俺にはヒロインが必要だ!
第二章 制服の重み
「準備は終わった?」「大丈夫。いこう」母親が優しく言うと、僕はやや低くなってしまった声で答えた。
遂に始まる高校生活その始まりの日である入学式がやって来た。僕は従兄弟の結婚式の際につくってもらったスーツを身につけて、母親と共に家を出た。
三度目の高校の募集では、自分の地元のF市から遠い、I市の定時制高校に入った。自分でも今までやったことないほどに勉強し、ようやくは入れた高校である。
定時制だからという訳でもないが高校の入試試験は、驚くくらい簡単で、問題を開いて問題の内容を見たとき、こんなものも解けない人がいるのかと思うようなものもあった。
しっかり勉強して挑んだ入試テストは恐らく完璧に突破し、次の面接試験は緊張した。
面接は嫌いだ。人の顔をじっと見るのは好きじゃないし、受け答えを、緊張しながらやるのは絶対にみんな嫌いな筈だ。
だが、嫌いな面接試験は今までやってきたなかではそこそこだったとは思っている。散々塾でも、中学校の授業でもやらされ、全日制高校入試の時を含めれば20回は軽くやっている。
受け答えをしっかりして、声を大きく、最終的に突破し、3月の20日程で自分の番号を見つけ合格した。
結果はなんとなく心ではわかってはいたが嬉しかった。努力が報われるのはいつでもいいものだった。
苦労したんだ。絶対に諦めたくない。僕は、自分の手を見つめ強く握りこぶしを作った。人数の少ない校門が寂しかった。
そんなこんなで僕はI市の高校に着いた。母親が運転してくれたスバル車がいつも以上に辛かった。
時間は午後の4時過ぎ、4月の4時はすでに夕焼け位でまだ少し肌寒い。
下駄箱前では、在校生の先輩があわただしく動き回っていた。
「どうぞこちらでーす」
髪を金髪に染めた女生徒が声を優しくかけてきた。服装はやっぱり普段着。スーツなのは自分のような新入生だ。
「すいません。名前お願いしまーす」
「・あっ、田嶋です」
自分が小さな声で答えた後、金髪ロングの先輩は自分の名前の確認が終わると上履きを渡してきた。上履きと言っても、大体みんな知る白いパンプスみたいな奴に赤とか青の色が先端に着いたものではなく、サンダルだった。色は青。他の先輩も全員はっきり言って情けない感じの、コンビニとか軽く出かけるようよう質素なサンダル。自分のスーツとは泥と王冠ほど似合わない。
心のなかでため息がでた。
母親とは別に別れ、別の教室に向かう。中学校と似た雰囲気は、新しい制服が消してくれるはずだが、今の自分にはない。
沈んでいる気持ちは複雑になって表現できなくなってきた。
自分の新たな教室に入ると気持ちは強くなる。
人数が20にも満たない。更に新入生の一部にはちゃんとした正装ではなくパーカー姿の者や、恐らく留年してしまった者(上履きサンダルの色が緑)もいた。
ここまで至る過程で散々苦しんで更にこうである。服装とか髪型がある程度自由なのはわかっていても驚きと自責の念が消えない。
「新入生入場!」
低い声を高めに出した声が、小さな集会室で響く。
重い足取りでとぼとぼと集会室に行進していく。名前の関係で自分は列の中央にいる。
行進中、大きなあくびをしながら歩く留年組、自分と同じような境遇で、下を向いたまま悲しそうに歩く者、それでも前を向いて歩くもの、自分は下を向いたものだ。それでも前を向いているものがスゴいと思うのと、気楽だなと、内心軽蔑の気持ちがあり、自分がどんな人間が今になってようやくわかってきた。
暗い気持ちで席に座り、式は進んでいく。そして間もなく、副校長の言葉が始まり、終われば式は終わり、成績の付け方みたいなことを説明されて終わりだ。時間はすでに午後7時ほど、もうすでに窓の外は真っ暗だ。
座り続けて、尻が痛くなり集中がなくなってきた頃で、副校長の言葉が締め括られる。
「たとえ昼間の子と境遇が違えど皆さんは輝けるのです。毎日しっかり学校へ来て、全力で楽しんでください!」
堅苦しい言葉から、生徒を思いやる言葉を言ったつもりだろうが今もなお僕には下世話にしか聞こえなかった。
「ご起立ください」
式が終わり、礼の後また思い足取りで退場し、僕にとって最悪の入学式は終わった。再び先ほど集まっていた教室に戻り、席に座ると早速クラス担任の先生が声をあげた。
「えっと、ではさっそく。これから担任となる佐々木です。これからよろしく」
顔に似合わない190センチの身長を持った人だ。オマケに声もすごい低い。
自己紹介から始まり、境遇などに関係なく頑張ろうという先ほどの式と少し似たことを言い、一部の人は大あくびをかく。
大丈夫か・・・この先・・・不安がまた増えていった。
話は進み、生徒証など重要書類を渡され、成績の付け方の話が終わり、帰りの時間となった。明日から普通に登校するようになる。そう普通にだ。普通だったら9時前くらいの登校が、午後の5時前くらいの登校になる。不安と嫌な気持ちが出て、時計を見ると午後9時前だ。
教室を出て、下駄箱から今履いている不釣り合いな上履きサンダルから綺麗な黒の革靴に変わる。
校門前で母親が待ってくれていた。優しく微笑んでくれた顔が嫌だった。そんな顔しないでほしい。涙腺が緩む。情けなくて泣きたいのは母親の方なのに。
「おめでとう。大丈夫だから頑張って」
涙が出てきた。情けない顔を隠しながら頷く。
ゆっくり励ましてくれながら、別の所で停めてある車に乗り込む。揺れる車のなかでも母親は優しく励ましてくれた。車の揺れがこれからを表してくれるみたいなような気がした。
これから僕の学校生活はどうなるんだろう。不安を抱えながら、僕は目を閉じた。