表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/33

第一話 人変わりの霊薬


 来仙に来て数日。草草そうそうは従兄の案内で、目を輝かせながら街をめぐり、草神の力を活かして薬仙堂の仕事も手伝っていた。

 料理をしてみたいと言っては、「怪我をしたらどうするんです?」と狼君ろうくんに止められたり、代替わりしたという皇帝に興味を示しては、「では連れてきますよ」と意気込む虹蛇こうだを止めたりと、楽しくも忙しい下界生活を送っている。



「草草様。不老長寿の薬などという物は、この世にあるんでしょうか?」

 ゴリゴリと草をすり潰していた従兄が、その手を止め、困ったような顔を草草に向けた。

 草神である草草は、草木の持つ力を感じ、生き物の体に悪いところがあれば、それを見極めることもできる。古今東西の薬にも詳しい。

 だが、従兄の問いには首をひねる。


「神や仙は元々不老長寿ですからねぇ。僕は聞いたことがありません。狼君、虹蛇、知ってる?」

「俺も聞いたことはありません」

「我も薬は知りませんが、西の冥神が命を移す秘術を使うと、聞いたことがありますよ」

 虹蛇の話に、草草はへぇと目をまたたいた。


「移すって、たとえば僕から虹蛇に命を渡せるの?」

「とんでもない! 坊ちゃんの命を我が頂くわけにはいきません。それに聞いた話では、冥神の秘術でも神の寿命はいじれないようです。仙は仙に、妖物は妖物に、人も獣も魚も虫も、同じようなものにしか移せないとも聞きましたよ」

 これを聞いた狼君が、思案しているせいか。眉間にしわが寄り、迫力の増した眼光を虹蛇に向ける。


「奥様の血をひく坊ちゃんなら、人の命を移せるのか?」

「さて、どうだろう? 移せるものなら移してもらいたいね」

「……僕もそれなりに長生きすると思うから、大丈夫だよ」

 神と人の子である草草は、神のように万万年も在りはしないが、仙ノ物くらいは生きられる。

 今からでも西の冥神の元へ駆けてしまいそうな二人の仙を、草草はそろりとたしなめた。


「そうですよね。やはり寿命を延ばすなど、神の御業ですよね」

 従兄は、狼君の眼光がギラリと光ったときは身をすくめたものの、すぐに坊ちゃんへと話が逸れる守役たちには慣れたのか。さして気にした様子もなく話を続ける。それでも浮かない顔ではある。

 何かあったのかと、草草は首をかしげた。


「もしかして、誰かに不老長寿の薬を頼まれたんですか?」

「いえいえ、そうではありません。実はよその薬屋が不老長寿の薬を仕入れたそうで、それははたして本物なのかと、お客様に聞かれたんです。私どもが知らないと答えますと、草草様ならご存知じゃないかと、ぜひ聞いてくれと言われまして」

 その客はなぜ、草草が知っていると考えたのか。秘術を操る道士だとでも思ったのかもしれない。


「ふぅん、僕たちの知らない薬かな? 一度見てみれば、何かわかるかもしれません」

「とんでもない! あの……薬は人の、その、木乃伊ミイラのようなんです。草草様がごらんになる物じゃありません」

 従兄は声を小さくひそめながら、首を大きくふった。彼も草草を大切にしすぎるところが、守役たちに似てきたようだ。


「木乃伊にそんな薬効、なかったよね?」

 従兄の様子に苦笑いしつつ、草草が二人の仙を交互に見れば、虹蛇が口の端を上げる。

「ありませんね。精々、腹を壊すくらいじゃないですか?」

「人が長生きしたいなら、体に良い物を食べて、ほど良く動くのが一番です」

 狼君が真面目くさった顔で、至極まっとうな台詞せりふを吐いた。こうした話は人より仙のほうが、まともなのかもしれない。



 ――数日後のこと。


「草草様。人変わりする薬、人の性格が変わってしまう薬などという物は、あるんでしょうか?」

 グツグツと草を煮詰めていた従兄が、額にじんわりと浮いた汗を拭い、かげりのある顔を草草へ向けた。

 この問いにも首をひねる。


「人変わり、ですか? 僕は聞いたことがありません。狼君、虹蛇、知ってる?」

「俺も聞いたことはありません」

「我も知りませんね。霊が憑いたとか、妖物が化けてるとか、そういうことじゃないのかい?」

 虹蛇のニヤリとした笑みが向くと、従兄の顔はさらにかげった。

 これはどうしたことか。草草は首をかしげる。


「何かあったんですか?」

「実は先日、不老長寿の薬は本物かと聞いてきたお客様が、その……薬を飲んでしまったそうなんです。やはり木乃伊の霊でも憑いたんでしょうか?」

 従兄はさも怖ろしいといった風に首をすくめた。

 それ以来、その客の様子が変わったのかと草草が聞けば、彼は顔をしかめて盛大にうなずく。


「どんな風に変わったんですか?」

「それが……大酒を飲まなくなり、食べ物の好き嫌いもなくなり、仕事にも励むようになり、家人にも優しくなったそうなんです」

「それのどこが悪いんだい? いいことばかりじゃないか」

 虹蛇が片方の眉を少しばかり上げて首をひねると、従兄は困ったように眉を下げた。仙と人の考え方の違いだろう。

 草草はそんな二人に、くすりと笑みをもらす。


「人は霊や妖物を恐がるものなんだよ」

「ああ、そうでしたね」

 虹蛇は納得したが、今度は狼君が首をかしげた。

「人は先祖の霊を祀ったり、人に都合のいいことをした妖物を、神のように崇めたりします。悪いものばかりじゃないと知ってるのに、どうして恐がるんです?」

 これには虹蛇と従兄が首をひねった。


 仙である虹蛇は霊や妖物など怖れないから、人が恐がる理由まではわからない。従兄は恐いけれど、訳までは考えたことがない。こんなところか。

 人の血が混ざっているとはいえ、草草も仙山で生まれ育った神。水鏡に映った下界の霊や妖物を恐いと思ったことがないから、いまひとつ確信はない。

 顔をななめにかしげつつ、しゃべり始める。


「たぶん、正体がわからないから、何をするかわからないから、じゃないかな?」

「そう、そうなんです! 正体がわからないから、良いものか悪いものかわからないから恐いんです!」

 勢いこんだ従兄を見て、守役たちは「さすが坊ちゃんだ」と草草を褒めちぎった。なぜかそこに従兄まで加わり、『坊ちゃんの素晴らしさ』に盛り上がる。

 しばし、話が脇道に逸れた。



 ようやく話を戻した草草は、人変わりしたという客について、従兄から聞きだしていた。

 客は来仙の、薬酒も扱っている酒屋の主人。彼の後妻が、草草の母と薬仙堂の主人の、姉の娘だ。


「つまりその後妻さんは、僕の従姉になるんですね。もしかして、そのご主人がやってる酒屋は、薬仙堂とも取引があるんですか?」

「はい。もしご主人に何かあれば……いえ、商売は私どもで何とでもしますが、従姉にはもうすぐ子が生まれるんです。ですから、このたびは従姉が心配して相談に来たんです」

 従兄は心配そうな顔で、「やはり道士様にでも相談するか……」とつぶやき、ため息をつく。


 子を心配する気持ちは、父神と母、守役たちを見ていれば、草草にもわかる。薬仙堂の者たちは、山神が恵みを施した一族だ。自分も従姉の力になりたい。それに霊や妖物に会ってみたいとも思う。

 うん、とひとつうなずき、草草は顔を上げる。


「僕がそのご主人を見てみましょうか? 霊が憑いてるか、妖物が化けてるか。それくらいならわかりますよ」

 こう言うと。


「坊ちゃん、霊や妖物には神を崇めない奴もいます。危ないから止めましょう」

「そんなもの、我らで祓えばいいのさ。霊ごときが坊ちゃんに憑けるはずもなし、妖物が我らに敵うわけもないじゃないか」

「妖物には、思いもよらないことをする奴もいるぞ」

「ふん……それもそうだねぇ」

 狼君が眉間にぐっとしわを寄せ、眼光をギラリと光らせると、虹蛇は片方の眉をくいっと上げ、目を針のように細めた。

 狼君の心配性はいつものことだが、虹蛇も坊ちゃんに害が及ぶとなれば賛成はしない。


 草草の申し出に、最初は喜色を浮かべていた従兄も、二人の仙の話を聞いて顔を曇らせている。大切な神の子を危険にさらすくらいなら、道士に頼もうとでも考えているのだろう。これは坊ちゃんに旗色が悪い。

 思案するように、目の玉をくるりとまわした草草が、少しばかり顔を引きしめながら口を開く。


「従姉殿は薬仙堂の一族だよ。その従姉殿を助けるのは、父上の意思に適うことだと思うんだ。これは息子である、僕の役目じゃないかな?」

 草草がみなを見まわすと、守役たちは孝行息子だと褒め、従兄はそんな彼らに感化されたのか、さも感心した風な顔になった。


「それに霊力を持たない道士は多いから、呼んでも役に立たないかもしれないよ?」

 草草の言うとおりだと思ったか。狼君はゆるりと首をふり、虹蛇はふんっと鼻を鳴らす。従兄は不安げな様子で、その眉も下がっている。


「まずは遠くから、そのご主人を見てみたらどうかな? 霊や妖物がいたとして、狼君なら良いものか悪いものか、その本性がわかるよね」

 二人の仙はあいまいに首をかしげた。

 霊や、特に妖物には彼らなりの考えがあるから、悪意がなくとも害が及ぶことはある。守役たちは本当に大丈夫なのかと、考えているのだろう。

 ここはもう一押しが必要だ。


「狼君と虹蛇は僕のこと、必ず守ってくれるよね。だから僕は少しも心配してないよ」

 草草は甘えを含んだ無垢な瞳を、ありったけの信頼をこめた柔らかな笑みを、守役たちに向けた。これは坊ちゃんの、心の奥底からの言葉であり、笑顔であるから効果は絶大だった。

 狼君の目は優しげに細められ、彼にしては珍しい笑みも浮いている。虹蛇は照れたのだろう。耳が赤く染まり、目はうろうろとさまよっている。


「俺は絶対に坊ちゃんを守ります!」

「で、ですが坊ちゃん……もし妖物だったら……」

 一度危ないと思えば意外と折れない虹蛇だが、彼も珍しく、しどろもどろだ。


「僕、霊や妖物に会ってみたいんだ」

「そっ、そうですね。我も絶対に守りますよ!」

 虹蛇は坊ちゃん至上主義。自身の心配と、草草の信頼や望みを天秤にかけ、量りは坊ちゃんに傾いたようだった。

 これで従姉の力になれるだろうし、霊か妖物に会うこともできそうだ。ひと仕事、終えた気分になった草草がにっこり笑う。


「さすが草草様!」

 従兄は、山神の意思に沿おうとする孝行息子に感心したのか、守役たちを言いくるめた草草の手腕に敬服したのか。いまひとつ定かではない。

「そんなのは当たり前だよ。坊ちゃんはね……」

 まだうっすらと耳の赤い虹蛇の、坊ちゃん自慢が始まり、せっかく元に戻した話がまた脇道に逸れていった。





 昼どきのこと。草草たち三人と従兄は、人変わりしたという主人が営む酒屋の、向かいにある飯屋の二階に座っていた。

 広い通りに張りだした席からは、酒屋の店先がよく見える。酒瓶や小さなかめを持った客が訪れて、量り売りの酒を買っていく。店はなかなか繁盛しているようで、薬酒がよく売れているらしい。


「あれがご主人ですね」

「あの方がご主人です」

 店先に小太りな壮年の男が現れると、草草と従兄は同時に口を開いた。

 なぜ、草草に男が主人だとわかったのか。彼に重なるように、少し若い男の霊が憑いていたからだ。


「あの霊から嫌な臭いはしません」

 すん、と鼻を鳴らした狼君が、少し気をゆるめた風な顔を草草に向ける。

 彼の言う『臭い』とは本性のことだ。つまり霊に悪意はなく、となれば、変わった考え方をするかもしれない妖物でもないから、こちらに害はないだろう。

 坊ちゃんに危険なことはなさそうだと、安心した様子の守役たちに、草草もにこりと笑いかけた。

 そんな三人とは反対に、従兄が不安げな声を出す。


「やはり霊が憑いてるんですか?」

「はい。ご主人より少し若い男の霊ですが、悪いものではなさそうです」

「悪いものではない……あの、その、霊にずっと憑いててもらうことは、できるんでしょうか?」

「ん?」

 非常に言いづらそうに声をひそめた従兄に、草草は不思議そうな顔になって、ちょいと首をかしげた。

 詳しく話を聞いてみると。


「そりゃ、大酒飲みで偏食のくせに、不老長寿の薬を欲しがったり、仕事を従姉殿と弟夫婦に押しつけて自分は遊び呆けてるくせに、いばり散らすような男より、あの霊のほうがいいだろうね」

 従兄はずいぶん言葉を選んで、主人の人となりを説明したようだが、虹蛇は容赦がなかった。

 狼君もこの意見に賛成らしい。真面目くさった顔が縦にゆれている。


「従姉殿はどう言ってましたか?」

「不安そうではありましたが、もし薬がいいように働いたとか、心を入れ替えてくれたのだったら嬉しいとも言ってました」

「それなら、今のままでいいんじゃないのかい?」

 虹蛇がチラリとうかがうと、従兄もそうかもしれないと同意する。

 しかし、草草は首をひねっていた。先ほどまで店先にいた主人の姿が、その腹に澱んでいた薄暗い影が、思い浮かぶ。


「うぅん……少し気になることがあるんだ。従兄殿、酒屋に行ってご主人と話してみたいんですけど、いいですか?」

「ええ、それはもちろん」

「じゃあ、ご飯を食べたら行きましょう。狼君と虹蛇にも頼みたいことがあるんだけど、いいかな?」

 坊ちゃんの頼みを引き受けるのは当然のこと。守役たちは気合の入った返事を返した。



「いらっ、しゃい……ませ」

 酒屋の売り子たちは最初、威勢よく声を上げ、草草たちの姿を見てはギョッと目を見開き、しばしして、間の抜けた声を出した。只ならぬ貴人と武人と策士だから仕方ない。

 だが、その衝動が治まると、今度はなにやら落ち着きのない、不安そうな様子を見せ始める。

 どういうことかと、首をひねった草草が考えをめぐらそうとしたとき、女の声がかかった。


「まあ! 薬仙堂さんじゃありませんか。もしかして、道士様を連れてきてくださったんですか?」

 従兄に挨拶をしたのは、だいぶ派手な格好をした年増の女だ。

 店の女将のようでもあるが、従姉なら腹が大きいはずだし、歳も合わないからこの女は違う。ならば商売を押しつけられているという弟の妻だろうと、草草は当たりをつけた。


「いえ、私どもの親戚です。遠いところから参りましたので、従姉にも挨拶をしようと、今日は伺いました」

「あら……そうでしたか。まったくお義姉さんたら! 早く道士様を呼んでお義兄さんを助けてあげればいいのに。あれは絶対、何か悪いものが憑いてるんですよ。薬仙堂さんからも言ってやってくださいな」


 女は盛大に顔をしかめ、わざとらしいほどに大きなため息をつく。

 草草がチラリと店を見まわすと、女とは逆に、草草が道士ではないと知った売り子たちはホッとしたような顔をしている。

 つまり、弟の妻は主人を元に戻したいと思っていて、店の者たちは今の主人のほうが良いと感じているらしい。家族と使用人という立場の違いなのか、それとも別に理由があるのか。


「坊ちゃん、我はちょっと酒を見てますよ」

 考えこんでいる草草を尻目に、虹蛇は美しい笑みを作り、若い女の売り子の元へ向った。

 彼はけっして酒好きでも、女好きでもない。ましてや坊ちゃんを放っておくことなど、天地がひっくり返ってもありえない。これは草草が、店の中のことを聞いてほしいと頼んだからだ。


 虹蛇は最初、坊ちゃんのそばから離れることをひどく渋った。

 だが、彼なら相手が嘘を吐いても見破れる。それに眼光鋭い狼君では、度胸のある者でなければ話を聞きだせないだろう。

 草草がそう言うと、虹蛇は「もっと優しげに笑えないのかい?」と、狼君の頬をぐいぐいと引き上げた。けれど眼光が鋭いままだから、かえって凄味が増すだけで、まったくもって無駄な努力であった。



 草草、狼君、従兄の三人が、店の者に案内されて従姉の部屋に行くと、中から男の声が聞こえてきた。

 案内の者が声をかけようとするのを、草草は唇の前に指を立てて止める。

 盗み聞きとはいささか行儀の悪いことだが、狼君が『素晴らしい坊ちゃん』のすることに文句をつけるはずもなく、従兄も神の子のすることだから考えがあるのだろうと口を出さない。

 案内の者は戸惑った様子だが、仙人のごとき貴人に意見するなど畏れ多いと思ったか、迫力ある武人に怖れをなしたのか、そわそわしつつも黙っている。


「義姉さん、やはり道士様を呼びましょう」

「ですが……薬のおかげかもしれないでしょう?」

「あれは不老長寿の薬です。まあ、好き嫌いがなくなったのは良いことですが、酒もほとんど飲まなくなったんですよ」

「でも飲みすぎは……」

「酒屋の女将が何を言ってるんですか。酒は百薬の長です。それに人が変わるなんておかしい。悪いものが憑いてるに決まってます。今は良さそうに見えても、子が生まれてから何かあったらどうするんですか?」

「でも……」

「近所でも、兄さんに悪いものが憑いたのに放ったらかしにしてると、噂されてるんですよ」


 従姉は従兄の言うとおり、不安ながらも主人に今のままでいてほしいのだろう。

 弟は主人を心配しているようでもあるが、従姉の不安をあおっている風にも聞こえる。

 なるほど、と心に留めた草草は「先にご主人に挨拶をしましょう」とささやき、みなでそっと部屋を離れた。


「ご主人は今まで、ずいぶんお酒を飲んでたんですか?」

 主人の部屋に向う途中、草草が問うと、案内の者は少しの間、言葉を詰まらせた。

「その、少々多かったように思います」

 案内の者は遠慮がちにうなずく。


 主人にはばかっているようだから、『少々多い』はずいぶん多いと思っていいだろう。

 弟は主人が酒を飲まなくなったことも気にしていたが、本当に体のことを思うなら、飲みすぎは良くないと酒屋だからこそ知っているはずだ。

 草草はつらつらと、考えをめぐらせながら広い屋敷を歩いた。





 草草と狼君、従兄が部屋に入ると、中にいた主人はハッと息をのみ、ついでその顔には、徐々に寂しげな笑みが広がっていった。


「道士様、でしょうか? ……私はもう、去らなければなりませんね」

 下界にいる霊や妖物が草草たちを見ても、神や仙に会ったことがなければ、それとはわからないだろう。それでも何がしかの力を感じたようだ。

 主人は、いや、霊は力なく、けれど穏やかにほほ笑む。


「人に混じって、かすかに狐の臭いがします」

 狼君が坊ちゃんの耳元で、ボソリとつぶやいた。

 狐の臭いとやらは何なのか。だが、妖物がいるわけでもなく、狼君もうむを言わさず坊ちゃんを抱き上げ、さっさと帰ったりもしないから、周りに影響が及ぶほどの力ではないのだろう。

 霊を良さそうな人物とも見た草草は、優しい声で問う。


「あなたはどこの、どちら様ですか?」

 霊はすぐに祓われるとでも考えていたのか。そんなことを聞かれるとは思ってもいなかった様子だ。

 うつむき気味だった顔を上げ、自身について話せることが嬉しいのか、わずかにほほ笑み語り始めた。


「私は百五十年ほども前、黎の都にある、菓子屋の長男として生まれました」

 霊は懐かしそうに頬をゆるめる。

 親兄弟、仲よく幸せに暮らしていたこと。幼いころから商売を手伝い、大人になると店を継いだこと。あまり体が丈夫ではなかったこと。ようやく子を授かったが、生まれる前に自らの命が尽きてしまったこと。

「だからでしょうか。子の顔を見ることができなかった私は、あの世へ行くことができませんでした。妻と生まれてきた子が亡くなるまで、二人を見ながらずっと家に留まっていました」


「奥様やお子さんが亡くなったとき、一緒にあの世へ行かなかったのはどうしてですか?」

「それが……私は妻が亡くなったとき、ともにあの世へ行こうと妻の霊を待っていました。ところが妻は現れず。子が亡くなったときも同じでした」

 悲しげな顔でため息をつく霊に、草草はちょいと首をひねる。


「ん? あの世へ行く霊は、この世には現れませんよ。そうだよね、狼君?」

「はい。詳しいことは知りませんが、人の多くは死んでも霊が現れません。じかにあの世へ行くんじゃないですか?」

「あ……」

 霊の口がポカンと開いた。


 彼は子が亡くなったあと、この世をさまよっていたはずだから、思い当たることがあるのだろう。ようやく気づき、絶句したようであった。

 少々間が抜けていると思うが、神の子や仙ですら詳しく知らない、この世とあの世のしくみを、人が知るはずもない。仕方ないのかもしれないと、草草は苦笑う。



「では、あなたと木乃伊には、どんな関わりがあったんですか?」

 霊の話から、男の体は死後、妻や家族に手厚く葬られただろうと察せられた。となれば、もう骨になっているはずだ。

 不老長寿の薬は木乃伊だから、霊の体ではない。かといって、このたびの件を考えれば、まったく無関係でもないだろう。

 草草が首をかしげると、霊の顔には情けなさそうな、困ったような笑みが浮かぶ。


 この世をさすらっている間、霊は妖物と知り合うことがあったという。

 霊は見てくれる者がなく寂しい。妖物は文字の読み書きを習いたい。霊と妖物の交流が始まった。


「妖物は読み書きを教えてくれた礼に、私に願いがあれば、妖物が叶えられるものなら叶えてやると言ってくれました。私は最初、あの世へ行きたいと、妻と子に会いたいと願いましたが、それはできないと断られました。ならばもう一度、生きてみたいと思い、人の体が欲しいと頼んだんです」

「……それで、木乃伊の体をもらってしまったんですか」

 確かにそれも『人の体』には違いないが。

 少しばかり呆気にとられた草草に、霊は苦笑いをこぼした。


 霊は妖物の力によって、木乃伊に閉じこめられたというわけだ。不老長寿の薬として切り売りされると、今度はその一片を飲んだ主人の体に移った。

 狼君が感じた狐の臭いはその妖物の力だと、草草は思う。そして臭ったということは、その力が今もなお残っているということ。つまり……


「妖物とは怖ろしいものなんですねぇ」

 大人しく聞いていた従兄が顔をしかめ、霊が憑いている主人に同情めいた眼差しを向けた。

「いえ、あの妖物に悪気はなかったと思います。ですが、人の体が欲しいと言っただけでは、人として生きてみたいとまでは伝わらなかったんでしょう」

 自分の言葉が悪かったのだと、霊は眉を下げて笑う。

 けれど、草草はゆるく首をふった。


「たぶん、ですが。その妖物は木乃伊が薬として売られることを、知ってたんじゃないでしょうか? その木乃伊を介して、あなたをご主人の体に入れたんだと思います」

 草草は自分の言葉にうんとうなずき、話を続ける。

「僕が今までに見たことのある霊は、人のそばに憑いてました。でも、あなたはご主人とぴったり重なって、体がしっかりと自分の物になってますよね。あなたの思ったとおりじゃないでしょうけど、人として生きるという願いは叶ったことになります」


「あ、ああ……そう、ですね」

「その妖物は狐じゃありませんでしたか? あなたをご主人の体につなぎ止めてるんだと思いますが、今も残ってる妖物の力を、狼君はかすかに感じるそうです」

 入りこんでいた主人の体をしげしげと眺めた霊は、驚きつつも納得したらしく、ほぅと息をもらした。


「なるほどぉ……そういうことだったんですか。さすが草草様! 狼君様もわずかな力を感じるとは、すごいですね!」

 従兄が褒めたたえれば、霊も草草と狼君に、尊敬じみた目を向ける。

 その狼君はというと、眉間にしわを寄せ、さも心配そうな顔で草草を見ていた。


「坊ちゃん。もし妖物に会っても、絶対に頼み事をしちゃいけません」

 狼君は霊や主人のことなど、どうでもいいのだ。

 なおも言い募ろうとする心配性の守役に、今は話が横道に逸れてはならないと、まだやるべきことがあるのだと、坊ちゃんはギラリと煌めく眼光をしっかりと見据え、思いっきり素直にうなずいておいた。



 草草たちは霊に茶をふるまわれ、ひと息つくと、ふたたび話を始めた。

 まず、霊が今もあの世へ行きたいと思っているか。

 従姉も、従兄も、主人には今のままでいてほしいようだが、肝心の霊が望まないなら無理強いして良いことはないだろうと、それでは従姉も幸せになれないだろうと、草草は思う。

 霊が妖物の力で主人の体に入りこんだなら、守役たちの力を借りれば抜けだせるだろう。あの世への行き方は、父神に聞けばいい。

 草草が問うと、霊はしばし思い悩んでいる様子だった。


「身勝手ではありますが、私はこの方の体に憑いてから、このまま生きてみたいと思うようになりました」

 霊は言いづらそうに答える。

 霊と主人は、菓子屋と酒屋の違いはあっても同じ商家。妻の腹にいる子がもうすぐ生まれることも同じだから、そう望んでも不思議はない。霊は心の優しい男らしく、主人に悪いと思ってもいるようだ。


「身勝手というなら、あなたが今、あの世へ行けば奥様は残念に思うでしょうね。同じことをしても、良いか悪いかは相手によって変わります。良いと考えることをするもの、悪いと思ったことをするのも、本人の意思。どちらも身勝手ということになりますね」

「どちらも身勝手……」

 草草の言葉をかみしめるように繰り返した霊は、ふたたび考えているらしい。

 その姿を見ていた従兄が、おずおずと口を開く。


「あの、私も身勝手ではありますが、あなたは良い方のようですから、従姉のためにも、生まれてくる子のためにも、今のままでいてほしいと思ってます。その、ご主人は酒を飲むと暴れて、手を上げるくせもあるようでして……」

「じゃあ、今のままでいいだろう。迷う必要はない」

 狼君はまことにあっさり言いのけた。さっさと決めろということだ。仙にはためらいがない。


「あの世にはいつでも行けます。もう少し、この世にいてみませんか?」

 草草もくすりと笑い、あえて軽口を叩く。従姉が望み、霊もこの世にいたいなら、生まれてくる子と三人で幸せになればいいのだ。

 清らかな青年の、いたずらめいた軽妙な口ぶりを意外に感じたのか。霊はパチパチと目をまたたく。

 ややあって、彼は遠慮がちに「はい」と答えた。



「では、ご主人」

 この世に留まると決めたなら、霊はもう酒屋の主人だ。草草が改めて呼びかけると、霊も主人として生きていくことになると自覚したのか。少し間を空けたのち、ゆっくりと、けれど深くうなずく。

 そして主人なら、ひとつ解決しなければならない問題があった。


「体調は悪くありませんか?」

「私は元々体が丈夫ではなかったので、こんなものかとも思いますが、確かに良くはありません」

「食べ物や飲み物、たばこや香など、誰かに勧められることはありますか?」

「妻は私が野菜を食べるのを見て最初は驚いたようでしたが、今は進んで取り分けてくれます。弟夫婦は薬酒を勧めてくれます。私は酒があまり好きではないので少ししか飲めませんが。ほかは、ありません」


「ご主人、その薬酒を用意していただきたいのと、店先に僕の連れがもう一人いるので、呼んでもらっていいですか?」

 草草の瞳がきらりと光る。

 主人は戸惑いながらも店の者に声をかけた。





「あんた、マヌケだねぇ」

「はぁ……お恥ずかしいことです」

 主人の部屋にやって来た虹蛇に、これまでのことを話すと、彼はケラケラと笑った。仙は遠慮もない。


「虹蛇はどうだった?」

「ここの主人は評判が悪いですね。あ、あんたじゃなくて元の主人だよ。それに弟夫婦も外面そとづらはいいそうですが、店の者にはいばり散らして、ケチで、主人とあまり変わらないようです。違うのは商売熱心かどうかくらいですよ。従姉殿は優しくて気立ての良い奥様だと慕われてます」

 さすが坊ちゃんの従姉だけある、と続いたのを、草草がやんわり止めた。また話が横道に逸れてしまう。


「兄弟の仲はどう?」

「弟は主人の前ではいい顔をして、裏では盛大に文句を言ってたそうですよ。商売は押しつけておいて主人面してるんだから、仕方ないでしょうがね」

 ここでふんっと鼻を鳴らした虹蛇は、しかし首をひねってこう続ける。

「ですが弟は変ですよ。そんな主人に体に良いとかいう、特別な薬酒を作ってやってるんですから。それに弟の妻も、主人が商売に身を入れだした途端、悪いものが憑いてると近所に触れまわってるそうです。こういうことは外聞が悪いとかで、人は話したがらないものですよねぇ?」


「そうだね。狼君は臭い人、いた?」

 片方の眉を上げ、いぶかしげな顔をしていた虹蛇に、お礼の気持ちをこめてほほ笑んだ草草は、次は狼君に目を向ける。

「弟夫婦です。ほかにはいません」

 狼君はきっぱりと断言した。こちらも草草が、みなの本性を探ってほしいと頼んでいたのだ。


「あの、弟夫婦が何か?」

 草草たちが、弟夫婦の話ばかりするのが不思議なのだろう。主人が首をかしげると、ちょうどそこへ、先ほど頼んだ薬酒が運ばれてきた。

 草草は主人に断り酒を杯に注ぐ。草神である彼には、酒から感じるもののひとつに、やはりそうかとうなずいた。


「ご主人、この酒には毒が入ってます。ご主人の体にも、少し毒が溜まってますよ」

「どれ、坊ちゃん。我に貸してください」

 草草が杯を差しだすと、虹蛇はなんのためらいもなく、ぺろりと酒を舐めた。自身も毒を持つ彼に、毒は効かないのだ。


「ああ、本当だ。あんた、この酒を飲み続けてたら死ぬよ」

 唇を舐めながら、虹蛇がどこか凄味のある笑いを浮かべる。

 主人は毒酒を怖れたのか、獰猛さを発揮した仙を恐がったのか。ひゅっと息をのみこんだ。


「弟夫婦が道士を呼びたがったのは、憑物を落として元のご主人になれば、また毒酒を飲むと考えたからでしょうね」

 弟夫婦に霊など見えないだろうが、それでも憑物としか思えないほどに主人は人変わりし、それが彼らには都合が悪かったのだ。

 道士を呼んで主人が元に戻れば儲けもの。たとえ戻らなくとも、悪いものが憑いたと噂されれば、主人を店から遠ざけることくらいはできるかもしれない。

 こんな風に考えたのでは、と草草は話した。


「ご主人が亡くなれば、店は自分たちの物になるとでも考えたんでしょうか?」

 眉を下げた従兄に、草草はそうだろうと答える。

 弟夫婦は、いばり散らすだけの主人の下で働き続けることに、耐え切れなくなったのかもしれない。



 さて、ここからが問題だ。

 弟夫婦を追いだすには、ひと悶着あるだろう。従姉は腹が大きいから、できるだけ騒動は避けたい。だが、弟夫婦が気分よく、店を出ていくとは思えない。主人夫婦を恨むだろうし仕返しをされても困る。

 密かに弟夫婦を始末したとして、人の良さそうな主人と従姉は、彼らの姿が消えただの、亡くなっただのと知れば胸を痛ませるだろう。下手に手出しをすれば、主人夫婦の仕業ではと、妙な噂を立てる者もいるかもしれない。


 人の世とはなかなか面倒なものだと、坊ちゃんが珍しくため息をつく。そして狼君の、虹蛇の、加えて従兄の、心配そうな顔が向けられていることに気づき、すぐさまにこりと笑った。

 疲れたのならもう店を出よう、とでも言われては困るのだ。


 店を出る――


 と、ここで草草はひとつ、いさかいもなく、主人夫婦が幸せに暮らせるであろう道を思いついた。が、それは本人に選び取ってもらいたいとも考えた。

 どう言おうかと思案げに目の玉をまわす。


「では、弟夫婦をお役人に突きだしましょう。毒酒もあるから、言い逃れはできません」

「え? 草草様。それでは店の評判が下がってしまいますし、その、元のご主人は評判が良くないので、人当たりの良い弟夫婦に同情する者も出てくると思うんですが……」

 従兄が言いづらそうに、それは反対だと遠慮がちに首をふった。

 坊ちゃんの意見に異を唱えた従兄が、気に食わなかったのだろう。狼君の鋭い眼光と虹蛇の剣呑な眼差しが、彼に突き刺さる。

 草草は穏やかな笑みを浮かべ、そんな守役たちをいさめた。そして今度は、なるべく真剣な顔を作る。


「ですが弟夫婦を追いだすとなれば騒ぎになります。世間も味方しないでしょう。お腹の大きな従姉殿は大丈夫でしょうか? うまく追いだしたとして、弟夫婦が仕返しでもしたらどうしますか?」

「それは……」

「では、弟夫婦に呪詛じゅそでもかけますか?」

「そ、そんなことは止めてください!」

 今まで、どこか呆然としていた主人が、ようやく声を上げた。


 草草に人を呪う力などない。

 それを知っている二人の仙は、おや、と目を合わせた。人知れず動くにしても、人前で物騒なことは言わないと決めていたのに、なぜ口にしたのか。そもそも、相手がすぐに反対するような意見を出すのも、坊ちゃんらしくない。

 そのことに気づいた守役たちは、何か考えがあるに違いないと、じっと草草を見守る。


「ですが今のまま、ご主人と弟夫婦が一緒に暮らすことはできませんよ」

 ここで草草は、厳しい顔を作った。それはまさしくおごそかで、神の子に相応しい様相だ。

 主人ののどがごくりと鳴る。その手は着物をきつく握りしめ、顔は徐々にうつむいていく。

 しばしして、ゆっくりとその顔が上がった。


「……私が酒屋を出て行きます。妻にもすべてを話して、ついて来てくれるというなら、生まれてくる子と三人で暮らしたいと思います」

 答えを聞き、草草はふうわりと笑う。

 主人は店や財産より、従姉と子を選んでくれた。草草の考えた、良いと思う答えを選んでくれたのだ。


 そもそもこの霊の望みは、もう一度人として生きたい、であった。財産ある酒屋の主人になりたかったわけではない。

 従姉は生まれてくる子の幸せを願っており、今の主人を好んでいる。

 そして弟夫婦は、この酒屋が欲しい。

 みなの望みや願い、欲を照らし合わせれば、主人と従姉が出てゆけばよい。


「では、酒屋を出たら菓子屋でも開いたらどうでしょう? 案外、百五十年前の都の菓子が、来仙で流行るかもしれませんよ」

 金はまた、稼げばいいのだ。

 黄金壺だってあるのだから、何なら菓子屋の一軒や二軒、すぐにだって建てられる。まあ、この主人は受け取ってはくれないだろうが。


「お、おぉ……そう、そうですよ! あなたなら私の父も、力を貸してくれると思います!」

 ここへ来て、坊ちゃんの意図がわかったのだろう。従兄は大きく手を打ちうなずく。

 主人と従姉には、助けてくれる、支援してくれる人もたくさんあるのだ。


 主人は穏やかながら意を決した表情で、これから妻と話すと言った。その顔を眺めながら、この主人ならきっと大丈夫だと草草は思う。

 店先で、深々と頭を垂れて見送ってくれる主人へにこりと笑みを返し、坊ちゃんは薬仙堂へと歩きだした。



 ――これは、しばらくあとのこと。


「いらっしゃいませ。草草様! これはようこそ」

 草草たちがこじんまりした菓子屋に入ると、元は酒屋の、今は菓子屋の主人が、朗らかに笑って出迎えた。以前より痩せ、顔色もよく、若返ったように見える。

 店には上品な菓子から駄菓子まで、来仙には珍しい品がそろっている。そのためか、なかなか流行っているようだ。


 酒屋から主人夫婦について来た、若い女の使用人――虹蛇が話を聞いた売り子だが、彼女は頬を染め、美麗な男にぼうっと目を向けている。

 その熱い眼差しを受ける虹蛇はそんなことは気にもせず、『坊ちゃんのおやつ』を選ぶのに余念がない。

 仙ノ物が人に興味を示すのは稀だ。これは難しいだろうと、草草は苦笑いをこぼす。


 店の奥に通されると、にこやかに笑う従姉が、生まれて間もない赤子を抱いていた。

 草草が初めて彼女に会ったのは、まだ酒屋を出る前だったが、そのころより明るく笑うようになった。

 夫に霊が憑いていると知り、従姉はずいぶん悩んだだろう。草草と従兄も口添えをした。それもあったかもしれないが、何より霊の誠実な人柄を見て、彼女は一緒に生きると決めたのだと、草草は思っている。


「坊、おいで」

 最初は赤子を泣かせてしまった草草であったが、今は上手に抱えられる。

 意外にも、守役たちのほうがコツを知っていた。大切な坊ちゃんを優しく大事に抱っこしていたのだから、考えてみれば当然だ。


「坊は可愛いねぇ」

「坊ちゃんのほうがずっと可愛かったです」

「おや、坊ちゃんは今でも可愛いよ」

 従姉は草草たちが神や仙だと承知しているからか。狼君がわが子より草草を褒めようと、虹蛇がおかしな物言いをしようと、楽しげに笑っている。


「……僕はもう十八だよ」

 草草が唇をちょんと尖らせると、守役たちは優しげな声で坊ちゃんは可愛いと、チグハグな答えを返す。

 仙だから仕方ない。仕方ないとはわかっているが、坊ちゃんの唇はさらに尖っていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ