腸内から始まる冒険譚
ここはいったいどこなのだろう。
そんな疑問に悩まされながらもうかなりの時間が経ってしまった。
確か最初は水の中をプカプカ浮かんでいて、それから何かの中に入ってしばらく寝てしまったような気がする。
私はいったい何者で何をしているのか、何者かはわかっている。
私は大学の三回生で、深夜にはコンビニでアルバイトをしていた。
趣味はゲームやアニメを嗜み、時には友人たちとフットサルをやることもあった。
毎日同じ日常を同じような面子と過ごし同じような時間に眠る。
私はそんな平凡な人間だった、と言うのは覚えている。
でも私は誰?
名前も、顔も、周りの人間すらも、誰も思い出せない。
それ以外は大概覚えているし家族の事や思い出もわかる、だが自分にまつわる人間や自分の顔が出てこない。
いやー、シリアスに考えたけどわからないね。
本当何なんだろうここ、明晰夢ってやつかと思ったけど自分の思い通りってわけじゃないし……何より全く目が覚めない。
死んだのかな?
となればここは天国か地獄?それともそんな物は無くて死んだだけ?
感覚としては狭くて落ち着く洞穴にみっちり詰まってるって感じだけど……如何せん何も見えないし寝返りをうつスペースも無い、落ち着くだけで快適とは言えないね。
時々タクシーの下手な運転手に当たった時みたいな揺れ方するけどそれ以外は特段困った事は無かったりする。
いや出れないのは困ってるけども。
働かなくていいし寝てるだけなのも退屈は退屈だけどそこまで焦ることはないかなって、そんな思いが私からこの場から抜け出すと言う意志を奪うんだろうね。
ん?んんん?
な、何だ!?体が勝手に!
ちゃぽん、そんな柔らかい水音と共に気がつけば私は水中を漂っていた。
偉く長いウォータースライダーにでも乗ってたのかって何じゃこりゃあ!?
水中から顔を上げ、まず目に飛び込んできたのは巨大な虫……虫かこれ?
良くは知らないけどコオロギとかそんな感じの生物がプカプカと浮いていたのだ、コオロギなんかに何を驚くって?
自分よりはるかにデカイコオロギは驚いていいと思う。
ぶっちゃけ一瞬生物かもわからなかったくらいだもん、これ10mくらいはありそうだな…何かのアトラクションにしてもとてつもなく悪趣味だ。
て言うか今気づいた、私の手や足はどこだ。
体を捻れど捻れど全く見えない見慣れた筈の自分のパーツ達、目に映るのはミミズみたいな細長い物体だけ。
知りたくなかったし理解したくなかった。
私は、人間じゃ無くなってしまったみたいです。
五分くらいのたうち回ってみたが状況は変わらない、長い夢なら覚めてくれ。
何度となく頭を手頃な岩に打ち付けたけど痛いだけだった、つまりこの状況は夢じゃないんだ。
何でミミズだ!何で…おかしいだろ!?
アニメで見るような転生なんて大概天才かイケメン、最悪でもスライムとかだろ!?
何っでミミズだ!
ひとしきり叫んだところであることに気づいたよ、これ叫べてねえわ。
そらそうだよねー!口無いもんねー!何なら耳も鼻もねえよ!
て言うか転生って神様とかがある程度話聞いてくれるもんじゃないの?
は?私の意志関係無くミミズ?
神様は倫理観とか持ち合わせてらっしゃらない?
ふざけんなよー…死んだなら死んだで諦めもつくのに。
人間の意識を残したままミミズに転生とか極刑より重たいだろうが!
しかも何だ、私はじゃあ今あのデッカいコオロギから出てきたってことか?
どこから?聞きたくはないけどあーなるほどってなる部位から?
え、なに転生先コオロギの腹の中に固定してくれてんの?
場合によっては神への反逆も辞さない構えなんだけど?
[スキルポイントが超過しました、スキル『怒り』を習得]
ぬ!?
何だ今の、電子音みたいな音声だったけどお前が神か?
ちょっと降りてこい、このやたらと長い体で締め上げてやるぞ。
あ、何も無いの?
何だったんだ結局…スキル?
はっ!あれか、チートって奴か?
ステータスオープンとか叫んだら出てきちゃ……いや、本当に出て来ちゃうと困るんだけど?
私の目の前、いや目がどこかわからないけどまあ視線の先に出てきた半透明の薄緑色っぽい画面。
3D技術とかが進化したらこんなものかな?それかVRとか。
種族名 アビス・ゴルディオイデア
LV. 1 HP 46/60 MP 6/6 SP 78/80
アクティブスキル 『寄生LV.1』『単為生殖LV.1』
パッシブスキル 『気配遮断LV.1』『怒りLV.1』『産卵LV.1』
状態 湿潤
これが私のことならば私は多分アビス・ゴルディオイデアとかいう生き物になったみたい。
普通に知らない生物だと反応に困るね、ワームとかじゃないんだ?
さっき取れたであろう怒りとか言うスキルはまあ置いといてね。
アクティブスキルの寄生って何だ寄生って!
ゲームだとしても!転生だとしても!
もっとかっこいい技があったでしょうが!
……てか産卵?私がママになれるの?恋人すらいたことないのに?
あと何でちょっと体力削れてんだ…ってああ、さっきぶつけたもんね。
いや危な!?まあまあ削られてんじゃねえか!
あの程度で二割以上削られる体力って…
取り敢えず…元に戻る方法を探さないと。
だがどうすればいい?ミミズであんな10mはあるコオロギのいる森を生き残れと?
できるか…いや、できるさ。
転生だとしたら私はしゅじんこっ……
あー、終わったわ。
一瞬しか見えなかったしよくわかんねえけど、体内だわここ。
コオロギの腹から出てきて数分でまた別の何かの腹の中だよ。
でもその割に元気なんだよね、寄生ってスキルのせいかしら?
まあともあれ生き残った場合私は二回排泄された生物として生きていくことになるな。
繰り返せば百万回生きたあの方に並べるかもな。
百万回排泄されたイトミミズ……
神よ、殺してくれ、今すぐに。
[実績を解除]
[アクティブスキル『寄生LV.2』を確認。]
[経験値が超過しました、LV.2に上昇。]
[経験値超過ボーナスを確認]
[パッシブスキル『乾燥耐性LV.1』を習得。]
え、このタイミングでレベル上がんの?
あれか、人生終わりの瞬間の覚醒ってやつか。
その上で得たものは乾燥耐性か。
既にしっかり湿っておりますけど?
体内→水中→少し外→体内で目一杯しっとりお肌だよ!
本当に何なんだこれ、最初はVRゲームでも試験させられてんのかと思ったけど生物体内シュミレーター(RPG形式)とか訳わかんねえしな。
[アクティブスキル『寄生LV.2』の使用時間条件を達成、『寄生LV.3』を習得、自動的に『寄生LV.2』は上書きされます。]
寄生スキルがガンガンレベル上がってるのが何より不穏でしょうがないよ、私ってもしかしなくてもミミズじゃなくて寄生虫の類なんだな多分。
じゃあ食われたのは問題ないんじゃね?
じゃあやることは決まってるよなぁ!
よくも食べてくれたな!取り付いてやるぞ!
えー……っと?スキル…さん?
おーい?
使えてんのこれ?
[アクティブスキル『寄生LV.3』による生体浸食率50%を確認、視点を切り替えます。]
何て?
おぉ?外見えるじゃん、視点を切り替えるってこういうこ……手足生えとる、トカゲっぽいけど。
これはつまり私を食べたこいつの視点って事か、何らかの抵抗は感じるけどこの体も…そうね、デッカい鎧きてるみたいでぎこちないけど動く。
ふむ、ちゃんと視点を上げてみてみるとわかることがあったね。
これ周りがデカいんじゃなくて私が小さいのか。
ずっと視線の先すぎてわかんなかったけど全てのオブジェクトがデカいわ。
さっきの水溜まりからそんな離れてなかったから水面に自分を映してみたら…これ、カメレオンか何かだ。
トカゲは苦手じゃないよ、昔飼ってたし。
しかしこの体にいるからには虫とかも食べないと生きられないのか?
割とかなり…死にかけるまで食いたくないな。
んー…お?
[アクティブスキル『寄生LV.3』による生体浸食率が100%に到達、生体の持つ全能力を使えます。]
おお、ついに…哀れだなこのトカゲも。
まあもっと哀れなのは確実に私だから同情してやらないけどな。
もう少し途方に暮れたら、どうするか決めないとな。
このままミミズみたいな姿で一生を終えたくない、私には待ってる人が……いないけど、週刊の少年誌の先が気になるから何としてでも帰ってやるからな。
あとできればこんな目に遭わせてる奴に一撃入れる。
まずここまで読んでいただきありがとうございます!
異世界転生物でやってないのって何だろうって考えたときに思いついたハリガネムシというワードから始まったこの小説ですが、頑張って書きますので少しでも良いなと思ったら是非読み進めてみてください!