2.0214
笠原妙子はとても病弱で、中学の三年間で、学校に来た日は合計しても365日もないだろう。
たとえ学校に来たとしても、保健室で過ごしたり、教室で授業を受けたとしても途中で具合が悪くなり、早退した日も考えてみれば、一日中教室にいた日というものは数えるほどしかないはずだ。
何の巡り合わせか解らないけれど、僕は保健体育委員と言うものを、偶然三年間もやっていたので、笠原さんの保健室への付き添いや、家も近かったこともあり、授業のプリントやら何やらを、笠原さんの家に届けるという事を任されていて、必然と彼女の世話をすることが多かった。
会話も他のクラスメイト達と比べれば、多くなるのは当然であり、それは親しくなると言うことでもあって、惚れっぽい僕は彼女のことを好きになるのに時間は全然かからなかった。
二月に入り、中学での生活も残り僅かとなった中でも、笠原さんは相変わらず学校を休んでいて、僕は学校帰りのいつも通りにプリントを届けに彼女の家に寄ったのだった。
学校には来れないまでも、多少の調子の悪さなら、いつもは笠原さんが出てくるのだが、その日はだいぶ調子が悪いようで、部屋で横になっていると出てきた笠原さんのお母さんがそう言った。
「いやぁ、横になったままでごめんなさいね。いつになく調子が悪いのよ。
もう立ち上がると目がぐるぐる回っちゃって、酔っぱらいみたいに千鳥足になっちゃうの。だから黙って横になっているんだけれども、眠ろうと思って目を瞑っても瞼の裏で目が回っちゃってなかなか寝られないのよね。せっかく来てくれたんだから、何か一緒にして遊びたいんだけど、それはとても無理みたい」
プリントを渡してそのまま帰ろうと思ったのだけれども、暇しているから話し相手になってくれとお母さんに頼まれて、おじゃますることになった僕の顔を見るなり、笠原さんは青い顔しながら笑って言った。
「もうすぐ卒業式ね。みんな高校生になるのよね。羨ましいなぁ」
「笠原さんは、これから数年間で大きな手術を二回しないといけないから仕方ないよ。元気になったら通えば良いんだし、大学生にだってなれるよ」
「病気が治ったらそうするつもりでいるんだけど……なんか山田君には面倒を見て貰ってばかりの三年間だったわね。本当にありがとう」
長居するのも何かと思い、僕は帰ると言うことを笠原さんに伝えた。
個人的には女の子による女の子のための女の子による部屋という、笠原さんの部屋にいることによる緊張に耐えきれなくなっただけなのだけど。
「そうだ、もうすぐバレンタインデーじゃない?三年間のお礼に山田君にチョコレートあげるわね」
「マジですか?」
「バレンタインデーは私も学校に行って、みんなの前でチョコレートあげるから、楽しみにしていてね」
彼女はそう言ってその時は笑ったのだけど、二月十四日の早朝に彼女の様態が急変し、救急車で病院へ運ばれたという事を、朝のホームルームで担任から聞かされたのだった。
一日を通して頭がまっ白になっていた僕は家への帰り道を無言で歩いていた。
病院へ行ったところで、僕に何が出来るわけでもなく、ただただ魅力間というものを幹事ながらの帰り道で、笠原さんに何度も声をかけられたいるというのに、僕は全く気が付かなかった。
「山田君!!」
耳元で叫ばれ、驚いて振り返るとそこに立っていたのは笠原さんだった。
病院に入院しているはずの笠原さんは、二月の寒い時期だというのに、パジャマ姿で立っていた。
「さっきから何度も呼んでいたのに、ちっとも気が付いてくれないんだもの」
「あれ?病院に入院してるんじゃなかったっけ?」
僕は驚いて聞くと彼女は当たり前のことのように言う。
「入院しているよ?しかも意識不明だし。今は魂だけだから」
「ゆ、幽霊?」
「失礼な。まだ生きているわよ。でも、これから先は解らないから、頑張って魂だけ身体から抜けてきたの。早い話が幽体離脱ってやつね」
よく見るとたしかに身体が透けて見えた。
「早く戻らないと、死んじゃうじゃないか」
「山田君にチョコレートを渡したら、すぐに戻るわよ。チョコレートをあげるっている約束だったでしょ?」
彼女はそう言って僕の手を取ると、そこにチョコレートを乗せた。
「じゃあ、さようなら」
笠原さんはそう言うと姿を消してしまったのだった。
「またまたそんな嘘を言って」
そんな事が昔あったと言うことを、彼女に言ったのだけど、元気になった彼女は全く覚えていなかった。
今年も彼女はチョコレートを僕にくれて、僕は彼女にかなり頑張り、給料2ヶ月分で買った指輪を贈ったのだった。




