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終戦


 

 息をする度に張り裂けそうな肺の痛みが全身を駆け巡る。

 脈打つ血液さえ己がモノでは無い様な、痛み以外の全てが客観的に思えるほど、オルクスの内側で肥大化する違和感は膨大なものだった。


「か……は、うッ!」


 のたうち回るだけの痛みを堪え、視線の先で横たわる白髪の少女の元へと歩み寄ろうとする。途中叶わず、何度も膝をつきながら、千切れそうな四肢を無理やり起こして歩みを進めた。


(莉緒……頼む、生きていてくれ……!)


 無意識に近い状態で魔神を屠った。しかしあの魔神は莉緒と神経系で繋がれていた筈だ。

 魔神が消滅したのならば、莉緒にも何か悪影響があるに違いないとゾッとする。

 もう目を覚まさないのでは?

 脳裏に過ぎる最悪の顛末を拭い捨て、なんとか莉緒の隣まで来ると、恐る恐るその表情を覗き込んだ。


「……ッ!」


 すうすうと寝息を立てる彼女に、身体を支配していた緊張感の糸が切れた。

 良かった、生きていてくれた。

 心からの安堵にオルクスは思わず涙を浮かべそうになりながら、自らも隣に倒れ込んだ。

 莉緒の無事が確認出来た今では、遅れてやってくる痛みすら何という事はない。彼女を守り切れた事実のみがオルクスにとって何よりの鎮痛剤と言えるだろう。


「よか……った」


 安堵と共にやってきた泥の様な眠気に、オルクスは抗おうとせずその身を任せた。



 ◆



「……ッ、痛ぇ!!」


 自らの叫び声に驚き、楓矢は飛び起きながら目を覚ました。

 ここは一体どこだ? 状況の整理もつかないまま、どこかの平野であろう場所で座り込んでいる。

 見渡す限り広がる草原。ただでさえこの世界の土地勘の無い楓矢にとって、それは不安を掻き立てるだけの要素でしかなかった。


「思い出した……俺はたしかーーーー」


 魔神ラースによる隔離。

 授業中の楓矢に振ってかかった災厄は、断片的な記憶だけを残して収束を迎えていた。

 怪しげな術により見知らぬ空間に引き摺り込まれ、劣勢を強いられたまでは覚えている。しかし、その後に何が起こったかを全く覚えていないのだ。

 現実味の無い事の連続に頭を抱えるが、己の身が無傷であり、それはつまり魔神を倒したという事実だけだった。


「まさかこれも、お前のチカラなのか?」


 傍に置かれた聖剣に視線を結ぶと、不思議と心が騒ついた。

 以前もこんな事があった。同じく魔神キマイラと対峙した際、意識を何物かに持って行かれている様な違和感に包まれていた。

 異世界に来て自身の未熟さを痛感した楓矢にとって、勇者という肩書は誇りである前に重荷となっている。しかし、勇者に相応しくなろうとする一方で、いつくかの窮地を救ったのは自分のチカラではない。

 勇者のチカラを行使する時、まるで傀儡子にでもなった様な感覚に陥る。それが楓矢にとって恐怖と感じるのは、あまりにも自然な事だった。


「楓矢!」

「!? リアンに……ミリアちゃん、師匠!」


 遠くで響いた声に、ハッと現実に引き戻された。


「大丈夫か!? 怪我は……うん、無いらしいな」

「お、おう」

「心配したぞ楓矢殿。それで……あの魔神は?」


 ヴァンの問いに、僅かに答え辛さを感じながらも「お、俺が倒したぜ」と声を絞り出した。


「む……」


 やや疑念を抱いた声を上げる。

 無理もない、かつては己がギリギリで退けた魔神だ。修行中の身である楓矢が単騎で倒せるなどと、驕った考えに至るヴァンではない。

 しかし、困惑の色が浮かぶ楓矢を見て、まずはその身の安全を確認できた事に、改めて喜びを露わにした。


「まずは城に帰ろう。体を休めるべきだ」

「……師匠」

「今は何も考えるな。楓矢殿の無事だけが、我々にとって優先すべきものだからな」

「そうだぞ大馬鹿もの。あんな魔神に簡単に拐かされて情けない」

「おま……ッ、無茶言うなよな!」

「あはは、でも本当に無事で良かった」

「……おう!」


 ミリアに肩を叩かれながら、楓矢はそっと、心に募った疑念を振り払った。

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