未婚の父
人は死ぬときに世界がゆっくりになることがあるらしい、私は取り敢えず覚えてる限り一回死んだけどその時は訳も分からず消し飛ばされたからよくわかんなかったよね。
でも今はわかる、こっちに駆けてくるお嬢ちゃんとそのデカい体をしならせ振りかぶり肉のシートを作ろうとしているミミズ。
この状態からじゃ私には何もできない、盾にすらなれないんだ。
駄目だ、来るな、逃げ……え、誰あれ?
「起きろ、『大混夜叉』。」
突然お嬢ちゃんの後ろから現れた影が地面を滑るように走り鈍く光る刀剣を引き抜くと同時にミミズの身体を光の線が舐める。
「前座一刀『八方睨み』!」
斬った?斬ったな。
特段何も見えてはいないけどこういう状況で斬れてないこと無いもんな。
「ふぅ……やっと見つけました、お父さん?」
混乱の極みだけど取り敢えず助かった、問題は普通の人間の価値観なら私も魔物ってことだよね。
「大丈夫だよ、ハリガネさん……」
おうお前…人が必死に時間稼いでたのにびっくりさせやがってこの野郎…取り敢えずそろそろギリだから川に投げて?
「あ、うん…」
ちゃぽんと言う耳に優しい着水音、今夜も良く寝れるね。
いえーい川!潤う!潤うぞ!
カラカラの大地にさよならさ!
「あのー…」
よいしょっと……ふー、良い風呂だった…そうだお嬢ちゃん、村人は皆無事かい?
「えっと…一人負傷…かな?」
それお嬢ちゃんが殴った奴じゃない?助かってたんだ?
「……見捨てられなくて。」
え、助けたの?自分で殴って気絶させといて?
「だって……」
まあいい立派な行いさ、褒めてあげようね。
「…うん。」
「あのー?」
しかし助けに来るにしては随分タイミングバッチリだったね、タイミングとか見てた?
「ううんその……ハリガネさん心の声が大きいから逃げてても普通に聞こえてきて…」
え、私の声そんな?実際の声量なら鼓膜引きちぎれるレベルなの?
……技になるかな。
「ねえ!いいかなぁ!」
うわぁびっくりした、何だこの人急に怒りだして。
見た目は…鎧武者か?日本のってよりは革と青銅とかっぽいからモンゴルとかその辺の鎧が近いのかな。
そんで顔にはマスク、何だっけこれ…カラスみたいなガスマスクみたいな……あ、ペストマスクだ!
いやー、モンゴル鎧にペストマスク合わないね。
「マスクはどうでもいいよ!そこじゃなくないかなぁ!?」
え、ああ…この度は危ないところをどうもありがとうございます……
「ああいえそれは……じゃなくて!」
元気な人だなー……ペストマスクから聞こえる綺麗な声…あ、女の子かこれ。
「ハリガネさん…話聞こう?」
そうね、そろそろぶった斬られそうだもんね。
それで貴方はどなた?獣狩りの夜にいた?
「けも…え?」
「気にしないで……時々こうなるんです。」
内臓を引きずり出す攻撃はいつやっても良いものだよ。
「……『一回休み』の経歴があるからその時の不具合かな…いやでも…と、ともかく!」
「やっと見つけました、お父さん!これでわかりますね!?」
わからないしわかってしまった時に私はきっと未婚の父に仕立て上げられ慰謝料を取られる事だけはわかる。
「何の話ですか!いいからステータス出してください!」
小ボケに凄い怒るじゃない…ステータス。
「ステータスの眷属の項目、二人いるでしょう!」
あー、うん…一人は随分離れてるけど……何と、顔も知らない眷属が近くにいるらしい。
「それが私だ大馬鹿者!」
……成る程、つまりこれが新手の母さん助けさぎぃ!?
ふ、踏んでる…踏んでるよお嬢ちゃん…?ハリガネさん内臓出ちゃうよ…?
「…ハリガネさん…話、進まないから。」
はい…ごめんなさい……
「よし。」
「……ええと、貴方の眷属の一人です…今はコノハと。」
私の子供ってことだよね?にしては随分人間……ってか大きくない?成長したの?
「まさか、儂の身体はあくまで借り物です。」
…ああ寄生か、それなら納得できる。
……?
ちょっと待て私眷属を作ったつもりもなければ家庭を築いた覚えも無いんだけど?
そして絶対に認知しないけど?嫁もいたことないのに子を持ってたまるかよ。
「名前に覚えはありませんか?儂は…脳喰らいと。」
……お前か私の進化先!いやできなかったけど!
「やっと思い出しましたか……」
そうか…あの頃は考えただけでスキル発動される状態だったもんな。
多分『産卵』だろ?
「ええ、本来であればお父さんと全く同じ姿でしたが…どう言うわけかお父さんの進化先が儂に引き継がれまして…」
成る程ね、脳喰らいっていうなら本体は頭かい?その人間乗っ取ったの?
「ええ、脳の一部を頂いてそこに寄生しています。」
うわ…怖、やたらエグいね。
「エグ……口から入っていくのも中々のものかと…?」
出るのは尻か口さ、未だにどうやって使い分けんのかわからない……できることなら尻からは二度と出たくない…
「苦労…なされたのですね…」
ほっといてくれ……
ところでさっきの剣技は凄い物だったね、あのミミズをバラバラに……なってねえな。
え、そもそも斬れてなくない?あれか!真の達人が斬ると斬られたことに気付かないから首が落ちないとかそう言う!
「いえ斬れてません、その様に見せただけです。」
……『拡張解析LV.10』
状態 飢餓 気絶
……生きてんの?
「ダメージは無い筈です、実際に斬られたように感じるので気絶はしていますが。」
ほうほう成る程、あれで斬れてないことってあるんだね……話してる暇ねえじゃねえか!
「それはそうですが…必死に叫んでいた通り、起き上がろうともそう暴れずにじきに飢餓で事切れるかと。」
あー、成る程ね……それだったら寄生しちまいたいけど…すぐ多分死ぬね。
ちなみにこいつ喰えるの?
「…………食べたいですか?」
嫌に決まってるだろ、私じゃなくてこのゴブリンの村に寄付という形でさ?
「いらないと思う。」
わあ即答。
ブレ子、ちょっとこいつ崖から落とせないかい?すぐ死ぬにしてもその前に暴れられちゃ村がぶっ壊される。
「不可能ではありませんが……待って、ブレ子?」
コノハって多分その外側の名前だろ?本体はブレインイーターだからブレ子。
「怒りますよ!?」
だってさ!認知はしねえけど一応子供なわけじゃん!じゃあ名前くらい付けないとハリガネさんの世間体がさ!
「イトミミズもどきに世間体なんぞないでしょうが!」
おま、お前!言っていいことと悪いことがだな!?
「ともかく!ブレ子は嫌です!付けるならちゃんと付けてください!」
あーあーわかった、考えといてやるから…落とせるならこいつ崖から落としちゃってくれよ。
「頼みますよ全く……ふむ、私の腕力では無理ですね…となると。」
何でこっち見てんの?
何で私に紐くくりつけんの?
ねえミミズ起きたよ?こっち見てるよ?
まさかハリガネさんを囮にミミズを落とそうってこと?そんなわけないよね、だって君と私は認知してないとはいえ血縁者だ「そぉれ!」
お前なぁぁぁぁぁ!?へぶっ!?
ああ、これがバンジージャンプ……じゃねえよ、胴体真っ二つになるわ。
龍神様、紐無しバンジー二回目。