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アイシャドウ

作者: みくに葉月

笑えない私たちが悲しむことはとても救われない行為とも言える。しかし、分かり合える私たちが悲しむことは、あるいは救いなのかもしれない。喜びも、いつしか悲しみに付随して生まれてくるのかもしれない。少なくとも、忘れてはいけないものがそこにはある、気がする。

ずる、ずる。

メランコリーを引きずる音が後ろから聞こえる。

粗々とした音を立てて、どこか厚かましいリズムで後ろからついてくる。

これは誰の物だろう。分からない。



ずる、ずる。

この音は雪山でそりを引く音に似ている。

あるいは砂漠で乾いた丸太を転がす音に似ている。

もっとも、僕はその音を両方とも実際に聞いたことがないのであくまで推測でしかない。



なんにせよ、その音は僕の歩調とは裏腹に、変則的に僕のことを追跡していた。

心なしか体が重たい。

まるで、その憂鬱をいっぺんに引き受けているかのようだ。



たとえば、狩り蜂のことを考えてみる。

狩り蜂は獲物を仕留めると、どんなに大きな獲物だとしてもそれを器用に巣穴に運んでいく。餌を獲得した狩り蜂の気持ちはとても高揚しているはずだ。

少なくとも、今みたいに鬱々とした心理状況とは似ても似つかない。



発想を転換しなければならない。



次に、ハイエナの群れに襲われたシマウマのことを考えてみる。

多勢に無勢とはこのことだ。

ハイエナは獲物の不意をついて突如襲い掛かる。

標的にされた方はひとたまりもない。

恐怖で怯えるはずだ。

そうだ、これだ。

今の僕の心持ちはこのシマウマの心情に似ている。



僕はメランコリーにストーキングされている訳ではなく、より致命的に狙われているのだ。

後ろを振り返ればそれがどんな形をしているのか見ることができるだろう。

だがしかし、その必要はない。


「そうだ」


と、僕は呟く。

今気がついた。

それは、既に僕の中に存在していたのだ。

僕は、僕の一部と向き合うだけでいい。



「そう、お互い見つめ合うの。決して目をそらしてはいけない。そうしないと物事は何も進展しないのよ」

と誰かが寂しそうな声色で言った。



僕は、僕の悲しみを、僕の憂鬱を受け入れなければならない。

そうだ。それがもっとも素晴らしい方法なのだ。

心の中の「鬱の塊」を見つめ、微笑む。



「ありがとう。君は昔、僕に“喜び”を教えてくれたんだよね」

ため息を吐く。五感の機能を確かめるように、全身で息を吸う。


「もう二度と、君を忘れないよ」



すると、パレットに新しい色が加わるように――それは青色かもしれない――、世界がまた一つ色鮮やかになった気がした。



「僕は」

「私は」



「もう一度、喜びのために悲しみを許そう」



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