22その頃勇者エルヴィンのパーティでは6
「そ、そんな馬鹿な!? 何かの間違いではないのですか?」
「いや、間違いではない、セリアのダンジョンは攻略された」
俺はダニエル侯爵の言葉に耳を疑った。
「一体どういう事なんだ?」
ダニエル侯爵の説明によると、謎のダンジョンが1週間前に突然発生した。ダンジョンを作る事ができるのは…魔族だけ、そして魔族を討伐できるのは…勇者だけ…
俺が最高に目立ち、名を売るチャンスだった筈だ。ダンジョンを攻略し、魔族を倒せばさぞかし素晴らしい名声が手に入っていただろう。民どもは俺を誉めたたえた筈だった。街の女も黙って俺に股を開いたに違いない。
俺より強い冒険者がいても魔族には勝てない。魔族に傷を負わす事ができるのは勇者の聖剣だけなのだ。なのに、セリアのダンジョンは攻略された。つまり、勇者が魔族を滅ぼしたのだ。そんな馬鹿な!?
「どうなされました? エルヴィン様」
「俺に触れるなぁ この雌豚あぁあ!」
「きゃあ!?」
剣聖フィーネの手を乱暴に払いのける。
そして、真っ黒に膨れ上がった怒りが巻き上がり、俺は思わずフィーネの腹を思いっきり蹴りあげた。
「い、痛い……お、お腹の子が…」
「五月蠅い!? 黙れ雌豚がぁ!」
「止めて下さいエルヴィン。フィーネさんのお腹にはあなたの子がいるのでしょう?」
しまった。俺とした事がついカッとなって…誰も見ていない処でやるべきだった。
慌てて、繕って、フィーネに謝る。
しかし、先程注意してきた司祭ナディヤはおろか、アルの妹 賢者シャルロッテ、剣豪アンネリーゼも冷たい目で俺を見下ろす。何だよその目は?
いや、勇者パーティだけではなかった。勇者パーティ強化担当の貴族ダニエル侯爵も、周りの騎士達も軽蔑の目を向けていた。
「エルヴィン様、以前から考えていたのですが、私はこれ以上あなたについて行く事はできません。勇者とは本来、誰もが恐れる困難に立ち向かい偉業を成し遂げた者、または成し遂げようとしている者に対する敬意を表す呼称です。あなたはそのどちらでもない」
「俺は勇者だ!? この大陸に7人しかいない勇者だ。俺は誰からも輝かしく賞賛されなければならない人間なんだ!? それが勇者なんだ」
「自分の恋人の腹を蹴るような人がですか? ましてや、彼女はアル先輩の婚約者だった。あなた、アル先輩が生きていた頃からフィーネさんと…酷すぎます!」
「それはフィーネが俺を選んだだけだろう?」
「……」
ナディヤを見ると黙り込んだが、その拳は握りしめられている。ふとフィーネを眺めると、フィーネは身体を震わせていた。羞恥か? 怒りか? 俺がアルベルトの命を盾にフィーネをいい様にしたからか? だが、どうでもいい事だ。
俺は魔王を討伐する男だ。魔王を討伐した暁には貴族の地位と、多分あのクリスティーナという王女を嫁にもらえる。こんな田舎娘一人なぞ、どうでもいい存在なのだ。
次に目をアルベルトの妹シャルロッテに向ける。この女は折角アルベルトが死んだから優しくしてやったのに、股を開く処か俺に軽蔑の視線を投げつけてくる。夜伽に誘ったにも関わらず来ないばかりか、口も満足に聞きやしない。
「勇者エルヴィン様、今日をもって、勇者パーティを抜けさせて頂きます」
「な、何だと?」
俺とした事が動揺した。俺の元から去るのだと? 未だ俺の手がついていないにも関わらずか?
ナディヤはさっさと行ってしまった。そして、
「勇者エルヴィンよ。言っておく事がある。アルベルトの事だ」
「何、なのでしょう? あの足手まといが今頃一体?」
俺は怒りに打ち震えていた。こんな事があっていい筈が無い、俺は全てを手に入れる男だ。こんな処で壁にぶつかっていていい人間じゃない。邪魔する者は殺せばいいだけだろう?
だが、怒れる俺を無視してアホ貴族ダニエルが無遠慮に言ってきた。
「お前ら勇者パーティが弱体化したのは、アルベルトが抜けたからだ。彼はパーティ全体のステータスを2倍にする常時魔法を有していた。だから、お前達は弱くなったのだ」
な・ん・だ・と・?
そんな事はあり得ん。あの男は俺の前にほんの少しだけ邪魔になる小石だ。フィーネという田舎娘を自由にするのに、ほんの少しだけ邪魔になるだけの存在。それ以上でもそれ以下でもない。
「一から鍛えなおせ。今後も騎士団は派遣してやる。だが、騎士団には配慮せよ。今までの様に騎士団を乱雑に扱うと騎士団を派遣する事もできなくなる。先日派遣した優秀な騎士が全員辞めてしまった。我が侯爵領としては実に痛いのだ」
侯爵は鬱陶しそうに場を辞す。
「何故だ! 何故上手くいかない! 俺は勇者だぞ、誰もが崇めるべき英雄なのだ! どいつもこいつも思うように動かねぇ、みな、ぶち殺されたいのかぁ?」
俺はその場で、手当たり次第に家具や調度を蹴りつけ、殴りつけた。
椅子やテーブルをへし折っても、全然鬱憤は晴れない。
周りを見ると、俺に近づくと殴られると思っているのか、三人は遠目で冷たい目で見つめていた。
なんだ、その目は?
不愉快だ!? 俺をそんな目で見るなぞあり得ん。お前らはどうせ捨て駒だ。とりあえず抱いて、一時的に利用するだけだ。俺は将来、あの王女クリスティーナと結婚し、ゆくゆくはこの国の王となる男だ。
そもそも、アルベルトを殺せと持ち掛けたのは侯爵じゃねえぇか?
俺が悪いじゃねぇ! 何もかも、俺が悪いんじゃねぇ!?
畜生、こんな事ならいっそ、アルベルトが生きていてくれ! あの哀れなアルベルトが自分の婚約者の腹に俺の子がいる事を知ったら、さぞかしどす黒い妬み、恨みの目で俺を見返すだろう。
そんなヤツの前でフィーネをおもちゃのように抱いてやろう。そうだ、ヤツの妹も無理やり抱いてやろう。
ああ、生きていてくれ、アルベルトが怒り狂うのを想像すると辛抱たまらん。最高だぁ。
俺はあり得ないが、最高の妄想に胸が高鳴った。
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