天翔愛の伝道者
石畳広がる大きな広場、そこの真ん中に置かれた四本の柱とそれを取り囲む柵のような物体。
年末とかに見覚えがあるだろう?リングだ。
……いやまあ、よく見たら柱は石畳から直で延びてるしリングロープに見えるのは木製の棒切れか何かだから違うんだけどさ。
まあそこはどうでもいいんだ、どっちかと言えばリングに入る前のあそこで佇む謎の御人……
人?人かな…?
「父さん…どうしました?」
「いや…お前あれ見えるか…?」
「……何だあれ」
良かった、私にしか見えない妖精さんかと思った。
その体躯、恐らく180cmは優に超える背丈に分厚いゴムタイヤを切り貼りしたかのようなデカく、そして素晴らしくカットの浮き出たバルク溢れる肉体美。
そして首元の…何だっけあの部位、僧帽筋?をこれでもかと強調するいかれた刈り上げ…と言うか鶏冠みたいになってるグリーンのモヒカン。
……落ち着こう。
まず筋肉。
これはいい、周りを見ればここまではそうそういないがこの世界の筋肉偏差値は高めのようだからね。
そして髪型。
まあこれもいい、ペストマスクで顔を隠してる変な女もいるんだからこれくらい許容しなくてどうする。
「あ?」
だが顔面。
……私の目がおかしくなければあれはそう…とてもプルプルツヤツヤな深紅のルージュにバッシバシに盛られた睫毛、そして深く深く引かれたアイライナー。
うん、てか化粧が凄い。
この世界にまともな化粧品があること自体驚きだがあれは所謂……心に乙女を飼う者なのかな?
「……そこのお嬢さん、アタシに何か?」
うわぁこっち見た。
「い、いや「言わなくてもわかるわ」
おう?
「魅了、されたのでしょ?私の…………」
「……美しさに」
溜めたなー、小学生の頃の夏休みの課題くらい溜めたなー。
ブレ子、面倒な気配しかしないし逃げるぞ。
「ええ、早急に」
「ほら、ァアンタ達デカいんだからそこのお嬢さんを前に出してあげなさい」
「いや、ちょ…」
しまった、あれよあれよとリング前だし後ろは完全に人集りでブロックされた。
てかいつの間にこんな人集まってきてんだよ。
「と、父さん……」
……仕方ない、ちょっと見て行こう。
「さ、待たせたわね」
既にリングに入っている恐らく対戦相手のハゲマッチョに投げキッスのようなジェスチャーをとる、対する相手はこれを……おぉっと顔色が青い!!シンプルに嫌だったそうです。
「行くわよ、はー…とう!」
おっとここで…あー…オネエさんでいいか、オネエさん豪快かつ華麗なジャンプでリングの外からポールに着地!どんな脚力してんだこいつ!
「愛を…………教えてあげるわ!」
その無駄に溜めんのどうにかなんねえかな、言い表せない腹立たしさだわ。
「さあ、まずはアナタの愛を見せてちょうだい」
スチャっと音もなくリングに着地すると対戦相手の前で大きく腕を開き挑発する、おいおい……対戦相手だって強そうだぜ?
大きく振りかぶって岩石みたいな拳を握り締め……鳩尾への豪快なナックルアロー!
「こ、これは早速決まってしまったのでは!?」
……いや
これはまるで…衝撃を吸収されきったような……
「んんんん………あっまぁい!」
「馬鹿な!筋肉の膨張で跳ね返した!?」
いよいよ化け物じゃねえか!
「でも、いいわ…真っ直ぐで壊すことしか考えない男の子の拳ね……嫌いじゃない!」
対戦相手のハゲマッチョが見る見る青白い顔になっていく!これは渾身の一撃が通らなかった事に対する恐れか!
……それかあのオネエさんの言葉で魂を削られたか。
「……そろそろ行く?疲れるわこれ見てるの」
「や、でも…もう少し」
……おっと心奪われた奴がいるぞ?
「そこらの破落戸は倒せても、アタシの心には響かないわっ!」
「スキルか?…拡張解析していいかな?」
「いや…やめておいた方がいいかと…」
「……だよね」
いいや実況に戻ろう。
「さ、お返しよ……」
おお、ここでついにオネエさんが動き出したぁ!無造作に握り込まれた拳が……そのままお返しのナックルアロー!深々とハゲマッチョの腹部に沈み込む!
しかしこれでやられるハゲマッチョ選手ではないで……脂汗が凄い!悶絶の表情です!この状況をどう見ますかブレ子さん。
「えぇ?ええと……いやあんな拳正面から受け止めたらああなるのでは?」
オネエさんが大丈夫なのは何なんだろうね、痩せ我慢?
「さ…さあ…」
「…随分と苦しそうねダーリン、お望みなら決めて……あげるわっ!」
一々間が独特なんだよなこの人。
「ぅぐ…うおぉお!」
ハゲマッチョ選手が決死の攻撃に…跳び上がって顎にカウンター!
そのまま大きく体勢の崩れたハゲマッチョ選手の正面から独特の組み方…所謂肩車を前後逆にしたようなそう言う……これはまさか。
「まずいですか!?目を覆った方がいいですか!?」
何故そこで顔を赤くするのだ娘よ、いやそうじゃなくてなこれは……見た方が早いか。
「もっと長く愛してあげたいけど、時間ね……さあ、一緒に飛びましょう…ダーリン」
「えぇ……嘘やん」
「父さん声に出てます…一応ミリアさんっぽくしてください」
わかってる、わかってるけどいきなりムキムキの鶏冠ヘッドのオネエさんが人抱えたまま十数m飛び上がったら流石に漏れ出るってもんだろうよ。
「……『愛・天上より来たれり』!!!」
それは、それはそれは高く跳び上がり、空中で形を変えて隕石の如き勢いと速度で降り注ぐ致命の一撃……雑に説明するならものっすごい高高度から落ちるパワーボムみたいな感じの。
……名前的にはメテオストライクって感じがしたけどたいそう仰々しい名前がついたもんだ、スキルなのかな?
「す…凄い…」
ああ、凄いな……もう色々お腹いっぱいだよ、全マシのラーメンより胸焼けするわ。
とんでもねえのがいるもんだな……最初の街に配置すんなよ、リスポン地点がラスダンだからもう今更仕方ねえけど。
ブレ子、そろそろ行こう……絡まれたら面倒だ。
なんならさっきからちょっとこっち見てるからさっさと行こう、なるべく迅速且つ静かにバレないように。
「ねえ父さん……」
どうした?
「これ……何だったんです?」
……知らないよ、知らないけど一つだけわかることはあるよ。
多分これフラグ。
力こそパワー