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冒険者ギルド

女の子と絡ませたいのにオッサンばっかり出てきます

「ふむ?」


 最初に持ったのは疑問だった。ここがどういう所なのか分からない。武具を付けた男女が数多くいる。カウンターがある所を見るに店であることに間違いはないだろう。だが商品は何も並んでいないし客と思しき者もテーブルに座って数人で喋っていたりするのが殆どだ。


(まさかサロンでもないだろうが。)


 しかし多くの者が談話を楽しんでいるように見えるのは事実で、そうなるとあのカウンターとそこに立っている女性は何のためにいるのだろうかとますます疑問が深くなっていく。


「どうした兄ちゃん、そんな所に突っ立って?」


 横合いから声をかけられた。横を見ると若い男性が立っている。身長は180cm程だろうか。逆立った茶色の短髪に布を巻いている。

 自分より少し年は上だろうか、腰に剣を帯び革製の鎧を付けている。


「あぁ、つかぬ事を聞くが、ここはどういう所なんだ?」


 率直に疑問を口にする。


「何?お前さんどこの貴族のボンボンだい?王都の冒険者ギルドと言えば、知らない奴はいないって位だぜ?」


 何の冗談だと言わんばかりに男は言う。確かに聞いた事がある。とは言え王宮の吟遊詩人の歌でだが。ここがそうなのかとアルベールは思った。


「おいおい、マジに貴族のボンボンか?俺は親切だから忠告しておいてやるが、ここにはお前さんに敬語を話す奴はいないぜ?早くお屋敷に帰った方が良いと思うがね。」


 肩をすくめて男は言う。しかし、この言葉はかえってアルベールの興味を引いてしまった。


「私に敬語を使う者がいない?」


「ああそうさ、冒険者ギルドってのは当然冒険者が集まってる。どっかのお抱えってんならともかく、ギルドに集まる冒険者は大抵お行儀が良くないぜ?」


 吟遊詩人の歌で聞いた冒険者も確かにそんな感じだった。抱いていたイメージと思うと殊の外かけ離れていると言う訳でも無い。


「そうなのか。まぁ、私に敬語なんて使わなくてもいいさ。それより。」


 アルベールは男の方に一歩進んで聞いてみた。


「冒険者はドラゴンでさえ葬ると聞くが、それは本当か?」


 王宮の吟遊詩人の歌ではドラゴンを倒す冒険者の歌があった。アルベールはその歌をよく好み、歌って貰っていたものだ。もっとも、10歳にも満たない頃の話ではあるが。


 このアルベールの一言で、ギルドの中が数瞬静まり返った。周りの者も二人のやり取りに聞き耳を立てていたのだ。そしてその数瞬の後、一斉に周りの者達が大声を上げて笑い出したのだ。

 目の前の男も多分に漏れず笑っている。アルベールには訳が分からなかったが、しかし自分が彼らにとって余程おかしな事を聞いたのだという事は分かった。やはり吟遊詩人の歌は詩。ドラゴンを倒す冒険者の詩は創作でしかなかったのだろう。


「お前さん、そんな事を聞くためにここまで来たのかい?」


 口元をヒクつかせながら男は言う。周囲も未だ笑いの余韻が残っている様で、こちらを伺いながらニヤついている者が多い。


「いや、そう言う訳では無かったのだが。そうか、ドラゴン退治は飽くまでお話だったと言う訳か。」


 正直な所、少しがっかりしていた。だが、不本意ではあるものの笑われて妙に納得したところもある。子供の頃に聞いたおとぎ話の真偽を確かめるために来たと言われれば、彼らでなくとも笑ってしまうだろう。


(まぁ、皮肉をきかせた貴族流の嘲笑に比べればはるかに気持ちが良いか。)


 大声で笑い飛ばしてくる分彼らの方が余程上等に映ってしまった。彼らの大笑いには不思議と嫌味っぽさが無かった。もっとも、笑われて少し気恥ずかしさは残るが。


「いやいやすまない。俺らも別に笑いたくて笑った訳じゃないんだぜ?ただ、貴族様がこんな所までドラゴン退治の話を聞きに来るとは誰も思わなかったもんでね。」


 そう言うと男はこちらに手招きをして言う。


「笑ってすまなかったな、俺はジョンだ。たまに物見遊山で貴族様がいらっしゃったりするんだが、アンタはそう言った貴族様とは少し毛色が違うみたいだな。」


 彼らはアルベールをある種警戒していた様だった。しかし、すぐさま貴族であると見抜かれてしまったのはともかく、ここまで彼らに警戒心を抱かれるとはここに来る貴族連中は彼らに何をしたんだと、アルベールは疑問の念を抱かずにはいられなかった。


「ああ、いや、いいんだ。それよりここに来る貴族というのは・・・。」


 ドン、とテーブルを叩く音が響いた。


「あらら、いたのか。貴族嫌いのヴォルフガング。」


 ジョンが頭に手を当てる。わざわざ名前の前に付けられる位なのだから相当嫌いなのだろうなとアルベールは思った。そしてそれを暗に自分に告げているとも。


「黙って聞いていれば何だお前ら!そいつは貴族なんだろう?何で追い返さない?」


 立ち上がって大声を上げた男はデカかった、更に言えば顔が怖かった。髪は生えておらず筋骨隆々とたくましい上に掘りも深い。上等な鎧を着せて門前に立たせておけば誰も入っては来ないだろうと思うほどだ。


「まぁまぁ落ち着けよヴォルフ、たまに来るいけ好かない貴族連中と違ってこの坊主は相当わきまえてるとおもうぜ?使う言葉はお綺麗だが、お召し物は俺らと変わんねぇ。その上ぞんざいな口を叩いても眉一つ動かさねぇと来たもんだ。」


 ジョンは短いやり取りの中ではあったが、アルベールをそれなりに気に入った様であった。世間知らずは貴族の常だが、それでもアルベールは極力平民の側に立って行動していたように思われたからだ。街を歩く貴族は自分が貴族であることをひけらかす。それは別に結構な事だが、大体の貴族が平民を見る目はそこまでよくない。


 勿論気の良い貴族もいるにはいるのだ。しかし悪事千里を駆けると言う。悪い噂程早く人々の間を駆け巡る。そして大体それらは根も葉もない噂ではなく、実際にあった事なのだ。


「ジョン、親切なお前らしくも無い。貴族は貴族というだけで騒動の元だ。わざわざ街に出てくる貴族に碌な奴はいない。皆知っている事だろう?」


 冒険者の中でもこのヴォルフガングという男が殊更に貴族を嫌っている様なのはアルベールにも見て取れた。しかし一方で理不尽さを感じてもいた。


 自分は彼等に何もしていない、むしろ街をなるべく目立たないように行動してきたのだ。貴族の多くが彼らにぞんざいな態度をしてきたのは分かる。なので彼の怒りも当然なのだろう。しかし、それは決して自分の行動故ではないのだ。


「では、どうすれば良いのかな?ヴォルフガング殿。どうすれば私はここにいる人達から、いや、貴方に認めて貰えるだろうか?」


 一歩前に出てアルベールは問う。視線は真っ直ぐにヴォルフガングを捉えている。半ば意地と言って良かった。矜持とまではいかずとも、引きたくない何かがアルベールにはあった。


「簡単だ、喧嘩で俺に勝てばいい。俺はこれまでもそう言って来たし、これからもそう言い続ける。俺とやろうなんて貴族はいやしないからな。」


 ズイっとこちらに歩み寄ってヴォルフガングは言った。


 効果的な発言だな、とアルベールは思った。取り巻きを引き連れていたとしても貴族がこんな誘いには決して乗らないだろう。大方の貴族も剣や何かしらの武術はたしなんでいる。しかしそれを加味したとしてもこんな強面の、しかもそれなりに場数を踏んでいるであろう冒険者と喧嘩するには足りない。

 更に言えば理由だろう。貴族の身でありながらこんな所で喧嘩等考えられない。実際に首を縦に振ればヴォルフガングは問題なく喧嘩を始めるだろう。しかし、ヴォルフガングのこの口上は、それだけで貴族を追い返すにはパーフェクトなのだ。


 だがアルベールはそれをしても引きたくなかった。貴族であるという事が分かっても尚彼らは自分に対する言葉遣いを改めはしなかった。貴族が嫌いだというのもあるだろうが、彼らはおそらく自分たちが認めた者以外に敬意を払わないのだろう。それがアルベールには眩しかった。


 決断するのに逡巡はほぼ無かった。


「分かった、やろう。」

 

 建物内がざわつく。


「おい坊主、馬鹿な事は・・・。」


 ジョンが隣で制止しようとする。しかしアルベールは前に出てヴォルフガングの前に出る。頭一つ以上大きいヴォルフガングは不敵に笑っている。


「ほう、度胸のある貴族だ。そこだけは褒めてやる。だがやる以上俺は手加減はしない。ついてこい、裏の広場でやろうじゃないか。」


 周囲のどよめきは収まらない。口火は切られてしまったのだ。ヴォルフガングに先導され、アルベールも裏口から外に出る。そして喧嘩の様子を見ようとほかの冒険者たちもまたぞろついて外に出る。止めようとする者は最早誰もいない。ジョンも既に諦め顔だ。


 ただ一人、冒険者ギルドのカウンターにいた受付嬢が顔面を蒼白にして二階に駆け上がっていった。

誤字・脱字等ありましたらご報告宜しくお願いいたします。

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