小さい彼女の大きな足
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
うええ、ここの薬局もお休みか……ここまで、みんなものすごく頑張っていたのがしのばれるわねえ。
医療って、健康なときにはぜんぜんお世話にならないから、どうしてもありがたみがうすれがちだと思わない? 少なくとも、私は小さい頃から数えるほどしか病院にいったことがないわね。
だから三角巾をつけたり、松葉杖をついたりという姿は、もっぱら人様のものを見るばかり。子供の頃はそういう装備が珍しいせいか、友達に絡まれやすくなるのよね。そのぶん、自分のそばから人がいなくなるのを、寂しく思っちゃったりね。
その中でも松葉杖。これ、時としてものすごく厄介な代物に化けたりするのよ。
ちょっと私の昔話になるんだけど、興味ないかしら?
私の小学生時代のクラスメートに、ちょっと変わった女の子がいたの。
彼女ね、履いてくる靴がめちゃくちゃ大きかったんだ。でも、足が大きいというわけじゃないの。
もうぶかぶかを通りこして、だぼだぼだったわ。つま先まで入れればかかとがぶらつき、かかとをしっかりつければつま先がしょぼくれる。
歩くたびに、足の入っていない部分ががくがくん首を折っちゃってね。歩くたびに彼女の足の裏と廊下に挟まれちゃって、上履きが汚れまみれになっていた……といったら、惨状が伝わるかしら?
友達や周りのみんなが心配しても、彼女は頑なに取り換えようとしなかった。上履きも下履きも、学校に通う誰よりも大きい靴をつっかけて、体育の時間でも全力全開。
それでも足元がおぼつかず、成績は下から数えた方が早かったわね。
それからしばらくして。みんながしてくれた忠告通り、彼女は靴が原因でケガをした。
体育館のステージを使ったとき、彼女は靴の先を引っ掛けて転んでしまったの。ちょうど舞台の端にいたものだから、そのまま下まで真っ逆さま。
ごきんと嫌な音がして、彼女はうずくまったまま声を漏らすばかりで、動こうとしない。保健室で診たもらったところ、足が折れているとのことだった。
家の人が車で迎えに来てくれて、そのまま帰宅する彼女。大半が彼女のケガの心配をしていたけれど、再三注意をしていた一部の人は「それ見たことか」といわんばかりの、ちょっと得意げな顔をしていたっけね。
翌日。登校してきた彼女の姿に、私たちはちょっと目を疑っちゃったわ。
舞台から落ちるとき、下になってもろに床と体重に挟まれた右足には、大きなギプスがつけられている。でも驚くべきはその部分じゃなくて、彼女が手にしている松葉杖のほう。
床や地面にくっつく足先が、尋常じゃない大きさだったの。一対の杖の先は、それぞれが私たちのこぶし大ほどはある。
その数十センチ上には、包帯がぐるぐる巻きにされていたの。さらによく見ると包帯より上が細くて、下の部分が太い。
――彼女、まさか松葉杖を切って、下の部分を取り換えたんじゃ?
私と同じように考えた子は、他にもいたみたい。顔色を見れば、だいたいわかる。
だけどその理由を尋ねようとはしなかった。靴を履いているときから、彼女の大きさ至上主義は知っている。そのときも、まともな答えが返ってきたためしはなかったんだから。
今回の松葉杖に関しても、きっと同じに決まっている。
彼女は足を怪我して、少しは自重するかと思ったけど、そんなことはなかった。
体育の時間、見学で構わないという先生の言葉に従わず、彼女は松葉杖をつきながら動き回っていたわ。リハビリのためと伝えれば、無理に止められることはない。
校庭を使う私たちとは反対の方向。校舎の裏手へ移動している彼女は、授業いっぱいのあいだは戻ってこなかった。休み時間も、彼女は教室でじっとしていることなく、外に出かけていたの。
そんな様子を、私たちは何日も見続けていたわ。彼女ね、階段の上りはともかく下りさえも松葉杖をついて降りていく、危ないことをしていたの。
ただでさえ体重のかけ方を間違えたら、頭から真っ逆さま。そうでなくても、彼女の不自然な松葉杖じゃあ、階段のどこに引っ掛かるか分からない。
――杖を使わないで手すりにつかまりながら、けんけんで降りたほうが、だんぜん安心だと思うけど。
彼女自身は真剣な表情で一段一段、ゆっくりと降りていく。口出しするのも無粋に感じる私にできるのは、さりげなく先行して、もし彼女が倒れこんできたとき、壁になってあげることくらいだったの。
それから、またしばらく経った日の放課後。
クラブ活動で帰りが遅くなった私は、校外で彼女の姿を見かけたわ。私の帰り道の途中だった。あの不格好な松葉杖はそのままで、またいつにも増した鬼気迫る表情で進んでいる。
おかしい。彼女の家は私とは反対方向にあるはず。
松葉杖の突き方も、今日は感覚が短い。無事である左足と一緒に地面をついていく一歩ごとの間隔は、10センチも開いていないんじゃないかと思ったわ。何度も何度も杖をつきながら、悪態をつく声も聞こえてくる。
――ひょっとしたら、どこかケガをしたんじゃ?
見かねた私は、近寄って声を掛けたけど、すぐに「邪魔しないで」と変わらない剣幕で私をにらみつける。
歩みは止まったけど、その間も彼女は杖をつくのはやめない。
あげてはさげ、あげてはさげを繰り返し、それも同じ地点をつくことは二度もしない。前後左右に杖をつきながら、いささかも落ち着かない。
「あのとき、もっと殺しておかないから……もっと幸せになっておかなかったから、不幸になったんだ!」
彼女は私の方を見つつも、器用に後ろ向きに杖をついて距離を取る。そしてまた、杖でランダムに地面をついていく。
「どういうこと?」という私の疑問に、彼女は吐き捨てるように答えてくれた。
「地面の小さな虫たちを殺して回っているんだ。知ってるよね? なんでもないようなところでも、私たちの足元にはたくさんの命があること。それらがしょっちゅう踏みつけられて、息絶えていること。
私は彼らを多く潰さないと、生きていられないんだ。だからあんなに大きな靴を使っている。他の人より一匹でも多く殺せるように。
体全部で潰しちゃだめなの。手とか足とかの端じゃなくっちゃいけないんだ。
ようやくこの杖も、私の足になろうとしている。私の無事を願ってくれるなら、ほっといて!」
そういって彼女は、杖をつきながら背中を向けると、執拗に地面をつきながら遠ざかっていったの。
それからも彼女は松葉杖をつき続け、治療が済むとすぐにあの大きな靴に履きなおしたわ。結局、卒業まで彼女の靴が変わることはなかったけど、それ以降はどうしているか分からない。
いまもどこかでサイズの合わない大きい靴を履きながら、自分の命のために、多くの虫に引導を渡しているのかしら。




