プロローグ
俺の目の前には真っ白な扉があった。
「なんでこんなもんがあるんだ?」
俺、間野司が今いるのは、通っている高校からそう遠くないところにあるマンションの自室。ベッドの上だ。
部屋に扉があるのはおかしなことじゃないけど、この扉にはおかしな点がある。
存在意図が分からない。
家屋において扉が果たす役割といえば部屋と部屋とを繋ぐことだけど、部屋のど真ん中に居座っている真っ白な扉はその役割を担っているようには見えないな。
それに……
「この扉、ついさっきまでなかったよな。あったら気づいてたはずだし……」
存在していなかったものがいきなり現れたら誰だって気になるだろう、ましてやこれ程存在感を主張するように出てきたらなおさらだ。
だが、俺にとって今回のような不思議な体験は初めてのことじゃない。
むしろ最近は慣れてきたくらいに思える。
♢♢♢
俺は自分が面倒くさがりな性格だと思っている。
学校行事などのイベントに対して、参加はするが積極的であるとは言えない。
そんなことなら大した問題じゃない。
問題があるのは困っている人を見つけた時。
人が困っていたら誰だって助けたいと思うだろうし、俺にだって一応その程度の正義感がないわけじゃない。
だが、助けたいと思っても、何だかんだと理由を付けて手を差し伸べることができない。
路傍の石ころには簡単に手が伸びるのに、対象が変わっただけでためらいが起きるのだから、人間の感情というのは難しいものだ。
高校入学と同時に、俺は自分の性格を直す妙案を思いついた。
思いついた瞬間、自分の賢さに涙が出そうになったくらいの素晴らしい考えであった。
「そうだ、筋トレをしよう。ムッキムキになればきっと積極的になれるぞ!」
思いついたその日から、俺の鍛錬の日々が始まった。
腕立て、腹筋、背筋をそれぞれ毎日一万回ずつというルールを自分に課し、それを遂行した。
筋トレならば屋内でできるから天候にも左右されない。
雨の日も、風の日も、雪の日も、一日たりとも休むことなく毎日毎日ひたすらやり続けた。
一年が経ち、俺は高校二年生になった。
俺の体は誰もがうらやむほどの筋骨隆々になった……わけではなく、高校入学時と大して変わらない平均的な男子高校生の体型だった。
積極的な性格になれたかどうかも正直分からない。
「あんなに頑張ったのに、どうして何にも変わらないんだよ?! 天井に着くほどの力こぶくらいできてもおかしくないだろ!!」
そう言って一人憤慨していたが、一つ変化があった。
一つの変化ではあるが、とても大きな変化だ。
俺の周りで怪奇現象が発生するようになったのである。
例えば、学校の廊下を歩いていた時に突然その階の全ての窓が割れたり、池の水に触れたら一瞬で池が干上がったり、登校中にくしゃみをしたら風が巻き起こり、近くにいた女子たちのスカートが捲れ上がったりした。
くしゃみに関してはその後何度も試した結果、成功率は百分の一程度という結果が出た。
何度もくしゃみによって神がかり的な風を起こしたせいで、『神風起こしの間野』というあだ名が付き、一部の男子に強烈に信仰されたこともある。
筋トレについては、怪奇現象がより深刻化する原因になるかもしれないと心配になり、二年生になってからはやらなくなった。
そんな生活が数か月続き、俺は高校二年生の夏休みに突入。
中だるみの権化のような怠惰の日々を余すことなく噛みしめていた。
「暑い日はやっぱりアイスを食べるに限るよなー、口の中に広がる冷たさがたまんねぇ。こんなにおいしかったら無限に食べられちまう!」
夏なので半袖半ズボンという涼しげな格好をして、本日十本目のアイスを食べ終えると同時にベッドに飛び込む。
昼寝でもするかと考えながらごろりと寝返りを打つと――。
真っ白な扉が現れていた。
♢♢♢
「いつも通りの怪奇現象とはちょっと違うっぽいよな」
扉を前にして俺は悩んでいた。
開けるべきなのか否か。
これまで経験してきた怪奇現象はどれも目に見えて分かりやすいものだったが、今回は違う。
扉の先はどこかに繋がっているのか、それともどこにも繋がっていないのか。
「いつまでも考えてたってしょうがないよな、ずっと部屋に扉があっても邪魔になるだけだし。それになんだか……扉の先に呼ばれてるような気もする」
運命めいたものを感じた俺は扉を開けることにした。
ドアノブに手をかけ、一気に押し開くと――。