教え
▪️流浪の女剣士
「自己紹介が遅れたな。私の名前は【リアン・ハルベルト】ーーーー流浪のSランク冒険者だ」
「Sランク……冒険者?」
いきなり現れ自己紹介を始めた女剣士。
あまりの唐突さに理解が追いつかないミリア達を他所に、リアンと名乗った女剣士は地面に座ったままの楓矢を遠慮なしに見下ろした。
「ふむ、ではコイツが勇者か?」
「!? コイツってお前ーーーー」
「これはとんだ笑い種だな」
吐き捨てる様に笑うと、リアンは楓矢の額を指先で軽く弾いた。小さな光が瞬き、チッと短い音が鳴る。
「痛ッ!? ちょっと痺れる!」
「あはは」
「ちょっと!」
「ん? ああすまん。つい揶揄いたくなってな」
言葉とは裏腹に悪びれる様子は無いらしい。
好きなだけ笑ったリアンはグルリと辺りを一瞥し危険が無いのを確認すると、楓矢が倒したウルラビッドを掴んでニッと笑った。
「少し話でもどうだ? 飯でも食べながら」
「は? なんでだよ」
「私が興味があるのはミリアだ、雑魚に用は無い」
「ざ、雑魚だとてめぇ!」
「ちょッ、勇者くん落ち着いてってば!」
「止めないでくれミリアちゃん、俺にもプライドってもんがよお」
「はは、やめておけ勇者くん。剣を交えなくても実力は分かる。どう頑張っても私には勝てないよ」
「んなもんやってみないとーーーー」
「ストッーーーープ!!」
小競り合う二人の間に割り込み、ミリアは交互に睨みを利かせた。
「落ち着いてってば。この失礼な人の事はご飯を食べながら聞きこうよ」
「ええ……この状況で飯食べんの?」
「なんだ食わないのか? 折角の鮮度なのに」
言いつつも、リアンは既にウルラビッドを捌き始めていた。実に無駄のない鮮やかな手付きに、冒険者としての練度を感じざるを得ない。
「あ、もしかしてミリアちゃんお腹空いてた?」
「!? そ、そんなこと」
「街出る時にあれだけ食ったのにスゲェな。やっぱ栄養は胸に集まるーーーー」
「バカッ!」
「げふッ!?」
杖の先が楓矢の頬を捉え、綺麗な放射線を描いて彼を宙に飛ばした。
「おい勇者、今のは完全にお前が悪いぞ?」
「……す、すいまふぇん」
「最ッ低!」
「くく、中々に面白い連中だな」
適当な枝を集めて指を鳴らす。
すると、一瞬で炎が灯り焚き火が完成した。
「えっと、リアンでいいのかな?」
「好きに呼んでくれ。コッチもミリアと呼ばしてもらう」
「俺は柳条楓矢だ」
「聞いてない」
「勇者くんは黙ってて」
「…………」
先程の墓穴は余程大きいらしい。楓矢は半べそになりながら、ミリア達の話に耳を傾けた。
「いきなりの無礼は謝ろう。ああするのが手っ取り早かったんでな」
「びっくりしたよ。でも私が【シールド】出さなかったらどうするつもりだったの?」
「ん? 流石に私もあの状態から技は止められないから、きっと峰打ちくらいはお見舞いしていただろうな」
「……無茶苦茶だよ」
「その心配はあまりしていなかったさ。プレジールのオルクスとミリアは他の街でも有名だったから」
十代でSランクに到達する冒険者は限りなく少ない。素質、環境、運、その全てを持ち合わせた人間の一部のみが到達できる領域だ。
そもそも年齢に関係なくSランクの占有率は少なく、冒険者全体で見れば五パーセントにも満たない。誉ある称号であるが故に、その存在は尊ばれ、持て囃されて然るべきである。
「実は私もプレジールに寄ったんだ。そうしたらジズ平原に向かったと聞いてな」
「えっと、わざわざどうして?」
「……まあ、そのなんだ」
視線が泳ぐ。怪訝な目を向けていると、リアンはバツが悪そうに続けた。
「別の依頼で父さんと旅をしていたんだが、道中で離別してしまってな。父さんを探す途中でたまたま立ち寄った街がアルシアだと知って、ついでにプレジールの冒険者でも見ておこうと……」
「つまり、迷子ってこと?」
「だ、だだだだ誰が迷子だッ! むしろ迷子なのは父さんだ!」
「めっちゃ顔赤いワロタ」
「あ?」
「すんません」
一喝された楓矢は再び顔を伏せる。ミリアも必死に笑いを堪えるが、とうとう吹き出してしまった。
「あはは、なんとなく状態は分かったよ」
「む、そうか」
「それで依頼って? お父さんはどこに向かっているの?」
「王都ディノルだ。魔神キマイラの討伐隊として召集されたのだが、生憎、他に請け負っていたのが遠くの大陸だったものでな。依頼を完遂した後からディノルの騎士団と合流する手筈だったんだが、予想より二日遅れてしまったよ」
「魔神キマイラ!?」
伏せていた楓矢はガバっと起き上がる。
「なんだ勇者」
「それ、俺らも倒そうとしてたんだよ!」
「はあ? お前が?」
馬鹿を言うなとリアン。
「魔神は魔王の配下の中でも特別だと聞く。もっとも、今生きている人間で戦った事のある者は居ないだろうがな」
歴史の中で語られるのは勇者が倒したという事例ばかり。しかし今、この世界はそんな魔神を勇者でない人間が相手にしなければいけない程に逼迫しているのだ。
水面下で膨れ上がる魔物の影。王都はもちろん、首都である街は秘密裏に警戒体制を強めている事実が存在する。
「なるほど、勇者がコレなら納得だ」
「……なんだと!」
「それは違うよリアン」
真剣な声でミリアが制する。
「勇者くんは別の世界から魔王を倒す為に呼ばれてきたんだよ。この世界の都合だけで、関係ない世界から」
「ああ、聞いた様な気がする。異世界人とかなんとか」
「それでも勇者くんは、この世界の為に魔王を倒そうと強くなろうとしている。その努力を笑う事は私が許さない」
「……ミリアちゃん」
「…………」
真っ直ぐに見つめるミリアの視線を受け、ウルラビッドを捌くリアンの手が止まった。
やがて数秒の静寂が辺りを支配したかと思うと、バキリとウルラビッドの骨が折れる。
「なるほど、私が悪かった」
「え?」
潔く頭が下がる。あまりにアッサリとした態度に、怒りを露わにしていたミリアすら呆気に取られた。
「二人はディノルに行くんだったな?」
「う、うん」
「ならば向かう先は同じという事だ。詫びという訳ではないが、私が剣の手解きくらいはしてやろう」
「え、ちょっと待てよ意味が分かんねえ」
「鈍い奴だな」
リアンは空中に指を滑らせ、スキルボードを展開させる。
「これは……」
羅列される職業一覧。目を見張るべきはその習得済みの“量”の多さだ。
剣士53
魔術師35
僧侶30
戦士30
盗賊30
弓師30
「どうだ? 私の様なタイプは珍しい筈だ、得るものは多いと思うぞ」
「ミリアちゃん、これ凄いの?」
「……うん。ランク30台なら一人前を名乗れるラインだからね。スキルボードは特性上、満遍なく習得し難くなってるんだ」
神から与えられる恩恵には個人個人にキャパシティが存在すると言われている。万能、つまり神に等しき存在を作らせない為とまことしやかに囁かれていた。
実際、絞ってランクを上げなければ一つの職業を伸ばす事は不可能と言われてきた。だがリアンはメインの剣士ランクを上げつつ、他のランクも引き上げる事に成功している。
これは極めて珍しいケースと言えるだろう。
「体質なのか、才能なのか、その両方なのか。突き詰めれば、私は神に強くなれと言われているのかも知れないな」
「すげえ自信家だなコイツ」
「自信が無くて強くなれるものか」
ピシャリと言い放つ。
「さて、勇者改め楓矢。私のシゴキに耐えられるかな?」
「あン? 上等だこの野郎」
「ちょっと二人とも!」
「私は厳しいぞ?」
「腕がもげようが千切れようが耐えてやんよ?」
こうして、楓矢とリアンの歪な関係が始まった。




