接近
二つ目は、許されるのを渇望する肉体。
痛みは一瞬だから。母さんもお医者様もそういった。痛かったら手を挙げて。いちばん信用できない文句だよ、と弟に教え込んだものだから、仲良く歯医者が大嫌いになった。
今矯正中だから歯を出して笑えないんだよね。色を選べるみたいだから、赤にした。
そんなこんなで荒ぶる旋律はおわった。
痛みがひいてやってきたのは甘いごほうび。ぼわっと丸く膨らむ黄色い丸い粒が降り注いで、飴の雨とか誰もが一度は考える夢だよね。でもこの空間の食べ物を食べてしまえば、帰れなくなるんじゃないか。そんな話が神話にあったよね。
「お土産にする?」
黒衣の女が親切に申し出てくれたから、一も二もなく頷く。
しゃんしゃんしゃんしゃん、鈴がなる。しゃんしゃんしゃんしゃん、大気が震える。
痛みってたまには甘いんだ。おでこに直撃した飴をポケットにしまって、被害をさけるために背中を丸めて舞台を眺める。舞台の十二人の女も、一斉に身を屈めて低く唸り声をあげたのがおかしかった。なんだか白と黒が喧嘩してるみたい。
「相反する者共こそ隣合うのはマーフィーの法則かしら」
「繋がるからこそ繋がれない要素」
「それこそ世界の信憑性を高める材料かしら」
「世界の構築材料なのかしら」
「闇は光を含まないから闇なのかしら」
「光は闇を含まないから光なのかしら」
さぁ、どうだろう? あたしには何のことだか。
注目されるのってなんだか落ち着かない。そわそわ、とくとく、いらいらしちゃうの。
あたしだけ?
独りはもっと大嫌い。もう許して、と叫んでしまいそうになる。あたしを許して解放して、と懇願したくなる。
だから、何に?
巨大な猫の目が聖堂を見下ろしている。青い目は静かに、獲物を狙い細くなる。
『葬星の宮
そうせいのみや
此処に
此処に
此処に
ここに
此処に!』
女性達が一斉に唱和。
暗転。
引き込まれそうなこの闇を、なんと言葉に押し込もう。混じり物の無い完全な闇は、あたしの姿なんて完全に消してしまうから。なんだか上も下も一緒に溶けちゃってふわふわしてる。それでも本能ってすごいな、ちゃんと理解できた。
葬星の宮がやってくる。
「葬星の宮がやってくる」
あたしはおもわず唄った。ぽかーんと真顔で突っ立ってるあたし。
五角形の阿舎に見えるけど、これが葬星の宮なんだって。水晶で出来てて、指紋なんてつけたらと思うとやりきれない。両脇であたしを守るように立ってる黒衣と白衣の女二人はといえば、ほっとした顔で奥を見ている。
「今年も無事到達できたわね」
「これで一年安泰ね」
それより突っ込ませて欲しい。縮尺があってないんだけど。でかいなんてものじゃない。阿舎が。
「天井は120メートル上よ」
黒衣さんにお礼を言って、ようやく真顔がとけた。とはいえ、透明な上に相変わらず背景は闇だから見えないんだけど。
「当たり前みたいにここまで来ちゃったけど、本来なら人間は立ち入り禁止なんだからね?」
「よく見て覚えておいで、世界は死んだモノで出来ている」
いつの間にか、あたしは許されていたらしい。二人の女はお互いに目配せして、こう言った。
「歓迎するわ、欲する者よ」
伸ばされた二つの掌。
そっか、そういうことか。
いつまでも訳のわからない屁理屈に逃げ隠れて、手を引っ込めてるのはあたしだったのね。
夢から醒めた数日後、胸元に赤いネクタイと、十字架をあしらった白い襟。赤と緑のチェックのプリーツスカート。母さんも舞い上がるはずだ、ここの制服めちゃくちゃ可愛いんだもん。身に着けてみると私も舞い上がりそう。
リノリウムの床を、前を行く初老の男性教師に着いていく。ポケットに忍ばせた飴をそっと探ってまた元に戻して。
今日から新学期だ。
「じゃあ先に用件言ってしまうから、その後呼ぶからね」
先に紹介しちゃうとホームルームどころでなくなってしまいますから、と教師はおっとりと肩をすくめて教室に消えた。
「――転校生を紹介します。どうぞ入って」
あたしは教室の扉に手を伸ばした。




