ハリガネムシは空も飛ぶ
視界が割れた、そうそう経験できることじゃないよねこれ。
でも今まさに私は体験し、そして進行形で時間が止まったような状況で思考している。
跳躍し、近くの木々に乗り移る直前に顔を裂かれた。
痛みは無くとも喪失感が大きく、その場で本体のハリガネボディはしっかり二つに開かれた顔面を腹部の空間から見上げ、固まってしまう。
お空、綺麗。
ちょっとしたデジャヴを感じるのはあれかな、ムカデの頭が切り落とされて断面からハリガネムシボディがこんにちはしたときの……いやちょっと待てこれ走馬灯じゃねえか!
回生!
危なかった、まだメインカメラが真っ二つにされただけだとも。
……まあ、私は大丈夫だったってだけだがね
貌無き者が形を持っている間に攻撃された、最悪だ。
HP 56/140
あれ?思ったより減ってねえな。
何でだ?角折られた時で三割はいかれたから即死かと思ってたのだけど……
あ、再現度低いからってこと?
確かにあんまり細かく考えて無かったからか頭の中身とか内臓は何にも無いんだよね、文字通りがらんどうのハリボテボディさ。
思ってたより貌無き者を知らないな私は、もっと読み込めば良かった。
昔っからそうなんだよね、説明書は読むけど世界観とか武器の話とかみて操作方法は飛ばし読みしちゃうんだ。
そんでゲーム始めてから三時間くらいして気付くの、お前走れたのかよ!って
違う、今は絶対にこんなこと考えてる時間じゃない。
……てかあいつ出てこないな、ワーム系の敵キャラと言えば地面からズトーンと出てきてカチ上げ攻撃かましてくるイメージしか無かったんだけど……のわっち!?
水レーザーが地面から急に間欠泉みたいな勢いで飛んでくるのはある種趣深いような気がするけれど、今は見てる暇が無いから勘弁な。
さて、あいつもしかして出てこないつもりか?地中から?辺り構わず水レーザーを?
どうしろと?
お前、空からの攻撃が売りのドラゴンだってずっと飛び続けて火の玉吐きまくったら害悪って言われるんだぞ、それをお前地中は無いだろ地中は。
あ、でも見えてねえなこれ。
そらそうか完全に地中に埋まってるんだったら熱感知も何も無いわ。
じゃあ何故私を撃ち抜けた?
……震動?いやでもあいつ自身ずっと地面で動いてるのにこんなハリボテの足音を拾えるわけねえよな、相当に軽いぜ?これも私があの鹿の体重知らないのが原因かね。
しかしだとすればどうやって私の居場所を割り出している?
勘なのかな?だとしたら勝ち目は無いのだけれど……そんなわけねえか。
モグラの巣穴みたいに地面が削られた分だけ沈んでるから位置はわかるけどそれでも回避が精一杯か…うーん。
よく考えたらあいつの全貌をまだ把握出来てないんだよな。
スキルで出ない能力があってもおかしくない、実際カメレオンはスキル使わなくても壁に貼り付けるしね。
つまり何をしてきてもおかしくはない、むしろ割かし攻撃は当てたし野生動物なら使える力全部使って攻撃してきてもいいくらいだ。
なのに奴はそれをやらない、臆病だから。
もうちょいで何かわかりそうなのにイマイチ引っかかる……頭を捻ってナイスでイカしたアイデアを出さないと次に真っ二つになるのはハリガネボディかもしれないってのに。
その直後私のいる枝の真下から明確に殺意を孕んだ水の柱が突き上がる。
読んでたし避けられるさ、地面からの攻撃なんて鹿で慣れたものよ!
私の回避先を狙うかのように何度も何度も木の幹を抉り葉を降り散らす、フルバーストの大盤振舞だね。
まあうん、臆病な奴がやけっぱちになって滅多撃ちしてる感じならわかるのよ。
初めてやったガンシューティングとかそうなりがちだろ?私もやった覚えがある。
しかしこいつの攻撃はとんでもなく合理的で、えげつなく、身も蓋もない。
考えるならそう、野生動物と戦ってる気がしない。
賢いのだ、普通に考えたらできることを獣の分際でさも当然の如くやりやがる。
いや、駄目だね動物をたかがとか思ってちゃ。
人間が一番賢いと思い込むのは傲慢だ、反省しよう。
いや待て私こんなキャラじゃないだろ、何だこの乗り移ってるときに感じる自分の性格との齟齬は……まあ多分乗り物の性格なんだろうけどさ?
えー、ってかこいつそんな性格なの?仲良くなれなそうだな。
じゃあそろそろどうやって触手のあんちきしょうを倒すか考えようかな。
耐久はムカデ以上でスタミナやMPが無くなるのは期待できない、ってか多分その前に射抜かれて死ぬ。
まず勝利条件を設定しないと駄目だね、ゴブリン村を生かす、私も生きる、触手を殺す。
ざっくりこんなものだけど現状達成できる目処が立ってるのが一つもないのは相当ジリ貧では?
まあいいや、取り敢えずゴブリン村と私の無事…これだけは確実に達成する。
生存に意識を集中して、その上でどうやって勝つか考えないと絶対死ぬ、てか今本来なら2デスくらい。
こいつの何があれってステータス高いのに如何せんスキル構成がな…ムカデなら近寄ってセッショウセキしてれば勝てるし鹿なら地面から水晶生やしとけばその内死ぬでしょ?じゃあハリガネムシは?
寄生できればいいよね、こいつに私を食べる気が一切無いのが難易度を跳ね上げてるけどさ。
無い物ねだりは駄目だよね。
さあ捻りだせ私よ、しかし長考している暇はないぞるぁぁ!?
……ほらね?
何だかんだ五分くらい考えちまったぜ、それはもうはぐれハリガネムシとか呼ばれそうなくらいの神回避連発だったよ。
経験値多いのかな?じゃあ狙われるじゃん、逃げよう。
まあそれはさておきね、浮かんだんですよナイスなアイデアが。
名付けてチョウチンアンコウ作戦。
……やめよう、プランAで。
五分間程度の地獄で気付いたんだけど、こいつの水レーザーは撃ってから間隔が開くみたいだから次の発射を見てから作戦開始だよ!
今だ!
真下からせり上がる一筋の弾丸、それを回避しまずは地面に着地。
その次は斜め下からこっちを狙ってくるだろうからここはジャンプで回避、そして右にローリングローリング!
よしよし当たってないぞ、着地で膝やったのかちょっと削れたけどな。
そしてこのままゴブリン村までダッシュだ!
とち狂ったかと思うかい?私もそう思うよ、何せさっき全力で遠ざかっておきながら今は逆に向かって行ってるからね。
それも触手の化け物引き連れてさ、大丈夫かな…私のせいで村滅ばないよね?
まあその時はその時!なるようになるさの精神でやっていこう!
丘を越えて斜面を登りきったら切り立った滝の側に小さな村がぽつんとな、何でこんな僻地に村なんて構えてんだろうね。
水があれば近くに文明があってもおかしくはないけど…何もこんな森に住まなくていいのにね、ほぼラスダンだよここ?
そんじゃあこのままお邪魔しまぁぁす!
はい退いて退いて!私はひき殺せはしないけど後ろの奴は別だよ!
意外と皆避難してねえじゃねえか!斥候っぼいゴブリンの頑張りと私のここ数十分における戦いは何だったんだよ!
……あ、もしかして斥候死んだから情報来てなかったのか?
おーし崖発見、そしてその場で『貌無き者』!
スタンバイ完了!
……やっぱあいつ足遅いな。
あ、奥さんどうも。
いや違うんですよ怪しい鹿では無くて、そんな化け物を見る目で見ないでくださいよ。
あとそこ危ないからできるだけ離れててください、もうじきデッカいの来るからね。
……いや本当に来るんですよ、妄想じゃなくてね?警察は勘弁してもらえまっと来たぁ!?
…目の前に来ると迫力すげえな、あと奥さん吹っ飛んだけど大丈夫か?
大地踏み締める巨大なゴム質の蛇腹に尻尾側からは無数の細い触手、さてはあれ何本か地面から出して見ていやがったな?
ようママ、いや多分血縁関係無いからお義母さん。
こいよ、頭からバリボリ食ってみろ。
そんな警戒すんな、もう木にも岩にもなりゃしねえさ。
それとも私が怖いってのかい?そんなにじりじり近付いて、ビビってんのか?
ほらもう少し、あと一歩で捕まえられるぞ。
よし、ここだ!とう!
世の中の全てを儚んだ鹿ちゃんの身投げ、驚いたか触手!
まあ、そんなこと目の前で起きたら崖際まで来るよな?
だが間違っても飛び降りたり身を乗り出したりしないだろうさ、何せお前は臆病だもんな。
だが残念だったな、そこは既に私の上だぜ。
瞬間、変身を解除する。
体中を焼かれる痛みが走り、最早あと一回でも『貌無き者』を使用したらそのまま消化されてしまいかねない状況にて私が考えついた作戦は……さっきも言ったけどいわゆる提灯アンコウだ。
鹿の部分はよく見れば足が地面と管で繋がっていたし、中身は空っぽでハリガネムシさえ入ってない。
なら私は何になっていたか。
答えは崖その物にだ。
そんなことができるのかって?私もそう考えたよ。
何かできた。
いや、説明するならあれだ。
この能力想像力次第で本当に幅広く変身てきるみたいでね、そうじゃないと下半身内臓のムカデとかにはなれないからそれはそうなんだけど。
鹿ちゃんの足から下を崖だと思い込んで変身、そのまま全力でしがみついてたらバレなかったので上の疑似餌を崖側にダイブしたように見せかけて崖下にぶら下げておく。
それに驚いて近付いたら重さに耐えきれなくなった私ごと落下さ。
そう言うこと、私も落ちるんだこれ。
まあ、ハリガネムシの体なら大したダメージは無いだろうがこの触手が崖下で生き残ったらそれはもうあれよ、詰みよ。
そうでなくてもハリガネボディは割とボロボロだから助からない可能性もあるんだけどさ。
どうせ死んだらまた腸内でリスポーンだろ?なら安い安い。
ついに圧縮されきった時間も十分に使われ、体が重力に任せてデカブツ諸共崖下に降り注ぐ。
異世界に来て母らしき他人と一家心中とかひどい話だよね、まあそれはともかくアイキャンフライ!どちらかと言えば自由落下だけどな!
下に引きつけられる重力が体の動きを阻害する、そして存在しないはずの股間がヒュンッてする。
[生体による寄生生物の排除を要請、承認しますか?]
え!?あ、ちょ!変なとこ押した!
[承認]
[射出開始]
待っこれどうなんっ!?
……お空綺麗。
モンハンがついに今月ですね、執筆は休まないので応援してください




