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キシャ

村を突っ切り坂道を上がると比較的立派な屋敷が現れる。

俺はそこの居間にお邪魔していた。

カメルとクメラは席を外して外でボールを蹴り合い遊んでいる。

懐かしいなぁ。あれでよく同級生に俺だけボールを回してもらえず弄ばれ……中学の苦い記憶よ去れ。ここはお前が来ていい場所ではない!


「そうか。オクノメの……」


黒いタキシードに身を包み、長い黒髪を後ろに束ねた女性、『植物』の女神キシャが紅茶を淹れてくれた。甘い香りが鼻腔をくすぐり、口に含むとなかなか美味い。紅茶はあまり飲まない俺だがこれは非常に口に合う。

だが和室でタキシードで男装した女性が紅茶を入れると言うのは絵面の違和感が凄い。文化がバグっている。

と言っても俺の祖父の家も洋風の食器とか洋服などざらに置いてあったし特に変だと言う訳でもないのだが。


「気に入ってくれたようだな」


「はい。美味しいです」


「それは良かった」


キシャはテーブルを挟んだ向かいの座布団に座る。

綺麗な正座だ。気品があって絵になる美しさだ。


「それで……二、三日この村に泊まりたいと言う話だったな」


「ええ。カメルちゃんにどうしてもと迫られまして」


「カメルは選別者に憧れがあるからな」


「ただクメラちゃんに怖がられてるので二、三日で出ていきます」


「あの子はあの子で怖がりすぎだからな。大目に見てやってほしい」


「気にしてませんよ。子供はあれくらい純粋なくらいがかわいいですから」


「そうだな。かわいいな」


「……ん?」


キシャは表情を緩ませて大きく頷いた。

なんだろう。さして大したことではないが、今彼女に違和感を感じた。


「どうした?」


「いえ、なんでも。それで、どうでしょう? 宿泊の許可を取りたいのですが……?」


「良いぞ」


即答だった。


「良いんですか?」


少し驚いた。選別者の存在はクメラが言うように争いの素だと渋る可能性を考えていたからだ。

キシャは頷く。


「ああ。村の人々に危害を加えるんじゃなければ構わない。ウチに泊まるといい」


「……ありがとうございます」


これは重畳。やっとまともな場所で眠れるぜ!

いきなり平原に放り出された時はどうなるかと思ったがなんとかなるもんだ。


「さて、そうと決まればまずは……」


キシャは立ち上がると俺を上から下まで見て、


「着替えと風呂だな」


と風呂場に連行された。





立派な檜風呂に感動しつい長湯してしまった。キシャに聞いたところ、山を登った所にも露天風呂があるらしい。そちらも是非入ってみたいものだ。

風呂から上がり用意された服を着る。クメラ達が着ているような洋服だ。

そして居間に戻ると、食事の準備がされていた。

カメルとクメラも食事を台所から運んだりと手伝いをしている。

台所に立つキシャが振り返り、俺に声をかける。


「来たな。お昼だ。食べるだろう?」


「え、良いんですか?」


「食事は不要でもでも食べられないわけではない。宿泊するなら一緒に食卓を囲もう。皆で食べた方が美味しい」


「あ、ありがとうございます」


「タツキ様はすわっててください!」


「一応お客様ですから」


姉妹にも促され座布団に座る。

……ふむ?


「二人はここに住んでるのか?」


「そうですよ!」


「両親は?」


「お父さん達は村にいません」


俺が不幸な事故やら境遇などを想像する前に盛り付けを終えて配膳に加わるキシャが続けた。


「この子たちの両親は商人なんだ。今はここから東にあるアンバル神王国で商売をしている。その間この子たちを預かってるんだ」


「ここでは手に入りにくい陶器などを仕入れて送って来てくれるんです」


「昔は臆病で甘えん坊だったあの子達が今では立派に育ったものだ……。最近は甘えてくれなくなって少し寂しいがなぁ」


配膳が終わり全員が食卓を囲む。

座布団に正座をする三人と胡座をかく俺。少し気まずくなるがキシャは別にいいと笑って見逃した。最低限の教育として正しい姿勢を教えているらしい。


「では、いただくとしようか」


「「「いただきます」」」


ここに来て初めての食事は根菜炒めだった。

周りが山で囲まれているため分かりずらいがどこかに畑でもあるのだろうか。農学には明るくないので詳しくは分からない。

まぁいいか。美味いし。





昼飯を終え、クメラ達のボール遊びに合流し、夜。

夕食を終えるとクメラ達を風呂に向かわせ、キシャは食器を洗っていた。俺もその手伝いに加わる。

この台所、水道が通っている。どう言うことか聞くと『水』の神バロスの権能らしい。凄い。


「手伝ってもらって悪いな」


「いえ、少しの間ですが厄介になるのでこれくらいはしないと」


「いい子だな。君は。なでてもいいか?」


キシャは食器を置いてタオルで手を拭き始める。


「子供じゃないんですから……」


ハハハ、クールな顔して面白い冗談を言う(ひと)だ。

と笑ってると頭に手が伸びる。


「いや、なでさせてもらおう。異界の人の子はこちらに比べて悪い子が多いからな。前回も……マサムネには恐ろしい目に遭わされた。だから君のような選別者を見るとつい……嬉しくなる。可愛がりたくなる」


おい。おいおいおい。なんだこれは? なんだこの感覚は?

柔らかい笑みを浮かべるキシャの手が暖かく心地よい。

一撫でされる度に頬が緩みそうになる。


こ、これは……これが……母性?


「フフ、人の子は可愛いな。クメラとカメルもとっても可愛いんだ。カメルはやんちゃでいたずらっ子なんだが、いつもあの子の笑顔を見るとつい許してしまうんだ。クメラはしっかりものだが父親譲りの臆病者でな。人見知りが激しいのが難点で心配になる。でもそうやって私や両親や私にすがり付く姿も可愛くてなぁ」


……わかった。

この(ひと)、親バカだ。

彼女は外見や口調から一見クールな印象を受けるが、どちらかと言うと柔和な人柄のようだ。暖かな微笑みは神々しさと同時になかなかに母性を感じる。

口調を変えれば「あらあら、まぁまぁ」と口にしてもおかしくないだろう。ママだ。クールビューティーの皮を被せた母親(ママ)なのだ、彼女は。


「そうだ。あとでクメラ達と一緒に耳かきをしてやろう。夫や子供達には評判が良いいんだ」


「え、あ、その、初対面でそう言うのはちょっと……!?」


ダメだ。耳かきと聞いて俺の脳裏に元の世界のR指定の漫画や音声作品などで目(耳)にする耳かきの先のそこそこインモラルなシチュエーションが浮かぶ!

お、おおお落ち着け俺! 身の内の獣を解き放ってはいけない! 相手は人妻だ! 屈服してはダメだ! 夫のバロス様がテセウスを遣わして殺しにやってくるぞそれはよろしくない!

いやそもそも耳かき自体はまったくもって健全だ。耳かきオンリーの健全作品も見てきたろう! 俺の心はいつ汚れてしまったのだ!

いや。母性を感じるのはまだいい。だが性の対象としてみては……!


……あれ?


「ん? どうした?」


「いや、その……えっと……実は俺、普段あんまり女性に免疫ないんですが……その……」


息子が起きないのである。こんな美人な男装妻が至近距離に居ると言うのに。我童貞ぞ?

すると首を傾げていたキシャが納得行った顔をした。


「……ああ、選別者の身体は神に制御されているからな。戦争の間は君に生殖能力はないよ」


「ふぁ!?」


容易に察された恥ずかしさもあるが何より爆弾情報に打ちのめされる。

……………………つまり、今の俺は……不能(ED)ってことですか。

仮にも一生分の寿命だと言うのに?

しかも制御されてるってことはつまり……。


「俺の純情を返せ……」


遠く夢の中の神に呟く。

するとキシャがムッと眉間にシワを寄せた。


「神に、それも人妻に手を出すのは決して褒められるものではないぞ? 君は悪い子だな?」


「出しませんよ。モラルが成ってますので」


キシャは笑って食器洗いを再開した。


「そうか。良い子だな。君が勝って主神戦争が終わればその身体は完全に君のものになる。そのあと良い相手を探しなさい。重ねて言うが私はダメだぞ?」


「分かってますって」


ボクはいい子。ボクはいい子。


「その代わり耳かきをしてやろう。良い子へのご褒美だ」


「……よろしくお願いします」


わーい、こうなったら開き直って享受してやらぁ!

俺が隣で一喜一憂する中、キシャはポツリと呟いた。


「……本当は、お前にもやってやりたいのだがな……。視ているんだろう?」


「え?」


その呼び掛けは俺に対してではない。不思議に思い辺りを見渡しても誰もいない。カメルとクメラはまだ風呂だ。

キシャの眼は俺に向いている。しかし、俺のことは視ていない。そう感じた。


「……悪い。つい弟の事を思ってしまってな。もう長いこと会っていないからな」


弟……オクノメか。今の口振りから察するに彼らは天界からこちらを視ていると言うのだろうか?


「少ししか会ってないんですが、オクノメ……様はどんな神様なんですか?」


「……そうだな。真面目な子だよ。ここから西にある広大なオガナ大森林を管理していた『森』の神だ」


『森』の神。それはカメルが言っていたので知っているが……真面目? あれが? かなり胡散臭い感じだったが。


「人に興味を示さず森の木々や動物の世話を焼いていたな。寡黙な子だった」


寡黙? あれが? かなり喋っていたが。


「だがある時、どう言う心境の変化か禁を破り、森に迷い込んだ人間と子をなして冥界へ追放されたんだ。それ以来会っていない」


「……はぁ」


人間と神が結ばれることは禁忌なのか。

夢の中に出てきたオクノメを思うと呆れる話だ。

だが冥界か。少し気になる。キニスルナ


「冥界って、天界とは違うんですか?」


「違うと思うぞ」


洗い終わった食器を拭いてカチャリと乾燥棚に立てかける。ハナシヲソラセ


「まず天界とは月のことだ。普段は『月』の神パロアージが法を破る者が出ぬよう地上を監視する場なのだが、主神戦争では参加する神々がそこに集い戦争の行く末を見守っている」


「はぁ、……神様にも法律があるんですね」


「ああ、つい最近までな」


「ん? どう言うことですか?」


「亡くなった主神ピコスが『法』の神だったんだ。同じ神の行動すら直接縛るほど強い権能を持った神だった」


「なるほど」


と頷いて、話が脱線していることに気が付く。ソノママデイイ


「すみません話の腰を折って。それで冥界は?」


ダメダ


「言うなれば『次元の狭間』だな」


「え、それって?」


キクナ


「人は死ぬと身体から魂が抜ける。その魂が行き着く先が『冥界』と呼ばれる。これは君の世界でも一緒だろう?」


そう問われて、俺は笑って返した。


「いや、分かりませんよ。見たことないので」


キシャは何故か不思議そうな顔をした。


「……? だが君はオクノメの」


ヤメロ!


頭の中でノイズが響く。


「……ッ!」


「タツキ?」


「俺は死後の世界なんて知りません」


言っていて何か違和感があった。だがそれを自覚する事はできず、


「……まさか君――」


「キシャ様ぁ!お風呂上がりました!」


風呂から上がったカメルとクメラが来て会話が終わった。





皆が寝静まった夜。女神が一柱、縁側で三日月を眺めていた。


「あの様子は……、まさか『呪い』……か?」


口に出た言葉に、苦い記憶を呼び起こされる。

なんとかすべきだろうか。


「……いや。まだ様子を見よう」

やる気スイッチがなかなか入らなくて遅れてしまいました。すみません。

服装は旦那の趣味です。

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