ウィザーズ・アカデミア〜妖精の愛し子〜
カッとなってやった。
後悔はしていない。
7月21日、誤字修正
7月22日、後書きの【設定】に追記
『ウィザーズ・アカデミア』
この国では全ての子供が10歳になる頃、魔力の有無を調べられる。
そして、魔力有りと診断された子供が15歳になる年、ここウィザーズ・アカデミアへの入学が義務付けられていた。
義務化の理由は、貴重な魔力持ちを抱き込みたい国家の思惑と、魔力の使い方を知らない大人による暴走事故が増えた事による、その阻止の為の処置らしい。
さて、俺の目の前で優雅にお茶を飲む、儚げで見目麗しい金髪碧眼の公爵令嬢。
あ、誤解のないように言っておくが、俺の婚約者とかじゃない。
彼女の婚約者は第一王子様であり、伯爵家の三男坊として産まれた俺は、こうして公爵令嬢と2人きりでお茶を飲むこの状況は無いといっていい。
ただし…
俺が女装していなければ、だが。
こうしてお茶を飲んでる理由も、その女装が『バレた』からなんだがな。
傍目にはご令嬢同士のお茶会って感じだな。
で、その理由を話せと命じられてる訳さ。
「確かに御姿はリディアンナさんと鏡写しと言えましょう。
ですが、貴方は右手をお使いになる時と、足運びに僅かな躊躇いがありますわ。」
「それは…気付きませんでした…」
よく見てるな、おい。
妹の動きは完璧にトレースできてると思ってたんだが。
ここまで気付かれてるなら、自己紹介兼ねて軽く説明しようか。
俺の名前はレヴァン。
伯爵家の三男坊であり、リディアンナは双子の妹だ。
一卵性の双子で青みのある銀髪は肩まで伸びていて、赤と青のオッドアイ、中性的な容姿で俺とリディアンナを見分ける事は至難なレベルだ。
髪は決して伸びず、切っても数日で元の長さに戻った時は、なんのホラーかと思うぞ。
だから俺たちを区別しやすいように、リディアンナは前髪で赤い瞳を隠し、俺も同じように前髪で青い瞳を隠している。
多分、学友達に俺と妹がオッドアイだと思ってる奴はいないんじゃないか?
家族構成は兄2人、姉1人、父は冒険者から貴族への成り上がり、母は侯爵家の次女。
両親の馴れ初めは機会があれば話そう。
三男という立場の俺は、家であまり期待されてないが、次女であるリディアンナは違う。
それなりの繋がりを持つために「王立学院」へと通う義務があるのだが、入学から1ヶ月した頃『事件』は起きた。
15歳の誕生日に行う魔力属性の適正検査、俺は問題なく終えることができた。
が、リディアンナは魔力を「暴走」させてしまい、体内を巡る「魔力線」を損傷させてしまった。
魔力を電気、魔力線を配線に置き換えるなら、ショートしてブレーカーが落ちたってヤツだ。
怪我は無かったものの暴走した魔力が強過ぎたせいで、魔力線の損傷による痛みにより寝たきりの生活を余儀なくされた。
完治するのに数ヶ月かかるらしい。
ここで両親とリディアンナ本人から「リディアンナとして学院へ通え」と言われて俺は渋ったが、「卒業後は自由にしていい」と遠回りな勘当とも取れる言質も貰った。
要は「魔力暴走したのはレヴァンだ」と対外的に印象付ける為だな。
リディアンナは違う思惑があるが、それは置いておく。
でだ、そこからリディアンナとして学院に通った訳なんだが、俺は不自然が無いようにかつ目立たないよう行動していた。
他の女子生徒に迷惑をかけないよう、運動系の授業(水泳は見学)の着替えとかは空き教室で、トイレもわざわざ屋上階や実験棟まで行ったりしてな。
ただ、ここで困ったことが起きた。
1人でいることの多くなった俺、ことリディアンナがイジメを受けてると思ったのか、第一王子様が俺を気にかけて側にいるようになったのだ。
ハッキリ言って邪魔である。
実際にそんな事を言えば、不敬罪で追放とかあり得そうで黙っていたが。
これを皮切りに、王子様の従者である騎士見習いだとか、王子様の従兄弟様だとか、教師であり王子様の叔父だとかが、俺に構うようになってきた。
挙句、王子様が去年留学していた隣国の王子様までやって来て、全員王子様関係じゃねぇか!と大変な思いをしていた事を話した。
しかも全員が全員、俺を口説こうとしてる事も。
「じ、事情は理解致しましたわ。
殿方に淑女としての魅力が劣るとは思いにも寄りませんでしたが…、婚約者がいる身でありながら他の女性を口説こうなどと…少々情けなく思います。」
見ろ、公爵令嬢も引いてるぞ。
怒っていいと思う。
それに嘘も混ぜたしな。
…そういや、このご令嬢の名前はなんだっけか?
確か…、えーと、あー、…そうだ「フロリア」嬢だ。
眉間に少し皺を寄せて、何かを考えているようだ。
「レヴァ…いえ、リディアンナさん。」
「はい、フロリア様。」
名前を呼ばれたのでリディアンナのように返事をしたら、フロリア嬢が小さく「う…」と声を上げ、声を上げた事に恥じたのか頬が少し赤くなる。
可愛いお嬢さんだね。
フロリア嬢はコホンと小さく咳払いをすると、
「…私も、貴女に協力しますわ。」
小さな声で、それでも確かに聞こえる言葉が届いた。
「お心遣いありがとうございます。
しかし、私事にフロリア様のお手を煩わせてしまう事は、私としては非常に心苦しく…」
協力は不要、と断る。
リディアンナからの入れ替わりと、その思惑を託されて俺は承諾したのだ。
それは間接的に彼女を巻き込む事になるが、それによる醜聞は彼女を傷つけることはないだろう。
しかし直接関わるとなればそうはいかない。
ありもしない噂、心無い言葉、なにより『王子様御一行』がフロリア嬢を傷つけるだろう。
それはなんか…嫌だねぇ。
「いいえ、『貴方』はこれを拒否できませんわ。
これを断ることは、貴方の正体を白日の下に晒す事になりましょう。」
なるほど、それは困る。
これは断れないか。
なら、フロリア嬢の覚悟を見せて貰おう。
「分かりました。
それでしたら『私』と、リディアンナの目的もお話します。
聞けば後戻りも、協力を拒否することも叶いませんが、それでもよろしいですか?」
リディアンナとしての「右眼」ではなく、レヴァンとしての「左眼」でフロリア嬢を威圧する。
彼女は目を僅かに見開いただけで、それに動じずに「もちろんですわ。」と頷いた。
こちらの思惑を知らなかったとしても、だ。
気は進まないが、遠慮なく利用させてもらおうか。
後悔するなよ、お嬢様?
◆◆◆
あれから3週間が経過し、学院が開催するサマーパーティーが始まった。
ドレスコードは男子が学院指定の制服、女子はサマードレスとなっている。
会場は水のカーテンやら光って浮かぶ無数の泡とか、空中を流れる水流だとか、かなり幻想的だが、これらを用意したのは俺の魔法だ。
学生の身分で飲酒は禁止されてるので、出されている飲み物は全て俺が用意した果実のジュースだ。
全員が全員、まるで酒でも飲むかのようにチビチビとグラスを傾け、アルコールでも飲んだかのように場酔いしている。
アホくさ。
そしてフロリア嬢は今日、このパーティーで糾弾される事は説明済みだ。
彼女はその事について納得はしているものの、その表情はやはりというか、優れないようだ。
俺もリディアンナとして参加しているのでドレス姿だが、「仕込み」のせいで野暮ったくて動きづらい。
ちなみに俺をエスコートしたのは、俺に扮した妹リディアンナだ。
会場に入る前はスゲェ笑ってたが、会場に入ってしまえば紳士そのものだった。
殴りてぇ。
レヴァンには魔力暴走した無能者のレッテルが貼られてるので、近づく奴らは『王子御一行様』含めて嫌味しか言わず、俺に扮する妹は早々に壁の花となった。
後は俺が動き出せば、全て終わる。
俺は俺で一人心許なく歩き、フロリア嬢が話しかけやすい位置までわざと移動する。
フロリア嬢も俺に気付き、取り巻きを連れてやってきた。
「リディアンナさん、ごきげんよう。
サマーパーティー、実行委員の1人として楽しんでおいでかしら?」
「ごきげんよう、フロリア様。
はい、たくさんのお花の準備は大変でしたが、多くの方々に楽しんでいただけると思います。」
そうして見回したサマーパーティー参加者の胸には、リディアンナ(に扮したレヴァン)が用意した花が飾られていた。
ちなみに実行委員になるつもりはなかったが、『王子様御一行』の要望という名の脅迫(伯爵令嬢に断る術はない)により、実行委員にさせられてしまった。
まあ、モノは考えようだな。
コソコソ準備する必要がなくなった、という事で。
その分『王子様御一行』が構ってきてウザかったな。
仕事しろよ、と何度か怒鳴りそうになったわ。
アイツら何もしないから、俺が全部用意する羽目になったぞ、おい。
特に会場の確保や料理とか配膳などは、フロリア嬢の協力やアドバイスがなかったら途方に暮れてたな。
「『特別な演出』も御用意させていただきましたので、最後までお楽しみくださいませ。」
『特別な演出』…実行委員としてなら普通の言葉。
しかし、俺からすれば全てを終わらせる合図だ。
俺は自然な動作で礼をしようとして、足を捻ったフリをし、倒れる拍子にフロリア嬢へもたれ掛かる。
フロリア嬢は突然の状況に呆然とするが、『俺(男)』と密着している事の気恥ずかしさから、小さな悲鳴を上げて俺を突き飛ばす。
それは、『偶然』王子様が目にすることになり…
怒りの形相で俺達へと近づいてきた。
「何をしている、フロリア。
大丈夫かい、リディアンナ嬢?」
「は、はい…」
怒りを込めた声を出しつつ、俺を気遣う王子様。
手を差し出して俺を立たせようとするが、足を捻ってるかもしれない奴を立たせようとするなよ。
なので王子様の手を無視して(触りたくないともいう)、捻ったフリをして段差へ腰掛ける。
足は水の魔法(俺の適正属性だな。)で捻ったように見せかけてるので、状況判断から魔法だと見抜くのは難しいだろう。
そして、後から追い付いた王子様御一行は俺の足を見て、王子様が睨みつけてる相手…フロリア嬢を同じように睨んだ。
対するフロリア嬢は男共に囲まれ、そして睨まれてるので当然怯えている。
ごめんよ、今は助けてやれない…。
「君がリディアンナ嬢に対して数々の嫌がらせをしていると聞いた時は耳を疑った。」
「そんな!私は…」
これはつまり、アレだな。
俺の着替えやトイレの件で気を回して貰った時のことで、第三者から見れば『フロリア嬢が俺1人を追いやり、皆と一緒に着替えができない』という状況にも見えるようにした。
他にもフロリア嬢に頼んで、ペンや使わないノートの焼却もお願いした。
これも第三者から見ればどう思うか…
他にも細々とフロリア嬢に頼んだ事はあるが、これが第三者の視点から通して王子様の言う『数々の嫌がらせ』に繋がる。
「フロリア、君との婚約は破棄だ!!」
おっと、思考に耽ってたら話が進んでいたようだ。
王子様…いや、ここからはバカを付けよう。
婚約破棄を突き付けられたフロリア嬢は、取り巻きと化したバカ王子一行に暴言と俺が如何に素晴らしいかを聞かせられていた。
まともに聞いてたら耳が腐りそうだったから、内容は右から左に流しておく。
「リディアンナ、今まで怖い思いをさせてすまなかった。
これからは私が一緒にいる、後で正式な婚約の申し込みもする。
私の想いを受け止めてくれ。」
気づけば俺の肩に手を置いて呼び捨てにされ、バカ王子がそんな事を言ってきた。
取り巻きは「先を越された!」みたいな顔をしていたが、同じようにプロポーズされた。
うわぁ、男からプロポーズとか気持ち悪すぎ…。
まあ、トントン拍子で事が進んだから、もういいよね?
俺はリディアンナスマイルでニッコリと微笑むと、パチンと指を鳴らし、水の魔法で作った『仕込み』を全て解除した。
周囲の景色は一変。
会場を囲うようにあった水のカーテンの外の周囲には、本来ここに来る筈もない国王陛下と王妃様、以下多くの貴族様方が集まっていた。
もちろん、隣国の王様も呼びましたー。
ついでに俺の両親も一応呼んだ。
天上の方々の登場に戸惑いを隠せないパーティー参加者達は、呆然として会場は静まり返った。
さらに俺の格好『も』男子生徒の服になるが、肩がはだけた状態。
はたから見れば、男色趣味のある一行が迫ってるようにも見える。
俺に扮したリディアンナも男子生徒服から女子生徒の服装になっているので、俺が青い眼を隠し、リディアンナが赤い眼を隠せば、入れ替わりではないいつもの俺たちになる。
ああ、バカ王子一行は状況について行けないのか、固まってるな。
俺はバカ王子の手を跳ね除け、スッと立ち上がり、乱れた(乱れてないけど。)衣服を正し貴族の礼をする。
「大変申し訳ありませんが、 私は男色の気はない為、同性の愛を受け入れる事は出来ません。
どうか、どうか御容赦を。」
おい、ソコ、笑うな。
これからネタバラシなんだからさ。
「それと学院に1人だった私、レヴァンをずっと気にしていただきましたので事は誠に感謝いたします。
しかし感謝の念こそありますれば、愛を囁ける程の想いはありませんので、どうかご理解を。」
さて、リディアンナが提案した入れ替わり。
まず先に、これを説明しないとな。
この世界が「ウィザーズ・アカデミア」という「乙女ゲー」であり、リディアンナはそのゲームの主要キャラクター、外伝作品である「〜妖精の愛し子〜」の主人公らしい。
本編に登場するリディアンナは2回生、外伝作品では1回生になっている。
つまり俺達は1回生なので、今の舞台は外伝作品の主役というわけだが、設定では双子じゃないとか。
それでも双子として生まれ、なんの因果か俺もリディアンナも日本人転生者である事を同じ日に自覚する事になった。
この時五歳だ。
やがて物語が始まる学院へと入学したが、偶然にも入学早々、リディアンナがバカ王子一行の『問題』を知ってしまったことから始まる。
「つきましては、ここに。
本日御用意させて頂いた花と果実の飲み物。」
そう、バカ王子一行による「レイプ」。
立場を利用し、逆らえない伯爵家以下の貴族令嬢に甘い言葉で惑わし、弄んでいたのだ。
だから、用意した。
「花は全ての会話を国王陛下の元へ届け、飲み物には嘘を吐けない薬が入っております。
つまり…」
制裁と、言い逃れの出来ない状況を。
「王子殿下、そして取り巻きの皆様。
高貴な身分であるという立場を利用し、伯爵家以下の身分にあるご令嬢に乱暴を働きましたね?」
この質問に対して必死に言い訳しようと頑張っているが、その意思と裏腹に真実しか言えないのは苦痛だろう。
まあ、出るわ出るわ。
名前を出された令嬢は泣きだし、その令嬢と婚約していた令息は絶望に膝をついた。
そこからは事態が早く動きだし、あれよこれよと言う間にバカ王子一行には沙汰が下され、翌日には鉱山奴隷に落ちたとか「何があった?」と疑問に思う処置だった。
廃嫡、市井落ちだと思っていたが。
興味はないし、どうでもいいか。
婚約破棄を言い渡されたフロリア嬢は、可哀想に男性恐怖症を患い、公爵家当主からなぜか離縁を言い渡されて市井落ちした。
ついでに。
俺の両親にも同じジュースを飲ませていたので、何も聞かずとも陛下達の前で勝手に喋ってくれた。
卒業と同時に俺を殺そうとした事、入れ替わりをした事も含め、爵位は返上し伯爵家は取り潰し、兄達や姉にあった縁談はなくなり、一家揃って市井落ちとなった。
◆◆◆
俺とリディアンナは、といえば…
パサリと何枚かの紙を俺の机に置くリディアンナ。
「レヴァン、レポートこれでいい?」
「んー、オッケーだ。
じゃあコレをA3ファイル、コッチをC1ファイルにまとめたら、今日は終了だ。」
「はいはーい。」
軽い会話かもしれないが、学院に通いつつの王宮召し抱え魔術士として雇用された。
ちなみに学費は王家が出すとか。
まあその見返りにパーティーで見せた『仕込み』…蜃気楼とか幻覚、水のカーテンやら、会場に浮かんでいた発光する『泡』を他の魔術士にも使えるように、だとか。
リディアンナがここにいるのは、『相乗効果』だ。
リディアンナの適正は俺と同じだが、応用の効きづらい点がある。
しかし、俺と触れ合うことでリディアンナの魔法は多様性を増し、逆に俺の魔法は力強さを増すようになった。
しかも本来、魔力暴走を引き起こせば、寝たきりの人生を送る所を僅か二ヶ月で完全完治した事も関係する。
まあ、これは機会があればどこかで説明しようか。
俺達2人が王宮魔術士として、どんな難題が待っているかと思えば、小学生レベルの科学研究をしていた。
ショボいと思ったが、内容を聞いて納得した。
魔法は戦時下において異常に発展した技術でありながら、こうした平穏の中で使われる魔法が皆無に等しいこと。
その為、魔道具…つまり科学技術の研究が急務だ、と。
現状の生活水準は高レベルの魔術士が支えているんだとかで、その負担を軽くするのも目的らしい。
俺も科学は専門知識が無いにしてもそれなりに好きだし、リディアンナも高校受験レベルの科学は問題ない為、他の魔術士が数日掛けて行う実験なども、半日足らずで終ってしまう。
知識チートってヤツだな。
流石にやり過ぎは他の魔術士の嫉妬を買うので、成果を小出しにしつつ、盗難と盗作防止に研究資料などは日本語表記にして保管し、現地実験と称して2人してサボったりしている。
今日も今日とてサボっている訳だが。
で、サボって何処行ってるかと言えば…
「フロリア、遊びに来たよ。」
「私もいるよー。」
「レヴァン様、リディアンナ様、このような所へようこそいらっしゃいました。」
リディアンナの借りた部屋、そこに暮らす市井落ちしたフロリア嬢の所だ。
制服でもない、着飾ってない彼女だが、地味な服さえも高級感溢れる雰囲気が漂ってる。
ちなみにリディアンナは俺が借りた部屋で同居中だ。
妹と2人で生活して羨ましいと思うか?
逆というか、その中間だ。
性別が違う自分としてしか見れない。
鏡に写った自分を可愛いとか言えるヤツなら別だ。
男性恐怖症になったフロリアだが、実はそこまで酷いものではなく、男前だったり、自分より背の高い男限定らしい。
子供とかは普通に接している。
つまる所、俺は子供か。
「はぁ、カタイ、カタイよぉ、フロリアー。」
リディアンナが不満気に頬を膨らませ、ブーたれる。
まあ、それは確かに俺も思った。
いくら市井で暮らすとしても、俺達に『様付け』は必要ない。
「しかし、そういう訳には…」
フロリアがそう反論するが、俺達も家名は無く、特別な役職にいる訳ではないのだ。
あ、王宮魔術士は特別か…。
じゃあ、仕方ない。
いつ出そうか迷っていた秘密兵器…いや、決戦兵器だ。
「フロリア、これを。」
俺が懐から取り出した『それ』は、少し高級感のある青いケース。
隣で察したらしい妹は、ニヤニヤと成り行きを見守るようだ。
よーし、後で覚悟しとけ?
ケースの蓋を開け、フロリアに前に置く。
その中身を見た彼女はハッとした表情を浮かべ、両手を口元へ当てる。
目が潤んでるけど、困ってない…よな?
「フロリア、君に結婚を申し込みたい。
その誠意の証として、この指輪とネックレスを贈る。」
そう、ケースの中身はフロリアの瞳と同じ中心がスカイブルーで外側がディープブルーにグラデーションされた宝石の付いた銀の指輪。
そしてもうひとつ。
俺の赤い目と同じ、角度によってはオレンジにも見える赤い宝石がトップに、そのサイドを少し小さめの青い宝石の付いたシンプル目の銀のネックレス。
ちなみに結婚の申し込みに指輪を贈る習慣はこの世界にはないが、男が結婚を申し込むときに無理のない範囲で女性用の日用品など贈ることが求婚の証となる。らしい。
貴族は別荘やドレス(装飾品込み)などを贈るらしいが、値段を知って驚いたわ。
長い沈黙が続く。
これで断られたら俺、死ねる。
つつつ、と冷や汗が背中を伝う。
なんだよ、この緊張感は!
な、何か言ってくれ、フロリア(この間3秒)。
「レヴァン様、着けてくださいますか?」
「…あ、ああ。」
そう言って髪を持ち上げるフロリアの言葉に、俺はワンテンポ遅れて反応する。
ケースからネックレスを取り出し、彼女の背後に回ってそっとネックレスを付けた。
「よく似合うよ、フロリア。」
「ありがとうございます、レヴァン様。」
どうやらネックレスを付けるのに集中していて気づかなかったが、振り向いた彼女のその手にはキラリと指輪が嵌められていた。
「レヴァン様。公爵令嬢でもない、ただのフロリアではありますが、結婚の申し出を慎んでお受け致します。」
うーん、固い上に儀礼的な…
どうしたものか、とフロリアの顔を見て…ついさっきの自分をぶん殴りたくなった。
「フロリア?」
「本当は、学院に入学した時から…貴方をお慕いしております。
けれど当時の私は、婚約者のある身。
叶わぬ想いと諦めておりました。」
ポロポロと涙を流しながら、フロリアからの告白を受けた。
「ずっと見ていましたから、リディアンナ様と入れ替わった時もすぐに気づきました。
例え女性のフリをしていても、貴方の近くに少しでも居たい一心で協力も願い出て、短い間でもそれは叶いました。」
そう、か。
ずっと見ててくれたのか。
「私はそんなはしたない女なのです。
お情けであっても、貴方からの求婚に嬉しく思い、付け込もうとする女なのです。」
いや、お情けじゃないぞ?
そう思い込んでるフロリアには、言葉と態度で示そうじゃないか。
まずは手を取り、
「フロリア、違うんだ。
俺も君と初めて会った時に心を奪われていたんだと今なら分かる。
リディアンナという姿を通して、俺もずっと君を見ていた。」
「レヴァン、様…」
逃さないよう、彼女の腰に手を回す。
ほぼ同じ身長なのが悲しい。
「フロリア、君を誰にも渡したくない。
好きなんだ。…誰よりも、愛してるんだ。」
そっと耳元で囁くように、俺の想いを告げた。
「わ、私も、愛しております、レヴァン様…」
フロリアがそう告げた瞬間…
「っ!」
「痛…!」
ズキンと左目に痛みが走り、フロリアも同時に痛みを訴え、左目を抑えた。
「フロリア、大丈夫か?」
すぐに魔法で治療しようとしたが、彼女の左目を見て俺は動きを止めた。
「紫色の瞳…?」
つい先程まで、青系だったフロリアの瞳はアメジストのような輝く紫の瞳に変わっていた。
「愛し子の祝福、だね。」
戸惑う俺にリディアンナが話しかけた。
なんだ、それは?
「これが…愛し子の祝福…」
フロリアも知ってるのか、取り出した手鏡で自分の左目を覗き込むように見ていた。
一人分からない顔をしていると、リディアンナが「知らないんだっけ」と口パクしたので素直に頷いた。
「えぇと、詳しく説明すると長くなるんだけどね?」
彼女も素直に説明を始めてくれた。
「まず、私達。
妖精の愛し子って、『妖精の王』って意味なの。
外見の特徴が青銀の髪にオッドアイになるんだけど、それだと普通に産まれる子もいるから…」
「もうひとつ、『人が作った物で傷つかない』ですわ。
確認には髪を切るのが一般的ですね。」
妹の説明にフロリアも加わり、リディアンナが頷いた。
なるほど、だから髪を切っても元に戻るのか。
「って、この話は誰でも知ってるのか?」
一般的なおとぎ話とかだったら、俺、恥ずかしい。
「知ってるのは王族に連なる方か、一部の公爵家かなぁ?」
「そうですね。私も母から寝物語として聞いた程度でしたから。」
なるほど。
リディアンナが知ってる理由については、俺からすれば考慮する必要はないが、自分で墓穴を掘ったのに気付いてないな。
フロリアも。
「でね?妖精の愛し子を愛し愛された人は、どんなに離れてもお互いの愛を強く感じられるようになるんだよ。」
「えっ!?私は新たな魔術適正を得られると…」
「食い違いがでたな。」
「あー、うん、間違いじゃないけど、元々持ってる才能を引き出すだけだから、才能なかったら意味ないよ。」
「そう、ですか…」
フロリアに才能がない、と言ってる訳ではないが、明らかに落ち込むフロリア。
その横顔も可愛くて仕方ないが。
「…!」
と思ったら、フロリアが真っ赤な顔をして俺を見た。
あ、アレか?
愛を感じる、ってヤツか。
「ハイハイ、ごちそうさま。」
やれやれ、といった表情で冷やかすリディアンナ。
「つまりね、妖精の愛し子と祝福された人。
そのお互いの深い愛の証が、お互いの瞳に刻まれる訳。」
なるほどね、という事はさっきの目の痛みは愛の証で、俺の目も変わってる訳だな。
っと、なんだ?
ムズムズと落ち着かないようで、熱いのに心地よくて、でも物足りない、こう…なんとももどかしい感じが…
「レヴァン様…」
そっと寄り添うフロリア。
その頬を赤らめ、瞳を潤ませている。
「そうか、これがフロリアの愛…」
俺の言葉にフロリアは耳まで真っ赤にし、俯いて俺の胸を無言で叩く。
チラリと妹を見れば、舌をベ、と出して肩を竦めて明後日の方向を見る。
無言だが砂糖を吐きそうなのと、気を利かせてくれたのだろう。
「フロリア、改めて言うよ。」
先程中断されたが、
俺はフロリアの肩を掴み、彼女を真っ直ぐ見つめる。
彼女の頬は赤いまま熱に浮かされたかのように、俺を見つめている。
彼女の目に映る俺の顔もきっと赤くなってるだろう。
それでもハッキリ言おう。
彼女を誰にも渡したくないし、離れたくもないから。
何者にも縛られなくなった彼女を、俺が縛りつけよう。
フロリアから伝わる愛も先程と違い、熱いけれど温かく満たされたものを感じて、それがとても心地よいのだ。
きっと彼女も同じものを感じてくれている。
なら、気の利いた台詞などいらないだろう。
ストレートに告げよう。
「愛してる、フロリア。結婚しよう。」
「…っ!ぅ、…っはい……はい!」
嬉し涙を流すフロリアに、俺はそっと口付けた。
拙い作品をここまでお読み頂き、誠に有難うございます。
二番煎じ、三番煎じかと思いますが、お楽しみいただけたでしょうか?
ご意見、感想、指摘など頂けると喜びますので、よろしくお願いします。
要望があれば続編も考えてます。
以下は本編で語るには長かった設定です。
【設定】
『ウィザーズ・アカデミア』ゲーム
・3作発売された、ロールプレイング要素のあるゲーム。
・サブタイトルはそれぞれ『大樹の乙女』『〜妖精の愛し子〜』『黎明の聖女』。
・時系列は乙女を現代として、愛し子は一年前、聖女は五年後となる。
『リディアンナ』ゲーム
・乙女の主要キャラであり、愛し子の主人公、そして聖女の主人公の師匠として登場する、皆勤賞キャラ。
・公式チート。
戦闘において『人からの攻撃無効』『全属性魔法取得』『二回行動』を持ち、あるイベントで彼女を一人で向かわせると、その能力を遺憾無く発揮する場面がある。
・オンオフがハッキリした性格で、公の場では冷たく淡々とした印象を与えるが、プライベートではかなりの世話好きで感情表現が子供のようにハッキリしている。
・乙女では愛し子に登場した王子の従騎士と恋愛関係となり、婚約をしている。
『リディアンナ』転生者
・5歳の時、レヴァンと頭をぶつけて日本人の転生者であると自覚した。
死亡理由は不明。
・「ウィザーズ・アカデミア」は3作プレイ済みで、公式設定資料集を擦り切れるほど読んだ。
・ゲームと違って全属性の魔法は扱えないが、水の適正は高いのでゲームと同等の威力を持つ。
他には適正は低いが炎と地の魔術を扱える。
本人は試してないが、人が作ったものの攻撃は無効。
・魔力暴走による魔力線の損傷は、実はレヴァンが2週間で治した。
『レヴァン』転生者
・ゲームである妖精の愛し子には存在しない、リディアンナの双子の兄で、5歳の時リディアンナと頭をぶつけて日本人の転生者であると思い出した。
・「ウィザーズ・アカデミア」というゲームは知らないが、所々で英語が使われてる事に気付いており、「ゲームかマンガの世界?」と疑っていた。
・なお、リディアンナとは日本での面識はない。
・水の魔法の適正は中堅ほどだが、『科学知識』などの『現代日本の知識』により、水の魔法でありながら他属性の魔法を作り出せる。
ちなみに適正は低いが、全ての属性を扱える。
・基本自分の価値観でしか動かないタイプ。
なので、何かと押し付けてくる両親と兄達を煩わしく思っていた。
『フロリア』人物
・妖精の愛し子では子供みたいな面を諌める役割として登場し、リディアンナの世話を焼いてくれる3回生の先輩。
ただし、王子との恋愛を狙うと悪役令嬢と化す。
大樹の乙女では登場しないが、世話を焼いた成果はリディアンナにしっかりと出ている。
・レヴァンを初めて見た時より、彼に想いを寄せるようになる。
ただ婚約者がいる立場である為、その想いを打ち明ける事はないハズだった。
・ちなみに風の魔術対する適正が少しあり、レヴァンと結ばれた事で光の魔術適正にも目覚めた。
『第一王子』人物
・ゲームでは清廉潔白な好青年であり、愛し子においては攻略難易度の高いキャラ。
3回生なので乙女には登場しない。
炎の魔術適正がある。
・本編では身分を傘に集団レイプをするようなクズに成り下がっていた。
鉱山奴隷に落とされたのは、王子と王弟が共謀して国庫に手を出していたらしい。
『伯爵家』人物、家族
・元冒険者の成り上がり父と元侯爵令嬢である母。
母親のように見目麗しく、父親のように剣の才能に長けた長男。
父親と似た容姿と引き継いだ剣の才能を持つ次男。
父親と同じ髪色と母の美貌を引き継いだ長女。
最後にリディアンナとレヴァンの双子。
・リディアンナとレヴァンの双子だけ、両親又は祖父母の誰にも似ていない容姿をしている。
・ゲームでは家族想いの優しい両親であったが、劇中の両親は権力の虜になっており、体面ばかりを気にしていた。
・両親はレヴァンの扱いに手を焼いていた(成人した日本人からすれば普通)為、15歳になる頃には空気扱いに等しかった。
『魔術適正』システム
・六属性とその強さを測るランクのこと。
属性は光、炎、地、水、風、闇があり、そのいずれかの属性に1(最も低い)から10(最も高く い)までの段階的な基準がある。
・このゲームにおいて2つの属性を持つ事は稀であり、リディアンナ(ゲーム)のように全属性を持つには「妖精の愛し子」でないと不可能。
・2つ以上の適正を持つには、「愛し子の祝福」か「妖精の祝福」が必要となる。
・ちなみに。
レヴァン:水適正4(他5属性適正2)
リディアンナ:水適正10、炎適正2、地適正1
フロリア:風適正2(光適正2)
王子:炎適正3
従者:光適正1
従兄:地適正6
王弟:風適正5
隣国王子:水適正2
『魔力暴走』システム
・魔法を使う時に必要以上の魔力を込める事で起こる現象。
・どうして起こるのかは解明されていないが、設定資料集には2つ以上の属性魔力を使おうとする事で起こる現象となっている。
・暴走による魔力線損傷の治療法が確立されてないのは、魔法で治療を施すと悪化する為。
放置すれば痛みが引いても魔法が使えない身体になる。
治療法は、暴走した本人と全く同じ魔力の質で治療を施さなければならないので、実質的に治療は不可能となる。
レヴァンがリディアンナを治した方法は、双子故に。
お互いに質が同じ魔力なのでレヴァンからの治療魔法=リディアンナ自身の治療魔法として治せた。
『指輪とネックレス』アクセサリー
・レヴァンがフロリアに贈ったもの。
正確にはレヴァンが作ったお守り(アミュレット)。
・宝石はレヴァンの魔力の結晶、台座とリング、チェーンはミスリル銀で出来ているが、フロリアは普通の銀だと思っている。
『ミスリル銀』鉱石
・金貨1枚で米粒1つの大きさしか買えないほど高価な代物で、普通の銀なら10キロ買える値段。