親の背中を見て育てないこともある
かくして我々は名状し難く形容し難い謎の筋肉纏うオカマのプロレスを観戦した後、絡まれる前にその場を後にしたのであった。
「お嬢さん、貴女……」
その場を!後に!したので!あった!
だから何も聞こえない!ああ聞こえないともさ!
「ねえちょっと…………アタシから逃げられると思うんじゃないわよぉ!!!」
どわぁ!加速すんな!?
「ふぅ……ねえお嬢さん」
すげえな、猛ダッシュからのロンダート、ムーンサルトで着地しつつ普通に話再開したぞこいつ。
「…え、えと…」
「失礼……先程の戦い、見事でございました…してこの子に何か?」
ナイスブレ子!後で芋虫をあげようね、私?私は勿論普通に店で何か買うが?
「ふむ…ふむふむ、成る程……」
オカマッチョは何やら私達を舐め回すように見て来る、不愉快。
「ぁあーら!貴女やっぱり『ギフター』じゃないの!」
知らん知らん近い近い!ケバケバしいオカマッチョとのガチ恋距離は私にはまだ早い!
……いや早いと言うか一生来なくてもいいんだけども。
「ふぅん……ギフターの女の子がそんな見窄らしいぼろ切れ着させられて旅…きな臭いじゃないの」
すっげえ殺気っ!?
ブレ子マズいぞこれは…
「あ、あの…我々は別に怪しいものでは…」
「……怪しいですが怪しくはないです」
「どういう関係か…教えて貰えるかしら?」
「わ、私…あのその、村が襲われちゃって一人ぼっちだったんで「嘘ね、嘘の臭いがする」
嘘だろお前。
嘘を見破られたらもういよいよどうにもなんねえぞ、真実が一番嘘臭いからねそもそも。
「言わせてる…って言うよりは…まるで何かが操っているような、そんなハートの気配がするわ」
何者なんだよこのオカマッチョ!?
マズいマズいマズい…私はお嬢ちゃんの体だから最悪大丈夫にしろブレ子はヤバい……まあ最悪いいか。
うごふっ…見えない位置で蹴りやがったなこいつ…!
考えろ考えろ…あー。
「あ!あっちにスッゴいイケメン!」
「えぇー!?どこどこ!?」
「今だブレ子!!」
「うぉぉぉお!」
脇腹に強烈な衝撃、そして横方向にかかるGが皮膚から血の気を吸い上げる、おいおいお嬢ちゃんの体は丁重に扱いたまえよ……言ってる場合じゃねえな。
「本当ですよ!て言うかどこに逃げればいいんですかこれは!?」
「わからんがとにかく急げ!」
あぁぁあ!後ろからタイルが砕ける音がしたぁ!?
振り返れないけど濃い気配が近寄ってきてるのだけはわかる、そしてブレ子が立ち止まる時はダイナミックなプロレス技をかけられる時なのもわかる。
わかったら逃げてくれブレ子。
「だからどこにですかぁ!?」
「ん待っちなぁさぁぁぁい!」
「ああぁぁぁあ!!?」
人の波や建物の群れを越えどうにか路地裏までこれたが尋常じゃなく疲れた…ブレ子が。
「……ゼェ……ゼェ…ヒュ…ゲホ……ハァ…撒きましたかね……?」
尋常じゃなく肩で息をしながらえずく娘、マスクのせいで呼吸も苦しそうだしね。
「た、多分……でも今は外にいるのは危ない気がする」
さっさと身を隠した方がいいな…ふむ。
「……ブレ子金ある?」
「いやぁそんなには……今日くらいなら宿も泊まれるかも知れませんが」
「1日か……明日はどっかで金作らんといかんな、それかまあ野宿……野宿は嫌だなぁ」
「慣れっこでしょうに…」
私は良くてもお嬢ちゃんがな、幼子に無理させたらいかんよ。
「まあそれは……」
「森に住んでる種族だから問題ないかもしんないけどさ、借りてる以上はね」
「ううむ……では儂の…と言うかコノハ殿のなけなしの身銭を切りましょう…奴からの追跡も怖いですし」
「すまないねコノハさん…明日は働いて金を作ってくるから…ブレ子が」
「それ働いているのも実質コノハ殿なんですがね」
細けえこたいいんだよ。
「それで…どの店に入ります?」
「なるべく安いところかな、金も無いことだし」
て言うか宿とかあんのか?あるよな流石に。
「…失礼御婦人、このあたりに宿はございますか?」
「う…ええと、そこを真っ直ぐいった所にあると思うけれど……貴女そのマスクはいったい」
お前のマスク異世界の人に対しても普通に引かれる部類の物なのな。
「顔に生まれつき痣がありまして……感謝いたします、では失敬」
そそくさとその場を後に……すげえ見てんぞ御婦人、主に私とブレ子を交互に見渡してんぞ。
「振り返らない、人を呼ばれたらどうするんですか」
もう考えてる事が逃亡生活中の誘拐犯のそれだよ。
「よくわからないことを仰らないでください……あここですかね」
看板があるが……私に異世界言語が読めるとでも?いや待てよ…お嬢ちゃんの肉体ならいけるか?
おお!読める!読めるけどなんだこれ……音は伝わってくるけどだからといってそれが何を意味しているかは……ああ、『星の叡智』で辞書使って調べる感じだ。
……自動翻訳してくんねえのか。
『…私達の種族、あんまり長く話さないから』
ああ…インディアンと言うかカタコトで話してる感じかな……
「ほら、入りますよ父さん」
おう、関係を聞かれたら私は君の妹って答えるからあわせてくれな。
「ごめんください、部屋を一室借りたいのですが…」
「うひっ!?…あ、えと…すみません一度マスクを外していただけますか?」
看板娘っぽい子が一瞬あからさまに怯んだ、可哀想に。
「申し訳ないのですがこれは呪いで外れないのです…昔魔族の商人にやられまして」
よくもまあそんな口から出任せを……私の娘なんだなぁ。
「そ、それは失礼しました…ええと…二階の奥の二人部屋へどうぞ」
かなり怪しまれてるだろこれ…仕方ない。
「ありがとうございます、お姉ちゃん本人は優しいのに…あのお面のせいで皆から怖がられるからあんな態度なんです…」
できるだけ上目遣い尚且つはにかむように!
『……うわ』
文句あんのか。
「……うわ」
お前はせめて口に出すんじゃないよ。
「成る程…それは大変でしたね、どうぞごゆっくりなさってください」
「すみません、そう言えば値段を聞いていなかったのですが…」
「一泊食事付き二人でエンス大銀貨一枚とエンス銀貨一枚というところですが……」
言葉に詰まったので目を向けてみたら店の人の視線の先にいるブレ子がやや青い顔をしていた。
足りない系?
「…………しょ、食事抜きでもう少し安くなりませんか…?」
「え、ええと……あ、じゃあ店の手伝いをやらされるとは思いますが父に掛け合ってみますね」
「……申し訳ございません」
ああ、ブレ子が羞恥と情けなさでプルプルしてる……
悪いね……しっかり働いて明日はこんな事にならないようにしようね…
それはそうと私の子供っぽい演技そんな駄目?
『私の体で変な行動しないでほしい……痛々しいし』
よし………変な語尾で喋ってお嬢ちゃんと私達が別れた後困るようにしてやろう。
この街でせいぜい変なキャラとして固定されるといいさ。
お嬢ちゃんの語尾募集