物悲しくも、美しい世界で
それはどこか。
幻想的で美しく、物悲しげな雰囲気の漂う場所だった。
かつては美しい洋風庭園だったと思われるそこは、今。
手入れされなくなって久しいのがありありとわかる状態で。
野花が咲き乱れている。
庭園の中を進むと、立派な洋館であったと思われる建物。
窓ガラスはなく、窓枠は壊れ。
人が住んでいないだろうという事は容易に知る事ができた。
空は青く澄んでいて。
ふんわり白い雲が浮かんでいて。
目線を下げれば、目に入るのは色とりどりの野花。
とても美しく。
それでいて、物悲しい、この場所。
私はひとり、この物悲しい場所を歩く。
咲き乱れる野花を摘みつつ、洋館に向かい。
廃屋と化した洋館の前で立ち止まる。
ふと、中から人の声がした。
気のせいかとも思ったが、耳を澄ますとやはり聞こえる。
複数の声。
ひそひそと内緒話のような、ささやくような声。
私は意を決して洋館の中に入る。
人の声を辿って、錆付いたドアノブに手をかけ。
ゆっくりと開けた。
途端、消える声。
そっと覗くと、複数の目が私を見つめた。
手の中の野花をぎゅっと握り締める。
「ようこそ。この日に。この場所に」
中にいたひとりが、私に笑いかける。
私はどんな反応を返せばよいのかわからず、ただその人物を見つめた。
「今日は、ここが、滅びた日。私たちは、今日ここでそれを悼んでいるのです」
別のひとりが、私の疑問に答えるように説明する。
ここが、滅びた日?
訳がわからない。
彼らは一体、何者だろうか。
私はどうやってここへ来たのだろうか。
そして、ここは一体。
「少し、お散歩していらしてはどうです?」
最初に話しかけてきた人物が言った。
私は黙ってうなずいて、その部屋を出た。
ドアを閉めると、再び先ほどの声が聞こえ始める。
追悼の祈りを捧げているのだと。
その時気付いた。
外は相変らず、野花の咲き乱れる、物悲しくも美しい風景。
私は洋館を背にして歩き出した。
目指すは、庭園の外。
朽ち始めた門扉を通り抜け、その向こうに広がる景色を見る。
そして私は、その景色に頭が真っ白になった。
ここは広大な丘の上らしい。
眼下に広がるのは、街。
分断された高速道路。
脱線して朽ち果てた電車。
傾いたビル。
半壊した家々。
その光景はまさしく、廃墟となった街。
見慣れた街の、初めて見る光景。
私は洋館へ戻った。
彼らが祈りを捧げる部屋へ。
「街を見ましたか。あなたはどうやら、時間を飛び越えてここへ来たらしい」
最初に話しかけてきた人物が、そう言って私を見る。
ここは、この場所は、この世界は。
未来なのだろうか。
今、私が見ているもの全て。
未来の光景だと言うのか。
「ここは、あなたの住む世界の、未来でもあるし、違うとも言える」
「未来への道は、ひとつではない」
「ここは、いくつかの未来の、ひとつに過ぎない」
ひとりひとり、順番に口を開いていく。
私は何も言えず、ただ彼らを見つめるしかなかった。
どうやら私は未来の世界に迷い込んでしまったらしい。
いくつかの未来のひとつ。
幻想的で美しく、物悲しい風景の広がる未来に。
「あなたの行く先は、ここかも知れないし、違うかも知れない」
「そろそろお帰りになられた方がいい。長居すると戻れなくなるかも知れない」
帰った方がいい。
それは私にも理解できる。
しかし。
どうやって来たのかもわからないのに、どうやって帰ればいいのか。
「門を出て。目を閉じて。思い浮かべればいい。あなたが本来いるべき世界を」
私は洋館を出た。
祈りを捧げていた彼らは、私を見送るためか、一緒に洋館を出る。
門扉の手前。
彼らは足を止めた。
私だけが門を通り抜ける。
目を閉じた。
そして思い浮かべた。
私がいるべき世界を。
意識が遠のいてゆく。
体がふわりと浮かんだような感覚に陥る。
そして。
「あなたは、もうここに来てはいけない。ここは、美しいけれど、悲しい世界だから」
「ここにある美しさは、悲しみから生まれたものだから」
「未来はひとつではないから。幸せな世界で会いましょう」
「幸せから生まれた、美しい世界で」
そんな彼らの声を最後に、私は完全に意識を失った。
再び目を開けた時。
目に入ったのは弟子の顔。
私は、自室のベッドで眠っていたらしい。
上半身を起こし、軽く頭を振る。
本来いるべき世界に、戻って来たらしい。
「先生?」
心配そうに見つめてくる弟子。
「うなされていましたよ。何か悪い夢でも?」
夢、だったのだろうか。
確かに、それが妥当な考えだ。
未来に飛ばされるなど、現実的に考えて有り得ない事だ。
それでも。
夢で片付けるには現実味を帯びていて。
予知夢かと思ったが。
多分、予知夢ではない。
未来はひとつではないと言っていた。
あそこは、いくつかある未来のひとつなのだと。
私の行く先はあそこかも知れないし、違うかも知れないと。
やはりただの夢だったのか。
弟子を安心させるため、私は嫌な夢を見たのだと嘘をついた。
「悪夢でうなされるなんて、先生らしくないですね」
弟子はそう言って苦笑い。
しかし安心したのか、部屋を出て行った。
私はそっとベッドを降りて、ゆっくりと窓辺に行く。
窓の外には見慣れた光景が広がっている。
青い空。
白い雲。
見慣れた街並み。
やはり、ただの夢だったのだろう。
軽くため息をついて。
ふと。
持ち上げた手の平。
そこには、握り潰された花びらが張り付いていた。
終。
読んで頂きありがとうございます。
昔、とあるオカルトサイトでやり取りしてた方が見た夢を元に書いたお話です。
自サイトに載せてましたがこちらに転載しました。
作中の登場人物の性別・年齢・容姿に関しては明記していませんので、読者様の想像にお任せします。