送り狼の大咆哮
「ミリア、こちらの背嚢…ウーゴ殿からです」
「わ……後でお礼言わなきゃ」
「ブレ子、食料品ってどのくらい持っていく?」
「割りと限界まで持っていった方がいいかと、何せ今回は海路ですから」
やあ、いよいよこの国ともおさらばになるハリガネさんだよ、今は荷造り中さ。
え、何でこんな夜中に荷造りするかって?
………明日から物凄い台風が来るらしいからね。
「今を逃すと本格的に渡航が遅れます……速やかに出発するのがいいでしょう」
「名残惜しいけど……散々お別れは言ったからね」
そんなわけで思い出も持ち物もリュックにパンパンにしていざ新天地というわけさ。
「船とかってどうなってんだっけ?」
「一応はノックス殿がサプライズで用意すると張り切ってはおりましたが」
「サプライズ思いっきりバレてるけど良いのかそこは」
何にせよありがたいけどね、最悪泳いで渡るところだったけど船があるなら動力は……
『……我か』
君のバタ足に期待してる、ビート板よろしく手で押しながら行こうじゃないか。
『我の記憶の中にどころかカムイの連中の頭にすらそのような馬鹿げた渡り方する者は過去に居らんだろうな……』
「おうお前等、言われてた通りありったけの保存食だ」
「おやっさんありがとう!何から何まで世話になったねぇ…」
「良いってことよ、それよかおめえ……お嬢ちゃん、守ってやってくれよな」
「……娘を守るのは親の役目だからね、そうだろ?」
「おぉ…ああくそ……寂しくなりやがるなあ…!」
私もだよおやっさん。
「おじさん」
「絶対有名になって…戻ってくるから」
この子の3年分の成長を見てきたんだよなこのおやっさんは……本当、世話になっちゃったね。
「父ちゃんと母ちゃん大事にしろよ、しっかり守ってもらえ」
「ふふ、すぐに私が守る側になる…かも」
私父ちゃん?君母ちゃん?
……百歩譲ってそれはいいけどブレ子は?
「不審者」
「よおしミリア、そこに正座なさい、グーが出ますよ、お姉ちゃんの渾身のグーが」
「はっは……いつでも戻ってこいよ、この街はあんたらの代わりに…俺等が守っていくからな」
「頼んだよ、ここは私等皆にとって故郷だからね」
「まずい、ゆっくりしすぎた」
おわっちゃあ……風が変わってるね、どことなくこの後天気崩れます!って感じの嫌ーな空気。
「出発準備を…あ、ノックス殿!船は!」
「港に準備できてる!ブレさん達早く乗って!」
もっとこういうのってのんびり街の人一人一人とお話できるもんじゃないのかなぁ!?
「ってうぉあ!?船デカ!?」
大きめのボートくらいの物かと思いきやかなりしっかりした造りの船だった……これ作ったの?
「こんないい船…奮発しましたねノックス殿」
「ふふ……先行投資です!!」
「はっきり本人に言えちゃえるあたり君が好き!ともかく助かるよ!」
いやーしかし……帆船って嵐の中進めんのかな、航海知識ある奴一人もいねえんだけど。
「……これは…やや陽気な自殺ですか?」
「集団だから心中だよねぇ」
「儂等に打ち勝っておきながらその死因は……」
「……死ぬ気か?」
「おおカムイ達!どうしようねこれ!」
「……多方、これも読んでいましたね?」
へっへっへ……まあ最悪神頼みが許されるくらいには貸しも作ったからね。
「はぁ……今回だけです、確かに我々は頼みを邪険にはできないほど…貴方達には借りがある」
「お願いします、レプンカムイ!」
誰それ……うぉお!?
でっっけえ!!?
「これは…クジラ!?」
「ふふ…彼は神々が穢された際にも沖に隠れ難を脱した猛者です…この海で彼に叶うものはそうはいない…」
船もでけえけど船よりデカいぞこいつ!?クジラ……いやシャチだな!?
「これは……敵だったらと思うとゾッとしますね」
「……でっか…」
「これはグラさんでも厳しいかもね…」
『余裕だ』
「こ、こんにちはー…」
「やぁっほぉぉお…!!!」
「キャッ…!」
「おっと…!」
うぉぉぉ!!?
挨拶だけで大砲みたいな声量ですねシャチゴッド!!静かにしてて!!?
お嬢ちゃんに至っては後ろに転がされたしね、ブレ子ナイスキャッチ。
「次の大陸までは彼が連れて行ってくれます、それからこれも」
「これは……笛かい?」
「ええ、これを吹けばどこにいても我々に聞こえます……とはいえあまり期待はせぬように、レプンカムイを呼び出したい時などに使ってください」
「何から何までありがとうね…そんじゃ…」
「皆!!!」
「行ってきます!!!」
一瞬遅れてからの港に集まってくれた皆の見送りの声……この港、立地的に街からそれなりに遠いのに皆来てくれちゃうんだもんな。
……あったけえよ。
ってかやべえ、既に割りと荒れて来てるよ海……皆も危ないしサクッと行くか。
「さて、めでたい旅路の始まりじゃ、こんな曇天じゃ気も晴れぬな……よいだろう?キラウシ」
お?
「ええ……既に準備はできております」
「うむ……我ここに嵐の狼の名を轟かす…『風よ、命を運べ』」
「ヴォォォォォォオ!!!!」
風の……槍…!?ユニークか!
「ガアァァ!!」
轟音、空に撃ったから周囲へのダメージは無いだろうけど皮膚にビリビリくる威圧感に衝撃波……ひえ…
「……お見事」
「相変わらずの馬鹿力だねぇ…」
「わぁー!!凄い!流石お祖父様!」
「マメシバいたんか、一緒に来る?」
「行かない!!!」
悲しいね、これが知ってる子が大人になってしまった感覚かな。
「いやてか…凄いなんてもんじゃ……」
「空……割ったよ…?」
そう、これは比喩でも何でもなく。
大きく開かれた鋭い牙の並ぶ口に圧縮し溜め込まれた嵐という名の災害が形を持って天を貫いたのだ。
……全盛期と戦わなくて良かったー…
「うむ、この一撃をもってホロケウ氏族の見送りとさせていただく……行って来い!!」
「いってらっしゃ~い」
「ふふ、帰りを待っていますよ」
「……無事を祈る」
「皆様!行ってらっしゃいませ!」
「やっぱ行かないで!!僕が死ぬぞ!!」
「元気でな!帰ったら貧困町にも寄れよ!!」
若干1名辺境伯が個人的なお願いを叫びながらキーラに海に蹴り落とされたのが気になるけどまあいいや!!
「よーしハリガネファミリーズ行くぞー!」
「……え、その名前で行くの?」
「普通に嫌なのですが…」
『汝…もう少しセンスをだな……』
パパ拗ねようかな。
狼爺さんのユニーク!と見せかけてこれはただの本人を形作る認知から使われたギフテッドスキルの1つです。
実のところカムイ組の中でユニークモンスターとして認知されてしまったのって鹿とデンキウナギだけになっちゃうんだよね、他のはもっと早い段階で死んでるからね。
ちなみに今回初登場のシャチさんは人に出会わな過ぎてユニークにならなかった。