大航海に大後悔
……思ってたより遅いね?
「仕方ないでしょう、これでも帆船にしてはありえない速度ですよ」
「まあ高速戦艦とかやるには木材の船じゃ厳しいか……てかお隣の国ってどのくらいで到着すんのかね?」
『ふん、真っ直ぐに行けばすぐであろうが……どうやら先程から遠回りをしているようだ』
ほう、つまり?
「…深海には、厄介な奴がいてね」
何か急に勝手知ったる我が家ですみたいな顔で髪の長い海男!!って感じの兄ちゃんが現れた。
「ヘカトン…」
「待って待って!この人…人?シャチの神様だってば」
「お、正解よくわかったね?さっきは悪かったねお嬢さん、びっくりしたかね?」
「声が同じだったから……人になれるん…ですか?」
「なれるわけじゃないね、でも真似ることはできる…あの姿じゃ話しづらいからね」
「それって…ハリガネさ「教えてください!!!」
「下手に出るのが早い…流石お父さん」
そう褒めるな、人の姿になるためなら土下座も辞さないのがハリガネムシクオリティさ。
「いや褒めては一切ないんですが…グラトニカ殿の肉体で土下座とは中々…恐れ知らずな…」
『………汝?』
やっべえ土下座する相手が増えた。
『…まあそれはともかく、人になる術があるならば聞き出すのが良いだろうな』
「あー…ごめんね、これは教えられるような物でもないんだよね」
「まあそこら辺はそっちのムカデの君が良くわかっているだろうがね」
「ああ、貴様等は文字通り神…故に自身の身を変化させるなど容易い事だろう…逆に言えばこのムシケラごときには千年かかろうと成し得ぬ話よ」
「厳密にはこの姿は分身だがね、僕の本体は今も前でこの船を引いているからね」
なぁんだ、やっぱり無理な話だったか…
「まあ、君も神になればできるとは思うがね、ムカデの君だってできたのだからね」
「ふん、我は神などには成っておらんがな…この姿もあらゆるものを失った上でのものよ」
「うんうん、キラウシから聞いているさね……惚れた相手のためとはいえ…いい覚悟だね」
「黙れ!!」
「褒めてるんだけどね…いいじゃないのさ惚れた腫れたで大立ち回り…出来そこないでも神すら倒して…その上で手に入れたものも捨てて…」
やだ…改めて聞くと格好いい…好き……
「あぁぁぁぁ!!くそ!変われ!!」
「というわけでグラさんは例によって引きこもったので私だよ」
「君も君で聞いた通り面白いね……宿主と共生して入れ替えも自在とはね…」
「いやぁ入れ替えができるのは相手がウェルカムな姿勢な時だけだよ、基本乗っ取って好き勝手やるのさ」
「……キラウシ達の事は礼を言うね、ありがとう……でも正直僕は君を計りかねてるね」
「それは……私が虫だからかい?」
「……ああ」
…………
「でも恩人であることには変わりないからね!キラウシが僕に頭下げに来た事も考えるととやかく言う方が野暮だね!」
「良かったー…ぶっ殺されるんかってくらい剣呑な雰囲気だったよ今…」
「儂も正直かなり不安でした……父さんは変なところで無鉄砲ですし…」
「ははは、それなら最初からルートも真っ直ぐ行くからね……ってそうだった、深海の厄介な奴ってのはね」
「ええと…うちだと蛸入道とか呼んでたけど確か正しくは…クラーケンだったかね?」
「クラーケン…」
それは…ハリガネさんでも知ってる奴だな…
「……でっかい蛸?」
「お、何だ知ってるんだね」
「まああれを蛸と呼ぶかは怪しいところだがね……大して美味くもないしね、たまに食べるけどね」
「……でも、勝てるんですか?」
「ん?いやそりゃ勝てるよ?君等は死ぬがね」
「船なんて不安定なもんに乗ってなきゃ死ぬような君等に気を使ってあの蛸と戦うくらいなら、大人しく逃げるが勝ちだよね」
ああなるほど…まあ確かにそんな近くで大怪獣バトル始められたらこんな船一瞬で沈むか、氷山大崩落とか目じゃないくらい波荒れそうだし。
「まあそれと……クラーケンは大したことなくても親玉がね」
「親玉?」
大概のゲームでクラーケンって親玉じゃない?上がいるの?
「うん……〈長老個体〉でありながら〈特異点個体〉……でいいんだっけかね人間に説明するときは」
「まあともかく…大昔から生きて一時期は深海の国すら統治してた奴がいるんだよね」
いやそれって…
「あっちは無理だね、本格的に勝てない……僕とあれは前提としてステージが違うんだよね」
あの…あれ……
「……クトゥルフ…もしくはクトゥルーか」
「………おっどろいたね、知ってるんだ?」
流石に…流石に知ってる……ていってもゲームとかの知識だろうけども。
………日本のアイヌ神話があるなら世界中で有名なクトゥルフ神話はあるわな、でも思ってたより出てくるの早かった……
「まあ、そっちは大丈夫だね…家はこっからかなり遠いし…殆ど寝てるはずだからね」
「いいとこ眷属の蛸がこっちまで狩りに出てきて大陸側の竜種あたりにどつき回されてたまにくたばってるくらいのもんだね」
「じゃあ心配ないか、その眷属の蛸が来ても私達死ぬけどね」
「……そろそろ不安になってきたから本体に戻るね」
あ、オート運転みたいな感覚なんだあれ。
「いやはや……海は恐ろしい場所ですね父さん」
「最悪イカダで渡ろうとしてたの今考えたら本当に最悪の考えだったわ……即死するよそんなもん」
「ん?」
どうした?
「いや今下で何やらドカッと音が……」
「ほう?見てくるよ、ついでに食料を拝借……グラさんが腹ペコみたいだから」
『余計なことを言うな…』
「…へいレプンカムイ?まだ何か…」
先程までの元気溢れる海男が、看板の下で浮いていた。
脚が宙に浮き、小麦色だった肌は青白く、何よりその太い首には……
人の顔から生えた二本の巨大な牙が突き刺さって……
誰……お前……
レプンカムイの人形態の見た目は綺麗なアクアマン。
本体はパンダカラーのクジラ。
Q.グラさんとキラウシって仲直りしたの?
A.キラウシ自体に思うことはやっぱりあったけど、あの後人間社会にワンワンズ達亜人種を溶け込ませるために色々やってて忙しかったのと、それを真面目に手伝ってたグラさんにわざわざ文句言う気が無くなった。




