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第十九話 盗賊三昧


「仙寿村や仙恵のみなさまに、よろしく伝えるんだよ」

「盗賊が出るという噂もあるから、道中、気をつけて行くんですよ」

草草そうそう様のこと、しっかりお守りくださいね」

 薬仙堂の店先で、伯父が、伯母が、従妹が、そして祖父母が集まり従兄をうかがう。御者台に座った従兄は、彼らに応えて大きくうなずく。

 すると面々の顔は、今度はそろって馬車の小窓へ。


「草草様、みなさま、息子のことをよろしくお願いいたします」

「ニャア!」

 伯父の号令でみなの頭が一斉に下がれば、端にもふりと腰を下ろした白玉はくぎょくの、頭もちょこんと小さく垂れる。いってらっしゃい、だそうだ。

「はい、行ってきます」

 草草が楽しげな声を返すと、馬車はゆっくり動きだした。


 坊ちゃんたちが向かっているのは仙寿村。来仙からは北西へ、馬車でおおよそ半日かかる。

 今晩、仙寿村の薬屋の息子と、仙恵の、同じく薬屋の娘――どちらも山神から恵みを与えられた一族だ、の婚礼がある。これに、従兄は薬仙堂の若主人として、草草は山神の息子として、出席することになったのだ。


「仙寿村へ行くのは初めてだねぇ」

 馬車からひょこりと顔を出し、過ぎゆく森を、川を、眺めながら草草は朗らかに笑う。

「そういえば、坊ちゃんがほかの街や村へ行くのは初めてでしたねぇ。これからはもっと余所へも行ってみましょうか」


 虹蛇こうだはさっそく菓子の袋を並べつつ、綺麗な笑みを向けてきた。東は黎の都へ、西ならば砂漠にあるオアシスはどうだろう。南は海を渡れば小島がある。などと、この仙の機嫌も良さそうだ。

 坊ちゃんが目を輝かせながらうなずく横で、しかし狼君ろうくんは、なにやら難しい顔をしている。


「余所へ行くのは構わないが、山神様の地から出ないほうがいいんじゃないか?」

「大丈夫だよ。我らがしっかり守ればいいのさ」

「慣れない水で坊ちゃんが腹を壊すかもしれない。日焼けして、肌が痛くなるかもしれないぞ?」

「そんなもの、水なら我が術で出したっていいし、仙山から湧水瓢箪ひょうたんを借りてくればおいしい水が飲めるじゃないか。日焼けは、狼君が日傘をさしてやればいいのさ」


 虹蛇がどうだとばかりにあごを上げると、狼君はなるほどと納得顔になった。

 嬉しくなった草草が、「ありがとう」と甘えた瞳で二人を見やれば、虹蛇の耳は赤くなる。優しげな目をこちらへ向けた狼君は……


「坊ちゃん、余所へ行くなら――」

 長く、細かい、注意事項が続く。

 せっかくの、心配性で過保護な守役たちから得た許可だ。取り消されてはならないと、坊ちゃんも真面目な顔でうなずき続けた。



 心地よい陽の射す草原を、馬車はガタゴト音を立て、軽快に進む。右手に頂く仙山が、徐々に大きくなってくる。


《坊ちゃん!》

《坊ちゃん!》

《お久しぶりでございます》

「みんな、元気だった?」

 馬車の中、草草は辺りを見まわしにっこり笑った。

 草神の気を感じ取ったのだろう。仙山から風に乗って下りてきた、精霊が、仙の虫が、ふわりふわりとかさこそと、辺りを舞い這いずりまわる。


「一度にしゃべったら坊ちゃんが疲れるだろう」

 仏頂面の狼君は、坊ちゃんの耳でも心配したのか、それらをササッと手で払う。

「坊ちゃんは今から仙寿村へ行くんだ。あんたたち、ちょうどいいから途中に盗賊でもいないか見てきなよ」

 行きがけの、伯母の言葉が浮かんだのか。追い払う口実が見つかったとでもいう風に、虹蛇はニヤリと口のを上げた。


《それならもう、退治してきました!》

《だらしない奴らで、あっという間だったんですよ!》

 すると、四方から自慢げな声が返ってきた。

 策が潰えたからだろう、虹蛇の眉はぴくりと跳ねる。草草は、ふふふと笑って礼を述べる、と。


《あれなら捕われていた者たちも、逃げることができましょう》

 狼君の手をかいくぐった蛾がひらひらと舞い、坊ちゃんの鼻先でこう言った。


「ねえ……まさか捕われてた人って、ご両親と娘さんが二人じゃないよね?」

《中年の男と女に、娘は二人いました》

《娘は、大きいのと小さいのがいましたね》

 御者台の、従兄のそばでカマキリが、狼君の指の間から精霊が、口々に告げる。

 これを聞き、草草の顔は曇った。


 本日の花嫁は、仙恵からやって来る。両親と花嫁、そして従兄の嫁にどうかと話のあった、六歳になる妹だ。

 仙恵は仙山の北東にあり、仙寿村は仙山から見れば南西に位置する。盗賊を退治した場所を聞いてみれば仙山の南、一家が通るであろう道に近い。

 もしかして……


「従兄殿」

 草草が声をかけると、御者台の背がビクリと跳ねた。それから従兄は恐る恐るといった感じで、ギクシャクふり向く。

 彼には、精霊と仙の虫の声は聞こえていなかっただろう。が、神の子たちが妙な会話を繰り広げていたのだ。何かがいると察したらしい。

 引きつる従兄に坊ちゃんは、見る者すべてに安らぎを与えるような、慈愛の笑みを浮かべてみせる。そうして、これまでのことを話して聞かせた。


「そっ、それはきっと仙恵の方々ではないかと!」

 聞き終えると、一度は落ち着いたはずの従兄が、ふたたび焦ったようだ。突然、手綱を妙なほうへ引いてしまったものだから、馬はいななき馬車が揺れた。


「坊ちゃん!」

 体勢を崩した草草は、いち早く虹蛇の腕の中だ。

 ごうっと奇妙な風も吹く。直後、隣にいたはずの狼君は、馬にまたがり見事になだめ、手綱は小柄な若者が握っている。

 転げ落ちそうになった従兄は、美女にむんずとわしづかまれ――


「あっ、あ? ……はっ?」

「従兄殿、大丈夫でしたか? この二人は仙山の、后蛾と蟷螂とうろう児です」

「はぁ、は? ……ふぁっ?」

 立て続けに、さまざまな事が巻き起こったせいだろう。従兄は大混乱に陥った。





 草原を、二つの影が駆け抜ける。坊ちゃんを背負った虹蛇と、坊ちゃんのための荷物を担ぐ狼君だ。

 周りでは、ひゅうひゅうがさごそ、風精霊の起こしたそよぎに仙の虫が乗っている。


 盗賊に捕われていた人々は、仙恵の一家かもしれない。ならば迎えに行かなくては。けれど馬車で回っていては、今晩の婚礼に間に合わない。捕われたのが別の者であったなら、宴は滞りなく催されるのだ。

 このまま盗賊を放っておいて、婚礼の帰り道で襲われてしまった、となってもいけない。


 それに、来仙でも盗賊のことは噂になっていた。

 薬仙堂の面々は草仙筒がありながら、『人である私たちが頼りすぎてはならない』と言い、今も薬草摘みに出かけている。仙石を持っていようとも、もし彼らの目の前で誰かが襲われてしまったら、きっと、助けようとするはずだ。

 だから、ちゃんと捕まえておきたい。みなを安心させてやりたいと思う。


 というわけで、草草たちは盗賊の根城を目指すことにし、従兄には后蛾と蟷螂児にいくらかの精霊をつけて、馬車で仙寿村へ向かってもらった、が。


 別れ際――


『そっ、草草様だけ、そんな危ないところへ行かせるわけには!』

『俺は坊ちゃんと一緒に行きたいです』

 手はずを聞いた従兄は焦り、蟷螂児は駄々をこねる。后蛾が何も言わないのは、若い仙と同じ意見だからか。


『夜、遅くなったら坊ちゃんが寒くないように、毛皮が必要だな』

『もし今日中に村へ行けなかったら、坊ちゃんの着替えも要るねぇ』

 その横で、守役たちは荷物をそっくりひっくり返し、きっちり品をより分ける。

『昼の弁当も、三人分と一人分に分けなきゃいけないな』

『坊ちゃんの好きなゴマ和えと漬物、ちょっと多くしときなよ』

 重箱まで広げだし、しっかりおかずを吟味する。


 こんな調子だったものだから、二手に別れるまで、坊ちゃんはたいそう手こずった。

 それからようやく盗賊の根城へ。二人の仙の足でもって、たいした間もなく着いたのだが。



「変だねぇ」

 小首をかしげた草草に、虹蛇が竹筒の水筒をうやうやしく手渡す。その隣では狼君が、いつの間に持ってきたのか布を敷き、いそいそと重箱を広げる。

 木々の合間にのぞく陽は、ちょうど中天にある。まずはしっかり食べましょう、ということらしい。相変わらずの守役たちだ。

 思うところのあった坊ちゃんは、ならばと、ちゃっかり座って箸を持ち、それから辺りを見まわした。


 盗賊の根城は森の開けた場所にあり、小屋がいくつか並んでいた。

 小川が流れ、炊事場があり、洗濯物も干してある。一見、きこりの住まいのようにも見える。

 が、何台かある馬車は、立派な物から簡素な物までチグハグだ。傾き壊れた物もある。おそらく奪った馬車だろう。


 精霊たちの話では、中に牢屋もあったという。剣を持った男たちが何やら怒声を浴びせながら、娘二人を押しこめる。牢には中年の男女もいたそうだ。

 そして今、小屋はひっそりとしていた。精霊と仙の虫に退治され、盗賊は気を失っているのかもしれない。


「坊ちゃん、しっかり食べなきゃダメですよ」

「ありがとう」

 重箱をずいっと差しだされ、何の気なしに箸が向かうは好物の、ゴマ和えだ。それを口に放りこみ、草草はふむ、とうなずく。


 ここまではいい。ついでにゴマ和えもおいしい。しかし妙なのは、捕われていた人々が逃げた様子のないことだ。

 来る途中、二人の仙も精霊も、仙の虫も、人の気配を見つけなかった。気の利く后蛾が牢屋の鍵を壊しておいたそうだから、ともかく逃げようとするのが、真っ当な者の行動だと思う。


「坊ちゃんの好きな漬物もありますよ」

 考えるまま、勧められるまま、口からぽりぽり音を立てる。おいしい。思わず頬をゆるめていると、小屋を探る精霊たちが意気揚々と戻ってきた。


《坊ちゃん、見てきました! 盗賊はまだ伸びてますよ。だらしないですね》

《捕まっていた男と女は、ずいぶん急いで荷物をまとめているようです。こんなときはまず、逃げたほうがいいと思いますけれど》

《でも、大きな娘と小さい娘は縛られたまま、牢にいますよ》


 報告を聞き、にこりと笑って礼を述べた草草は、草神の力を草むらへふり撒く。瑞々しく輝きを増して茂る葉に、精霊たちが競って集う。仙の虫には鶏の肉も、くれてやる。

 そうしておいて、小首をかしげた。


 どうやら、捕われていた中年の男女と娘二人は、親子ではなさそうだ。親なら子らを、縛ったままにするはずはない。

 すると、四人は仙恵の一家ではないのか。いや、一方が仙恵の者、ということはあり得るか。男女の行動も気にかかる。

 草草は一つ、うなずいた。さて乗りこもうかと気合を入れて箸を置く、と。


「坊ちゃん、もっと食べなくちゃいけません。それとも腹でも痛いんですか?」

「え? 大変じゃないか! 坊ちゃん、さ、早く薬を飲みましょう?」

 迫力の増した心配顔と焦った風な美麗な顔が、迫りくる。

《坊ちゃん、横になりましょう? そのほうが楽ですよ》

《じゃあ、残りは私たちが食べますよ!》

 精霊たちにそわりそわりと取り囲まれ、仙の虫らは重箱へ、ぞろぞろと群がる。


 これらを、どうすればいいのか。

 ここしばらく、守役ばかりを相手取っていたせいか。いつも以上に説得相手が多かったことに、坊ちゃんはちょっぴり、ほんのちょっぴり放心した。





「あの男と女、ずいぶん荷物を運びだしてますね」

「どうせだから盗賊のお宝も全部、自分たちの物にしてやろうって魂胆なのさ。欲が深いねぇ、盗賊が起きてきたらどうするつもりだい?」


 こう言って、しゃがむ虹蛇が鼻を鳴らせば、草もそよと揺れ動く。木かげにひそんだ狼君の、眉間のしわもくっきり見える。ざわざわと、うごめくのは精霊に仙の虫たちだ。

 どうやらみな、中年の男女の行動がお気に召さなかったらしい。

 坊ちゃんとしても、盗品を持ち去るくらいなら根性があると思えるが、娘二人を見捨てて行くのはいただけない。

 いや、違うのだ。


「ねえ、盗賊が娘さんたちを牢に入れたときの事だけど、二人はまだ、縛られてなかったんじゃない?」


 先ほど、小屋を探った精霊たちは『縛られたまま』と口にした。しかし、だ。

 彼らが盗賊退治をしたときのこと。娘二人が縛られた、といった話は誰からも出なかった。気の利く后蛾も『牢屋の鍵を壊したから、逃げられるだろう』と言っていた。

 盗賊も、鍵のかかる牢に閉じこめたのだ、わざわざ娘たちを縛る必要はない。


 となると、娘二人が縛られたのは、盗賊退治を終えた精霊たちが去ってから、草草らがやって来てこの根城を探るまで。

 この間、盗賊は気を失っている。つまり、縛ることが出来たのは、今動いている男女しかいない。

 縛ったのも、后蛾が鍵を壊してしまい、牢屋の意味をなさなかったから。やはり盗賊退治のあとだ。


《縛られて……どうだっけ?》

《だぶん、縛られてはいなかったと思うけれど……坊ちゃん、すみません》

 返ってきたささやき声は、何だかずいぶん頼りない。

 草草はいいのだと、ほほ笑みながら首をふり、ついで二人の仙を見やる。


 ――がさ、がさり。


 狼君、虹蛇が立ち上がった。

 坊ちゃんも、彼らへ向けて歩み寄る。実は、虫にさされてはいけないと、少々離れた場所で待機させられていたのだ。

 守役たちは、いつもどおりだ。



「大丈夫でしたか?」

 草草の穏やかな声。馬車へ向かって荷をいっぱいに詰めこんでいた、男女の肩はビクリと跳ねた。

 ふり向けばすぐ、貴人を守るようにして武人と策士がそびえ立っていたからか。彼らの口はポカンと開く。


「僕の仲間が盗賊を退治したと聞いて、こちらへ駆けつけたんですが」

 続く言葉で男女は我に返ったらしい。ちらちらと、草草へ、守役たちへ、そして互いへ。探る風な視線は忙しく動き、ひどく落ち着きがない。

 草草は、この男女をじぃと眺めた。


 普通に考えれば、こうなるのか。

 彼らは盗賊に捕まり牢に入れられていた。しかし思わぬ脱出の機会を得、転んでもただで起きてなるものかと盗品をまとめ始める。ここで、異を唱えた娘二人を縛り上げ、自分たちだけ逃げようとした。

 だが、と坊ちゃんの首はかしぐ。


 男の腰には剣が差してあった。動きを見るに、物慣れた感じがする。女は少し意地の悪そうな女房、といった印象か。

 けれど、ここは荒くれ者が住まう盗賊の根城だ。そのわりには、炊事場が綺麗に片付いている。洗濯物もヤケにぴしりと干してある。

 そして、女の手は荒れている。ここの水仕事を担っていたからではないのか。


 つまり、彼らは盗賊の一味――いや、女房も水仕事をするし、綺麗好きで洗濯上手な盗賊だって……いる、かもしれない。

 だめだ、決め手にはならない。


 くる、と目の玉をまわすと、目の端で狼君の鼻がヒクと動いた。

 この男女の本性を嗅ぎ、臭いと思っているのだろう。しかしこちらも、盗賊であるかなしかに関わらず、褒められた人物ではないのだ。臭いと感じても不思議はない。

 やはり決め手に欠ける。こんなときは――


「あなた方は盗賊の一味ですか?」

「い、いやっ、違う! 俺たちは、その……」

「わ、私たち捕まってたんです! それで、今から逃げるところでして」

「坊ちゃん、嘘です」

 こう、聞いてみるのが早かった。


「みんな、お願い」

 草草の号令で、狼君が、精霊と仙の虫が、みなでこぞって動きだす。虹蛇だけはすぐそばで、細くした目を辺りにくれる。

 あっという間もなく、男は転がり女は後ろ手に捕われた。


《坊ちゃん、起きてきた盗賊がいます。やっつけていいですか?》

「あとでお役人さんを呼ぶから、やりすぎないようにね。あ、娘さんたちの代わりに、牢屋に入れておいてくれる?」

《はい!》

「娘さんたちの前に出るときは、人の姿の仙を連れて行くんだよ」

《はい、はーい!》

 元気いっぱいな精霊たちを、草草はほほ笑みながら見送る。


《坊ちゃん、牢の鍵が壊れてるので、ぐるぐる巻きにしていいですか?》

「あ、そうだったね。巻くのに術を使ったりする? 巻かれた人は生きていられる?」

《あっ、じゃあ牢に入れてから、牢のほうをぐるぐる巻きにします》

「そのぐるぐる、あとでお役人さんにも切れる?」

 仙の虫らに草草は、詳しく細かく問いかける。


 こんな感じで坊ちゃんたちは、実にお気楽な、それでいながら妙なところに気を使う、この根城では本日二度目の盗賊退治を無事終えた。





 思わぬ盗賊退治を済ませて、ようやく草草たちは、精霊と仙の虫曰く『大きな娘と小さい娘』に会うことができた。が……


「助けていただきまして、ありがとうございました」

「本当に、何とお礼を申し上げていいのか」

「……いえ、気にしないでください」

 坊ちゃんの、顔は少々上を向き、ついで少しだけ下を向く。


 大きな娘は自身より少々高い位置に、小さい娘は肩ほどのところに、それぞれの顔があった。

 つまり『大小』は、娘二人の背丈であり『小さい娘』も立派な大人だ。花嫁と六歳になる、仙恵の姉妹ではなかった。

 ぬるい笑みが浮いてくるも、姉妹が怖い思いをせずに良かったと、盗賊を捕らえる必要もあったのだと、首をふって気を取り直す。


「大変でしたね。まずは近くの村まで送りましょう」

「あの……私、少し気分が悪くて。申し訳ございませんが、少々休ませていただいてもよろしいでしょうか?」

 小さい娘はうつむき謝る。草神の目に何らかげりは見えないのだが、気持ちの問題だろうか。草草の首はちょいとかしぐ。

 大きな娘は背を屈め、小柄な彼女を支えてやる。すると目の高さがちょうど合う。それがわずか、サッと流れた。

 何だろう。そちらを向けばあったのは――盗品を積んだままの馬車だ。


「では、小屋の中で休みましょうか」

 笑みを崩さず坊ちゃんは、娘二人のあとに続く。すん、と、狼君の鼻が鳴った。


 実は今回の件、一つ気になることがあった。盗賊の一味である中年の男女が、なぜ牢屋に入れられていたのか、だ。

 草草は当初、こうだろうと考えた。

 男女は仲間を裏切るか、何かヘマでもしたのだろう。もっと早くに、牢へ入れられていた。そこへ娘二人が連れてこられ、共に入る形となった。

 精霊たちが見たのは、四人がちょうど一緒になったところだ。みな捕われた人々だと、思うのも無理はない。


 この辺りは、盗賊にも聞いてみたのだが。

『う、うぅ……』

 泣く風なうなりをもらしているのは、二度の退治が心身ともに堪えたからか。

『なっ、何なんだ、これは! だっ、出せ! ここから出してくれ!』

 必死になって叫んでいるのは、牢が、巨大な繭に包まれているせいか。


 要は、誰もがまともにしゃべれる状態ではなかったために、何もわからなかったということだ。

 しかし、娘二人に会ってみれば、別の考えも湧いてくる。


「さあ、ここへ座って」

 大きな娘は小さい娘を、粗末な卓へと腰掛けさせた。

 それから「水と、みなさまにも何か飲み物がないか探してまいります」と、頭を下げて部屋の外へ。

 閉じゆく扉の隙間から、見えた娘の足に迷いはない。坊ちゃんの目の玉が、くるり、まわり始める。

 しばしして、戻ってきた彼女は徳利を抱えていた。


「お酒しか見つからなかったのですが、よろしいですか?」

「はい、いただきます」

 草草は欠けた湯のみに酒をもらう。それを眺めはしても口にはせず、にこり。


「あなた方も盗賊ですね。たぶん、ここにいた者たちとは別の。このお酒、毒が入ってます」


 おそらく、こういう風だった。

 娘二人は盗品目当てに、口先もうまく、この根城へともぐりこんだ。しばらく暮らし様子を見る。そうして、盗賊が盗みに出かけ人の少なくなった隙に、宝を持って逃げると決めた。その決行の日が、今日だ。

 彼女たちは中年の男女を騙し、見事牢屋へ閉じこめてしまう。が、なぜだか盗賊が戻ってきた。馬車が一台壊れていたから、これが原因かもしれない。盗品を漁っていた、娘二人はあえなく捕まる。


 ここからは、精霊と仙の虫が見たとおり。

 娘二人を牢に入れる際、盗賊は怒声を浴びせていたという。盗品を奪われそうになったのだから当然だ。

 盗賊が、一味の男女を牢から出さなかったのは、娘二人にまんまと騙された罰だと思う。

 このあと、精霊たちの盗賊退治が始まり、后蛾が牢の鍵を壊す。


 騒ぎが収まると、今度は男女のほうが娘二人を縛り上げた。口ではダメでも腕っ節なら敵ったらしい。そして彼らは仲間を見捨て、自分たちこそ盗品を奪ってやろうと動きだす。

 ここに、坊ちゃんたちが登場したというわけだ。


「いかがですか?」

 こう問うも、彼女たちは黙っている。あの中年の男女より、よほど度胸もありそうだ。

 娘二人を見つめながら、草草は欠けた湯のみをゆるりとくゆらす。


 盗賊に毒を使わなかったのは、口でどうとでもなると踏んだから。毒薬もただではない。だからもったいないと考えた。

 今、こうして使おうとしていたのだ。命がどうのという想いは、彼女たちにはないのだろう。

 手元の湯のみを眺めれば、思わずふぅとため息がもれる、と。


 ――坊ちゃん!


 鋭い声に目を上げた。

 見えたのは、こちらへ襲いかかってくる、と思えた嫌な感じの水しぶき。これを遮る虹蛇の着物。ごうと吹いた狼君の風。

 そして、鈍い響きにくぐもった声、からんと何かが落ちる音――


「坊ちゃん、大丈夫ですか?」

 気がつけば、草草は虹蛇の腕の中だ。足元には小さな瓶が転がっており、見上げると、心配そうにうかがう仙の、頬が少し濡れている。

 娘二人を卓に押しつけ、狼君は、怖ろしげな顔の中にも心配をにじませ、こちらをジッと見つめている。

「僕は大丈夫だよ」

 ありがとうとほほ笑むと、守役たちの頬もゆるんだ。が、それも一瞬のこと。


「あんたたち、坊ちゃんに何してくれるんだい? こんなものがかかったら、目が潰れるかもしれないじゃないか」

 チロリ。人にしては長い舌で、濡れた頬をなめた虹蛇が獰猛に笑う。

 これを聞いた狼君の、瞳はいっそう鋭く、青く。腕には力がこもったのか、卓がぎしぎし音を立て娘二人の息は乱れる。

 ざわ、ざわり、がさ、ごそ。奇妙な風がゆらと湧き、大きな虫がぞろりと這う。


「みんな、僕は大丈夫だから適当なところで、あ……」

 これが、本日三度目にして一番の、盗賊退治と相なった。



 ――それから。


「まったく! ここの連中は何なんだい? 結局みんな盗賊じゃないか!」

「どうしようもない奴らだな!」

 一方の眉をきりきりとつり上げ、鋭い眼光をギラリと光らせ、守役たちは小屋へ向かって文句を吐いた。


 しかし、それぞれの頬は片方、ぽこりと盛り上がっている。時おりころりと音もする。ずいぶん機嫌を損ねていたから坊ちゃんが、飴を放りこんだのだ。おかげで、これでもだいぶマシになった。

 精霊たちは瑞々しい葉に身を寄せて、仙の虫らは飴に群がる。こちらはもう、ご機嫌らしい。今日はがんばったと言って喜んでいる。

 草草が、くすりと笑って眺めていると。


《坊ちゃん、従兄殿が仙寿村に着きました。仙恵から来たという一家も、村にいましたよ》

 ふわり、精霊が飛んできた。舞う風にはカマキリの姿もある。蟷螂児だ。きっと駄々をこね、従兄を放ってきたのだろう。

 まあ、后蛾もいることだし、村に着いたのならば問題はない。


「ありがとうね。それで、その仙恵の一家って今日の花嫁さんたちだよね?」

《どうでしょう? 中年の男と女に、娘が二人です》

《娘は、大きいのと小さいのでした》

「……その小さいのって、六歳くらいの子供だよね?」

《はい、ちびでした!》


 今度はきっと大丈夫……だろう。

 草草はぬるい笑みを浮かべつつ、精霊の向こうに広がる空を見やった。陽は傾いているものの、赤く染まりはしていない。この分なら、今晩の婚礼に間に合いそうだ。


「じゃあ、仙寿村へ行こうか」

《今晩は、たくさんご馳走を食べられますね!》

《酒も飲めるんですよね!》

《けれど、下界の酒は味が落ちますよねぇ》

「一度にしゃべるな! 坊ちゃんが疲れるだろう」

「あんたたちは宴に出なくていいんだよ!」


 草草のそばへ。ふわりふわりとすり寄ってきた精霊を、仏頂面の狼君が払う。

 虹蛇はふんっと鼻を鳴らし、ついでにその鼻息で、仙の虫を吹き飛ばす。

 坊ちゃんは「さ、行くよ」と声をかけ、それから、みなを見まわし朗らかに笑った。



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