魔神と魔王と-2
魔王の力を顕現させた魔神ラース。
生み出した傀儡はベースとなった少女そのものであり、自らが取り込まれる事によってその肉体及び能力制御を可能としているらしい。
まるでずっと自分の身体だったかの様に、ラースは隅々までその感覚を確かめる。
「うん、実にしっくりくる」
不適な笑みを浮かべると、ゴキリと首を鳴らして構えを取った。
「クッ、やるしかねぇか……!」
すかさず聖剣に手をかけ、楓矢も同じく臨戦態勢に移行する。
まだ完全に聖剣の力を掌握できていない状態での魔神との戦い。剣技に至ってもヴァンの修行はまだ始まったばかりだ。楓矢の力量ではまともに魔神を相手にするのはまさに無謀と言えるだろうが、たとえ勝ち目の無い戦いであろうとも、勇者である誇りが彼に剣を握らせた。
「おや? 確か君がキマイラを倒した時は姿を変えていたらしいじゃないか」
「……何で知ってんだよ」
「フフ、ボク達は慎重なのさ。君とキマイラの戦いは途中から見させてもらっていたよ。僅かだが世界に広がった嫌な反応、それを辿ってみればたまたま勇者の覚醒だったという訳さ。だから君の能力は知っていたんだけれどーーーー」
ズンッッッッッッッ!
「がはッ!?」
ラースの拳が腹に沈み、慣性を無視するかの様な直線的な動きで楓矢を吹き飛ばす。
虚無の空間に響く轟音。
無限に広がるように思えた空間だが、ようやく現れた壁面に楓矢の身体は叩きつけられた。
「……あ、ぐ……かッ」
「おいおい、まだ死なないでくれよ? 折角ここまでお膳立てしたんだからーーーーさあ!」
「ッッッ!?」
一瞬で辺り一面の空気が渇き、全身の血が沸き立つ。
本能が潜在的な恐怖を奮い立たせ、意識が朦朧とする身体に呼びかける。ーーーー動かなければ死ぬのだと。
「ざっけんな!!」
大きく右に逸れた楓矢だが、次の瞬間にはその場所に漆黒の刃が突き立てられていた。ラースもとい、魔王化した莉緒が得意とするナイフを模した刃による攻撃。
「あはは、よく避けたね!」
「黙れよッ!」
「まだまだ!」
嬉々として二撃、三撃目を繰り出す。
辛々逃げる楓矢だが、ラースはナイフに続いてフォークも具現化させ攻撃に織り交ぜる。
満身創痍の身体で回避するのは不可能であるが、致命傷にならないのはラースがこの戦いを愉しんでいるからだろう。
腕、足、背中と、わざと痛ぶる様な攻撃を繰り返しながら、ラースは傷付いていく楓矢を見下ろし、莉緒の顔で恍惚とした表情を浮かべた。
「これが魔王……飢餓の力……!」
「か……はッ」
「まだ遊ぼうよ勇者!」
「好き勝手……言ってんじゃーーーー」
ドクンッ!
(!? この感覚は……)
キマイラ戦の時に感じた、堰を切って溢れ出す底知れぬ力の奔流。
意識の中に存在する小さな綻びをきっかけとして、それは瞬く間に外側へと溢れ出した。
「う……」
「おや? どうしたんだい勇者?」
「ああ……ッ!」
血が沸騰する程の熱を帯び、全身を凄まじい速度で駆け巡る。心臓が早鐘を打つ度に、頭の中で自分自身が掻き消される様に揺らいでいった。
(やめ、ろ……俺はーーーー)
刹那、粘度の高い泥水を覆い被された様に意識が塗り潰される。
何も見えない、何も感じない、何も考える事が出来ない自分がそこに居た。
「…………」
「あは、随分と大人しくなったようだね」
「……ク」
「ん?」
「クク……はは、は!」
楓矢が血だらけの身体を擡げ、天を仰ぐと同時に辺りは白の光に包まれた。
光はやがて薄い衣となり、傷付いた楓矢を包み込む様に舞い降りる。
「何だ……一体、何が起こってーーーー」
キィン!
耳を劈く音と共にラースの右肩が両断される。隙を見せたつもりは無かったラースだが、そのあまりの速度に全く反応できなかった。
「全く困ったものだね。僕の大切な身体に好き勝手してくれたみたいでさ」
「誰だ……お前は……」
「……僕かい? たかが魔神風情に名乗ってやる義理はないんだけれど、僕は今すごく気分がいいんだ」
顕現した白い装束を纏い、聖剣を携えた楓矢は高らかに叫んだ。
「ーーーー僕は起源の勇者さ」




