中途現実(チュートリアル)
こうして原っぱを眺めると気分が浄化されるような心地良さを覚えるものだ。
青々と生い茂った芝生を風が撫で、香りが鼻腔まで運ばれると思い切り深呼吸をしたくなる。
「空気が美味しい~!」
何をしてるのかって?
現実逃避だ。
あの後、あれはやはりただの夢で、本当は誘拐か何かされてここに放り出されたのではないかと考えた。
だって現実とは思えない。神様が夢に出て異世界に召喚されるとか普通はあり得ないだろう。
となるとお家まで帰りたい所だが、現在地が分からない。
「適当に歩くしかないか……」
俺は当てもなく歩きだした。
それから2時間が過ぎた。違和感を覚える。
休みもなく歩いているのに疲れが来ない。
更に2時間後、またも違和感を覚える。
起き抜けで歩き続けていると言うのに腹が空かない。気分的には空腹感を覚えるが肉体的にそれがない。腹も減らず元気だ。
それから4時間後、違和感と言うよりもはや異常だ。
飲まず食わずで歩き続けた。だが身体に異常がない。だがそれはいい。
日も暮れて太陽が沈んだ。暗くなって明かりが欲しくなった頃、それに気付いた。
右肩が光っていた。
「……何だこれ?」
緑色に光ったそれを凝視する。今気付いたが、俺の右肩で紋様が光っていた。服を突っ切って浮かんでいるのだ。
試しに服を脱いでもそれは変わらず右肩に貼り付いたように浮かんでいる。
木が三本並んだ形の紋様。木が三本……森か? いやいや漢字でではない。
こんな痣だか刺青だかは入れた覚えがない。
と言うか問題は光っていることだ。光を吸収した蛍光灯とかの淡い光ではない。光源と言っても差し支えない光だ。それが人体から発せられている。
触ってもなにかが埋め込まれているような違和感はない。
「……俺の身体おかしいぞ?」
そう疑問に思った時、ふと夢でオクノメが言っていた事を思い出す。
『こちらに喚ばれた君達の身体は普通の身体と違って老いる事はないし食事も必要ない。病気にもならない。でも寿命は100年』
彼はそう言っていた。つまり、この身体は普通の人間の物ではない。
……自然と息が上がる。
「代理戦争のための『アバター』ってことか……」
あの神様の言っていた事に真実味が出た。
俺は本当に異世界に召喚され、これから、99人を相手に殺し合わなければいけない。
……何故?
俺はイザナミが適当に選んだ選別者だとオクノメ言っていた。
何故俺なんだ?
当然だが俺に人殺しの経験はない。
いざその時になって殺しなんてできるだろうか?
殺せるだろうか? 人を。
「……すー、……はー」
不安な心を深呼吸で落ち着かせ、頬をひっぱたく。
……変に気負う必要はない。こちらで死ねば元の世界に帰れると言っていた。ならば難しく考えなくて良い。
隠れて過ごすのも手だと言っていた。
ここ数時間まだ誰とも出会っていない。ならばこのまま見つからないようにしてやり過ごそう。
「とりあえず、身を隠せる所に行くか」
ちょうど視界に映る森、林だろうか? そこまで歩き、できるだけ肩から光が漏れないよう葉っぱや服を肩に巻き付けて眠った。
素晴らしい。眠気はなくとも眠ろうと思えば眠れるようだ。この身体は。
朝、目が覚める。
木にそのまま背もたれて寝たせいか尻と背中が痛い。
もしかしたら、また夢にオクノメが出て来るかもと思ったのだが、来なかった。
「月一ッつってたもんな……。やべぇ。やっぱりチュートリアルすっ飛ばしちまったか」
何よりもそれが痛い。勘違いしてたとは言え冷静に考えれば非常に危うい。
まだ説明は山ほどあっただろう。だがそれを打ち切ってしまったために肝心の『加護』の使い方も分からない。
『逃げ足』
それが俺の切り札だ。
そのままの意味なら足が速くなる、……だろうか?
「試してみるか」
両手を地面に付いてクラウチングスタートの形を取る。
そして、――走る
風を切る。と言うのだったか。
とても心地が良い。風を切ると言うより風になった気分だ。
「はっ、はっ、ははは、全力疾走ってこんな気持ちいいんだな!」
しかし、
「でも、普通の、速度だわ……っ!」
この身体は元の世界のよりはるかに速い。だが、それでも普通に速いだけだ。能力ではない。
そして、疲れる。体力無限と言う訳ではないらしい。
歩くだけならほとんど消耗はなかったのに。キツいな。
速度を緩めて止まる。
「はぁ、はぁ、……キツッ」
その場に寝転んで息を落ち着かせる。
すると、驚くことにものの数秒で呼吸が整い、一分ほどで疲労も回復した。
「凄いな。これ」
昨日から一口も食わないでこれだ。流石異世界。何か仕掛けがあるのだろうか?
「蓄積、消耗、吸収、劣化は万物のお供だ。絶対何かあるだろ」
まぁ、そんな事を考えててもしょうがないけどな。
せめて1ヶ月乗りきらなければ。
「……それにしても」
綺麗な空だと思う。開けた場所で見る空と言うのは素晴らしい。
カメラがあったら是非撮りたいものだ。
「さて、移動するか」
俺がのそっと身を起こし昨日の森に戻ろうと立ち上がると、
「……ぁ?」
俺じゃない声が、近くで発せられた。
金色に染まった髪に焼いた肌、首筋には刺青が彫られ、Tシャツ、ジーパンと現代風の服装から見える肌の所々にピアスが目立ついかにもチャラい二十代前後の男。
彼の肩には光る紋様。
「――――ッ!?」
選別者!
「――――はは」
男はギラギラと眼を光らせ、ポケットからナイフを取り出した。
おいおいいきなり殺る気満々かよ!
「……えっと、まずは話さない?」
「いいや? 殺す」
話し合いの余地はなし。
ならば……逃げるしかない。
「分かった。……じゃあな――ッ!?」
後ろへ引いて走ろうとした時、それは起きた。
肩から熱を発した事に続き、さっきとは比べ物にならない風の量。さっきまでの走りとはまったく違う足の動き。そして目まぐるしく過ぎ去る景色。どこか他人が動かしているような、一歩引いたような感覚。
それらがあって初めて俺は悟った。
これが『逃げ足』、俺が与えられた『加護』か。
「ってマジで逃げる専用かよぉぉぉおおおお!!??」
便利だが、同時に残念だった。
俺はそのまま逃げる。森へは戻れない。暫定ではあるがせっかくの隠れ蓑が割れたらまずい。
だから別の方向へ逃げる。……土地勘ないから森には戻れないなぁ。
「結構離れたな。……もう大丈――」
「何処へ行くのかなぁああ!?」
「――――夫ぁッ!?」
先ほどの男の声がそう遠くない場所から聞こえた。付いてきている。
普通に走ってたならまだしも『加護』を使ったんだぞ!?
逃げられた筈だ。なのに追い付いて来ている。
見れば彼もまた異様な速さで駆けている。
「あれも『加護』か!」
だとすれば奴の能力は足が速くなる『加護』だろう。
『逃げ足』の上位互換じゃないか。
もう一度『加護』を使い、走る。
『逃げ足』はおそらく追われる相手が居て初めて使えるのだろう。
正常に作動した。
だが、いかんせん相性が悪い。
「逃げてんじゃねぇよ!」
「速い!」
応用の利きやすさも速さもチャラ男の方が上とはますます羨ま……じゃない、まずい。
このままだと追い付かれ――
ザクリ。
「――っぁぁああああああ!!??」
目の前が赤く染まる。
左の太ももに鋭い痛みが走り、そのせいで地面に倒れる。
あいつ、ナイフを投げて俺に命中させたやがった。
「つーかまーえたー」
嗜虐的な笑みを浮かべ、男が近寄ってくる。
そして俺の側に来るとサッカーのPKの如く蹴ってきた。
「――グァッ!」
「手こずらせやがって。大人しく殺されとけよ」
「嫌に、……決まってんだろDQNが」
「うるせぇ!!」
また蹴ってきた。
くそ。コイツ嫌い。
「ハッ! ……にしても便利だな。『狩人』ってのは。追えば相手より速く、投げれば的中、か。あの神さんいいもんくれたぜ」
「マジ、ッかよ……!」
上位互換どころじゃなかった。相性最悪過ぎる。いきなり出会うか普通?
……足が痛い。結構深いな。力が入らない。
俺が悶えていると男が馬乗りになって俺の顔面を殴る。
「ハハハ、雑魚いな! 逃げるだけで死ぬとか同情するぜ!」
してねぇだろ。何度も殴って来やがって。
だが、このままだと男の言うとおり逃げるだけで死んでしまう。
やり返さないと殺られる!
「……ぐ! ……ブッ!」
男の足に押さえ付けられているが手は動く。
ならば多少痛むが……、
「ヴァッ……うああああああああ!!!!」
脚のナイフを引き抜き、陵辱を楽しむ男に突き刺した。
「――グ! テメエえええ!!」
腰に刺さったらしい。痛みに怯んだ男を突き放し、足を引きずりながら走る。
だが男もまた立ち上がり、腰のナイフを引き抜いて走り寄る。
痛みに鈍感なんですか!? 躊躇がなく悲鳴も上げない。
そしてやはり奴の方が速い。今度は肩にナイフを食らう。
「ギッ! ッテッメ、何、度も刺しやがってぇ!」
ももに肩、二ヶ所も刺された。
怒りに任せる男は服を掴み、またしても押し倒される。
「次は胸だぁ! それで今度こそ殺してや――」
言葉は続かなかった。何かが飛んで来て、男の上半身を吹き飛ばしたからだ。
飛び散った血が俺の身体にばらまかれる。
「…………ぁ?」
何が起きた? 何が飛んで来た?
瞬く間の出来事で混乱する。
ソレをみやると太く長い木、いや石でできた棍棒だった。
「……?」
男の下半身、死骸を退け、今度は飛んできた方向を見る。
そこには――――『恐怖』があった。
そう表現しても良いだろう。
「――――ッ!」
男だ。だが今さっきまで殴りかかって来ていたチャラ男とは遥かに格が違う。
2m半はある巨躯にズボラに伸びきった黒髪。布を右肩を露出させて着込む服装服装は古代ギリシャなどで見られる服装だ。
現代の感覚からは明らかに異様な風貌だが、圧倒されるのはその見事なまでに逞しい筋肉だった。
鍛え上げ完成された筋肉が無駄なく身体に敷き詰められ、その部位ひとつひとつが殺気を放っているかのごとく危機感を煽ってくる。
何より、威風堂々とした佇まいと射殺すようなその眼が、俺を震え上がらせた。
そして、その巨漢は真っ直ぐにこちらへと歩み寄り、気付いた頃には既に1mを切る距離に立っていた。
巨漢は俺を見下ろし、口を開く。
「オレはアイゲウスとアイトラの子」
「……は?」
俺は、この先に続く名を知っている。
「海神ポセイドンの呼びかけにより水神バロスの戦士として召喚されし選別者」
それは世界的にも有名な男の名だ。
クノッソス大迷宮のミノタウロス退治した伝説を持つアテナイの王にしてギリシャの大英雄。
「テセウス」
「……嘘……だろ?」
【選別者紹介】
八木完二
担当神:狩猟神ボルカン(紹介:タケミカヅチ)
加護:『狩人』
見た目通りのDQNの現代人。
女にたかっては脅迫、暴力、強姦などを働いている卑劣漢。
主神への願いは異世界、現代共に「女と金に不自由しない生活」
日本の神タケミカヅチに適当に選ばれ選別者として参加する。
『加護』は『狩人』。
その名の通り狩猟行為に補正がかかる。
獲物を追えば追い付き、得物を投げれば必ず当たる。
とある理由で痛覚が鈍くなっている。
龍生が初めての獲物だが上半身を木っ端微塵にされ脱落。
元の世界に戻った途端以前強姦した女性に通報され逮捕される。