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小さい彼女の大きな足 

掲載日:2020/04/09

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 うええ、ここの薬局もお休みか……ここまで、みんなものすごく頑張っていたのがしのばれるわねえ。

 医療って、健康なときにはぜんぜんお世話にならないから、どうしてもありがたみがうすれがちだと思わない? 少なくとも、私は小さい頃から数えるほどしか病院にいったことがないわね。

 だから三角巾をつけたり、松葉杖をついたりという姿は、もっぱら人様のものを見るばかり。子供の頃はそういう装備が珍しいせいか、友達に絡まれやすくなるのよね。そのぶん、自分のそばから人がいなくなるのを、寂しく思っちゃったりね。

 その中でも松葉杖。これ、時としてものすごく厄介な代物に化けたりするのよ。

 ちょっと私の昔話になるんだけど、興味ないかしら?



 私の小学生時代のクラスメートに、ちょっと変わった女の子がいたの。

 彼女ね、履いてくる靴がめちゃくちゃ大きかったんだ。でも、足が大きいというわけじゃないの。

 もうぶかぶかを通りこして、だぼだぼだったわ。つま先まで入れればかかとがぶらつき、かかとをしっかりつければつま先がしょぼくれる。

 歩くたびに、足の入っていない部分ががくがくん首を折っちゃってね。歩くたびに彼女の足の裏と廊下に挟まれちゃって、上履きが汚れまみれになっていた……といったら、惨状が伝わるかしら?

 友達や周りのみんなが心配しても、彼女は頑なに取り換えようとしなかった。上履きも下履きも、学校に通う誰よりも大きい靴をつっかけて、体育の時間でも全力全開。

 それでも足元がおぼつかず、成績は下から数えた方が早かったわね。

 

 それからしばらくして。みんながしてくれた忠告通り、彼女は靴が原因でケガをした。

 体育館のステージを使ったとき、彼女は靴の先を引っ掛けて転んでしまったの。ちょうど舞台の端にいたものだから、そのまま下まで真っ逆さま。

 ごきんと嫌な音がして、彼女はうずくまったまま声を漏らすばかりで、動こうとしない。保健室で診たもらったところ、足が折れているとのことだった。

 家の人が車で迎えに来てくれて、そのまま帰宅する彼女。大半が彼女のケガの心配をしていたけれど、再三注意をしていた一部の人は「それ見たことか」といわんばかりの、ちょっと得意げな顔をしていたっけね。

 

 翌日。登校してきた彼女の姿に、私たちはちょっと目を疑っちゃったわ。

 舞台から落ちるとき、下になってもろに床と体重に挟まれた右足には、大きなギプスがつけられている。でも驚くべきはその部分じゃなくて、彼女が手にしている松葉杖のほう。

 床や地面にくっつく足先が、尋常じゃない大きさだったの。一対の杖の先は、それぞれが私たちのこぶし大ほどはある。

 その数十センチ上には、包帯がぐるぐる巻きにされていたの。さらによく見ると包帯より上が細くて、下の部分が太い。

 

 ――彼女、まさか松葉杖を切って、下の部分を取り換えたんじゃ?

 

 私と同じように考えた子は、他にもいたみたい。顔色を見れば、だいたいわかる。

 だけどその理由を尋ねようとはしなかった。靴を履いているときから、彼女の大きさ至上主義は知っている。そのときも、まともな答えが返ってきたためしはなかったんだから。

 今回の松葉杖に関しても、きっと同じに決まっている。



 彼女は足を怪我して、少しは自重するかと思ったけど、そんなことはなかった。

 体育の時間、見学で構わないという先生の言葉に従わず、彼女は松葉杖をつきながら動き回っていたわ。リハビリのためと伝えれば、無理に止められることはない。

 校庭を使う私たちとは反対の方向。校舎の裏手へ移動している彼女は、授業いっぱいのあいだは戻ってこなかった。休み時間も、彼女は教室でじっとしていることなく、外に出かけていたの。

 そんな様子を、私たちは何日も見続けていたわ。彼女ね、階段の上りはともかく下りさえも松葉杖をついて降りていく、危ないことをしていたの。

 ただでさえ体重のかけ方を間違えたら、頭から真っ逆さま。そうでなくても、彼女の不自然な松葉杖じゃあ、階段のどこに引っ掛かるか分からない。


 ――杖を使わないで手すりにつかまりながら、けんけんで降りたほうが、だんぜん安心だと思うけど。


 彼女自身は真剣な表情で一段一段、ゆっくりと降りていく。口出しするのも無粋に感じる私にできるのは、さりげなく先行して、もし彼女が倒れこんできたとき、壁になってあげることくらいだったの。


 それから、またしばらく経った日の放課後。

 クラブ活動で帰りが遅くなった私は、校外で彼女の姿を見かけたわ。私の帰り道の途中だった。あの不格好な松葉杖はそのままで、またいつにも増した鬼気迫る表情で進んでいる。

 おかしい。彼女の家は私とは反対方向にあるはず。

 松葉杖の突き方も、今日は感覚が短い。無事である左足と一緒に地面をついていく一歩ごとの間隔は、10センチも開いていないんじゃないかと思ったわ。何度も何度も杖をつきながら、悪態をつく声も聞こえてくる。


 ――ひょっとしたら、どこかケガをしたんじゃ?


 見かねた私は、近寄って声を掛けたけど、すぐに「邪魔しないで」と変わらない剣幕で私をにらみつける。

 歩みは止まったけど、その間も彼女は杖をつくのはやめない。

 あげてはさげ、あげてはさげを繰り返し、それも同じ地点をつくことは二度もしない。前後左右に杖をつきながら、いささかも落ち着かない。


「あのとき、もっと殺しておかないから……もっと幸せになっておかなかったから、不幸になったんだ!」


 彼女は私の方を見つつも、器用に後ろ向きに杖をついて距離を取る。そしてまた、杖でランダムに地面をついていく。

「どういうこと?」という私の疑問に、彼女は吐き捨てるように答えてくれた。



「地面の小さな虫たちを殺して回っているんだ。知ってるよね? なんでもないようなところでも、私たちの足元にはたくさんの命があること。それらがしょっちゅう踏みつけられて、息絶えていること。

 私は彼らを多く潰さないと、生きていられないんだ。だからあんなに大きな靴を使っている。他の人より一匹でも多く殺せるように。

 体全部で潰しちゃだめなの。手とか足とかの端じゃなくっちゃいけないんだ。

 ようやくこの杖も、私の足になろうとしている。私の無事を願ってくれるなら、ほっといて!」


 そういって彼女は、杖をつきながら背中を向けると、執拗に地面をつきながら遠ざかっていったの。


 それからも彼女は松葉杖をつき続け、治療が済むとすぐにあの大きな靴に履きなおしたわ。結局、卒業まで彼女の靴が変わることはなかったけど、それ以降はどうしているか分からない。

 いまもどこかでサイズの合わない大きい靴を履きながら、自分の命のために、多くの虫に引導を渡しているのかしら。


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― 新着の感想 ―
[一言] とても面白かったです。 彼女の言葉が本当だとしたら、そうしなければもっと大惨事になっていた可能性もなくはないでしょうけれど……。 それでも、怪我の心配をして忠告してくれたり、さりげなく壁にな…
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