25アルザス王国騎士団長 エルンスト・ミュラー
糞勇者エルヴィンの突然の訪問に、良く我慢できたものと自分を褒めてやりたい。正直殺してやりたかった。僕の恋人フィーネを寝取られた事を知った時、どうしようもない怒りを感じた。床を何度も何度も拳で叩いた。頭を壁に何度もうち付けた。涙が止まらないし、吐き気も覚えた。嗚咽がとまらなかった。あんなにも胸が痛んだのは初めての経験だった。
殺してやりたかった…
僕の本音だ。戻って来いだなんて妄言より、あふれ出る殺意を留めるので精いっぱいだった。だが、冷静に考えるとアイツはプロイセン王国の勇者であり、国王直轄の戦士なのだ。殺したら、当然罪に問われる。我慢するよりない。あいつを見返すには魔王を僕が倒すしかない。
だが、魔王を倒す前にやっておく事があった。それはフィーネとシャルロッテを取り戻す事。今の僕ならエルヴィンから無理やり二人を取り戻せる。フィーネは僕の元に戻ってきてくれる筈だ。シャルロッテだって、きっと…
「エルヴィンがいるという事は二人も近くにいるんだ…待っていてね…フィーネ、絶対君を取り戻すよ」
そんな事を考えていると。冒険者ギルドのお姉さんがわざわざアルザス王国からの連絡を伝えに来てくれた。先にリーゼの件が片付きそうだ。
「ア、アル君、大変よ。アルザス王国のミュラー騎士団長が至急会いたいって! 至急トゥールネ城へ来てくれだって!?」
「ほ、本当!? リーゼ、リーゼ! ミュラーさんが会ってくれるよ!」
僕は興奮した。もし、リーゼがミュラーさんにグリュックスブルク家の令嬢と認めてくれれば、リーゼの貴族復帰や僕達セリアの退魔団の魔王軍戦への参加を認めてくれるかもしれない」
僕達は旧フランク王城トゥールネ城へ向かった。そして、正門で、リーゼが名乗る。
「アルザス王国侯爵グリュックスブルクの娘、リーゼですわ。エルンスト・ミュラー様よりお誘いがございました。ミュラー様にお伝えください」
リーゼがドレスの両端をヒラっと持ち上げて、片足を一歩後ろにおじぎをして …流石に元貴族令嬢、綺麗なカーテシーを見せてくれる。右隣を見ると、ヒルデがスカートでもないのに、カーテシーをしようとして失敗している。ヒルデは今日、ホットパンツを履いていたのだ。王女様なのに、侯爵令嬢のリーゼに負けてるね。ヒルデ…今日も残念だね。
「いえ、ミュラー様よりリーゼ様の事は既に伺っております。お噂通り、お美しい」
正門を守っていたエルフの騎士は騎士の礼をすると、リーゼのスカートの裾に口づけをした。騎士の貴族の令嬢へのマナーだ。
正門より騎士に導かれて会議室の様な部屋へ通される。そこには背の高い青い髪の長身のエルフがいた。
「おお、本当にリーゼ嬢か? 死んでしまったと聞いていたが、生きていてくれたか!」
「お久しぶりです。ミュラー様、しかし私は生きていて大丈夫な身の上なのでしょうか?」
この人がミュラーさんか? リーゼは単刀直入に自身の状態を聞いたのだろう。彼女の家は取り潰された。そして、リーゼの両親も弟も刑死している。もし、リーゼが生きているとしれたら、この人はどう動く? 例えリーゼの知人であっても、信用に足る人物であっても…ここはリーゼが信用するこのミューラーさんを信用するより他にない。
もし、この人がリーゼを害そうとする場合は実力でリーゼを守る。だが、それは僕達の魔王軍との戦いへの参加の可能性が無くなるという事だ。
「先ず、君はグリュックスブルク家の姓は決して口に出さない事だ。この城は私に忠義する騎士ばかりだが、他でもし君がグリュックスブルク家の生き残りだと知れたら、君は断頭台の露と消えるだろう。もう少し待ってくれ。私も国王陛下も君の父上に共感する貴族の仲間も君の父上が罪を犯したなどと信じてはいない。あまりにも不自然だった」
「わかりました。ミュラー様なら信じてくれると思っていました」
リーゼは普段のドSお嬢様発言を全くしない…しない事もできるんだ。できればずっとこのままでいてくれないかな? しかし、僕は一つ疑問に思い、質問してしまった。
「あの、すいません。アルザスの国王陛下は無実と知りながら、何故リーゼの家を、その」
「君は?」
ミュラー団長は僕の方に視線を向けた。
「彼は私が所属している冒険者団のリーダーで、私のご主人様です」
「ご、ご主人様?」
えっ? まさか性奴隷になっている事、このタイミングで話す気? 僕、悪いヤツみたいに思われない? リーゼは確かに性奴隷でご主人様は僕だけど。
「賊に襲われて性奴隷として売られました。今はこのアルベルト様の性奴隷となっています」
わー! 一番ヤバい紹介の仕方だ。
「わかっている。手紙に書いてあった。君は性奴隷として買われて…そして!? あああああああああああ!? シュタルンベルクの宝石と呼ばれた、リーゼ嬢を性奴隷だと?」
ミューラーが剣の柄を握りしめる。そして掌からは血が滴っている。
「ま、待って下さい。誤解です。僕は何もやましい事はしていません! 誤解です!」
「アルの言う通りよ。アルは法に乗っ取って正しく私をいつも使ってくれているわ…」
…僕、凄い勘違いされているよね?
その時、ミュラーの懐からバサリと一冊の本が落ちた。
僕の目に背表紙のタイトルが目にはいってしまった。タイトルは、
『恋敵のご主人様を殺す方法(完全犯罪のすすめ)』
「す、すまない。忘れてくれ。つい取り乱した。君は悪くない…君は、な、何も…ほ、法に乗っ取って…ただ、リーゼを…あああああああああああ!?」
「あ、あの?」
「あ? え? あ! すまない、何度も…安心してくれ、私は理解は早い方だ」
ミュラーさんは、そそくさと本を隠す様にしまい、爽やかな笑顔で僕に返した。
何、爽やかな顔して人を殺す算段してんだ、この人? それに理解は早い方って、何の理解が早いの? 怖いよ!?
「すまない。取り乱してしまった。非礼を許してくれ。容赦を期待する。…ところで…トリカブトってどこに咲いてるか知っていないかな?」
「…」
僕に聞く?
「お互い誤解が解けたようね。それじゃ、本題に入らせてもらうわね」
いつ誤解が解けたの? 誤解はまるで、全然、これっぽちも、全く解けてないよ。
「まず手始めに、自己紹介も未だでしたわ。リーゼの所属する団を紹介させて下さい」
「…ああ、頼む、君をこれまで守ってくれたのだからな」
リーゼに促されて僕達は自己紹介した。
「なんと、あの最近話題のセリアの退魔団か!?」
ミュラーは色々驚いたらしいが、その中でも特にヒルデが王女様な事に一番驚いた様だ。そりゃそうだ、フランク王国の王女というだけでなく、ヒルデは勇者なのだ。
「聖剣を抜きます」
「お願いする。疑う訳では無いが、物的証拠があると私も心強い」
ヒルデは自分の身分を証明する為に聖剣を抜く事にした。右手を水平に右に突き出し、掌を外側に向ける。そして、掌から輝く聖剣がゆっくり姿を現した。
「せ、聖剣、やはりアーレンベルク家の王女殿下!」
ミュラーはヒルデの目の前に来ると、突然跪づいた。 そして、ヒルデの右手をとり流れる様に優雅な所作で、手をすくい、手の甲にキスをするかしないかの手慣れたキスをした。
「王女殿下、無礼をお許し下さいませ」
ミューラーがヒルデの前に跪づいたが、ヒルデは当たり前の様な仕草である。
実はヒルダの王女様が妄想だったらどうしようと少し心配してたけど、本当に王女様でよかった。
その後、ミュラーはリーゼの現状を説明してくれた。僕の質問を覚えていてくれたらしい。
「グリュックスブルク家の名誉回復は任せて欲しい。国王陛下も尽力されたのだが、司法に介入する訳にもいかず、まんまとケーニスマルク家にしてやられたのだ。だが、リーゼ嬢が生きているのなら、調査を再開して、無実の罪を晴らす事に協力してくれるだろう。陛下とグリュックスブルク侯爵は幼年学校からの同級生なのだ。もちろん私も味方する」
こうして僕達はミュラーと面識を得る事に成功し、リーゼの名誉回復の協力を取り付けた。更に、僕達のパーティを正式にフランク王国の勇者パーティとするよう取り計らってくれる事になった。
ミュラーはリーゼを預かろうと提案してくれたが、リーゼが拒否した。僕もミュラーの元に身を寄せる様促したけど、リーゼに凄い睨まれた。
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