古物商
初めまして、お客様。
当店は古今東西の名品珍品を扱っております。
この場所に店を開いてから、丁度100年ですな。祖父の代からやっております。
それだけに長くなりますと面白いことに集まってくる品にもある癖というものが付きます。
気になりますかな?
所謂、曰くというやつですよ。
例えばお客様が今ご覧のそのバイオリン、それもそうですな。
元はイタリアで作られたものだとは聞いておりますが、先の大戦の折にあったらしいのです。
詳しい話、というほどでもないかもしれませんがね。
大陸のある資産家が保有していたそうなのです。そしてそこの娘さんがよく弾いていたらしいと。
そんななかに始まった大戦でその国、その街は戦火に巻き込まれた。良くある話でしょう?
一家は残るもの居らず、家財も殆ど焼け果ててという中でそのバイオリンだけが何故か残っていたらしいのです。
最後の持ち主がそのお嬢さんだったせいか、どうも音色は美しいがどんな曲を弾いても悲し気に聞こえてしまうとここにある次第で。
え? なぜそんな戦争の中で焼け残ったのかって?
それは私にはわかりませんな。もしかしたらもっと昔に曰くが付いていたのかもしれませんがさすがにそこまでは。
そうですか、このバイオリンはお気に召しませんか、成程成程。
そちらの懐中時計ですか?
勿論曰く付きですよ。
何でもその時計を持った人間は海での事故が起きるのです。そしてなぜか時計ばかりが戻ってくると。
こちらは私でも確認しておりますな。
私が30代のころに一度販売したのです。
それが確か、40も半ばの頃だったか、警察がやってきましてね。
とある水死体についていたものだが心当たりはあるか、なんて。
ばっちりと覚えていましたよ、ええ。
その時計は蓋が特徴的でしょう、それを見間違えることはありませんて。
そんなことを言うもんだから警察の方も気になったのか一度調べるなんて言って、それから中々時間が掛かったものです。
結果ですか?
何ら問題ないものでしたよ。 ただのアンティークな懐中時計、それが結論です。
そうして返されてもご家族は気味が悪いって私が引き取ったんです。
それから暫くここに居着いていますな。
こんなに曰くのある品ばかりで気味が悪くないのかと?
それはまあ、何と言いますか慣れですな。
始めの内はゾクっとした感覚もありましたが気が付けばなくなっておりました。
それに何より、こちらの品々は私を主人だと思っていないのか曰くが発揮されたことはありませんでしたからね。
どうにも不思議なものですがこの店、私の事を仮の置き場や管理の人間程度にしか思っていないのでしょう。
そんなわけで私は無事に暮らせていたのです。
どうされました? 何、ところどころ私の話が気になると?
どんなところでしょうか。
成程、暮らせていたとはどういうことかと。
言葉通りの意味ですな、私はこれまで平穏無事に過ごして生きてきましたから。
それではこれから何かが起こるような口ぶりだと?
ああ、違うのです、お客様。
私が申し伝えたいのはそういう意味ではないのです。 これからの事を言いたいわけではないのです。
ただ、お客様ももうお気づきでは?
そのためにここにいらしたのではないでしょうか。
私はもうすでに死んだ身です。
それを気にして来たのでしょう?
幸いなことに辺鄙な場所にありますからな、店主一人死んだところで店の建物がどうとかの話にもなりませんし。
またも質問ですか、随分とご興味がおありの様子で。
何故死んだのにこうしているのかと。
確かに不思議ですな。初めの内は自分でも気になっておりました。
しかしある時ふと気づいたのです。
答え? 至極単純です。
ここは古今東西、曰く付きのものを扱う場所。
私はこの店についた曰く、ただそれだけです。
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