスジじゃないですかぁ!」
「え……あ、ハイ」
「て言うか今まさに奴隷として売られようとしているんですけどぉ!?」
息を荒げて神様?らしき相手に捲し立てる私。
「えーっと、ど、どうやらそのようですね」
人の形をした何かはやがて二十台後半のスーツを着たしょんぼりした女性へと姿を変えた。女神様の対話モードかな?
「チャンスどころか不幸のおかわり来ちゃってますけど!」
今の私はモンスタークライアント通称モンクラ、特技はもちろんクレームである。
「……どうやら貴方は世界転移についてご存じのようですね、でしたらその、なにか一つご希望のギフト…恩恵によるスキルですね、それを与えましょう、特別に」
「きたぁ!そう来なくっちゃ!」
やや恩着せがましい言われ方をされたがこれはもう勝ち確だよ。
なぜなら私はありとあらゆる妄想の中で「こんな事良いな、できたら良いな」スキルを考え続けた女である。
「って一つなのね……ギフト自体を増やすお願いはダメでしょうか?」
どこからか『ブブーッ』という音が聞こえてくる。
「申し訳ありません、そちらは既に使用されています」
「は?」
僅かな沈黙に会話が途切れる。
なんだそれは、被り無しのパスワード入力フォーム?
「どういうこと?」
「【ギフト数増加】はその世界での一人目の転生者がご利用されました」
「えーっとつまり…被ってるとダメってこと?」
「はい」
はいじゃないが。
どうやら他にも転生者がいて同じスキル被りはダメらしい。
確かに出てくる登場人物がみんな同じスキルを使うと没個性になりかねないけど、そこはもう少し融通を利かせてくれないかな。
「えっと私の他にも異世界転生した人がいるの?」
「あなたの世界には【ギフト数増加】のギフト持ちの方が存在しました、すでに亡くなっていますが」
「えーっと詳しく聞かせてくれますか?」
「はい」
それから女神様から内容を細かく確認した。仕様を確認しないと後々問題に繋がる。そうです私がA型です。
――なるほど、聞いてる内に見えてきた。
つまりこうだ。
①一つの世界に同じギフト持ちは存在できない(死んでいても永久欠番扱いでダメ)。
②ギフトの希望は聞くだけ聞くけれど被ってたら拒否される。
「ちなみに、わたしってこの世界で何人目の転生者なの?」
おそるおそる聞いてみる。
「ひのふの・・これくらいですかね」
指三本を立てる困り顔の女性
「なんだ三人ね」
「三千人です」
「おぉ…」
頭が痛くなってきた、というか三千パターンもあるのね、そっちにびっくり。
「まぁ力を与えた転生者同士で戦争が起きたので、もうギフト持ちの方はほとんど残っていませんが」
さらりととんでもない事をいう女神だ。
「……まぁ三千パターンも消費したなら、もう有用そうなギフトは残ってない…か」
「ちなみにあと五分で受付おわりますけど…ギフトは無しでいいですか?」
急に時間制限をつけるんじゃない。
「いやいやいや、良いわけないよ!ちょっとまって考えるから…」
「いーち、にーい」
子供かな。
あーもう迷っていても仕方がないね。
他の人が絶対に考えつかないギフト…か。
よし、決めたよ。
「わたしの望むギフトは……」
目が覚めると私は灰色の部屋に居た。
備え付けの簡易ベッドから上半身を起こすと軽い立ち眩みがする。
「うーん、クラクラする……」
ちいさなテーブルには固いパンと水があった。
「朝ごはん……」
いや、朝かどうかはわからないがとりあえず口に入れることにした。
「この部屋、窓もないのね」
天井の小さな隙間からわずかな明かりが漏れているだけ、どおりで暗いわけだ。
ガリガリしたパンを水で柔らかくしながらなんとか嚥下する。
手かせが外されている事とメイド服らしきものを着ている事からどうやら私は使用人扱いのようだ。
部屋に調度品は少なく、必要最低限のものしかない。
クローゼットに同じ服があり、やけに立派な鏡もついている。
身だしなみには気を付けろという事だろう。
だがそれより初めて見る自分の顔である。
「何この美少女……」
十歳くらいだろうか、栄養不足でちょいガリだけどそこには美少女と言って差し支えないお子さんがいた。
髪は星屑を集めたかのような銀髪で肩まで伸ばし、瞳は薄い緑色に輝いている。
しばらくにらめっこしていると強めのノックが聞こえてくる。
「起きてるのかい!さっさと来な!」
「は、はい!」
そうだった、わたしはピンチの真っ只中だったんだ。
急いで四十秒で支度を整えると(と言ってもホコリをはらうことくらいしかできない)ドアを開けて部屋の外に出る。
そこには異世界でおなじみのオークがいた。ややっ襲われる!くっ殺せ!
「何見てるんだい、いいから他のメイド見習いと顔合わせするからついておいで!」
「は、はいぃ……」
のしのしと歩いていくオーク、いやよく見るとオークのようなメイド服を着たオバさんについていく。
部屋の中は狭かったが廊下はとても広い、どうやらここは領主の屋敷の中らしい。
オーク先輩が遠慮なく大人の歩幅で進んでいくので少し小走りについていく。
途中廊下を曲がると少し広い空間へと出た、
通路の広がったところにイスとテーブルがいくつか置いてある。
ホテルの待合室みたいな場所だ。
そこに数名のメイドがいる。
どの子も自分と同じくらいの年齢である。
「起立!」
オークのようなおばさんメイド(では長いので以降はひとまずメイド長と脳内で呼ぶことにする)が号令をかけると音もなくスッと子供たちが立ち上がる。
一言も発さずに無表情なのでまるで人形のように感じる。
「今日からお前たちの仲間になるメイド見習いだよ!仕事をおしえてやりな!」
そう言うとメイド長はさっさとどこかへ消えてしまった。
あ、あれ?忙しいのかな?
メイド長が見えなくなるととたんに空気が弛緩した気がする。
その内の一人、金髪ロングヘア―美少女がいつの間にか私の両手を握っていた。
「よろしくね!私はマリアって言うの、みんなより一つ上だからお姉ちゃんと思ってくれていいわよ!」
頭一つ分背の高い少女が私の手をブンブンと握る。
腕がいたいよ。
でも温かいぬくもりの手は人形なんかじゃない、生きている人間だと感じることができた。
「ノインよ、よろしく」
続いて後ろにいた黒髪ツインテの美少女がぶっきらぼうに挨拶する、かわいい。
もう一人は水色のぱっつんヘアーのメガネっ子だ、こちらもかわいい。
「あんたも挨拶なさいよ、クロエ」
ノインが肘で突っつくとその子もおずおずと口を開く。
「……クロエ、です」
そっかぁクロエちゃんって言うのね。
うーん、ところでそろそろ突っ込んでいいのかな、なんでみんな美少女なのだろう。
たまたまかな?領主様の趣味じゃないよね?全年齢だよね?
「これで自己紹介は以上ね!私たちはメイド見習いだから基本的に使用人の中で一番下の扱いになるわ!さっき貴方を案内してくれたメイド長は元より他のメイドや使用人の言うことは必ず聞くのよ!」
やはりメイド長だったか、まぁあれで一年目メイドとかだとさすがに貫禄がありすぎるもんね。
というか『言うことは必ず聞く』とはどのレベルまでなのかしら。
「あー、ちなみに貴方のお名前は何というのかしら!」
「あっ私は糸井……じゃなくてモモです」
わたしのにわか知識だとたしか苗字があるのはお貴族様だけのはず、ここはひとつ下の名前だけ言っておこう。
「モモね、可愛い名前だわ!どうぞよろしくね!」にげにぎ
またしてもおててブンブンが始まる、腕がもげてしまうよ。
「それじゃあ早速だけど領主様のお部屋にいくわよ!」
「ええっ!?展開が急すぎるよ!心の準備が!」
見習いメイドチームは私(貞操の危機)を連れてそのまま領主の部屋へと向かったのであった。
「ってただの掃除なのね」
領主様のお部屋についた見習いメイドチームは手慣れた様子でホコリを払ったりテーブルを布で拭き始めた。
「当り前じゃない、何を言ってるのよ」
「いやぁてっきり私は食べられちゃうものかと」
「領主様は人間なんて食べないわよ?それに今外出中だし」
真顔できょとんとするマリアにほっとするも、中身が20台前半である私はまだ油断できないぞと警戒を新たにするのであった。
「ところで――」
部屋を見渡すとさすが領主様のお部屋、高そうな調度品や美術品などもあるね。
おそらく来賓を迎えるためだろう、領主としての威厳を損なわないためにも当たり前だがどれも豪奢である。
「領主様のお部屋をメイド見習いが掃除してもいいの?」
そう言うと窓のホコリを落としていたノインちゃんがため息をつく。
「お姉さま方……あぁ、見習いじゃないメイドの事ね、お姉さま方はこのお部屋の物を傷つけたり汚したりしたら一発でクビになるから怖くて私たちに丸投げしてるのよ」
十一歳とは思えない所作でどこか哀愁のある肩を落としながらつぶやく。
「こーら、そんなこと言わないの!お姉さま方は私たちを鍛えるためにこの部屋の掃除を任せくれてるんだから!」
そのお姉さまの真意はわからないが、この部屋で何かあったらヤバイのは間違いない。
ましてやなんの後ろ盾もないメイド見習いが粗相をすればクビでは済まないかもしれない、そう思うと部屋にある物が全て命を奪う凶器に見えてきた、こわいこわい。
「さぁ夕方には領主様が戻ってくるからそれまでには終わらすわよ!他にもやることはあるんですからね!」
腕まくりするマリアはそう言ってウフフと笑った。
「よかった」
私は小さくつぶやいた。
会ったばかりだけどみんないい子ばかりだ。
仕事は大変かもしれないけど、これならきっと上手くやっていける。
――そう思ってた次の瞬間。
ガシャン!!!
突如部屋に響き渡る轟音。
「あ……あ……」
この世の終わりのような顔をしたクロエが膝から崩れていた。
そこには巨大な宝石がついたツボ、だった物の残骸が散乱していた。
「クロエ……あなた何てことを」
口を手で抑えたノインが同じく絶望の表情で呆然とする。
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
おそらく謝っても許してもらえないのだろう、クロエの口からは懺悔とも後悔ともとれない呻きがあふれて止まらなかった。
「……ノイン、あとはお願いね」
マリアがクロエを抱きしめて静かに呟いた。
「マリア姉、ど、どうするのよ」
「私が割ったことにするわ、貴方たちは何も悪くないから」
そう言いながらもマリアの手は震え……
「大丈夫だよ」
気づいたら私は言っていた。
怯える三人をよそに私は床に落ちた破片に手を当てる。
「内緒にしてね」
私は目を瞑り力を込める、やがてオレンジに染まる夕刻の部屋が紫色の光で満ちる。
「【天命回帰】対象【なんか豪華なツボ】」
光り輝く独特な紋様が床に現れ、瞬きをする間もなくあっけなく元の形に戻る。
一瞬の出来事であり、まるで初めから割れていなかったかのようにしか見えなかった。
光の紋は音もなく静かに解けて消えていく。
先ほどよりさらに深い沈黙が訪れる。
「割れる前の状態に戻したよ」
「…あ、貴方、まさか」
震えるノインに次いで興奮したマリアが私を抱きしめる。
「……すごいわ!モモは魔法使いだったのね!!あ、ありがとう、ありがとう…」
あなたは命の恩人よと涙を流しながら震える声で感謝を伝えるマリア。
でも――
「えっとね違うよ、これは魔法じゃないの」
「で、でも」
確かに魔法にしか見えないだろう、だけどこれは魔法じゃない。
「……モモが違うというなら魔法じゃないのね、わかったわ、これ以上は聞かない。内緒にしてほしいのよね」
事情があるとすぐに察したマリアは涙を拭きながら笑顔を見せる。
どこか安心した空気が流れた次の瞬間、両開きのドアが開いて二人の年上メイドが現れる。
「ちょっとマリア!今のは何の音!?」
「もしかして何か割ったんじゃないでしょうね!」
背の高いメイド服を着た二人が入ってくる、もしやこれがお姉さま方なのかな。
確かに割れる音がして中にいるメイド見習いが泣いていたら何かしたと思うのは自然な事だ。
だけど……
「い、いいえお姉さま方、何もございません」
マリアは気丈に立ち上がり皆の前に出る。
お姉ちゃん代わりのマリアでも二十歳を超えているであろう年上のメイドの前だと子供にしか見えない。
この二人、なにか嫌な感じだ。
「本当~?何か大きな音がしたわよ?」
「ちょっと部屋を見せなさい!」
そう言うとお姉さまメイド二人はズカズカと部屋に入り真っ先に修復したツボを見る。
「ふーん……まぁいいわ、何かあったらすぐ報告するのよ!」
「………チッ」
そう言うと二人は帰っていった。
「えっと、あれがお姉さまなの?」
私はマリアに聞くとええ、と答えた。
お姉さまと言うよりいじわる小姑のような……
「なにか嫌な感じだったね、それに割れたツボばかり確認してたし……」
「あ、あの・・」
あまり話さないクロエがこちらを見る。
「じ、実はツボを掃除するときにまず下の置台を拭くために机に移動させるのだけど…その…持ち手に油が塗ってあったの」
「ええっ?!」
驚いたノインはツボの取ってを触る。
「モモ、あなたさっき割れる前の状態に戻したって言ったわよね。……確かに取ってに油が塗ってある……ただでさえ大きいツボなのにこんなの持ったら落としてしまうわ」
「なんて幼稚な…」
わたしは呆れて二人が去った後の扉を睨みつける。
「マリア、これはさっきの二人がやったと思う」
「……えぇ、私も気づいたわ。あのツボばかり確認していたもの」
実際割れた後で油が塗ってあったと言い訳してもおそらく聞いてもらえないだろう。
つまりこれは――
「悪質な嫌がらせね、私文句言ってくる!」
「だめよモモ!証拠もないし貴方が目をつけられてしまう!」
「でも……!」
マリアは優しく笑うと
「貴方がツボを直してくれたわ、そして誰も罰せられなかった、ね?」
そんな顔をして言われたらもう何も言えないじゃない……。
私は黙って頷くとマリアは頭を撫でてくれた。
程なくして夕方になり領主が帰ってきた。
使用人は夕飯の用意をしている者以外は玄関の前で出迎えを行う。
立派な装飾のついた馬車で戻った領主は馬車から降りると使用人には一瞥もくれず屋敷の中へと帰っていった。
出迎えが終わったので使用人たちもまた、それぞれの持ち場へ帰るのだが……
その中に先ほどのいじわるメイド二人が居た。
こっそりと見えないようにあっかんべをした。
隣で見ていたマリアが驚いて私の肩に手を触れ首を振った。
まだ十二歳なのになんて優しいのだろう、うっかりお姉ちゃんと言いたくなる。
だけど、先ほどの領主を見て気づいたよ、もし本当にツボが割れていたらとんでもない目にあっていたと思う。
だってとても、とても怖い顔をしていたのだもの。まぁ人は見た目で判断してはいけないと言うけどね…。
夜になりその日の仕事が終わった。
後は自室にて濡れた布で体を拭いたら就寝である。
気温は高いから今はいいけど冬でもこれをするのだろうか、せめてお湯が欲しいところだ。
ていうかお風呂に入りたい、足を伸ばして湯に浸かりたいよ。
初日だけど色々あって疲れた……もともと体力のない痩せた奴隷だから当然だけど。
私は意識を自分の中に向けてアレを使う。
「【天命回帰】対象【私自身】」
体のラインに紫の光が走り一瞬で疲れがとれ、細かい傷なんかも完治する。
繰り返すがこれは魔法ではない。
「そう、これは魔法じゃない………あ…あぁぁああああぁぁあ…」
私は顔を真っ赤にして悶える。
【天命回帰】という物質や生命を問わずあらゆるものを元の状態に戻す力。
そう!何を隠そうこれはモモが中二の頃に考えた完全オリジナル能力の一つである!
遡る事十数年前、魔法と言えばゲームに出てくるファイアとかヒール等が定番だったが「そんなの英語そのままじゃん」と言う彼女のひねくれとこだわりにより生まれてしまったのが、この中二心満載のミラクル暗黒パワー(笑)なのである!
よって魔法ではない。(重要)
いや、やってる事はまぁ魔法みたいなものなんだけどね、あくまでそれを認めない当時の私は「魔法とは違う」と言う大前提を実現させるため、既存のファンタジー魔法とは一線を画したさまざまな設定を盛り込んだ。
まず魔法と違いMP、魔力と言ったものを一切消費しない。
その為無制限に使用が可能だ。
ただ魔力を消費しない代わりに羞恥心で精神がゴリゴリと削られる。
使用の際にはあの暗黒黒歴史ノートを思い出さなければならないからだ。
今日初めて人前で使ったけれど実のところ変な汗がドッバドバであり、なんなら使いたくない。
使用の際は簡単に名称を呟くだけで良いが、それだけでも恥ずかしい。
「ううう、恥ずかしい、恥ずかしいよぉ……」
頭を抱えたくなるが、こうするしかなかった。
女神のギフト選択被り無し条件は思いのほか厳しく、たったの五分で思いつくものはほとんど先駆者がいた。
三千パターンもみんな良く思いつくよね本当に…。
「マッチ棒を鼻の穴に入れると肘の裏側から極大魔法が出る」が被った時に心が折れ「絶対に被らない」事のみを考えた結果「私の考えた黒歴史ノートの力を使える」が見事採用されたのである。
著作権が私で考えたのが私なので被りようが無い。
まぁ今回はたまたま必要な場面があったからおすまし顔で使ったけど、そう頻繁に使うことはないでしょう。うんうん。
「あれ…これってフラグ……?」
体は癒したが、心が疲れた私はそのまま眠りへと落ちた。
第二話 発覚してしまいました
領主の屋敷でメイド見習いとして働き始めてから二週間程が経過した。
そこまで難しい仕事でもない為、仕事は問題ないのだけど…。
例の年上メイドの二人から日常的に嫌がらせを受けているのである。
以前から度々あったらしいのだけど最近はもう隠すことなく露骨なものとなっている。
その度に私は例のミラクル暗黒パワーを使いそうになり、正直ヒヤヒヤしているのよね。
うっかり紫色のえげつない炎で骨一つ残すことなくこの世から退場していただくことも比較的簡単なのですがその辺りどうかな。いやダメでしょ。
そんなメンタル綱渡りな今日もようやく終わり、私は狭い自室へと前科無しで無事帰還する。
狭くてもプライバシーが保証される我が自室、今や我が城である。
やっぱり一人って落ち着くよね!
「って、なんかいる!」
部屋に入るとツンデレツインテールのノインちゃんがベッドにちょこんと座っていたのである。
「ねぇちょっと話があるんだけど、いいかしら」
いいかしらも何も聞いてくれるまで帰らないわよ、という意志をひしひしと感じますよ。
と言うかおててに持ったその枕、わざわざ自室から持ってきたのかな?
まさかこの狭い一人用簡易ベッドで寝る気ではないでしょうねノインさん。
「う、うん何かな」
とても真剣な様子だったため、茶化す事もできない。
「ねぇモモ、あなた魔法…みたいな力が使えるのよね」
「ま、まぁ…ね」
正直あまりその話題は触れてほしくないところなんだけど、目の前で見せてしまった手前否定することもできない。
「その力でさ、あの嫌がらせをどうにかできないかな」
ある程度予想していたけど、そんな事ではないかと思っていた。
「ごめん、その、できればなるべくこの力は使いたくないの」
「そっか……」
もしかしたら私がそう答えると思っていたのかもしれない。
それに嫌がらせと言っても直接命に関わるものは無い。ツボの時は危なかったけど、それ以外は大したことの無いものだ。
それに対してこの力を使うのはハッキリ言って過剰防衛である。
ピンポンダッシュした子供を郵便ポストから出た機関銃で撃つわけにはいかない。
「もちろんケガをしたり命の危険がある時は迷わずどうにかするよ」
「ありがとうモモ。貴方って時々年上のお姉さんみたいな顔するわよね」
「ぎくっ」
「ぎくって…」
小さくため息を漏らすとノインは元気なく笑う。
「でさ、あなたそんな力が使えるんだったらなんでメイド見習いなんてしてるの?魔法使いって貴族とかじゃなかったっけ」
この世界に来て分かったことだけど魔物は居るわ種族間戦争はあちこちでやってるわで治安がいいとは言えない世界だ。
ノインの言う通りメイド見習いなんてせずにこの力を使って鬼無双する事もできるけど……。
「私は日々平穏に過ごせればそれでいいの」
「ふーん。そっか」
納得してくれたのかどうかはわからないけどノインはそのままベッドに横になる。
「ってちょっとまさかここで寝たりしないよね」
「どうかしらねー」
「どうかしらって……」
「冗談よ」
むくっと起き上がると枕を持って部屋を出ようとする。
「明日はがんばりましょうね」
明日?明日何かあったかな……?
聞こうとしたけどそのまま自室へ帰ってしまった。
夜も遅いし廊下でメイド長に見つかると怖いので明日の事は明日聞くことにした。
心地よい疲れと共に睡魔が襲ってくる。
今日も一日お疲れさまでした。
意識を手放すと私は深い眠りについた。
「ごきげんよう、闇の使徒よ」
白い空間の中で抑揚のない声を聞いた、気がした。
「ってちょっとぉ!」
あろうことか女神が熟読しているのは土手で燃やしたはずの黒歴史ノートである。
「なんでそれ持ってるのよ!」
「だってちゃんと読まないと再現できないんだもの、すごいわよねこれあなたの世界じゃみんなこの本を持ってるの?」
「持ってるわけないでしょ!ベストセラー書籍か!」
これだけエキサイトしても目が覚めないところを見ると本当にここは変な場所だ。
夢なのかどうかもよくわからない。
「ところでちょっと聞きたいのだけど、この十二章"黒き閃光"の冒頭部分なんだけど」
「それはちょっとというレベルで聞くことではないね」
えー?とわざとらしくブーたれる女神様。
「あなたがえっと…『私の考えた黒歴史ノートの力を使いたい』と言ってきたときはなんのこっちゃだったけど……ものすごい力よねこれ、あれ?あなたの世界って超常的な力とか使えたかしら」
「最初にも言ったけど若気の至りで作った黒歴史妄想設定集なのよ、お願いだからその名前を連呼しないで」
「なるほど!封印されし闇の力だから名前も言っちゃいけないのね、完全に理解したわ」
「わかってないじゃない!」
あははと笑う女神、こんな人だったかな。
「まぁそれはそれとして新しい世界はどう?不自由してない?」
「今のところ大きな問題はないよ、というかアフターサービス?ずいぶんと親切ね」
「ん-、単純にこの黒歴史?ノートについて聞きたかっただけ」
「あっわかった、ケンカ売ってるね?」
首をブンブンふる女神
「今ケンカしたら私死んじゃいます」
「なんで?」
女神いわく、ミラクル暗黒パワーは魔法ではない為、女神の魔法防御が一切効かない上に、消費ゼロのエコエネルギーなので消耗戦に持ち込むことも出来ない、とっても恐ろしい力であるという事。
「私のミラクル暗黒パワーに弱点は無い(キリッ」
「あまりに一方的すぎます。そもそもこの力は何と戦う前提で考えられたんですか?」
何とってそれは。
「あー…とりあえず私は誰かに使う気はないよ、そうだね、誰かを守る為なら使うかもしれないけど」
女神はそうですか、と言うとようやく暗黒黒歴史ノートを閉じる。
「前回三千人の異世界転生者が戦争を起こした話はしましたよね」
「あー、なんかさらっと言ってたね」
「私は多くの者に多くの力を与えました」
とつとつと語り始める女神。
「『植物を元気に育てる』みたいなかわいらしい願いもあれば、『目に見える全てを焼き尽くす』なんて物騒なものもありました」
どこか遠くを見るような女神は初めて会った時の様に感情が見えない。
「異世界は危険がたくさんあります。だからそれも必要だと思い、全てを与えてきました」
「その結果が……」
「はい」
本来は魔物と戦ったり生活を支えるための力なんだろうけど、利己的な事に使う人が出てきてもおかしくない、ましてや三千人もいれば色んな考えがあるものよね。
「あなたはその強大な力を誰かを守るために使うと言いましたね」
「うん、目指してるのは俺TUEEじゃなくてスローライフだからね」
人と争ったり傷つけあったりする事は前世でもう十分だ、キチンと退職願も出して清算済みだよ。
「はい?」
「なんでもないよ」
女神は立ち上がると真っ白な虚空を見つめながら笑う。
「あなたがこの世界でどう生きるのか、見届けさせてくださいね」
期待なのか諦観なのかわからない笑顔だ。
まぁ私は私らしく生きるだけなんだけどね。
「ではまた会いましょう」
「うん」
やがて意識は白い空間と混ざりあい、境界が曖昧になって意識が浮上していくのを感じる――
目が覚めるとなんだか部屋の外が騒がしい。
「なんだろう、朝から頭に響くよ」
いつもの固いパンを水で一気に流し込むと、ようやく目が覚めてきた。
身支度を整えて朝の集合スペースへ向かおうとドアを開けるとちょうどマリアとクロエが出てきた所だった。
「おはよう!モモ」
「……おはよ、もも」
むむ、クロエちゃんは低血圧なのかな?目が開いていないよこの子。
「……もも、今日は狩りの同行するんじゃなかったっけ」
「カリノドーコー?」
なんのことだろう、小首をかしげると前方から淑女らしからぬ足音が聞こえてきた。
「もー!まだこんな所にいる!いくわよモモ!」
長めのスカートもなんのその、ツインテールを揺らしてノインがやってきた。
あらあらとマリアは微笑ましそうにそれを眺める。
「ちょ、ちょっと行くってどこに?」
「領主様の狩りの同行よ!昨日言ったでしょ!」
「言ってないよ!」
「そ、そう?」
明日はがんばろうとは言われたけど、具体的に何も聞いてない。
おそらく私の力の事で頭がいっぱいだったのかな?
「じゃあ行きながら説明するわよ!」
「えっちょっ」
二人に見送られながらぐいぐいと引っ張られてしまう
「頑張ってね!モモ!」
「がんばれー」
グリーア領の領主、つまり私たちの雇用主であるキオン様は領を治めるだけでなく、自ら魔法と剣をで戦うことができるちょっとすごい人だった。
その為、領内の魔物が増えすぎると領主自らが定期的に狩りに出かけているみたい。
もちろんそれ位で領内の魔物が激減するわけではないんだけどね、どちらかと言うと領民に向けたパフォーマンス的な側面が強い。
そして今日が月に一度の狩りの日、最低限の使用人を連れて北にある森へとこれから向かうという訳。
「で、今回は私とノインに順番が回ってきたのね」
「そうよ、と言っても私たちは、ほとんどする事無いけどね」
キャンプ地で軽食や紅茶をふるまう際にはお姉さまメイドが対応するし、力仕事なんかは男性の使用人が主に行う。
見習いメイドの狩り同行の際の仕事と言えば、ただの荷物番や小間使いである。
なんなら屋敷に居るときよりやることが少ない。
つまりメイド見習いにとってはちょっとした遠足気分みたいな感じ。
前日から準備していた荷物を運搬用の馬車にそれぞれ積み込む。
私たちも軽い物を運んでいたのだけど、途中であるものが目に入る。
「「うっ」」
私たちは同時に声を上げてしまった。なぜなら同行するメイドが例のいじわるお姉さまメイドの二人だったのだ。よりによって……。
「大丈夫よ、領主様の前で嫌がらせなんてできないわ」
ノインは私にだけ聞こえるように耳元で囁いた。
黙って頷くと私たちは続けて荷物を馬車に乗せて、自分たちも同じ荷物の様に馬車の奥へと押し込められる。どうやらお姉さまメイドたちは別の馬車のようだ。
少しだけほっとする。
最後に男性陣が鞍の付いた馬に乗り込み、馬車の御者席にも座り、いよいよ北の森を目指す。
朝の少しだけ冷たい空気を切り裂くように山の稜線から差す日差しが美しい。
ついに冒険が始まる、なんて異世界探索気分も程々にあったのだけど…。
「風景、飽きてきたわ」
「そうだね…」
なぜなら北の森までは延々と続く農耕地に山といくつかの住居しか見えない。
さらに言えば現代人に長距離の馬車はなかなか辛いものがある。
早くも馬車の中で私達は退屈な時間を過ごしていた。
「仕事がいっぱいなのも大変だけど、何もないのも暇ね」
自分の前髪に息を吹きかけている彼女は、メイド見習いの服を着ているけどなんとなく所作とか仕草がどこかのお嬢様のようにも見える。
「ねぇノインってどうしてメイド見習いになったの?」
聞いてからまずかったかなと少し後悔した。
じっと私を見る目は責めるわけでも困ってるわけでも無いように見える。
「……そうね、私の家って有名な商家だったんだけど、色々あって没落しちゃって、両親も亡くなって、色んなツテを頼っていたら最終的に領主様のお屋敷で働くことになったの」
「あぁ~……ごめんなさい」
これは軽く聞いたらだめなやつだったね。
「別にいいわよ、珍しい話でも無いし」
ノインが歳のわりにしっかりしているのは、そうしないと生きていけないような環境に居たからなんだ。
初めは小さな子が早く大人になろうと背伸びしているのかと思ったけど、そうじゃない。
早く大人になる事でしか生きていけなかったんだ。
「私もあなたみたいに魔法が使えたらもっと選択肢があったんだけどね」
「だ、だから、魔法じゃないってば!」
「魔法を使えないわたしからしたら同じようなものよ」
言わんとすることはわかるけどそこは認めるわけにはいかないよ。
「あれ?」
くんくんと鼻を鳴らす。
「なによモモ、犬みたいにして」
「雨の匂いがする」
後ろの幌を少し開けると、確かにポツポツと雨が降り始めている。
「最悪ね、山の上の雲が厚いからもっと降るわよ」
「テント設営までに止んでくれればいいけど、無理そう」
幌をたたく雨の音が徐々に強くなっていく。
少し前から北の森には入っていたが、テント設営予定地はもっと奥らしい。
「馬車が止まったわね」
一行の流れが止まる気配がする、あちこちで馬の鳴き声が聞こえる。
「北の森最初の道しるべの大樹だ!木の下にテントを設営する!」
前方の方から声が聞こえた。
「道しるべの大樹?」
「モモは何も知らないのね、アレよ」
見上げるとそこにはひときわ大きい木がある。
枝は空を覆い完全ではないにしても雨を遮ってくれている。なるほど、これが道しるべの大樹なのね。
「北の森に限らずこうした大きな木は道しるべの大樹と呼ばれているわ。明らかに他の木とサイズが違うから目印になるのよ。木の根元には石碑があるでしょ?あれに数字が彫っているわ」
歴史ある遺産は見ていて楽しいね。
まだ昼を少し過ぎた頃だけどテント設営が始まった。
おそらく今のペースで本来のキャンプ地まで行くと、夜になってしまうからだろう。
力仕事では役に立たないメイド見習いは馬車で待機となるが、ここまでの道のりがあまりに退屈だったために周囲の目を盗んで少しだけ周辺を散策することにした。
入ったばかりとは言えこの森は魔物の生息地。
あちこちで魔物除けの香を焚き、焚き木を燃やしている。
馬は水場の近くの木に繋ぎ、設営したテントの横に簡易ベンチを置いている。
「道しるべの大樹はそれ自体が簡単な魔物除けの結界になるわ。弱い魔物なら近づいて来れないの。今テントを張るならここしかないわね」
「ノイン、詳しいね」
「本で読んだのよ」
少し顔を赤らめながらノインは返事をする。
確かに、よく見ると以前にも焚火をした後やテントの端材などがその辺りに散乱している。
来た時よりも美しくというのがキャンプ場のマナーだと思うんだけどね。
ぼーっとしていると後ろから現れたお姉さまメイドに気づかなかった。
「邪魔よ、あんたたちは馬車に引っ込んでなさい」
「は、はい」
やっぱり敵視されているなぁと感じながらも、言ってることは間違っていないので私たちは顔を見合わせて馬車の荷台へ戻ることにした。
その時だった。
「魔物だ!魔物がでたぞ!」
「西側の方だ!火を絶やすな!」
大樹の反対の方から大きな声が響き渡る。
同時に金属が固い物にぶつかる音が聞こえてきた。
「ひっ」
お姉さまメイド達は慌てて我先にと馬車の荷台へと駆け込む。
「モモ、わ、私たちも馬車にいくわよ」
「ねぇノイン、魔よけの結界やお香を焚いてるのにどうして中に入ってきたのかな」
「それは……」
考えなくてもわかる、それだけ強力な魔物が現れたという事だ。
となると馬車の荷台に居ようがここにいる限り脅威は同じである。
「モモ!」
気づいたら私は走り出していた、今ここで何とかしなければ私の友達に危害が及ぶかもしれない。
西側では領主と剣を構えた付き人二人が魔物と向かい合っている。
「あれが……魔物!」
黒くて巨大な狼が一頭、角も何もなくて一見すると自然の動物の様にも見えるけど魔物の特徴でもある赤くギラギラした瞳がその危険性を象徴していた。
グゥルルルル…!!!
地鳴りのような鳴き声がお腹まで響いて来る。
私は大樹の陰から戦闘を見守ることにした。
できれば目立ちたくないので、領主と付き人が撃退してくれるのが一番良いのだけど…。
ここは状況を見て、動く必要がある。
狼は動かない、かなり慎重な性格の様だ。
付き人の一人が緊張に耐え切れなくなって前にでてしまう。
「う、うわあああああ!」
大きな動きで切りかかろうとするが狼は冷静にそれをサイドステップで交わしカウンターを仕掛けようとしてくる。
ゴアッ!!!
だが狼の目の前に炎の柱が上がる。
「バカもの!すぐに下がれ!」
領主の魔法が魔物と付き人の間に発動した。
狼は落ち着いて一歩下がり全体を見ながら再び膠着状態になる。
「領主様、こ、コイツは……」
「ドラゴンウルフだな、体毛は魔法すらはじく頑強な鎧、火こそ吐かないがドラゴンと同等の牙を持つという魔物……いったいなぜこのような森の浅い場所にいるんだ」
アオォーーン!!
耳をつんざくような遠吠えに思わず耳を塞いでしまう。
「おい……うそだろ」
ガサガサと周囲の下草から黒い狼が次々と現れる。
その数はここから見えるだけでも五匹は居る。
数の優位性は失われた今、どうやって戦うかではなくどうやって領主を逃がすかが最優先になるね。
「領主様、ここは我々に任せて引いてください!」
「我々が少しでも時間を稼ぎます!」
「くっしかし……」
半円状に包囲しようとする狼群、動きに無駄がない。
ここで領主一人が逃げてもほどなく追いつかれて全滅だろう。
最善手はやはりここで倒してしまう事だけど…。
戦力差は歴然である。
「仕方ないね、行きますか」
私は心の中に封印してある黒歴史ノートを思い浮かべる。
その黒い大学ノートは鍵のついた鎖で縛られていてガチガチなのだけど、一つ一つ解いていく。
その中から私は目的の項目を見つける。
「これを使うか……」
私は覚悟を決めた。
俺が辺境の領主となってから十五年が経った。
良い領主と言えるかはわからないが、日々の継続が大切だ。
今日も定例の狩りへと向かう。
あいにくの悪天候でキャンプ地を変更せざるを得なかったが、なにも森の深部まで潜る必要はない。
同行の付き人は王城にて兵士を務めていた二人であり、魔法こそ使えないものの剣の腕は確かだ。仮に予定外の事が起きても難なく対処してくれるだろう。
野営地でようやく一息つくと装備の点検を始める。
北の森は奥へ進むほどに魔物が強くなる。
これは一説では人間の生息域からより遠くへ離れる事が原因の一つと言われている。
とは言え魔物の生態はまだ完全に解明されているわけではない、油断することはできない。
「魔物だ!魔物がでたぞ!」
「西側の方だ!火を絶やすな!」
周辺散策していた者たちの大きな声が響き渡る。
「バカな、こんな浅い層で結界を越える魔物が出るわけが」
付き人を従えて大樹の裏側、西へと向かう。
その場につく前から感じる威圧感に覚えがある。
やはり、か。
グゥルルルル…!!!
ドラゴンウルフと言えば森の番人とも言われていてこんな森の外周部には居ないはずなのに。
森で何かあったのか?
腕は確かだが魔物の圧に負けて付き人の一人が前へ出てしまう。
火の壁を詠唱発動させ何とか引かせたが……
「領主様、こ、コイツは……」
「ドラゴンウルフだな、体毛は魔法すらはじく頑強な鎧、火こそ吐かないがドラゴンと同等の牙を持つという魔物……いったいなぜこのような森の浅い場所にいるんだ」
とは言え一匹であれば時間をかけて討伐することはできる。
通常群れで動かないドラゴンウルフの生態に感謝しなければならない。
アオォーーン!!
だがそんな定説は無残にも裏切られる。
「おい……うそだろ」
ガサガサと周囲の下草から黒い狼が次々と現れる。
「領主様、ここは我々に任せて引いてください!」
「我々が少しでも時間を稼ぎます!」
「くっしかし……」
おそらく意味がない行為だろう、十秒、いや一分延命したところで何だというのか。
もはや狼は様子見をする必要がない、いつ襲い掛かられても不思議ではないのだ。
一か八か攻めに転じるべきか、いやこの数だと一体を抑えている間に他が四方八方から襲ってくるだろう。
詰みだ。
その時だった。
ザッ!
突如として目の前に紫の光と共に何者かが現れた。
ずいぶん小柄な者だとしかわからない、頭までフードを被っていてその正体の判別はつかない。
まさか新たな魔物かとすら思ったのは、その手に持つ黒い禍々しい片刃の剣が目に入ったからだ。
「な、何者だ!」
フードが一瞬揺れるが答えず振り返らない。
肩に手をやろうとすると音もなく一瞬の光を残して消える。
顔を上げると狼の首が次々と残像と共にはねられていくところだった。
「な……に……」
一瞬間が開いて、狼の頭部がドサドサと下草に落ちる。
今の小僧がやったのか、いやあんな動き人間ができる訳がない。
やはり魔物の類ではないか。
「領主様あそこに!」
「むぅ」
その者は少し離れた岩の上に立っていた。
やはり小さい、子供…か?
まもなく瞬きをする間もなく紫の光を一瞬残して消えた。
森は静寂を取り戻し、誰も言葉を発することができない。
俺は緊張で重くなった足をようやく前へ進める。首の離れたドラゴンウルフの元へ行きしゃがみ込んで確認を行う。
「領主様!危険です!」
どう見ても死んでいるのだ、危険であるはずがないだろう。
魔物は死ぬと体の魔素が抜けて硬度が落ちる。それなのに。
「見ろ、死んでもなお、鋼のような硬さだ」
追いついてきた付き人に魔物の死骸を見せる。
二人とも言葉を失う、もちろんそれはドラゴンウルフの強靭さにではない、その首の断面だ。
繊維組織が全く潰れていない、どんな剣豪であれこの様な芸当は不可能だろう。それもこれだけの数を一瞬で……。
こめかみを手で摘まむと浅いため息を吐いた。
「撤収だ、冒険者ギルドに調査を行ってもらう、狼はすべて魔法収納袋に入れろ」
「「はっ!」」
はじかれた様に指示を受けた付き人二人は手早く他の使用人にも指示を出して撤収を始める。
「やはりあれは魔物か、いや、俺たちの言葉に反応を示していた。もしや高位の魔導士なのか…あんな子供がか?」
最後にいた岩場へと向かう。
移動速度が尋常ではなかった、だが身体強化魔法で片づけていいのか。
「ふぅ、ここか」
五十メートル程歩くと確かにあの小僧が立っていた岩についた。
何か手掛かりはないかとあたりを見渡すが、何もない。
「…………」
何もないが……。
「子供……いやまさか」
もうすぐ日が暮れる、夜の移動は危険だが幸い森に入って間もない。
撤収したらすぐ森を抜けて領地へと戻ろう。
フードを脱ぐと急いで畳んで馬車の奥へと入り木箱の隙間へと押し込む。
「ふぅ、バレてないよね」
初めて魔物と対峙したがミラクル暗黒モードになっている時は根拠のない自信に溢れアドレナリンドバドバである為、難なく討伐することができた。
「モモあなたもしかして」
「き、聞かないで」
ノインはそれから何も言わずに抱きしめてくれた。
「ありがとう、私たちの為に力を使ってくれて……」
「うん、あの、そ、そうね」
いっそこの力を恥ずかしげもなく受け入れてしまえばどれだけ楽だろう。
ノインの中で私が力を行使したがらない理由のハードルが上がっている気がする。
詳しく話せない事を心の中で詫びつつも、小さく震えるノインを抱きしめ返す。
「もう、大丈夫だよ」
「うん」
行使した力は……まぁチート能力のバーゲンセールだ。
高速で移動してミラクル暗黒パワーの剣で首を落とした。
うん、言葉にするとこれはひどい。
何故そうなるのか、どうしてこうなるのか、中二だった頃の私は「かっこいいから」の一点張りで物理法則を無視したアイデアを黒歴史ノートに刻み続けていた気がする。
「うっ!」
「モモ!?大丈夫?」
突如頭を抱えうずくまる私。原因は秘められし暗黒の力を使った反動、ではなく後からやってくる羞恥である。
「……うん、しばらくじっとしていたら治るから……」
「やっぱり、あなた、とんでもない代償を払って……」
うーん、違うんだよ。いや代償を払ってるのは間違いないからあながち違うとも言い切れないかな。
その時、馬車の入口からお姉さまメイドの一人が顔を出す。
「あんたたち!魔物が居なくなって撤収するから手伝いな!」
「で、でもモモが」
「なによ!」
ズカズカと馬車の奥へ踏み込んでくる。
そこにはうずくまってる私がいる。
「ハッ!怖くて動けないのかい、情けないね!」
「違います!モモは!」
私は素早くノインの手を握る。
はっとした顔でノインはこちらを見る。
「……すみませんお姉さま、モモの分も私が手伝います」
「フン、早くしな」
そう言うとお姉さまメイドは馬車から外へ出ていった。
「ご、ごめんねノイン」
「いいのよ、あなたは私の英雄なんだから」
「(英雄……)」
そう言うとノインは素早く立ち上がって馬車の外へ出た。
「英雄なんかじゃないんだけどな」
程なくして撤収を終え、一行は再出発をした。
日が沈む前になんとか森を出る事ができたが、強行の日帰りである為、誰もが疲労の色を隠せない。
それでもあの生きた心地のしなかった魔物襲来の時に比べればだいぶマシである。
やがて日も落ちてきた。
馬車の前に魔法で作り出した光る石がある。
本来野営時に使用するものである為に頼りない光ではあるが、月明りもあって道はなんとか見える。
疲れ切った私たちは馬車の奥で眠りにつく。
お疲れノインちゃん、そして私。
日の光を感じて私は目が覚める。
相変わらずガタガタとする馬車の中でよく眠れたものだ。幌の正面の隙間から覗くと領主の屋敷がちょうど見えてきた。
「ノイン、起きて」
「……ん、むぅ」
雇い主も含む大人たちが夜通し馬を走らせてる中で、ぐぅぐぅと寝るのは体面上よくない。
「ノイン」
「……起きたわ、おはようモモ」
寝床なんて呼べない場所だから、どうにも体がバキバキだ。
メイド見習い服もドロだらけだし、早く洗濯したい。
屋敷についたけれど、出迎えは居なかった。
それはそうだ、予定では今日じゃなくて明日の夕方に戻るはずだったのだから。
くわえて早朝である。
門の前に一行が止まる。
どうやら別の馬車から降りた使用人が門兵を呼びに行ったようだ。
「とんでもない一日だったわね」
「うん、これなら屋敷でじっとしてればよかった」
「そしたら皆なかよく魔物のおなかの中よ、ふぁあ」
それもそうねと笑う。
やがて門が開き整列した使用人が見える。慌てて準備したのだろう、マリアの長い髪の毛がボサボサだ。
それを見て「あぁ無事に帰ってこれたんだな」と安心した。
ひとまず今回の狩りに参加した者は昼過ぎまで体を休めよとの指示が出た為、遠慮なく自室で休むことになった。馬車でも寝たけれど、やはりちゃんとベッドで寝ないとだめだものね。
「おつかれ様ノインにモモ。大丈夫だった?ずいぶん疲れているみたいだけど」
「……戻るのも早かった、狩り、失敗?」
マリアとクロエが興味津々で聞いて来たけどノインがそれを遮る。
「ごめん、二人とも、ちょっと疲れちゃったから私達は一旦寝るわ」
「それもそうね、こっちこそごめんなさい引き止めちゃって。ゆっくり寝てね」
まだちょっと何があったか聞きたそうにしていたけれど、小さく手を振って送ってくれた。
「つかれ…た」
自分の体を簡易ベッドに放り投げるとそのまま眠りについた。
昼過ぎに目が覚めメイド見習い服を着替えると軽く背伸びをする。
「うん、ようし頑張」
「モモ!」
「うわっ!」
ドアが開くとそこにはマリアとメイド長が居た。
「えっ?な、なんでしょうか」
「領主様がお呼びよ、すぐに来なさい」
んん?なんだろう領主様直々に私をご指名?
もしかして遅くなったけど歓迎会でも開いてくれるのかな?まぁそんなわけないよね。
長い廊下を歩いていくと領主の部屋の扉が見える。
「あ、あのメイド長、私何か悪い事をしたのでしょうか……」
「……」
それには何も答えず、随行してくれたマリアも何が何だかわからないと言う顔をしている。
もしかしてバレた?いやそんなわけないよね。フードも被ってたし顔も見られてない。
「失礼します!」
屋敷の部屋の中で最も立派な扉が開かれる。
部屋の清掃で何度か来ているとは言え、その領主の椅子に主が座っているとまるで別の空間だ。
先に来ていたのか部屋にはノインもいた。
「うむ、メイド長下がっていいぞ」
「はっ、……マリア、貴方も出なさい」
「で、でも」
無理やり部屋の外へと連れていかれるマリア、残されたのは領主様と私とノイン。
直接話したことは一度もなかったけれど、こうして面と向かうとすごい威圧感だ、お顔がこわい。
「うむ、この度の狩り遠征ご苦労であった」
「「はいっ!」」
初手労いの言葉と来たか、もうこの時点でヤバイ。なぜならメイド見習いはほとんど同行しただけでロクに手伝っておらずご苦労様と言われるのはおかしい。
「お前たちは狩りの同行は初めてだったと聞いている、間違いないか」
「あの、はい、初めてでした」
「私は二回目でした」
あ、そうなんだ。どおりでノインちゃん私より詳しかったわけだ。
「そうか、今回は強力な魔物に襲われてしまったわけだが……」
来たっ!
「お前たちはその時どうしていた?」
領主の眼光は鋭く、口調こそ穏やかだがウソは許さないと言外に伝わる圧を感じる。
「わ、私たちは」
「馬車で荷物の番をしておりました!」
ノインは大きな声で答える。
まぁそう言うしかないよね、あの時は他にできる事は無かったし。
「神に誓ってか?」
「カミ……!?」
「神に誓ってです!」
あーあ誓っちゃったよ。
「そうか、では魔物の居た場所には近づいていまいな?」
「ええ!もちろんです。そんな恐ろしいところへ行くなんて!」
領主はじーっと見ている。
あ、これ完全に疑っている目だ。でもどうして?
「実はな、以前屋敷に勤めていたメイドが使用人と駆け落ちして隣のヴィクスヘルム領へ逃げた事があってな」
「は、はぁ」
急な話の転換にきょとんとしてしまう。
「若気の至りと俺は許したのだが、周囲はそう思わなくてな。再発防止の為に一つ手を打ったんだ」
「はい」
「……お前たちの靴は屋敷の支給品だが、靴の裏に我が領の紋章が隠しで入っている」
「「えっ」」
私たちは片足を上げて靴を見る。
よく見ると独特な形をしている。言われてみれば領の紋章を少し崩したようなマークに見えなくもない。
「もし今後脱走した者が居ても靴に気づかなければ土に跡が残るという訳だ」
な、なんじゃそりゃあ!
舗装した道ばかり前世で歩いていた私にとって、足跡なんて古い探偵作品にしか出てこないものだと思っていたよ!
「そして俺が最後に見た小柄なフードの者が立っていた場所に、その足跡が残っていたという訳だ」
「で、ですが岩の上に足跡なんて残るわけが!」
「……なぜ最後に居たのが岩の上だと知っている?」
あーっや、やられた……!
「ははは、すまんな靴の裏の話は全部ウソだ」
「ひえっ!」
朗らかに笑う領主は楽しそうに私たちを見る。
「お前たちのどちらかが俺を助けてくれたんだな?」
もうこれは今更違いますとは言えない空気だ。ノインは額に手を当ててうつむいている。
「…………はい、私です」
さすが領主だ、私が騙されやすいのもあるだろうけど海千山千の交渉などもしてきたのだろう、初めから隠せるわけがなかったのだ。
「領主様、いつお気づきになられたので」
「いや、あの時我ら以外、誰もあの場所にいなかっただろう、あとは身長と、勘だな」
「あははは……」
「さて、モモと言ったな、お前は俺を含む数名の命の恩人なわけだが…」
「そう…なりますかね」
実際には友達のピンチを救うためだったのだけど結果的にはそういう事になる。
「そうだ、さて命の恩人に対して当然俺は恩を感じている」
なんだ領主様良い人じゃない、誰よ怖い人なんて言ったのは。私よ。
「だからこのまま何もしないというのも俺の気が収まらない、何か俺に対して願い事があれば言ってくれ」
「もったいないお言葉です。私はなにも」
「そうか、もし何かあったら言ってくれ、俺に何かできる事があれば便宜を図ろう」
うーん、いきなり言われてもすぐには思いつかないな、しいて言えば……。
「あの…それでしたらお願いがございます」
「おお、なんでも言うがいい」
「今回初めて屋敷の外へ出て世界が広い事を知りました。なので……世界を見て回りたいです!」
「モモ……!」
思えばこの世界に来てから領主の屋敷以外あまり世界について知らなかった。今にして思うとそれは勿体ないのではと今回の遠征で感じた。
「ふむ……よしわかった。冒険者ギルドへの紹介状を書こう」
「ありがとうございます!って冒険者ギルド?」
「そうだ、世界を見て回るなら冒険者になるのが手っ取り早いな」
どうやらこの世界ではほとんどの人が自国で一生を過ごすらしい。
国を渡り歩くのは一部の貴族か自由気ままに冒険をする冒険者の二つとなる。
関所などで冒険者カードが必要となるのだ。
「まぁお前なら一流の冒険者にもなれるだろうしな」
「あはは、それはちょっと」
スローライフを目指す私には方向性があわないかな。
「もちろん合わなければ戻ってきても構わないぞ、あぁ、だから退職届は出さなくていい」
「あ、あの、もう一つお願いがあるのですが……」
第三話 旅立ちの日に
狩り遠征から一週間が過ぎ、私は奴隷から見習いメイド、見習いメイドから冒険者へとジョブチェンジすることになった。
人生は何が起こるかわからないものだとつくづく思うよ。
メイド見習い服をクローゼットにしまうと私は黄緑色のエプロンドレスに袖を通す。
元々持っていた奴隷のボロ布服は初日に廃棄されてしまったようで領主様が用意してくれた物だ。
「さて、そろそろ行こうかな」
必要最低限の荷物をいれた小さなベージュのトランクを持ち、カンカン帽を被ればあら不思議どこへ出しても恥ずかしくないお嬢さんの完成だ。
最後にお世話になったクローゼット鏡で身だしなみを整える。
「よし、かわいい」
にへと笑いながら明るいブラウンのローファーでとんとんと床を鳴らす。
玄関へ向かう途中いじわるお姉さまメイドが私をチラッと見る。
ふふん、どうだ可愛いでしょう。
もう一度振り向くともうどこかへ行ってしまっていた。
「むぅ、まぁいいけど」
玄関を開けると夏の終わりの日差しが降り注ぐ。
「遅いわよ!モモ!」
「あらあら、良いじゃないこれから旅立ちなんだからしっかり準備しないとね?」
「……もも、お嬢様みたい」
「うん!ありがとう」
みんなの見送りがとてもうれしい。
初めはマリアお姉ちゃんが私もついていく!と言っていたのだけど、ノインやクロエを置いていくわけにもいかず、最終的に断念した形となった。
領主様にお願いして見習いメイドに嫌がらせをしないようにお願いもしたから安心だ。
当面の旅の資金はもらったので、まずは乗り合いの馬車を利用する事にした。
グリーア領は南北に補足伸びた地形となっていて東西は山に囲まれている、北側は延々と農耕地が続き、その先には魔物が生息する森林が広がっている。
「それじゃあ、みんな行ってくるね」
「モモ、体に気を付けてね」
「何かあったらすぐ戻ってきなさいよ!」
遠く見えなくなるまで手を振ってくれた。この世界で初めてできた友達だからきっとずっと忘れないよ。
目的の馬車乗り場はここから南の方角にある。
一人になった私はあまりキレイに舗装されていない道を歩いていく。
振り返るともう屋敷は見えない。もう一度私は頭を下げる。
やがて簡単な木組みの馬車乗り場へ到着する。
「……ここで合ってるよね?」
言われないと気づかないレベルの建物だ。申し訳程度の屋根があるだけで柱には書きなぐりの時刻表が貼ってある。
「次は十時ぐらいか、のんびり待つかな」
メイド見習いの頃は屋敷にある時計を見ながら確認していたけれど、今は時計がない。
時間に縛られないというのもまたスローライフかなと笑う。
それから三十分ほど待ってようやく乗合馬車がやってくる。
「おや珍しい、ここでお客さんとは」
御者のおじさんがひょいと顔を見せる。
「一人です。南の街までよろしくお願いします」
運賃を先払いして中へ乗り込むと小さな男の子とお母さんが乗っていた。
「こんにちわ!」
「こんにちわ、あらお嬢さん一人かしら」
「はい、こんにちわ」
北の農耕地からきたのだろう、親子にあいさつを返す。
「おじさん、ここから乗る人って少ないの?」
「そうだなぁ、ここは領主様の屋敷に近いんだが、そちらの方々は私用の馬車で移動される事が多い。そんで一般市民は領主様の屋敷にほとんど行かないってわけだ」
なるほどね、しかも屋敷から微妙に離れているし利便性はイマイチだ。
乗合馬車は屋敷の馬車より大きいが飾り気のないシンプルな作りとなっている。
中は左右に長椅子があり、外を見るための窓が側面についている。
流れる景色にポツポツと民家が増え始め、気づけば街並みが見えてきた。
「街だ!」
くすくすと笑う仲良し親子のお母さん。
完全におのぼりさんにしか見えないだろう。でも仕方ないじゃないこっちに来てから初めての街なんだから。
乗合馬車を降りるとおじさんや仲良し親子から生暖かい視線をもらい、若干恥ずかしくもなるけど…いいんだ。
だって私は子供なんだもの。
「石畳の道だ」
ローファーでコツコツと踏みしめてみる。音を鳴らすだけでもう楽しい。
「おじさん、冒険者ギルドってどっちにあるの?」
「ん?お嬢ちゃん冒険者ギルドへ行くのかい?」
少し困ったような顔をしておじさんは尋ねる。
「はい!」
「……それなら大通りをずっとこのまま南へ行くと良いぞ。特徴的な看板があるからすぐわかるだろう」
「ありがとうございます!」
「お姉ちゃん、またねー!」
仲良し親子とも別れ、さっそく冒険者ギルドへ向かう事にした私は、街並みや露店なんかを覗きながら歩いていく。
大通りに多くの人が行きかうとても賑やかな街だ。
しばらく行くと大きな剣の看板がある建物がみえる。あれかな?
こそっと入ろうとすると大きな声と共にドヤドヤと大人の人が出てくる。
「わわっ!」
危ない、もう少しでぶつかりそうだった。
大きな剣を担いだハゲマッチョと弓を持ったお兄さんだ。
「おう、あぶねえぞチビッ子!」
「どいたどいた!」
体格差もあってみんな萎縮してしまう。
「ちょっと!危ないじゃないですか!」
「あぁん?」
「おうおう、子供のくせにいい度胸してるじゃねぇか」
私に手を出そうとした瞬間、ハゲマッチョの後ろからよく通る声が聞こえてきた。
「あの、私も子供なんですけど」
ハゲマッチョはビクリと手を止める。
弓使いのお兄さんも冷や汗をかいて真っ青だ。
そこには私よりも小さな女の子が居た。
絵本で見るようなとんがり帽子に黒いローブ、先がくるんっと撒いている木の杖。あまりにテンプレな姿にハロウィンの仮装ではないかとすら思う。
「い、いやすまねぇ……嬢ちゃんも悪かったな」
「……申し訳ない」
最初の態度がウソのようにハゲマッチョと弓男はペコペコと頭を下げる。
「い、いえ、お気になさらず……」
毒気を抜かれるとはこのことだろう、赤い髪の魔法少女が最後に一礼して去っていった。
「なんだったんだろう」
気を取り直して中へと入る。
少し薄暗く、さっきのハゲマッチョみたいな男や武器を持った人、そして見たことない動物みたいな人がひしめいていた。
「あの人動物の耳がついてる…。あっちはトカゲみたいな人もいる!」
亜人という奴だろうか、いっきにファンタジー感が来たね。
客観的に見て場違い感がすごい私は足早にカウンターへと向かう。
「すみません」
声をかけるけど気づかない様子だ。
それもそのはずカウンターの高さと頭の位置がほぼ同じであり、向こうからは小さな頭がギリギリ見えている様な状態だからね。
「あの!すみません!!」
「わっ!びっくりした、いらっしゃい……ませ?」
カウンターのお姉さんは椅子から立ち上がりこちらを覗きこむ。
「あらかわいらしいお客さんね、お嬢ちゃんどうしたのかな」
「私達冒険者ギルド登録したいんですけど!」
「あー…登録できるのは規定があってね、成人、えっと十五歳以上って決まっているの」
「えっ」
どういう事?もしかして領主様ってば知らなかったのかな?
「あ、あの実は領主様に紹介状を頂きまして」
「キオン様の紹介状?見せてくれるかな」
わたしは鞄から紹介状を出して見せる。
「グリーア家の紋章…本物ねどれどれ……」
そういえば紹介状って何が書かれているんだろう。
「えっ」
「えっ?」
受付嬢のお姉さんは紹介状から顔を上げて私を見る、それからもう一度紹介状を見てからまたこちらを見る。
それからおもむろに立ち上がると部屋の奥へと行ってしまった。
ぽかんとして待っているとまたさっきのお姉さんがやってくる。
「ちょっと奥の部屋まで来てくれるかな?」
「えっ、は、はい……」
な、なんだろう嫌な予感しかしないんだけど。
そのまま奥の部屋へと通された私はやや大きめの応接室の部屋へ。
「ギルマス、お連れしました」
「ご苦労様なのです」
わ、うさぎさんだ。
頭からうさぎの耳が生えたピンク髪の女の子がいる。
「えっとモモちゃんって言ったかな、その辺に適当に座ってくれますですか?」
「はい」
その間に受付嬢のお姉さんが来客用のお茶をだしてくれる。
「うん、ありがと。さてと、あの堅物領主のキオンがわざわざ女の子寄越してまでジョークを言うはずがないからこの紹介状は本物なんだと思うんだけど……」
うさみみ少女の目がきらりんと光ったように見える。
「貴方がドラゴンウルフ5匹を討伐をした謎の冒険者なのかな?」
「ええっ!?」
確かに口止めはしなかったけど私のプライバシーは一体どこへ……。
「ウフフ、紹介状に直接書いているわけじゃないけどね、以前の報告書と照らし合わせればわかるです。それに今の反応で確定なのです」
「ひえっ!」
またやってしまった。この世界の人はカマをかけるのが好きなのかな……。
「そんなに怯えないでミラクルガールさん、強い人はどんな人でも歓迎なのです。素直で可愛ければなおの事です」
「ええっと私はのんびり旅がしたいだけなのですが」
「え?そうなのです?」
うさみみ少女は受付嬢と顔を見合わせる。
「ちょっと待ってなのです」
そう言うと部屋の隅へ移動して受付嬢さんと内緒話を始める。
うーん、嫌な予感がするので帰ろうかな?
「待って!帰っちゃダメなのです!」
そのうさ耳は地獄イヤーですか?そうっと立ち上がった音に気付かれてしまった。
「コホン、冒険者ギルドに登録するにはいくつか条件があるのはご存じですか?」
トタタっと近づいてきたうさ耳に圧倒されながらも、さっき聞いた話だからさすがに覚えているよ。
「十五歳以上じゃないとダメって聞いたよ」
あれ?でもそうするとさっき入口で出会った魔法少女は?
「その通りなのです!まぁ他にもいくつかあるのですがここでは割愛させていただくのです」
「お茶をどうぞ」
受付嬢さんにも回り込まれてしまった。これは話を聞くまで返さないと言う意思表示なのかな。
「この条件についてなのですが、特例としてAランク以上の実力があれば年齢を問わないと言う追加ルールがあるのです」
「Aランク、ですか」
「モモさんはドラゴンウルフの群れを単独討伐しています。よって十分その条件を満たしているのです」
「そ、それはどうも」
「ところで、旅の資金などはどうするおつもりでしょうか?」
旅の資金か……当面は領主様からもらったものがあるけど、いずれは底をつきちゃうね。
「ええっとそれは旅先でアルバイトをしたり……」
「ああっ!もったいない!!」
ドンッ!
「ひえっ」
急にテーブルを叩かれたので変な声が出てしまう。
「それは宝の持ち腐れと言うものなのです!シズク、資料を!」
「はっ」
受付嬢さんは何やら紙を机に広げる。
ちなみに異世界の言葉や文字は初めから全て読めるようになってる。女神さまの恩恵かな?
「低ランクの冒険者は定期的にそのランクに見合った活動を行い、ギルドに報告する必要があります。その上、装備や回復薬と言ったものは全て自費で賄わなければなりません」
反対側からうさみみがぴょこんと飛び出す。
「ですが高ランクの冒険者はギルドから手厚ーい待遇をうけることができるのです!」
「そ、そうなんですね」
「ある程度の活動資金なんかは経費が出ますし、低ランク冒険者と違い定期報告もありません!高ランククエストは報酬も大きいです!ぜひとも我がギルド支部のAランク冒険者になってくださいなのです!」
「ま、待ってください!」
あまりにまくし立ててくるので怪しい事この上ないよ。
「ちょっとその資料見せてもらっていいですか?」
「良いですよ、どうぞご覧になってください」
約款や説明書は時間がかかってもキチンと隅から隅まで確認する性格である。
資料に怪しいところはない、高ランクの冒険者が手厚い待遇なのは間違いない。だけど、これは……。
「あの」
「はい、なんでしょう」
「二十二ページの次が二十四ページになっているんですが」
「うっ!」
「抜けたところを見せてください」
ニコリ。必殺幼女スマイル。
「あ、あら、私とした事がこのような凡ミスを……」
「じー…」
僅かに震える手で渡された抜けたページにはとんでもない事が書かれていた。
「……なになに、高ランク冒険者は手厚い待遇を受けれる代わりに、ギルド依頼の高ランククエストを無条件で協力をしなければならない、さらに高ランク冒険者を多く所属させている支部はそれだけ高い発言権を持ち、実質高い権力を有する……」
部屋が途端に静かになった。
「騙すような真似をしてしゅみません……」
うさ耳はしおしおと垂れてしまった。
「すみません」
受付嬢さんも頭を下げる。
「大丈夫です、私を冒険者ギルドに入れてください」
ぱぁっと表情が明るくなるうさ耳少女と受付嬢。
詳細を確認したのは今後何かあった時に慌てない為であって、雇う側にも何かメリットがないと話がうますぎると思っただけなのよね……。
「初めからお願いするつもりでしたから」
「ありがとうなのです!わが支部初めてのAランク冒険者の誕生ね!」
「って初めて?Aランク冒険者少なすぎませんか?」
一人目ってこと?
「そんなことありませんよ、王都にだって三人しかいませんし、ほとんどの支部はBランク以下ばかりですから」
「それは……つまり、この街の管轄で高ランククエストが発生したら……」
うさ耳少女はてへっと笑う。
「問答無用でモモさんの出番という訳ですね」
あっこれはダメなやつだ。
もしや領主様もわかっててここへ誘導したのでは?
「シズク!」
「はい!これがモモさんの冒険者ギルドカードです!」
「うわっもうできてる!しかも顔写真付き!?いつの間に」
燦然と輝くAの文字、気のせいかカードの材質も高そうに見える。
「実際ランクに応じていい物を使いますよ、Aランクともなると魔法鉱石を加工したものとなります。これはもし紛失しても位置が瞬時にわかるという特別な……」
「はい!わ、わかりました!つつしんで頂戴いたします!」
さすがに全ての話を聞いていたらいつ終わるかわからない。
「それから、最後にこれを」
「腕輪?」
「こちらが赤色に点滅発光したらギルドまでお越しください」
「呼び出しベルじゃない……」
手にはめると自動的に手首の太さにフィットする。
「あ、ご希望でしたら指輪タイプや首輪タイプなんかもありますが、腕輪でよかったですか?」
「はい(なんでも)いいですよ……」
「つけているのはAランク以上の冒険者なので一発でわかりますね!」
私はすぐさま腕輪を見えないように袖の中にこそっと隠した。
ふと窓の外を見ると日が落ちている。
「どうしよう、今日のお宿も決めてないのに」
「モモさん、良かったらこの上の階に宿泊部屋があるのでご利用ください。一階の奥には簡易食堂もありますよ、あ、これ無料券です」
「ありがとうございます」
さっそく三人で一階へ下りると残っている冒険者たちの数もまばらで、食堂も閑散としていた。
適当に壁際の開いた席に着くと今更ながらに自己紹介をしてくれた。
「改めまして私冒険者ギルド受付のシズクと申します。今後とも何卒よろしくお願いいたします」
「私は冒険者ギルド、グリーア支部のマスターのテンセラと申しますです」
「モモです」
テーブルに肉料理がメインの数々が並ぶ。というか肉ばっかりだ。
さすが冒険者ギルドの食事、栄養バランスと言う概念はどこに。
それから領主の屋敷で働いていた頃の話をしたりしつつ、食事を楽しんでいると夜も更けてきた。
「シズク、お部屋に案内してあげなさいなのです」
「はいっ」
食事が終わるとシズクさんに連れられて三階の宿泊施設という名の仮眠室へと通された。
なんとなくその狭さにビジネスホテルを思い出す。
「荷物はそこに置いてください、鍵はこちらです」
「ありがとうございます」
この電灯の様に見えるものも魔法の類なんだろうな、石が発光しわずかに光が揺らめいている。
「モモさん」
「あい?」
「強引に話を進めてしまって申し訳ありません」
部屋の備品の確認をしながらシズクさんは私に言う。
「さっきも言ったけど、元々その予定だったし大丈夫ですよ」
確かに強引と言えば強引だったけど……。
「今更ですけどギルマスも小さな女の子に無理は言わないと思います。何かあったらいつでも私にも頼ってくださいね」
「ありがとうございます」
仮眠室の窓から外を眺める。
魔法の灯りだろうか、点々と道を照らしている様子は前世の世界に似ているようでやはり違う。
「みんな自分の世界をもっているのね」
思えば生前は、目の前の事だけ見て生きてきた気がする。
マンションの隣に住む人がどんな人生を送って生きてきたなんて、興味もわかなかった。
それは転生してからも同じだ。メイド見習いとして屋敷で働いていた時もその狭い世界で満足していたように思う。
この世界でどれだけの人と関われるだろうか。
せっかく新しい世界に来たんだ、もっとこの目で見てみたい。
そんな事を横になって考えていたら、いつの間にか私の意識は夢の中へと沈んでいた。
時は少し遡って冒険者ギルド。
「お疲れさまでしたなのです、ネギさん」
「いえ、仕事ですから」
私、うさみみギルマスこと、冒険者ギルドマスターのテンセラは小さな魔法使いに頭を下げる。
彼女は王都から来た貴重なAランク冒険者の一人である。
両隣で立っているのは、うちが同行させた冒険者だ、ハゲマッチョに弓使い。
「駅までお送りさせますのです。二人とも、頼んだですよ」
「はい、ギルマス」
「了解です」
三人は部屋から出ていく。
「……はぁ~」
ピンと張っていた自慢のうさ耳がしなりと垂れる。
「ギルマスお疲れです」
「シズク、居たのなら隠れてないで私の隣に控えてくださいなのです」
差し出されたお茶を飲みながら文句を言う。
「だってあの子、王都の死神ですよね、血の様に赤い目がとても怖いです」
「そんな事を言うもんじゃないのです」
王都の死神、魔導士ネギは十歳の頃に魔法を極めたと言われる天才だ。
対峙すると恐ろしいのは私も同じなのです。
「それにしてもストームドラゴンの調査ですか、グリーア領に現れたと言うのは事実だったんですか?」
「結局見つからなかったのです。こんな信ぴょう性のない情報でも出張ってこなければならないというのはいささか申し訳ないのです」
依頼書をぺしぺし叩きながら口をとがらせる。
「大方、太ったワイバーンでも見間違えたのです。依頼してきたのが貴族だったので結局ネギさんに来てもらいましたが……」
「あぁそれでですか」
一般人の報告であればもう少し監査してからの任務遂行となるが、貴族は冒険者ギルドの出資者だ、たとえ眉唾の依頼であっても優先して行わなければならない。
「我が支部にもAランク冒険者がいてくれたら良いのですが」
「……もしかしたらという人がいますです」
ガシャン!
カップをテーブルに叩きつけるシズク。
「ほ、本当ですか?」
「まだハッキリしていないのですが、ドラゴンウルフの群れを単独で討伐した人がいるらしいのです。
「ドラゴンウルフの群れ……単独……逸材じゃないですか」
ちらりとテーブルの隅の報告書を見る。
領主が狩りに出た際に森の浅いところでドラゴンウルフに遭遇、そこに小さな謎の冒険者が現れて一掃したと言うやや怪しい報告書だ。
とは言え実際に魔物の死骸は運び込まれている為、誰かが倒したのは間違いない。
しかも硬度ガッチガチなドラゴンウルフの切断面がバターの様になっている。
「もう一押し証拠が欲しいところだけど、まぁ果報は寝て待てなのです」
「そうですね、仕事はまだまだありますし一旦置いておきましょう」
「一旦ね」
「一旦です」
第四話 初出勤です!
階段を下りると冒険者がもういるのか一階はざわざわと騒がしい。
依頼ボードに朝に張り出されるのでそれを見に来る冒険者が多く訪れるそうだ。
シズクさんもギルマスも朝から働いていて、話しかけるのにやめておこう。
しばらくはこの街で旅の資金を稼いでから次の街へ行けたらいいな。
「おう、なんだ子供の来るところじゃねぇぞ!」
むむぅ、すぐ絡んでくるよ。ここは無視するしかないね。
「おい、もしかしてコイツ王都の死神なんじゃ……」
「ば、バカ言えそんなわけあるかよ」
少し距離を開ける冒険者たち。
はて、王都の死神とはなんだろう。
まぁ関係ないか、依頼ボードはこっちかな。
どうやらランク別にボードが分かれているらしく、EランクやDランクのボードは既に半分以上の依頼書がはがされて持っていかれており、CランクBランクのボードにはほとんど人がいない。
「Aランクのボード……は無いのね」
周りの冒険者はぎょっとする。
ざわざわとやはり死神…という呟きが聞こえてくる。
しょうがない、一度にお金を稼ぎたいしBランクのボードでも覗こうかなと足を向けるとそこには太刀を腰に差したマント姿の大きなお姉さん剣士が居た。
「…………」
「…………」
お互い顔を合わせるが特に話すこともない、二人は再びBランクの依頼ボードを見る。
「なになに、ワイバーン、サラマンダー、ゴーレム……の調査依頼って?」
「あぁ、どこに何匹いるか調べるのが目的だな。生息範囲や行動履歴なども記録する」
独り言だったのだけど、お姉さん剣士は腕組をしながら返答をしてくれる。
「ありがとうございます。これって討伐しちゃだめなんですか?」
周囲のざわざわがまた大きくなる。みなさん耳がいいですね。
「討伐……魔物の死骸を持って帰るならそれでもいいが……あまり現実的ではないな。二十人以上でパーティを組めば倒せるかもしれない、でもそれならCランククエストを数人で受けた方が割がいい」
なるほど、そういうものか。
「有益な情報ありがとうございます」
「あぁ、ところで――」
くるりと私を見る。
「君が王都の死神、魔導士ネギか?」
「いいえ?」
なんだネギって、薬味かな?
ざわざわが静まり返る。
「なんだよ子供の冷やかしかよ」
「あほらし、行こうぜ」
蜘蛛の子を散らすとはこの事だろう、どうやら私は誰かと人違いされていたみたいだ。
「……そうか、すまない人違いだったようだ」
お姉さん剣士は子供相手でもキチンとした話し方をするのね。
「いえ、ところでこの中で討伐するとなるとどれが一番稼げますか?」
「あまり大人をからかうものじゃないぞ、子供が倒せる相手じゃない」
「…………」
うーん、これ以上は教えてくれなさそうだね。それじゃあ依頼書の額が一番高いワイバーンかな
背伸びをしてワイバーンの依頼書を取ろうとするけど届かない。
「お、おい」
「はい?」
なんだろう、もしかしてこの依頼書欲しかったのかな?
「話を聞いてなかったのか、子供がどうこうするもんじゃない、そもそもお前成人にもなってない……」
伸ばした袖から腕輪がのぞく。
「お前……まさか」
よいしょっと!
小ジャンプをして紙を取る。
「早い者勝ち、ですよね。それじゃあ」
タタタッとカウンターへ行こうとする私。
「ま、待て」
「はい?」
やっぱりこの依頼書が欲しかったのかな、他にもあるから譲ってもいいんだけど。
「私も同行させてくれないか」
「はい?」
「い、いや、子供が一人じゃ危ないだろう」
うーん、危ない、危ないかなぁ……だけど道中で大人の人に絡まれるのも面倒かも?
でも私が戦ってるところはなるべく見られたくないんだよね、どうしたものかな。
「じー……」
「依頼料はお前に全てやろう、私は同行するだけだ」
「……わかりました。ただし一つだけ条件があります」
「な、なんだ」
「私の名前はモモです。お前じゃありません」
お前呼びはあまり好きじゃないよ。
「すまない、失礼だったな、私はナナだ。よろしく頼む」
私達は二人仲良くカウンターへ向かう。
受付嬢はシズクさんではなかった。
「ナナさん依頼受注ですか、久しぶりですね」
「あぁ、いや私じゃない」
ぴょこっと手を挙げてここにいますよアピールをする。
「私が受けます!」
「あら、可愛いお嬢さんね、でもここは遊ぶ場所じゃないのよ」
困った顔の受付嬢さんはあらあらどうしましょうと困り顔だ。
ドタドタドタ!
「あ、シズクさん」
すごい形相のシズクさんがやってきて応対している受付嬢に早口で耳打ちするとまた持ち場へ帰っていった。
「……た、大変失礼しました。こちらの依頼でよろしいでしょうか」
「うん、いいよ」
「お前……」
冒険者としての初仕事だ、がんばるぞう!
私はシズク、冒険者ギルドの受付です。
午後のピークを過ぎてようやく冒険者の数が落ち着いたころ、ギルマスが現れました。
「シズク、モモちゃんはどうしたです?」
いつもぽややんとしたギルマスが珍しく心配そうに声をかけてきた。
「えっと、今朝Bランククエストを受けてすぐ出発されたみたいです」
私とギルマスの間に沈黙が訪れる。
チラリと依頼書を見る。
ワイバーン調査依頼、岩山に生息すると言われる火竜の調査だ。
「本当にあんな小さい女の子が……」
「この目で実力を見たわけじゃないから、なんとも言えないです。今は無事に帰ってくることを祈って……」
「ただいまー!」
ドアが開いてモモちゃんがトコトコと入ってきた。
私は正直ホッとした。さすがにこんなに早く帰ってこれるわけがありません。
「おかえりなさい、モモさん」
少し遅れて大柄な女剣士が入ってくる。
「ナナさんも同行されたのでしたね、お疲れさまで……」
ナナさんの顔色がおかしい、固く口を結んで頭を押さえている。
「……何かあったのですか?」
「あぁ、できれば奥の部屋で話したいのだが」
私はギルマスに目配せするとコクリと頷いてくれた。
「わかりました、どうぞ奥へ」
ドアが閉まったのを確認するとナナさんは大きな声で叫んだ。
「この子は一体なんなんだ!鬼神か魔人か、その、なんなんだ!」
「落ち着いてなのです。シズク、お茶を入れてほしいのです」
「わかりました」
私は鎮静作用のあるお茶を入れる事にした。その間もギルマスはナナさんに説明を続ける。
「彼女はモモさんといいまして、Aランク冒険者です」
「い、いやそうじゃない。Aランク冒険者であることはわかっている」
「お茶です」
ちらりと見る。
ナナさんはBランク冒険者だ。実績もある実力者で女性という事もありギルド内でも一目置かれている。
少しくすんだ金髪を後ろでまとめていて太刀を腰に差している。
「見るつもりはなかったが、偶然彼女の腕輪が見えた。高ランク者の通知用魔道具だと記憶している」
「詳しいのですね、実物をみたことがあるのです?」
「あぁ、まぁ」
窓際を見るとモモさんは退屈そうに話が終わるのを待っている様だった。
どうみても小さな女の子にしか見えない。
「彼女は、常軌を逸していた」
そう言うとナナさんは魔法収納袋を取り出す。
「ここにワイバーンが一頭入っている」
「た、倒してしまったのですか!やはりモモさんの実力は本物ですね!」
さらにもう一つ小さめの魔法収納袋を出して中からジャラジャラと魔石を出す。
「こっちが全てワイバーンの魔石だ、全部で二十六個ある」
魔石とは魔物の体内で生成される石の事で、加工をすることで様々な用途がある。
「調査任務だったので討伐した場合は死体を持ち帰らなければならなかったのだが、二十七体のうち原型をとどめているのが一体だけだった」
私はゾッとした。
「……ワイバーンは強力な魔物だ。それに対して可能な限り手加減をしていたのだ。まるで紙でできた人形を壊さないようにするかのように」
「そ、そうなのですね……」
それはもう冒険者という範疇におさまらないのでは。
「あの~」
ハッと振り向くとモモさんがいつの間にかとなりにの席に座っていた。
どう見てもただの女の子にしか見えない。
「あの、報告はこれで終わり、という事でいいですか?」
「え、ええっと出来ればですね、もう少し状況を詳しく確認したいところですが……」
「状況ですか、遠くの岩山にワイバーンの群れを感知したので空間転移で移動して、羽を切って落として殴り倒して」
ギルマスも私もそれはそれはぽかんとしていた事だろう。
完全に何を言っているのこの子は状態である。
ただナナさんが神妙な顔をしていることから虚言が含まれていないことがわかる。
「思いのほか柔らかかったので苦労しました!」
これはもう逸材ではなく生物兵器なのでは。
「ギルマス」
「はい、モモさんの情報は可能な限り秘匿するしかないのです」
満場一致で決定された。
それから一週間後。
あの日ワイバーン討伐を報告してからなんだかみんなの様子がおかしい。
ナナさんもシズクさんもギルマスも神妙な顔をして秘匿だと言い出すし。
いわゆる私何かしちゃいました?状態だ。
だけどこれは仕方ないよ。例のミラクル暗黒パワーは加減が難しいんだもの。
報酬が出たのでしばらくのんびりしようかと思ったのだけど……。
「また居るね、今度は三人になってる……」
どうやら私の動向をうかがう諜報部が結成されたらしく、どこにいても視線を感じる。
この頃にはもう能力を使うことに抵抗が減っていて、【周辺感知】を常時使うようになっていた。
冒険者ギルドへ向かい、一直線にギルマスの部屋のドアをノックする。
「はーい、なのです」
ドアを開けるとうさ耳がぴょこんと見える。
「あの、この前にも諜報部の方に解散していただくようにお願いをしたのですが」
「えっ!?」
わたわたと慌てる姿は可愛いけれど、なかなか食えないうさぎさんであることは知っている。
「不思議ですね~通達がうまく伝わってなかったかもなのです~」
「前とはみんな別の人になってますよね。しかも気配遮断が上手になってます」
「うひっ!」
変な声がでたうさ耳は冷や汗をダラダラと流す。
「モモさんには敵わないのです……」
「冒険者ってもっと自由なものだと思っていましたよ」
「お茶です」
いつの間にか現れたシズクさんがいつものお茶をもってくる。
鎮静作用のあるヤツだ。
「うーん、もうぶっちゃけて言ってしまうと、モモさんは冒険者という括りに収まらない存在なのです……」
「あらら」
下手に力を使うべきではなかったのかもしれない。
今後はどこか森の奥にでも引き籠るべきだろうか……。
「私は、これからどうすればいいのでしょうか……」
「私にひとつアイデアがあるのです!」
垂れてしまったうさ耳がぴょこんと復活する。
「その前に一つ聞きたいことがあります。モモさん、貴方の力は魔法ではないのでしたよね」
ワイバーン討伐報告の際に少し話したことだ。
「魔法ではないです」
「それじゃあ魔法使いになりましょう!」
どういうこと?
「モモさんのその力は反則級です。であればちゃんとした普通の力を習得すれば良いのです」
パンが無ければケーキを食べればいいじゃない理論かな、ちょっと違うけど。
「シズク!例の資料を!」
「はい!」
なんだろうこの既視感は。
机の上に広げたのは以前の様な資料ではなくパンフレットだった。
「イドミルシェル王都魔法学園入学のご案内?」
「です!」
「はい!」
そのパンフレットには異世界よろしく魔法学園の様子が描かれていた。可愛い制服に楽しいカリキュラム、一流の魔法使いを育てる設備が全て揃っている、と書かれている。楽しそう。
「あれ、でも私ってA級クエストが来たら強制招集されるのでは」
「きょ、強制とは人聞きがわるいのです……。大丈夫です。滅多にそんなクエストは発生しませんし、最悪王都のAランク冒険者を呼ぶです」
それはフラグでは、と言いかけてやめた。
「魔法か~使えるのかな」
女神にもらったギフトはミラクル暗黒パワーだけだ。
でも異世界言語とか理解できるから初心者パックみたいなのはついてるのかも?
「モモさんの力って本当に魔法じゃないのですか?」
シズクさんは少し疑うように聞いてきた。
「……違います」
魔法と言うと何でもできる不思議な力の様に思えるが、実はあらゆる制限や限界があるのだ。
一方ミラクル暗黒パワーはその制限をあえて無視する。一緒にしてもらっては困る。
「あとモモさんは平穏な生活を望んでいるとか」
「もちろんです」
「それなら一旦そのヘンテコパワーを封印して、普通の魔法使いになればいいのです」
ヘンテコパワーときたか。
「学園を卒業する頃には十五歳になっていますし。冒険者としては悪目立ちするAランクではなく無難にEランクから登録し直す事もできますよ!」
特例ですがと付け加えるギルマス。
「魔法学校か、楽しい学園生活……いいかも?」
「そうでしょうそうでしょう」
「素敵な友達とスローライフ学園生活かぁ」
まさかもう一度学校生活が送れるとは思わなかった。
「来月にはもう入学式なので手続きはこっちでやりますね!」
まるでパーティの準備を始めるかのような楽し気な雰囲気にふと違和感を覚える。
「……待ってください、また何か急いでませんか?」
「お茶でぇす!」
追加されるお茶。
「そ、それは入学手続きをするタイミングがギリギリですので!」
「チャンスは今しかありませんよモモさん!」
ぐいぐいと話を進めようとする二人に不安を感じつつも、確かにこのままでは念願のスローライフを過ごせない。
「あの、学費とかは」
「大丈夫です!全額負担しまぁす!」
無料より高い物はないとはよく言ったものだ。明らかにあやしいよ。
「――まぁ冒険者ギルドが出すわけではないのですが」
小さな声でボソッと家うさ耳ギルマス。
「今何か言いました?」
そこまで言うと部屋の扉が勢いよく開く。
そこには仙人のようなおじいさんが立派なローブを着て立っていた。
「ワシ、参上じゃ」
「……来ていたのですか学園長」
音もなくふわりと入ってくる謎のおじいさんはいったい。
不思議に思っているとおじいさんは私の目の前にやってくる。
というか目の前すぎる、近い。
「この子が例のかの?」
「えぇ、モモさんです」
片眼鏡、モノクルというのかな、英国紳士と言った風貌がドアップに迫る。
「ふーむ、とてもそんな力を有している様には見えんがの」
顎ヒゲを撫でつけながらおじいさんは席に座る。
「初めましてじゃな、ワシはイドミルシェル王都魔法学園の学園長をしておるオルドと言う、ヨロシクじゃ」
「ど、どうも、モモです」
突然の登場に驚く。
「魔法学園に推薦したのはワシじゃ、今学園は新たな風を求めておる。是非そなたのような傑物に入学してほしいのじゃが」
「じゃが?」
「おぬしからはほとんど魔法力を感じないのう、魔力隠蔽か?」
「で、ですから本人は魔法ではないと仰っておりまして、なのです」
慌てて説明するギルマス。
「ほっほっほ、何を言っておる、報告書を読んだが結局は強力な魔法をつかっておるのじゃろ?ワシにはわかるぞ」
「魔法じゃないです」
「……頑固者じゃの、テンセラよ、修練場を借りてもよいかの?」
「が、学園長それは」
「王都からわざわざ来たのじゃ、この目で確かめるくらいはいいじゃろ?」
ところ変わり冒険者ギルドの地下修練場。
天井は建物二階分くらいはあるだろうか、かなりの広さがある。
魔物の解体作業や、冒険者同士が修練したりするのに使うため、壁は魔法壁で覆われている丈夫な部屋だ。
こんな部屋あったのね。
「今からオヌシに魔法を放つ!命が惜しければ防御するがよい!」
「が、学園長それは乱暴なのです!」
問答無用かな。杖を構えた学園長は魔法の詠唱を始める。
光り輝く杖から無数の風の刃が飛んでくる。
「あっ」
まずい!
魔法は自動反射されて学園長を襲う。
「なんと!?」
慌てた学園長は何とか魔法を相殺する。
常時発動している【完全反射】は相手に向かって正確に返してしまう。
周囲のほこりが舞い上がる。
「忘れてました、私は常に魔法と物理を反射させるようにしてるんです」
「じゃ、じゃが魔法反応は一切なかったぞい」
魔法反応とはなんだろう。
「……魔法ではないので」
「オヌシ、何を発動しているのじゃ」
「【完全反射】です」
本当は他にも周辺感知とかあるけど言わないでおこう。
おそるおそる学園長は近づいてきて私の頭に手を触れる。
「……反射されないようじゃが?」
「敵意や害意、危険性が無い場合は発動しません」
「細かい条件も付与された高位魔法を常時行っておるのか……」
あくまで魔法だと思っているようだ。
そろそろ否定するのも面倒になってきた。
「オヌシならあるいは……」
「モモさんケガはありませんか!」
シズクさんが慌てて駆け寄ってくる。
「無いよ」
その場でくるりと一回転してみせる。
「いや、試すような真似をしてしまったすまんかった。その上で頼みたいのじゃが……是非我が学園へ来てくれまいか」
いきなり攻撃魔法をぶっ放してくる学園長がいる学園ですごせるのだろうかとも思ったけど。
うん、魔法学園ってのにちょっと興味があるよ。
どうせならスローライフも目指しつつ、もっといろんな世界を見てみたいしね。
「よろしくお願いします」
「おおっ!そうかそうか!入学手続きは学園でやっておくぞい!」
上機嫌になった学園長は挨拶もそこそこに王都へと帰っていった。
お年の割には動きがアクティブだね。
「……すみませんモモさん。田舎の冒険者ギルドは王都の権威を振りかざされると基本断れなくて」
「そんな事だと思いました」
なんとなくギルマスの事がわかってきたよ。
いわゆる中間管理職的な立ち位置みたい。
「でも良かったんですか?モモさんは魔法が嫌いなのでは?」
そんな風に思われていたのね。
確かにそれ魔法?と聞かれるたびに毎回否定したものね。
「別に嫌いという訳ではないですよ、子供の頃は魔法否定派でしたが」
「子供の頃って……モモさんは今も十分子供だと思うのですが……」
「い、今より小さい頃の話です」
「というか、モモさん魔法は使えるのですか?」
「使ったことが無いのでなんとも」
窓の外を見ると学園長がちょうど馬車で王都へ発つところだった。
学園長からしてみれば期待のルーキーを辺境の地でゲットしてホクホクなのだろう。
気のせいか馬車までウキウキしながら走っていくように見える。
角を曲がってもう見えなくなってしまった。
「魔法って誰でも使えるのでしょうか」
ギルマスとシズクさんは顔を見合わせる。
「正直に言うと誰でも、という訳ではないですね。ざっくり言うとほとんどの魔法使いは貴族や王族です」
「へぇ」
「魔法使いはその血筋からしか生まれません。多くの貴族王族が長い年月をかけて魔法使いの血を取り込んできましたのでそうなりました」
あれ、ヤバくないかな?
「えっと、しかも学園長は言ってましたねモモさんに『ほとんど魔法力を感じない』と」
うんヤバいね。これは。
「……もうヘンテコパワーを魔法と言い張るしか」
「ヘンテコパワーって言わないでください……」
窓の外を見ると雨が降ってきたようで、じっとりと部屋の湿度が上がったように感じた。
どうしよう。
第五話 魔法少女きたる!
王都から届いていた魔法学園の制服に袖を通す。
白いブレザーにチェックのプリーツスカート。水色のネクタイがまぶしい。
「うん……かわいい……」
あれから一か月、結局私は時間もなかったので入学直前まで冒険者ギルドの宿泊室で寝泊まりして過ごしてきた。
気まぐれにいくつかクエストも受けてみたが、どれもチート能力で簡単にこなす為、一部心無い冒険者からはチート少女等と揶揄された。
せめてもう少し捻ってほしいところだ。
部屋に置いてある姿見に写った可愛い姿とは対照的に表情が沈んでいる。
それもそのはず魔法学園入学に向けて魔法を習得しようとしたのだけど、才能が無いのか全く使えなかったよ。
となるともはや手段は一つしかない。
ミラクル暗黒パワーで魔法があるように見せかける。
どうしてこうなったのだろうか。
部屋をノックする音が聞こえる。
「モモ、そろそろ行くぞ」
「ナナさんおはよう」
入学式という事でナナさんが身内役として同行してくれることとなった。
王都で仕事があるからついでだと言っていたが、きっと心配でついてきてくれているんだろう。優しい人だよ。
「ん?モモお前杖はどうした」
杖か……。
私はベランダにかけてあった杖を持ってくる。
「おい、杖は物干し竿じゃないぞ」
「ちょうどよかったもので」
魔法収納袋に杖を入れて、あとは領主様から頂いたトランクに着替えなんかと一緒に詰め込んで準備完了だ。
「呆れたやつだな」
「だって魔法つかえないんですもん」
杖はどうやら魔法力をわずかに増幅させる補助具らしいのだが、全く魔法力というものが無い私には意味のないただの棒であった。
丈夫なので背中をかいたり、色々と便利ではあるのだけど。
「ふふ、まぁいい。外に馬車を待たせてある。簡単なものでいいから朝飯を食べろ」
「はいっ」
階下へ降りてすっかり常連となった食堂でいつものモーニングセットを頼む。
相変わらず肉ばかりであり、朝から胃に厳しい。
他にもお店はあるのだけど、しばらくこの街へ戻らないことを考えると、やっぱり冒険者モーニングセットを食べておきたい。
「ごちそうさまです」
「あいよ!モモちゃん、今日出発だって?がんばるんだよ!」
「う、うん」
食堂のおばちゃんとも仲良くなり、冒険者としての生活も悪くないかなって思ってたけど。
「王都を見てくるよ、おばちゃん」
「あぁ!行っといで!」
食べたお皿をカウンターへ返すと私はナナさんと馬車へ乗り込んだ。
空は快晴。
ギルマスとシズクさんに見送られて馬車はやがて走り出した。
王都へはグリーア領から南西に向かう。
このハルバード王国の中央に位置する王都はこの国で最も栄えている都である。
「モモは王都初めてだったか」
「はい、だから少し楽しみです」
そうかと嬉しそうに笑う。
「私はもともと王都から来たんだ」
「そうなんですね」
少し遠い目をしながらナナさんは話す。
「以前からグリーア領北部の魔物増加が懸念されていてな。王都のBランク冒険者が多く派遣されたのが今年の事だ」
どうやらその時にナナさんはこの辺境まで来たのだそうだ。
「派遣されたのはAランクじゃないんですね」
「そりゃそうだろう、王都の貴族や王族は臆病だからな……おっとこれは内緒で頼むぞ」
御者の人に聞かれないように少し小声で話すと所がなんだかおかしくて笑ってしまう。
たったの三人しかいないAランク冒険者を王都から滅多に出すことはないらしい。
まぁ一番重要な拠点を守るのはおかしい事ではないかな。
そんな感じでしばらく取り留めもない話をしていると私のミラクル暗黒パワーである周辺感知能力が発動し、馬車の前に誰かいる事を感じた。
「止まれ!!」
馬の大きな鳴き声と共に馬車が急停止する。
「わわっ」
急ブレーキで転びそうになるところをナナさんが抱き留めてくれる。
「なんだ!どうした!」
外へ飛び出すと絵にかいたような野盗に囲まれている。
特徴的なのは彼らの手に持っている武器がほとんど農具だという事だ。
もしかして農民なのかもしれない。
「か、金目の物を置いてとっとと失せな!」
ギロリと睨むナナさんにビビりながらも野盗たちは後に引けないといった様相でこちらを見ている。
「ナナさん、王都周辺って治安悪いの?」
「そんなこと無いと言いたいところだが……これでは否定できんな」
野盗の一人が御者さんにナイフを突きつける。
「は、早くしろ」
「ひぃい!助けてくださいぃ」
御者のおじさんは今にも泣いてしまいそうだった。
「チッ面倒だな……あっモモは出てくるんじゃない!」
野盗たちは制服姿の小さな女の子(私)が出てくるのを見て驚いている。
「お、おいあれは王都の魔法学園の制服じゃないか……?」
「そんな、それじゃあ貴族様の馬車を襲っちまったのか!」
今度は野盗たちがこの世の終わりのような顔をし始めた。
そういえば魔法使いイコール貴族なんだった。
「お許しください貴族様!まさか高貴な方の馬車とは思いませんで」
そりゃまぁそうだろう。実際これ貴族の馬車じゃなくて街の馬車なんだから。
魔物相手ならともかく人間相手にミラクル暗黒パワーは使いたくないから話が穏便にすみそうならそれにこしたことはないね。
私はナナと目配せする。
「ん?あ、あぁその通りだ!こちらに居るのはヘルミルト家の令嬢モモ様だ!」
ははーっと土下座を始める野盗さん達が少しかわいそうに見えてきた。中には泣き出している大人もいる。
ちなみにヘルミルト家というのはギルマスの家名だ。
適当な偽名が思い浮かばなかったらしい。
私はとりあえず胸を張ってえっへんポーズでじっとしておこう。
しゃべると平民まるだしなのでボロが出そう。
「本来ならお前たちみーんな打ち首なのだが、今は先を急いでいるから特別に見逃してやろうー!」
「あ、ありがとうごぜぇます!」
落としどころとしてはこんなところだね。
ナナさんも無暗に人を傷つける人ではないし、急いでいるから対応としては百点満点だ。
「あ、あのお貴族さま!」
野盗の中になぜか小さな女の子が居た。この子も農民の人なのかな。
「ば、ばかっ!やめろ!」
「実は村が魔物に襲われてしまい、作物を納める事ができないのです!どうか村を救っていただけないでしょうか!」
「いいですよ」
気づいたら私は即答していた。
「お、おいモモ、ここから王都まで馬車であと三日はかかるぞ、入学式もそれくらいに始まる。そんな事をしている時間は無いんじゃないか?」
「いざとなれば空間転移を多用すれ使えば大丈夫だよ、馬車は置いていくことになるけど」
こそこそと小声で話し合うとナナはやれやれと困った顔をする。
ざわざわと野盗たちは困惑の表情を浮かべる。
「あー、その、なんだ、ここに居るモモ様は寛大なお方だ、なんとかする?らしい」
ナナさんの言葉は最後しりすぼみになる。
「村はどこですか?」
「こ、ここから南へ向かったところになります……」
どうやら王都への方角とあまり変わらないようだ。これならいける。
「わかりました、状況は道中伺います。案内してください」
近くの森に隠してあった彼らの逃走用馬車と私たちの馬車は一路彼らの村へと行くこととなった。
野盗達はネリア村という村の農民らしい。
聞いた通り魔物の襲来で村はほぼ壊滅、運よく生き残った村人はダメになった作物を見て絶望し、野盗まがいな事をするようになってしまったという訳だね。
「おいモモ、どうするんだ。今回は魔物退治とは違うぞ」
「たぶん大丈夫」
ナナは私が戦闘しているところしか見ていないので脳筋ゴリラだとでも思っているのだろうね。
その認識を改めさせないといけない。
やがて村があったと思しき場所に到着する。
野盗の一人が馬車から降りて家の残骸としか言えない所へ向かう。
「か、帰ったぞ、長老」
しばらくすると痩せた老人が顔を出す。
「この愚か者が、ひと様から物を盗んで食いつないでどうすると――ん?この方々は?」
「……貴族様だ」
「な、なんだと!?まさかお前たち!貴族様を襲ったのか!?」
「待って!」
このままだと先ほどの繰り返しになりそうなので止める。
「私たちは救援に来たんです」
言葉を失う村民たちをスルーして畑へと向かう。
ずたずたにされた畑はもはやそれが畑であったことさえわからない。
「あ、あの剣士様、あの方は」
ナナさんはそれに答えずじっと私を見ている。
私はそっと膝をつき、大地に手をあてる。
「【天命回帰】対象【ネリア村全土の畑や家】」
誰にも聞こえないようにものすごく小さな声で言う。
周辺が僅かに薄暗くなると同時に地面に紫色の光が複数に分かれて走る。
巨大な光の陣が組みあがりその全容は大きすぎて認識できない。
これは物質や生命体の状態を任意の状態へ戻すミラクル暗黒パワーであり、主に回復や修復に使う力だ。
みるみる元に戻っていく畑や村は物理や常識を無視して白昼夢のごとく元の状態へと戻っていく。
あちこちで復元が完了するたびに紫の光がはじける。
「……おしまい」
時間にして一分弱だろうか、範囲が広くて少し時間がかかってしまった。
「これでよし、次は」
「聖女様じゃ!」
ぎょっとして振り返ると村民がみんな土下座をしている。
聖女様!聖女様!聖女様!うおーっ!
一気に村全体が大喝采に包まれた。
「お、落ち着いてください、聖女様とかじゃないです。このくらいの魔法は大したものではありません」
まさかミラクル暗黒パワーという訳にはいかないので、わかりやすく魔法と言うことにした。
「ま、魔法……これが魔法なのですか」
ざわざわと村民たちは動揺を隠せない。
「いや、こんな魔法あるわけないだろう……」
すぐ隣でナナが頭を抱えている。
ネリア村の村民は魔法を見たことが無い人が大半なので、そうかこれが魔法なのかと言う空気が流れ始める。
「コホン、村長さん」
「は、はい!」
「そんなに畏まらないで下さい。ちなみに村を襲った魔物はどんなのが来たのですか?」
「村から東に大砂漠があるのですが、そこの巨大なゴーレムがやってきたのです」
「ゴーレムですか」
ゲームなんかでよく出てくるあれね、巨大なロボみたいなヤツ。作品によっては敵だったり味方だったりするけど今回は敵みたい。
「はい、本来砂漠から出てこないはずなのですが、なぜか村まで侵攻してきまして……」
うーむ、それなら結界でも張ろうかな。
「それじゃあ村に結界を張ります。効果は永続させますのでご安心ください」
「け、ケッカイとは……?」
ん?結界を知らない?
ナナさんの方を見ると同じように何それという顔をしている。
もしかしてこの世界には結界という概念がないのかな。うーんなんと説明したものか。
「か、蚊帳はしってますか?」
「えぇ虫を中に入れない幕ですね、それが何か」
そっちはわかるのね。蚊帳を知ってるなら話が早い。
「結界とはそれの魔物版です。目には見えなくて人間は出入り可能で魔物だけ通しません」
「そ、そんな奇跡のようなものがあるのですか、魔法とは」
よし、魔法を知らない村人で助かった。このままゴリ押そう。
「そんな魔法、ありまぁす」
あちこちで魔法スゴイ、魔法ヤバイという声が聞こえてくる。
「頭が痛くなってきた……」
頭痛がひどくなるナナさんをスルーして結界の説明を続ける。
村民のほとんどが半信半疑だったが、先ほど村を復元したところを見たので最終的に信じてもらえることができた。
「じゃあ始めますね」
力を使おうとした瞬間、村長からまさかのストップがかかる。
「お、お待ちください!我々の村は貧しく、なにもお返しができません!村を元に戻して頂いただけでも、どうお返しすればいいのかわかりませんのに……」
「お礼なんていらないよ、あとちょっと急いでるから早く終わらせたいのだけど」
「ですが!」
良くない流れが来たね、私としては関わった以上最後まで終わらせてスッキリさせたいのに……。
「あー、村長よ」
「は、はい!」
「ここに居るモモ様はやると決めたら最後までやるお方だ、それを邪魔するとなると村民の命が保障できないかもしれんなぁ」
「な、なんと!」
ナナさん、それってまるで私が常識のないヤバイやつみたいじゃない?
「……わ、わかりましたお願いいたします」
「うむ、ほらモモ、さっさと終わらせてしまえ」
私は頷くと空へ浮かび上がる。
「【範囲障壁】対象【ネリア村全土】強度【絶対】期間【永久】」
なるべく早口で小声で言うのがコツ。
村の領域を覆うように紫の光が立ち上がり、やがて透明になって消えた。
「よし、終わり」
空中で静止していた私はゆっくりと降り立つ。
言葉を失った村人たちはもう黙って見ているしかできなかった。
「モモ、あれは無いよ」
どうやら空間転移せずとも間に合いそうなので、そのまま馬車で王都へ向かう事にした。
「そうかな」
気のせいか御者さんがこちらをチラチラと見ている気がする。
「私は王都で魔法をたくさん見てるけれど、あんなのは無いよ。」
「待ってナナさん、これから私は学園でこの力を魔法だと言い張らないといけないんだけど」
「無理だな」
あっけなく言い放つナナさん。
「もしかしたらナナさんが知らないだけで魔法を極めた人は同じ事ができるかもしれないよ」
と言うかそうであってほしい。
「そもそもモモの歳で魔法を極めること自体がおかしい……?いや待てよ……そうとも言えないか?」
「え?」
馬車が王都に近づくにつれてキチンと舗装した道になっていき、振動がいくらかマシになる。
「王都の死神は知ってるか?」
「どこかで聞いたような」
「私もその姿を見たことは無いのだが王都の死神、魔導士ネギはAランク冒険者の一人だ、モモと同い年でありながら魔法を極めたと言われている」
おおっ!そんな素敵な子がいるのね!
「それじゃあ例えばその子と友達になれば必然的に私は目立たなくなるかも?」
「……まぁ可能性は無くはないが」
たとえ小さな可能性でも真っ暗なトンネルに一筋の光が見えた気がする!
「それにしてもあの死神と友達にか、普通はそんな発想すら出てこないんだけどな」
私はまだ見ぬ友人候補に思いを馳せて残りの旅路を楽しんだ。
しばらくして王都の入口についたのは入学式前日の夕方。
門番の人にギルドカードを見せる。
私のカードを見せた時に一瞬手が止まるが、何も言わずに通してくれた。余計な干渉をしないプロの仕事だね。
「まずは宿へ行こう」
「うん」
中へ入る前から気づいていたが、さすが王都と呼ばれるだけあって街並みがミリアムとは比較にならない。
そこかしこに魔法の光源が輝き、昼間の様だ。
大きな通りを進んで宿の前に馬車が停まる。
明日また宿から学校まで送ってくれるとの事。
その後御者さんはグリーア領へと帰るそうだ。
「長旅ありがとうございました。明日もよろしくお願いします」
「いやいや、お嬢ちゃんもがんばってな」
笑顔で別れると、ナナさんと二人になる。
王都の宿かぁ、緊張するなぁ。
「どうしたモモ、変な顔して」
「変とはなんですか、初めての王都のお宿に緊張してるんです」
子供の身長だからだろうか、近くで見ると建物がさらに大きく見える。
「ワイバーンを殴殺する人間が緊張ねぇ」
チェックインを済ませて食堂で簡単に夕食を食べたら一緒に部屋へと行く。
「待ってよナナさん」
足が長いんだからスタスタ歩くと追いつけないよ。
部屋は思ったより広くて、快適だった。
「モモ、明日入学式が終わったらそのまま学園の寮に行くんだぞ」
「うん」
制服をハンガーにかけて皺を伸ばしたら寝巻に着替える。
「私は学園まで行ったらお別れだからな」
「う、うん」
「今日は早く寝て、その、明日はがんばるんだぞ」
あはは、なんだか心配性のお姉ちゃんみたいだね。
その夜はナナさんとおしゃべりしていたらいつの間にか夢の中にいた。
とうとう明日は入学式だ。
一夜明けて一台の馬車が学園へ向けて勢いよく走っていく。
馬車の中で宿が持たせてくれたサンドイッチを頬張る。
時間はギリギリかもしれない。
御者さんが気持ち早めに馬車を走らせてくれている。
「入学式が晴れて良かったですね!」
「……うむ」
「制服、おかしところはないですか?」
「……ない」
「あの、もしかして寝坊したのを気にしてます?」
「…………すまん」
そうなのだ。
なぜか昨夜眠れなかったナナさんを起こしていたら出発がギリギリになってしまった。
いざとなればミラクル暗黒パワーで馬車より、というか音より早く移動することも出来るが、なるべくなら目立ちたくない。
「大丈夫です。そんなに気にしないでください」
「いや、なんだか緊張してしまってな」
入学式に出るのは私なんだけどなぁ……。
景色を楽しむよりも時間が気になるけど、それでも高揚感を感じる。
石畳を馬車が疾走していくとやがて特徴的な建物が見えてきた。
広い敷地に不自然に伸びたいくつもの尖塔を付けた建物。
「この辺りでよろしいでしょうか」
貴族令嬢が集まる学園の入学式なので周囲には馬車が多く、このまま直接校門まで行くのは難しそうだ。
「はい、ここまでありがとうございました!」
「うむ、助かった」
御者さんにお礼を言って馬車を降りる。
そこかしこに聞こえるごきげんようが否が応でも貴族令嬢を意識させる。
「どうやら間に合いそうだね」
「そうだな」
校門へ向けて二人で走っていく。
学園に近づくにつれて生徒の数どんどん多くなる。
思えばナナさんとは短い間だったけど色々とお世話になった。
冒険者ギルドに呼ばれればまた会う機会もあるかもしれない。
「いいかモモ、くれぐれも目立たないようにな」
「善処するよ」
そう言えばちょっと忘れてたけどこれから私は学園でスローライフを強行しなければならないんだった。
急に憂鬱になるね。
「王都の死神さんも入学式にでるんだよね」
「あぁ、噂になってるな。まぁすでに学園で学ぶ事はないだろうから、貴族との横の繋がりや社会経験が目的だろう」
社会経験ね、元社会人としては私が適任だね!辞めたけど。
私は魔法が使えないことを上手く隠しつつ、王都の死神さんと仲良くなることが当面の目標となる。
それが素敵なスローライフへの第一歩なんだ。
そう信じよう。
決意を新たにしているとやがて校門が見える。
「これが魔法学園」
近くで見ると丸かったり尖っていたりして不思議な建物だ。
あちこち良くわからない作りをしているのであまり凝視しないようにしよう。
整合性の付かない物を見るとくらくらしてしまうし、気になり始めると足が止まってしまいそうだもの。
「それじゃあ私はここまでだな。しっかりやるんだぞ」
「うん、ナナさんありがとう」
「あー、なんだ。モモならきっと大丈夫だ、たぶん」
「うん」
それじゃあなと去っていく背中をしばらく眺める。
今生の別れじゃない、今は前へと進もう。
「よし!」
気合を入れ直すと校門からまっすぐ続く道を進んでいく。
この世界の入学式は秋の様で、イチョウに似た黄色い葉っぱの並木道が出迎えてくれる。
やがて校舎が近づくと中央に目立つように設置された案内板に気づく。
大きな文字で新入生へと書かれており、簡単な予定が示されている。
これは事前にもらっている冊子と同じことが書かれていて、どうやら紙を無くした人向けのようだ。
もちろん私はちゃんと持ってるよ。
「すみません」
ぼんやりと案内板を眺めていると隣の人の肩が当たった。
人が集まっているのでそういう事もあるよね。
「大丈夫ですよ」
隣を見るとそこには私よりもさらに小さな女の子が居た。
特徴的な真っ赤な瞳に赤髪セミロングのかわいい子だ、同じ制服を着て入学式の冊子を持っているから同級生だろう。
もしやこれは友達になるチャンスなのでは?
「あ、あの良かったらご一緒しませんか?」
思い切って声をかけてみる。
しばらく彼女は頭にはてなマークを浮かべながら私をじっと見つめ、それから周囲を見渡している。
「もしかして私に言っていますか?」
「え?は、はい」
「人違いでは?」
人違いも何も初対面なのよね……。
もしや貴族の中でも特別高貴な身分の子なのかな。
「よくわかりませんが、初対面ですよ。あ、わたしモモって言います。初めて学園に、というか王都に来たのでお友達ができたらなーと思いまして」
「……友達……そうですか」
彼女は不思議な生き物を見るような目で見つめる。
「いいですよ、よろしくお願いします」
わぁ、初めて学園のお友達ができるかもだよ。
私たちはカリキュラムに従って、まずは指定された教室へと向かう。
「一年A組……ここね、あれ?」
「どうしました」
「いや、共学って聞いてたのだけど女の子しかいないなーって」
教室を見渡すけれど女子校なのかと思うほど女子しかいない。
白いブレザーの群れがキラキラとまぶしい。
「共学ですよ、男女比はまぁ、少々偏ってますが」
「少々……?」
うーん、魔法使いの素養的な物なのかな。
深く考えても仕方がない、今日はとりあえず入学式を無事完了させることだけを考えて行動しよう。
ざわざわしていると担当の先生だろうか、机に名前が書いてあるのでそちらに一旦荷物を置いて体育館へ集まるように呼び掛けている。
ええっと、モモ……モモ……あった。
あれ、そういえばあの子の名前聞いてなかったね。
これは失敗した。あとで聞かなくちゃ。
「あら、貴女……」
席に荷物を置くと金髪縦ロールのザ・お嬢様といった女生徒が目の前に居た。
「もしかして、ご庶民のお方かしら」
「えぇまぁ……」
おそらく机に記載された名前にミドルネームがついていないので気になったのだろう。
「あーらあらあら!貴族でも無い方がどうしてこの学園にいらっしゃるのかしら!」
おぉ、なんというテンプレお嬢様、逆に新鮮だ。
「じー……」
「な、なんですの、貴女。なにか文句でもおありなのかしら」
絵にかいたような悪役令嬢なので観察しておりました。とは言えない。
「失礼、私の友達になにか御用でしょうか」
すっと現れたさっきの赤髪の彼女が間に入ってくれる。
王子様?この子小さいのに王子様キャラなの?
「ヒッ!あ、あなた王都の……」
「用事が無いなら次の場所へ行った方がいいかと思いますが」
「お、覚えてなさいよ!!」
あぁ行っちゃった、捨て台詞まで完璧だよ、劇団の人とかじゃないよね?
もう少しあの縦ロールを見ていたかったな。
「モモさん、大丈夫ですか?」
どこか不安そうに彼女は尋ねる。
「大丈夫です。助けていただいてありがとうです。というか今友達と言ってくれましたね」
大事な事は聞き逃さないよ。
「便宜上、そう言わざるを得ませんでした。ご不快なら謝罪しますが」
「そんなことありません。嬉しかったです」
思わず両手を握ってしまった。
領主館のマリアを思い出す。
「で、では入学式へ行きましょうか」
「はいっ」
朝日に反射する真っ赤な髪のせいだろうか、気のせいか頬まで赤く見えた。
体育館に入ると中は既に生徒たちで埋まっている。
私達も各クラスの座席へと座る。
「あ、学園長だ」
壇上には学園長のオルドさんが居た。
「新入生諸君」
咳払いをすると定番の入学式のお話が始まる。
穏やかな口調でこれから始まる学園生活の事や心構えを説いていく。
冒険者ギルドで会った時はオモチャを見つけた子供の様に見えたけれど、今はちゃんとした学園長だね。
誰もが一言でも話を聞き漏らすまいと耳を傾けている。
「モモさんはオルド学園長とお知り合いなのですか」
「お知り合い、というかスカウトされた感じですね」
魔法使いとしてスカウトされたけど、魔法は一切使えません。
「学園長に?優秀なんですね」
「あはは、どうなんでしょう」
そう言えば名前を聞いてなかった事を思い出した。
「ところで今更なのですが、お名前を教えてくれませんか?」
「私のですか?」
他に誰がいるのだろう。
「いえ、すみません、私を知らない人に久しぶりに会ったもので」
そんなに有名な貴族様だったの?もしかして王族の方なのかな。
ワッと拍手が突然沸いたので、壇上を見るとちょうど学園長が話を終えたところだった。
「続きまして、新入生代表挨拶、一年A組、ネギさん」
ネギさんって、もしかして王都の死神では?
どの子だろう、あの子かな、その子かな。
「はい」
良く通る声がすぐ近くで聞こえる。
「ちょっと行ってきますねモモさん」
耳元で囁かれると彼女は立ち上がりそのまま壇上へと歩いて行った。
赤く美しい髪がさらりと流れる。
えっ?まさか……。
とことこと歩いていく彼女はついさっきまで隣に座っていて。
今は壇上で立派な挨拶をしている。
「月の魔力の半減期のおとずれと共に、私たちはイドミルシェル王都魔法学園の入学式を迎えることができました。本日このような立派な入学式を行っていただき、感謝の言葉もありません」
ぽかんとしているうちに粛々と挨拶が始まってしまう。
あの子が王都の死神……。
あれ、そう言えば初めてミリアムの冒険者ギルドに訪れた際も見かけたような気もする。
お互い忘れてたけど。
「以上を持ちまして新入生挨拶とさせていただきます。ご清聴ありがとうございました。一年A組、ネギ」
学園長の時よりやや控えめな拍手が体育館に満ちる。
降壇したネギさんはとことこと元の席に帰ってくる。
「あなたが王都の死神だったのね」
「……本当に知らなかったのねモモさん」
「うん」
入学式のプログラムはつつがなく進み、閉会式を経て解散となる。
私たちは教室へと帰る為、体育館からでて渡り廊下を進んでいく。
ネギさんは途中で足を止める。
「そういうわけだから、友達という話は無かったことに」
「え、どうして?」
「モモさんは私を王都の死神と知らなかったのでしょう」
その表情から感情が読み取れないが、悲しそうにしているのはわかる。
「死神と友達になっちゃダメって法律でもあるの?」
「……そんなことは無いですが」
「だよね、そんな法律あっても無視するけど」
その固く握った手を包むように握る、
「良かったら改めて友達になってください、ネギさん」
「……モモさんは変わってますね」
「割とよく言われますね」
初めてネギさんを見かけた時、どこか達観したような諦めたような目をしていた。
どこかそれは仕事を辞める時の私に似ていた様に思う。
大きな流れがあって、本人の意思とは関係なく流されて。
この世界に来てから私は大きな力を手に入れた。それは望んだものとは少し、いやだいぶ違うけれど。
「女の子なのに死神なんて呼ばれてるネギさんも変わってると思いますよ」
「言われてみればそうですね」
初めて彼女の表情らしいものが見えた気がする。
「教室、戻りましょう」
「うん」
彼女のこれまでに何があったかは知らないけれど。
なんとなく傍にいたいなぁと思った。
教室に入り席に着く、大きな音がしたので教室の入口を見ると先生が現れた。
「えっ」
真っ黒なローブを着た大柄な男性が入口に頭をぶつけながら入ってきた。
何より目につくのが禍々しい木製の仮面。
「ネギさん、なんかモンスターが入ってきたんだけど」
「さっきの式の時に担任紹介してましたよ。闇魔法を得意とするデドラ先生です」
闇魔法と言うより闇そのものという感じだよ。
「どうも、これから一年間このクラスを受け持つデドラだ。担当科目は闇属性魔法となる。よろしく頼む」
見た目の通りの重低音だ、仮面のせいで表情が見えず何を考えているのか全くわからないが何となく緊張しているように思う。
それにしても誰も気にならないのだろうか、それとも魔法の先生ってこう言うものなんだろうか。
教室には十数名の生徒と執事やメイドさんだろうか、付き人が教室の後ろの壁に立っている。
「今日はとりあえず入学式と簡単なホームルームで終わりとなる。そうだな、とりあえず自己紹介からしてもらおう」
うへ、そんなの考えてないよ。
「緊張しなくてもいい、名前と何か一言、そうだな得意魔法を言え。ちゃっちゃとすませろ」
聞きました?得意魔法ですって。好きな食べ物はなんですか位のノリで聞いて来るんだね。
まぁ魔法学園なんだから魔法は使えて当然なんだよね。使えませんとはとても言えない空気だよ。
次々とみんな自己紹介をしていく。
ほとんどの人が家名持ちの貴族で、炎や土と言った属性を得意魔法として挙げている。
魔法使えないかなと思って少し本で読んだけれど、この世界の魔法は八属性あるみたい。
四大属性と呼ばれる火・土・水・風に加えて四天属性の光・闇・雷・無で構成される。ちなみに試してみたけどどれも使えなかった。
そうこうしている間にネギさんの番がくる。
「ネギです。得意魔法は火です」
教室のざわざわが一際大きくなるのを感じる。
「コホン、彼女はこの王都では有名人だが勉学を共にするクラスメイトだ同じように接するように」
わざわざ先生が一言付け加えた。
そういうのがむしろ壁を作ってると思うんだけどなぁ。
「じゃあ次」
それにしてもネギさんは火の魔法が得意なんだね、真っ赤な髪に瞳だからイメージぴったりだね。
「おい、次だ」
「ちょっと呼ばれてますわよ」
隣の人に言われてようやく順番が回ってきたことに気づく。
「は、はい!」
人数が少ないからあっという間に回ってきたね。
「モモ、です。得意な魔法は――」
何というべきだろうか。目立つことなくウソを交えず無難に、無難に……。
「得意な魔法はありませんが苦手も魔法はありません」
うん、ウソは言ってないね。
「ほう、それはつまり全ての魔法を使えるという事か?」
あっそういう風にとりますか。
「ふん、面白いな、出席番号十四番モモ。前へ出ろ」
「ひえっ!」
どうしてそうなるのかな。
周りの女生徒からは期待と不信の目を向けられる。
目立たないように日陰のたんぽぽの様にひっそりとしていたのに……。
「四大魔法と違い、四天魔法は特別な才能を持つものしか使えない。とりわけ闇属性魔法は私の得意とする魔法だが……当然お前は使えるんだな」
「あらそれは素晴らしいですわ!ぜひとも見てみたいですわ~!」
さっきの金髪ツインテールちゃんではないか、同じクラスだったのか。
「どうした?使えないのであれば席に戻って構わないが?」
そうか、貴族ではないから当たりが強いのか。
どこからかクスクスと笑い声も聞こえてくる。
仕方ない。
「……【黒淵】」
先生の目の前に黒い球体が現れる。
周囲に薄い闇が広がり、先ほどまでの平穏な教室は一転し女生徒たちから悲鳴が上がる。
その中で先生だけが興奮し、仮面を外してじっと球体を見つめる。
意外とイケメンの先生だ。
「なんだこれは、ありえないほど美しい……」
球体の中は音もなく黒い嵐が吹き荒れている、
おもわず先生が手で触れようとしたので即座に消す。
「あっぶない!」
つい大声を出してしまった。
もう少しで先生の腕を跡形もなく消し飛ばすところだったよ。
黒淵を解除した瞬間、世界はあっけなく平穏を取り戻した。教室の窓から差し込む陽光は今見たことがウソだったかのように平和だった。
「モモくん、今のはなんだ!」
「先生が闇魔法を使えと仰ったので」
使えと言うから使ったのに、もしかしてもう少し派手にやった方が良かったのかな。
でも教室が吹き飛んでしまうし、他のミラクル暗黒パワーは調整が難しい。
「あ、あれが闇魔法だと言うのか……」
わなわなと震える担任教師はそれ以上言葉を発せずにいた。
私はそれには答えず、元の席へ戻る。
周囲の生徒は私をチラチラと見る。
希望に満ちたホームルームはお通夜のごとく静まり返り、そのせいでやたら大きく響くチャイムによって終わりを迎えた。
「ネギさん、帰ろう」
「はい」
鞄を持って教室から出ようとする。
「ま、待ちなさい庶民ズ!」
金髪の縦ロールを揺らしながら行く手を塞ぐのはアイリード侯爵家の令嬢で確かフレナさん。
「ちょっと魔法がすごいからって調子にのってるのではなくって!」
ミラクル暗黒パワーを使うたびにむしろ調子を落としているのだけど。
「調子にのってごめんなさい」
「な、なんですの、ずいぶん素直ですわね……」
「それではごきげんよう」
「ごきげんよう……って待ちなさい!」
えぇ、どうしてほしいのこの子は。
「貴女、私に仕える気はないかしら」
教室の野次馬たちはふたたびざわめく。侯爵家の力は絶大であり、お墨付きとなれば生涯安泰を約束したも同然だ。
正直金髪縦ロールの従者というのも面白そうだけれど。
「申し訳ありません、私は」
「モモは私の友達だからダメですよ」
ネギさんが目の前に出てくる。
「王都の死神……!貴女、侯爵家に逆らう気ですの!?」
「私は権力に左右されない、常に自由意志で行動する」
私の為に争わないでと言うシーンなのかな。
一触即発とはこの事をいうのだろう。
いったいどうしたら……。
「ワシ、参上!」
「学園長」
どこからやってきたの、このおじいちゃん。
「モモよ、デドラから聞いたぞ!とんでもない力を見せたそうだな!ワシにも見せるんじゃ!」
ほれほれとウザ絡みをしてくる125歳。
フレナさんとネギさんは顔を見合わせる。
「興が覚めましたわ」
「そうですね」
毒気を抜かれるとはこの事だね。
その後学園長にもしぶしぶミラクル暗黒パワーを見せたが、デドラ先生と同じように触ろうとするので速攻消した。
いい大人がオモチャを見つけた子供の様な目をしていた。
「ここが寮」
ネギさんに連れられて学生寮についた。
「ありがとうネギさん」
「ネギでいい」
「……ありがとうネギ」
いつの間にか気に入られてしまったようだ。
「モモ、こっち」
案内でもしてくれるのだろうか。
学生寮はとても広く、食堂だけで十五もあり様々な料理が楽しめるようになっているみたい。
部屋も広くて高級ホテルの様な部屋もあると言う。
ほとんどが貴族や王族の為当然と言えばそうなのだけど。
「こんなの迷子になっちゃうよ……」
どこへ行こうとしているのか先へどんどん進んでいくネギ。
東の階段を上って三階へ上がり角の部屋へ着いた。
「ここ」
ここは二人部屋みたいだけど。
部屋の前に貼ってある金属のプレートにはネギの名前がある。そのすぐ隣は空白のプレートだ。
「ネギ、ここはあなたのお部屋?」
「ん。私の部屋、二人部屋なんだけどなぜか相方が入ってこない」
それは王都の死神と呼ばれているからでは。
「部屋割りは個人申請すれば大丈夫だから、この部屋にするといい」
「ちょっと強引なのでは」
はて?と首をかしげるネギ。
これは言っても無駄っぽいね。私は苦笑する。
「うん、わかった。いいよ」
ネギの表情は変わらないけどなんとなくうれしそうなのが伝わってくる。
滅多になつかない野良猫と仲良くなったような気持ちだよ。
さっそく受付事務に申請すると速攻で許可がでた。
部屋数に限りがあるからむしろ助かるとのことだった。
ネギの部屋に戻ると魔法収納袋から必要なものを取り出し引っ越しを進める。今更だけど魔法収納袋便利すぎる。
「モモ、こっちがお風呂、大浴場もあるけど部屋にもそれぞれある」
「さすが王都魔法学園の寮だね、たださっき聞いた話よりも少し狭い気もするけど」
「……私は貴族ではないのから」
そうか、やっぱりそう言う身分による区別はあるんだね。
とは言え二人部屋なので狭いと言っても気にならないレベルだ。部屋は真ん中の仕切りがあり、左右対称のレイアウトで机や椅子があり共有の水回りがある。
右側がネギのエリアなんだけど。
「あんまり物がないね、ミニマリストなのかな」
「みみまり?」
「なんでもないよ」
かろうじて本棚などはあるけど本当に最小限といった感じ。
左側の誰も使ってないスペースと大差がなく見える。
ともあれ今日からしばらく暮らす生活空間だ、申請すれば家具なんかも注文できるみたいだし、ワイバーンの報酬が残ってるから部屋のカスタマイズも時間を見てやっていこう。
こういうのってちょっと楽しいよね。
荷ほどきが半分ほど終わったところで昼になった。
「おなかすいたね。ネギ、なにか食べに行く?」
「行く」
小さく両手を胸の前でグーを作る彼女がかわいらしい。
来る時にみたけれど一階にはいろんな食堂や購買があってまるで小さなショッピングモールだ。
「おすすめの食堂ってあるかな」
「おすすめ……わからない」
聞けばネギも一週間前くらいからこの寮で暮らすようになったとの事。
おなじ新入生だもんね。
とりあえず覗いてみよう。食堂のウィンドウショッピングだ。
寮の食堂なのにガラスのショーウィンドウに実物メニューが飾ってある。
こういうのって日本独特の物だと思ってたけど。
「もしかして女神が言ってた居なくなった転生者の影響なのかな」
「モモ、これ見て」
どれどれ、彼女が指さしているのは。
「ラーメンだね、どう見ても」
器もそれっぽいのを使っている。微妙に異世界テイストだけど。
「初めて見る食べ物」
「じゃあここにしようか」
お店に入ると元気のよい声が聞こえてくる。
「いらっしゃい!何名かな?」
「二人です」
「はーい、二名さまご案内~」
あれ、この人エプロンつけてるけど下は学園の制服だ。
窓際の明るい席に案内してくれたこの女生徒はどうやら先輩のようだ。
「二人とも新入生かな?いひひ、ウチの常連になってくれるとうれしいな」
「先輩はここで働いてるんですか?」
「うん!私ってば貴族じゃないからさー。少しでも学費の足しにしようと思って……ってあれ?よく見たら後ろに居る子、王都の死神じゃん!」
ふえーとか言いながらネギを見る先輩。
他の生徒みたいに怖がってないみたいだけど。
「いやごめんごめん、噂に聞いてたより可愛いからさー気づかなかったよ、そんで何にする?」
「じゃあ最初だし、普通のラーメンで」
「私も同じのをおねがいします」
はーいラーメン二丁ー!元気な声が店内に響く。
何というか異世界感が無いけど安心するね。
注文が済むとちょっと落ち着いて店内を見渡す余裕ができる。
「がらがらだね」
「がらがらです」
私達以外のお客は奥の席の一人くらいしかいない。
しかもそのお客はフードを被っていて、いかにも通ですよと言った変わり者のいでたちだ。
それとももしや地雷店だったのだろうか。
注文した手前、今更退店はできないけれど、昼時にこの閑古鳥は不安しかない。
もしかして異世界人ラーメン嫌いなのかな。
いいや、こういうのって食べてみないとわからないよね。
食べ〇グだって必ずしも正確じゃないし。
「モモはこのラーメン?食べたことある?」
「うん、深夜残業が終わった後に会社帰りに食べるラーメンは背徳的な美味しさが」
「残業?カイシャ?」
「なんでもないよ」
他のお客さんは居ないけど、お店の雰囲気はとても気に入ったよ。
あとは美味しければなお良いのだけど。
「はい、おまちどー」
湯気が立ち上がるラーメンが二つテーブルに置かれる。
見た目は完璧なラーメンだ。魚介系かな。
小さな少女が二人向かい合ってラーメンを食べる姿は若干シュールではあるけれど。
ずずずず。
「「おいしい!」」
思わず声が出てしまう。これはリピート確定だね。
「ありがとー!そうなんだよ、美味しいんだよー」
いつの間にか先輩が私の隣に座っている。
「こんなに美味しいのになんでお客さん少ないんですか?」
「あー、それ聞いちゃうー?」
まぁ気になると言えば気になるからね。
気に入って通ってた飲食店が、お客の入りが悪くていつの間にか潰れてしまった事があった。あれは悲しかった。
二度とあの悲劇を繰り返してはいけない。
「いやーこの学園ってお嬢様ばっかりじゃん。ラーメンって庶民ってイメージがあってさ、それで来ないんだよねー」
それはもったいないよ。
「ちなみにお客さんが来ないと潰れたりしますか?」
「あるある、普通にあるよー。だからちょっと大変なんだよー」
「ここ以外にラーメン屋さんは」
「ないよー」
私たちは顔を見合わせる。
「あはは、そんな深刻な顔をしないでよー。また来てくれたらうれしいよー」
「必ず来ます!」
にこにこの先輩を見ていると生前の会社の先輩を思い出す。
その人もいつも笑っていたけれどある日突然倒れて……。
「モモ、大丈夫?」
「あ、ありがと」
その後は食べ終わるまで先輩はいろんな事を教えてくれた。
気になったのは基本貴族しかいない学園で一般庶民は大変だというお話で、どの世界も格差社会なんだなとなんとなく思った。
「「ごちそうさまでした」」
「はい、お粗末様ー」
カード型の学生証を提示して支払いを済ませる。
このカードは支払いの他に個人の証明、学園内の通行証なんかにも使える便利なものとなっている。
「あたし、ミーナって言うんだ。またねー」
「はい、またよろしくです」
いいお店を見つけたけれどこのままでは閉店の危機かもしれないよ。
部屋へと帰りながらさっきのお店の話をする。
「モモ、なんとかできないかな」
「そうね、要するにメイン客である貴族層が来店するようになれば良いわけでしょ」
ネギはうーん、と唸って腕組みをする。
「影響力のある貴族に宣伝してもらう、これだね」
「貴族……」
「うん、なるべく権力が強くて発言力のある……」
「金髪縦ロールの?」
ぽんっと思い浮かんだ子は二人とも同じ人物。
それはアイリード侯爵家のフレナ・アイリード嬢その人だった。
少し遡り教室での一幕。
「興が覚めましたわ」
「そうですね」
学園長の乱入のせいで話は一旦途切れ、わたくしは心のどこかでホッとしていました。
相手は王都の死神、いくら庶民とは言え絶大な力を持っています。
それに彼女の噂は炎に強いドラゴンを焼き尽くしただとか、墓場のアンデッドを千体消し炭にしたとか伝説級の力を彷彿とさせていて……。
おそらく、いえ、間違いなく私は敵わない。
侯爵家令嬢として私は胸を張っていなければならないのだけど、魔法力はお世辞にも高いとは言えませんの。
今から魔法力テストが憂鬱で仕方がないですわ。
家に来る魔法教師は「お嬢様は素晴らしい才能をお持ちです、自信をもってくださいませ」としか言わない。
わたくし、そこまで世間知らずじゃありません事よ。
私が使えるのは風と水の魔法、それもちょっと強めの風で髪を乾かせたり喉が渇いたときに飲み水をいつでも出したり。
魔物と戦う実践魔法じゃなくて、いわゆる日常生活に役立つ生活魔法。
「はぁ、ですわ」
教室を出て校舎を歩いていると自然と足が重くなるのを感じる。
「あのモモとかいう庶民っ子に魔法を教えてもらおうと思ったのだけど……庶民に対しては自然と高圧的な態度をとってしまいますわ……」
彼女が教室で見せた強大な闇魔法。
デドラ先生ほどでないにしても、わたくしは心の中で感動しましたわ。
あれこそわたくしが求めた力、圧倒的で誰もが黙ってしまう説明不要の力。
四天魔法は高位魔法、通常長い詠唱が必要とされているのに、事も無げにそれも無詠唱で使われて……。
「あの子が貴族であるなら侯爵家の圧力でどうとでもなりますのに」
死神といい、モモといい、庶民ズは思い通りにならなくて困りますわ。
「こんな日はあれですわね」
校門へと進んでいた足をUターンさせて学生寮へと向かう。
学生寮は寮生でなくても学生であれば出入りが可能で、一階には様々な食堂がある。
と言っても王都のレストランや侯爵家の食事に比べればワンランク、ツーランク下になりますけど。
偶然わたくしはそれを見つけました。
魅惑の食べ物、ラーメン。
はるか古の古文書に残された料理を再現したものらしいのですが、一度食べると病みつきになり、この一週間は庶民のフリをしてまで通い詰めているところですわ。
「いけませんわ、いつもの変装をしなければ」
まわりに他の生徒が居ないことを確認してから魔法収納袋からフード付きのローブを取り出す。
頭から被れば不審者の完成なのだけど、正体がバレるよりマシですわ。
こっそり入るといつのも庶民アルバイトがやってくる。
「いらっしゃーい!あ、いつも来てくれてありがとね!席はいつもの奥があいてますよー!」
「わ、わかりましたわ。少し小さな声でおねがいしますわ」
「いひひ、ごめんごめん」
庶民とは言え先輩なので強くは言えないし、何より今の私は庶民のフリをしているのだからそそくさと奥へ隠れる。
「じゃあ注文はど」
「味噌ラーメン、麵硬めのニンニクアリもやし抜きですわ」
「……いつものねー。少々お待ちくださーい」
厨房へと引っ込んでいく後ろ姿を確認してから、ため息がもれる。
「やれやれ、騒がしい先輩ですわ」
ひとまず安心すると入口から声が聞こえてくる。
「いらっしゃい!何名かな?」
「二人です」
「はーい、二名さまご案内~」
どうしてこんなところに庶民ズがいますの。
フードを深くかぶり直す。
うらやましい、わたくしも気兼ねなくお店に来たいですわ……。
第六話 ラーメンとドラゴン
「金髪…ドリル…ツンデレ…」
部屋に戻ってからもラーメン屋存続のための会議は続いていた。
とてもラーメンなんて食べそうに無いよあの子。きっとラーメン自体知らないと思う。
「フレナは侯爵家、宣伝してくれたら千客万来」
「それはそうだけど」
うーん、一か八か頼んでみようかな。
「フレナは侯爵家から馬車で通学してる。もう校舎に居ないと思う」
「そっか、うん明日聞くだけ聞いてみるよ」
私たちの素敵なラーメンライフの為にも。
良くわからない決意を胸にその日の夜、私はナナさんへ手紙を書いた。
王都の仕事が終わったらグリーア領に戻ると言ってたから、ミリアムの冒険者ギルドに送ることにする。
「モモ、まだ起きてる?」
起こしてしまったかな。真ん中の仕切りからひょこりとネギが顔を出す。
「何書いてるの」
「手紙かな、学園に来るまでにお世話になった人に」
小さな魔石の灯りの元、羽ペンでガリガリ書いてれば起こしちゃうよね。
「モモは友達がたくさんいるんですね」
「たくさん、でもないかな」
「……私はずっと誰もいなかった」
「うん」
「寝る前にちょっとモモに聞いてほしい」
しょうがないなぁ。
わたしはペンを置き、くるりと椅子を向けた。
「私は王都の死神と呼ばれている」
それは小さな彼女の壮絶な過去だった。
かつて王都には魔法使いと非魔法使いが居た。
魔法使いは血筋から生まれる。
そこで当時の貴族や王族は魔法使いを何を置いても私財を投げうってでもその血筋を取り込んできた。
魔物がはびこる世界で強力な魔法を使えるという事は権力の証でもあると同時に自衛が可能になる事を表し、誰でも魔法を欲しがった。
それから数百年、なぜか魔族との争いは無く人と魔族は交わることなく歴史が進んでいった。
その結果、貴族や王族は魔法が使える者がほとんどとなったが……。
弊害として本来魔族と戦う時に絶大な力を持っていた魔法使いは安全な塀の中でぬくぬくと暮らすフヌケとなった。
それから魔物を倒すのは冒険者と呼ばれる魔法の使えない武器を扱う普通の人の集団の仕事となった。
魔物が少ないうちはそれでも何とかなっていたのだが、徐々に魔物の数は増えていき、冒険者だけでは手に負えなくなってきた。
結果として魔法学園が設立され貴族や王族に前線に立ってもらう計画が始まったのだが……。
魔物など見たこともない貴族たちが戦えるわけもなかった。
そこに現れたのが、魔導士ネギだ。
ネギは孤児であったが強力な魔法を使うことができた。
その上、森に捨てられていた為、幼少の頃から命がけで魔物を殺して過ごしてきた。
王都の冒険者ギルドに拾われ、冒険者として生計を立て始めたのがネギが八歳になった時だった。
既にその時には全属性を使うことができ、高ランククエストをこなしまくり十歳でAランク冒険者に名を連ねた。
魔導士ネギの名声は王都に響き渡ったが、同時に慈悲の無い戦い方に王都の死神と呼ばれるようになった。
やがて冒険者ギルドの意向により魔法学園へと編入される。
目的は貴族との繋がり、今後関わってくる国との結びつきと言ったところだ。
孤児であるネギが魔法を使える理由は貴族か王族の隠し子だという事は想像に難くない、だが誰も追及できなかった。
実親がわかったところで場合によっては首が飛ぶだけだからだ。
「という訳」
「…………」
ひどい、ネギはこの世界の都合で生み出されて、必死に生きて強くなったのに、その力さえも利用されて……。
「だから友達ずっといなかった。モモが友達と言ってくれてうれしかった」
気づいたらネギを抱きしめていた。
「も、モモ?どうした」
「なんでもないよ」
この子は自分が孤独だったことさえ知らないのだろう。
この世界に無性に腹が立ってきた。
「モモ、今度は怒ってる?」
「おこってないよ」
自分は感情の起伏がわかりづらいのに、他人の感情には鋭いのね。
生きていくためのに自然と身についたポーカーフェイスなんだろう。
「ネギ、寝るよ」
「ん、わかった」
彼女に力になりたいなんて言うのは私の勝手な我がままだけど、せめてこの学園で一緒にスローライフを過ごしたいと思った。
明日はいよいよ学園生活が本格的に始まる。
今日はゆっくり眠って明日に備えるとしよう。
「おはようモモ」
近い、顔が近い。
目の前には真っ赤な瞳が迫っており朝から心臓に悪い。
「ネギ、おはよう」
テーブルに置いてある朝食のパンにかじりつく。
朝食の準備をしてくれたネギに感謝しつつ、彼女を眺める。
ネギは髪や身だしなみを魔法で整えていた。
「便利ねそれ」
水や風、火を利用した繊細な魔法コントロール。
魔法を手足の様に使うとはこの事だろうね、きっと魔法学園でも他に何人もいないと思う。
「モモはできない?」
「……【天命回帰】」
ぼそっと唱えるとピンと立った寝ぐせは一番きれいな状態へと戻る。
「モモは魔法が使えない?」
さすが魔法のエキスパート、本当にこれが魔法でない事に気づいていたようだ。
「昨日使っていたのも魔法ではなかった。魔法反応がない」
「バレちゃったか、えっとちなみに魔法反応ってなにかな」
「魔法を使う際には必ず起こる現象、どんな微細な魔法でも例外はない」
ん、でもそれって他の人にもバレてしまうって事かな。
「多分他の人にバレないと思う」
あれ、私声に出してたかな。
「魔法反応を探るのは私のクセだから、ほとんどの人はイチイチ魔法反応を探知しない」
そうか、実戦で戦ってきたネギにとって相手の動向を仔細まで観察するのは当然というわけね。
「そっか、それならバレないか」
「魔法反応を完全じゃないにしても隠す魔法もある、最悪それで言い逃れできる」
私が魔法を使えないことを隠していることに気づいているんだね。
「……ありがとう」
「モモ、そろそろ行かないと遅刻する」
「遅刻?」
部屋の時計を見るととんでもない時間になっている。
それから私たちは大急ぎで教室へ走ることになった。
寮から教室までって意外と距離があるんだね。
「おい、ギリギリだぞ!ってモモくんか」
教室に入ると先生が声をかける。
「すみません遅くなりました」
「はっはっは!元気でよろしい!」
私のミラクル暗黒パワーを見てからデドラ先生は傍目でわかるレベルで仲良く接してくるようになった。
彼いわく、私は次代の闇魔法界を担うスーパースターらしい。
「それでは朝のホームルームを始める」
「お待ちなさいませ!」
舞い上がる金髪縦ロールちゃんことフレアアイリード嬢。
「デドラ教諭!あまりにもモモ…さんに寛大すぎませんでしょうか?」
「む、フレナくん、そうは言うがな、時間には間に合っておるしな」
「しっかりしてくださいませ!」
ギロリと私を睨みつけるフレナさん。ずいぶん嫌われてしまっているね。
これではラーメン屋の宣伝どころかまともに会話もできなさそうだよ。
それからホームルームが終わるまでフレナさんからの視線をチクチクと受ける。
授業が始まってからも熱視線は続くけど、それよりも初めての魔法の授業に私は夢中になった。
一年生は主に魔法の理論から勉強するらしい。
なので例えば授業中に魔法を披露する、なんて場面はあまり無いようで安心した。
午前の授業が終わり、お昼休みとなる。
「モモ、なんだか楽しそうだった」
「なんだか新鮮でね」
それに学生として何か学ぶという事がとても懐かしく、ついつい夢中になってしまった。
「お待ちなさい!」
どうして目の敵にするのかな、私何かそんなに気に障る事したかな。
「モモ…さん、ちょっとお話よろしいかしら!」
「ダメ、モモ昼ごはん行こう」
そんな取り付く島もないのはかわいそうだよ。
「うん、それじゃあ一緒にご飯行こう、フレナさんも良かったら」
「わ、わたくしに昼食を誘っていますの!?」
だめだったかな。
「だって話があるんでしょ?昼休みだし一緒に食べながら話そうよ」
「そ、それは、でも……」
ええい、もうめんどうだ。
私はフレナさんの手をひいて寮の食堂までやってきた。
不満そうなネギがそれについてくる。
「いらっしゃーい!あれっ今日は三人なんだ!いいねー!」
「ミーナ先輩こんにちわ」
昨日のラーメン屋にやってくる。
女の子が毎日行くのはちょっとあれなお店なんだけど、若いからいいよね、たぶん。
「こ、このお店は……」
「フレナさん、ラーメン初めて?」
きっと貴族の、それも侯爵家の令嬢はこんなお店に来ないだろう。
無理やり連れてくる形になったけど、例のお話をするならここしかないと思った。
「は、初めてに決まってますわ!なんですのこの庶民のお店は!」
やっぱりかぁ。ここはベテラン、というには来店回数が心もとないけど私が色々教えてあげなくっちゃ。
「先輩、ラーメン三つお願いしまーす」
「ん?あぁ普通のラーメンでいいんだね、おっけー!」
あれっなんか今違和感があったような?
まぁいいか。
「さて、とそう言えばフレナさん、さっきお話があるとか」
こちらからお願いをするなら、まずは彼女のお話を先に聞こう。
仲良くなるところから交渉ははじまるからね。
「お、お話……?」
「さっき教室でお話があるとか言ってませんでしたっけ」
「えぇ、あ、ありますわ、でも……」
なんだかもじもじしている。話にくい事なのかな。
「…………」
とうとう黙ってしまった。
ネギはずっとフレナさんを見ているし、話し途切れちゃったし、困ったな。
「はーい、おまちどうー!」
早っ。
「とりあえず食べましょうか、伸びちゃいますし」
「え、えぇ……」
ぱきっと割りばしを割ると慣れた手つきで食べるフレナさん。あれ、お腹すいてたのかな。器用に箸を使いこなしていく。
「フレナ」
「なんでふの、ネギさん」
「……なんでもない」
思ったことを割と言うネギが珍しく言葉を濁している。ネギも貴族令嬢は苦手なのかな。
仕方ない、こちらからの用件を先に言ってみよう。言うだけなら無料だしね。
「フレナさん、ラーメン好きですか?」
「ほのような庶民の食べ物、別にふきじゃないですわ」
んん?この世界はお口いっぱいもぐもぐしながらしゃべるのはマナー的に良いのかな。
「実はですね、このお店お客さんが少なくて」
「えぇそうですわね」
箸をコップの上に置くフレナさん。
「このままだとお店が続けられないかもしれないんです」
「なんですってぇ!?」
「ひえっ」
今日イチでびっくりしてしまう。
フレナさんってもしかして情に厚かったりする人なのかも?
「あ、そ、それはいけませんわね」
コホンと咳ばらいをして水をこくこく飲む。
「きっと庶民の食べ物って認識があって、それで貴族の子たちが来ないんじゃないかなと思うの」
ネギは黙々とラーメンをすすっている。
「お、おもしろい見解ね」
「そこでフレナさんにそれとなくこのお店を美味しいお店だって見聞を広めて頂ければなって思ったのだけど、ダメかな」
「…………」
やっぱりダメだろうなぁ。私としてはラーメンはソウルフードだからお店にあんまり潰れてほしくないんだよね。
レンゲの中で小さなミニラーメンをつくるネギ。
「あはは、昨日ネギとその話をしててね。貴族の子に頼めないかなってなってね」
「…………」
少しうつむいていてフレナさんの表情が見えない。
食べる手も止まってしまっている。
器を持ち上げてスープを飲み干すネギ。
「……よろしいですわ」
「ごめんね、そうだよね、もう諦めるしか……え?」
「良いと言ってますわ、べ、別にそのくらいなんでもありませんわ」
意外な答えが返ってくる。
「ただし一つ条件がありますわ!」
「なにかな」
コップの氷を口に入れてバキバキゴリゴリかみ砕くネギ。
「私に…魔法を教えてほしいのですわ!」
「えっ」
突然のお願いに思考が停止する。
すでにラーメンを完食しているネギが退屈そうにしている。
フレナさんが私に魔法を?人選を完全に間違っていると思うんだけど。
「理由を聞いてもいいかな」
「理由……ですの?」
「うん、やっぱりちゃんと聞いておきたいよ」
フレナさんは小さくため息をついてから話し始めた。
「……別に難しい話ではありませんわ、侯爵家の娘ですのに私はまともな魔法を使えませんの」
私とネギは顔を見合わせた。
「フレナ、侯爵家だからって強い魔法を使う必要はない。確かに魔物は増加傾向にあるけど、侯爵家の人が前線に出なければならない程ひっ迫した状況じゃない」
ネギは責めるでもなく続けて淡々と話す。
「わたくしもそう思ってましたわ、お父様もお姉様もみんなそう言ってますもの。でももし、大切な人が魔物に襲われたら……」
フレナさんって実は優しい人なんだなって思う。
周りに甘えずにキチンと自分を持っている。私もできれば教えてあげたいけれど……。
「うーん、でも私よりもネギの方が魔法は上手だと思うよ」
これは間違いない。なにせ実戦から学んできたネギは四大属性を極めていて四天属性も使うことができる。
「いいえ、わたくし貴女の魔法を見てこれだと確信しましたの!」
「確信しちゃったかぁ」
「あの理不尽で圧倒的なパワー、もはや魔法とは違う力のようにさえ見えましたわ」
いい勘してるなぁ。
「でも私人に魔法を教えたりしたこと無いし……」
「それなら見て盗みますわ!」
そんなガンコ職人の弟子みたいな。
「モモ、昼休み終わる」
「えっもうそんな時間?」
ひとまずラーメン屋宣伝の為にも承諾しておこうかな。
「フレナさん、わかったよ。見せるだけなら」
「ありが……ふ、ふん!初めからそう言えばいいのですわ!」
こうして私たちのちょっと変わったグループが結成された。
放課後になるとさっそく私たちは王都の訓練用ダンジョンに来た。
「って訓練用ダンジョンってなに」
来たと言うより連れてこられたと言う方が正しい。
校舎敷地内にある施設に洞窟のような場所があって、これが訓練用ダンジョンと言うらしい。
フレナさんは私の魔法(だと思っているもの)をすぐ見たいらしい。
「モモ、ここは安全に魔物と模擬戦ができる場所」
「モモさん、貴女何も知らないのですわね」
二人は呆れるように言うけれど。
入学式よりも前からいる王都地元組と違って、私は辺境に居たんだから良く知らないよ。
ちなみに二人は知っているけど入るのは初めてらしい。
「勝手に使っても大丈夫なの?」
「許可はとってありますわ!」
権力バリバリ使ってるねこれは。
ところで隣に立っている女性はだれだろう。
「私は生活魔法科のウィルと言いますぅ……」
「生徒だけで入るのはさすがに許可が下りなかったので、先生の同行をお願いしましたわ!」
「うぅ、勘弁してくださいです……侯爵家のワガママに振り回されたくないです……」
先生と言うが同い年の子供にしか見えない。いわゆる合法ロリというやつだね。
「入るなら入ってすぐに終わらせてほしいです、こんなの完全にサービス残業です……」
幸薄そうな先生に同情するよ。
訓練用ダンジョンに入ると自動で特殊な魔法がかかる。
ダメージを一定以上受けると自動でダンジョンの外に転送されるというもので古代の魔法技術を応用しているらしい。
「行きますわよ!」
「うう、勘弁してくださいです。権力反対です……」
ずんずん中へと入っていく金髪縦ロールと童顔教師。
「ネギ、これもう行くしかないよね」
「フレナはモモの力を魔法だと思っている。遠慮なく見せればいい」
いいのかなぁ。
最初の部屋で魔法を施されると、その先には細い通路が伸びている。
四人は少し緊張しながらも進んでいく。
入口は洞窟の様だったけれど中は人工的な施設だ。
壁はなめらかで全体的に発光している為、窓が無くても先が見通せる。
これも魔法の力なんだね。
「権力嫌い……権力反対……」
この先生は思ったことを口にしちゃうタイプなのね。
出世しないタイプで親近感が沸くよ。
やがて扉が現れる。
「先に言いますが、部屋に入ると魔法で作られた魔物がでてきます。魔物の強さはパーティの強さに合わせたものとなるんですぅ…」
そうなんだ。何がでてくるんだろう。
子供の力ではとても開きそうにない大きさの扉が魔力に反応しているのかゆっくりと開いていく。
中は真っ暗でよく見えないけれど、勇気を出して中へと入る。
扉が少し遅れて閉まると、部屋が徐々に明るくなっていく。
とても広い部屋だ。小さな野球場くらいはあるんじゃないかな。
外から見た時はそんなスペース無かったと思うのだけど。物理法則どうなってるのかな。
「ねぇネギ、どんな魔物がでるのかな?」
「わからない、私たちの強さに合わせるとなると……」
突然どこからか声が聞こえてくる。
『来室者のレベルを測定しました。モンスターを生成します』
模擬戦闘を目的としている施設なら上手くできてるよね。
「貴女たち、あれをごらんなさい!何か出てきますわよ!」
周囲の光が集まって形成していく。
そこには巨大な灰色のドラゴンが居た。
「な、なんですのあれは……」
「そんな、アッシュハイドラゴンですぅ……災害級の魔物ですぅ」
息をつく暇もなく、ドラゴンの口腔が緑色に発光を始める。
やばいかもしれない。
「【範囲障壁】対象【前方広範囲】強度【絶対】」
とっさに障壁を張った判断は正しかったと思う。
次の瞬間ドラゴンの口から轟音と共に緑色の極光が広がる。
光ったと思った後に遅れて爆音が部屋全体に響き渡る。
障壁から抜ける光が部屋の壁に当たり天井や壁がガリガリと削られる。
当たったらただでは済まない。
フレナさんとウィル先生は恐怖で一歩も動けなくなっている。
「アッシュハイドラゴンか、原種と同じだろうか」
続けて極光を撃たれる。障壁は微動だにしないけれど、解除した瞬間にしりもちをついてる二人がヤバい。部屋の振動は最大に近づいている。
「モモ、そのまま耐えれる?」
「うん大丈夫だよ」
ミラクル暗黒パワーは消費ゼロのエコエネルギーなので特に問題はないよ。
「ブレスが途切れたら私が始末をつける」
「わかった」
「あ、貴女たち……歴戦の勇者ですの?冷静すぎますわ!」
ドラゴンは障壁にイラ立っているのかでたらめに緑ブレスを吐きまくる。
ゴアアアアア!!!!
ずんずんと確実に近づいて来る。
「これは物理攻撃くるね」
巨大な爪が緑色にまがまがしく光り始めてそのまま腕を振り下ろす。
おそらく邪魔な障壁を割ろうとしたんだろうけど障壁に激突した爪がズタズタになって辺りに竜の血が飛び散る。
そのタイミングでネギは迷いなく障壁の外へ出てドラゴンの背後に回る。
走りながら詠唱を始めるネギに巨大な尻尾が間髪入れずに襲い掛かる。
「回避」
爆炎魔法を推進力にして後方へ回避するネギ。
「フレナさん、ここにいてね」
「わ、わかりましたわ」
【次元剣】を発動させると私の手に黒剣が現れる。
紫色の細い光がまとわりつく。
「なんて禍々しい剣……」
障壁をそのまま維持しつつ、ネギと対角になるように立ち回る。
ドラゴンがまた咆哮する。これは完全にキレてるね。
振動で部屋全体にヒビが入る。
一見無限の力を持った敵に見えるが、冷静に観察すると明らかにブレスの回数は減り、爪は腕ごと原型をとどめていない。
ネギは回避を続けながら炎の魔法で気を引いている。
美しい炎の連弾がドラゴンに容赦なく直撃し続けているがダメージを受けている様子が無いみたい。
その隙に私も切りかかろうとするけど、その度に恐ろしい速度で尻尾が飛んでくる。
風圧で体ごと飛びそうになるが身体能力をミラクル暗黒パワーで強化して耐える、だが近づけない。
ドラゴンも本能的に近づかれたらマズイ事に気づいてるのかな。
仕方ない、素材が欲しかったけどフレナさんもいるし【黒淵】で頭部を吹き飛ばすしかないかな。
そう思っていると異変が起きた。
「あれ?ドラゴンの動きが……」
恐ろしい速さで移動していたドラゴンが徐々に遅くなっていく。
やがて完全に静止した。
「モモ、あいつの魔法反応が無くなった」
先ほどまでとはうって変わって部屋は静かになるが……。
魔法反応というものが全くわからない私は警戒を解かず、黒剣を構えたまま近づく。
ぴんぽんぱんぽーん♪
緊迫した空気をぶち壊すようにマヌケな音が流れる。
『ダンジョン内の魔力が枯渇寸前です。繰り返します。ダンジョン内の魔力が枯渇寸前です。』
室内の灯りが暗くなる。完全に消えてはいないけどだいぶ暗い。
ドラゴンは静止したまま動かない、置物の様に生命を感じない。
「ど、どうなりましたの……」
障壁からフレナさんが出てくる。
『訓練用ダンジョンをリブートします。滞在中の利用者様は強制転送します』
気づくと私たちは訓練用ダンジョンの外にはじき出されていた。
外は夕方に近づいていていた。
急に平和な場所に来て一気に気が抜ける。
「うーん面白くなってきたのにな、時間切れなのかな」
「多分施設の魔力切れでシステムが維持できなくなった」
私とネギのバトルチームは消化不良で不満がいっぱいだよ。
ゲームしてたらお母さんにコンセントを抜かれた様な気持ち、せめて電源ボタンを押してほしいな。
「もう、わけがわかりませんわ……」
「怒られます怒られます……だから嫌だったんですぅ……」
フレナさんとウィル先生は腰が抜けて動けない。
しばらく呆然としていると、今度は学園内放送が聞こえる。
『魔法学園魔法科、一年A組モモ、ネギ、フレナ・アイリードの三名は至急校長室へ来るように、あと生活魔法科のウィル教諭も』
「あばばば」
「先生、しっかりしてください」
「そうですわ!しっかりなさいませ!」
先生が泡を吹いて倒れてしまう。
校長室。
学園長のインパクトが大きすぎて目立たない校長のテリトリーである。
「ウィル先生、どうなっているのか説明をお願いします」
「うぅ、私は侯爵家の権力に負けましたぁ、権力の犬ですぅ」
ウィル先生は頭を抱えながら泣きそうになっている。
「それじゃあわからん」
校長はミドルグレーの硬そうな短髪をガリガリと搔く。
私達とウィル先生は借りてきた猫の様におとなしくソファに座っている。
目の前には校長先生と隣に学園長がいる。校長はだいぶご立腹みたいだね。
仕方ない。
「校長先生」
「なんだね、チートガール」
「モモです」
私は細かい部分を省略して事の顛末を離した。
「はっはっは!やってくれたのう!」
学園長は楽しそうに笑う。
「学園長、どうするんですか、訓練用ダンジョンの魔力がカラという事は来週の授業から使えないってことですよ」
「む、大丈夫じゃ、モモくん、君なら何とかできるじゃろ」
何とかできるけれど、ぶん投げ過ぎではないかな。
「本当かね、チートガール」
「モモです」
部屋中の視線が私に集まる。
「……なんとかしますよ」
「これで解決じゃのう!それでもう少し詳しく聞きたいのじゃが」
「申し訳ありませんですわ!」
隣を見るとフレナさんが頭を下げているのが見える。
「わたくしが皆さんをお誘いして同行してくださいましたの。悪いのはわたくしですわ」
頭を下げながらも凛とした表情はとても同い年には見えない、大人の顔をしている。
「フレナくん。今回はケガ人も出なかったわけだし大目に見る事にしよう、今後は気を付けたまえ」
校長はこれ以上侯爵家の令嬢に頭を下げさせるのがまずいと思ったのか、ひとまず話を終わらせた。
その間もフレナさんは頭を下げていた。
「そしてウィル先生には監督不行き届きという事でペナルティがあります」
「あばばばばば」
先生は倒れた。
ようやく解放されると夜になっていた。
私たちはひとまず寮へと戻ることにしたのだけどなぜかフレナさんが付いてきてる。
「貴女たちには迷惑をかけましたわ」
「いやいや、あんなのが出てくるなんて思わなかったし校長先生も言ってたけどケガ人がでなくて良かったよ」
さすがに迷惑と言うのは気が引けるよ。ちょっと楽しかった所もあったしプラマイゼロって感じかな。
「いい迷惑だった」
ネギ、もう少し優しくしてあげて。
ほらフレナさんしょんぼりしちゃったじゃん。
「それにしてもモモさん、貴女の力はすごいですわ、どうなってますの」
私の腕やほっぺをぺたぺた触ってくる。くすぐったい。
「ダメ」
ぐいぐいと引き離される。
「だって気になるんですもの」
「モモは私のだからダメ」
いつの間に私はネギの所有物になったのかな。
「というかいつまでついてくる気、こっちは寮」
「わたくしも寮生活をすることにしましたわ!」
「ええっ権力使いすぎだよフレナさん」
この子全く反省していないよ。
「これでラーメンもすぐ食べれますし、モモさんを追いかけられますし一石二鳥ですわ」
「今なにか」
「なんでもありませんわ」
どうやらフレナさんは私たちの部屋の向かいの部屋に住むようだ。
完全にロックオンされているね。
今日も一日色んな事があったよ。明日こそは私のスローライフを取り戻そう。
この世界でわたしは新たな日常を形作っていく。
やるだけやるしかないよね。
仕事を辞めて、これまで出来なかったことをやろうと思い、その一つとして異世界転生ラノベを書こうと思いました。
異世界ジャンルはたくさん読んできつもりだったけれど、いざ自分で書こうとするとその難しさに驚きました。
ひとまず無心でプロットも考えず先の展開も考えずにただ思いつくままに書き殴ってみました。
自己満足の塊を投稿することに罪悪感と申し訳なさを感じつつも、今の自分はこれくらいしかできないんだと再認識できて良かったです。