最終話 黒の王
ユマの亡骸を視線に収め、心の中で何度も謝罪する。スレインには分かっていた。間違っているのはユマ達ではなく、自分達だと。全ての人々の視点で見ればユマの行動は正しいと言えるだろう。そしてそれを邪魔するスレイン達は間違っていると言える。一人の人間、ティラの命で過去あったであろう世界を取り戻せる人々はそれを喜んだかも知れない。結果的に言えば、ユマの行動は後始末をしようとしただけなのだから。そしてその原因を作った自分達は一人の人間を守る為に、逃げたのだ。
知っている人ならきっと優しくこう言うだろう。
「魂が同じでも、生まれ変わりである君達に責任はないと」
事実そうだろう。今の自分達が責任をとる事が正しいとは未だに思わない。しかし、果たしてそうなのだろうか?ユマというかつて妹であった人物は、自分の身をここまでして世界を守ろうとしてきた。そして最終的にティラの命で全てが解決する事を辛くも悲しくも果たそうとしてきたのだ。
僕にはわからない。
考えれば、考える程、疑問が尽きる事はない。
何が正しいかわからない。
だけど、僕はきっと変わらず言うだろう。
「ティラを守る」
と、それが全ての人を敵にしても言うだろう。それだけは変わらない。だけどそれは何の解決方法にもならない事を僕は知っている。ならば、僕には何ができるだろう。ティラの命を犠牲にせず、解決する方法は・・・。
スレインはしばらく放心したかの様に、その場で立ち尽くす。そして・・・。
頬に伝う何かに気が付く。
それが涙と気が付くのは、触れた時だった。
「ああ・・・、僕は悲しいんだな」
スレインは、膝を地面に着け。
「すまない・・・、本当にすまない。僕が君をこんな風にしたんだ。僕が・・・僕が・・・」
ユマの亡骸の傍で謝罪の言葉と、初めてかも知れない大粒の涙を流す。
この感情が、トルンの記憶から来ているのかわからない。だが、スレインは謝罪を繰り返さずには入れなかった。しばらくスレインは子供の様に泣き、そして立ち上がる。
数秒ユマを見つめ、スレインは歩き出す。
しばらく歩いた後、すでに合流し、再開を喜んでいるティラ、アリス、クレア、マイが視界に入る。
スレインに気がついたであろう仲間達が一斉に駆け寄ってくる。
「兄様!無事で良かった!」
「兄さん、怪我はなさそうだな」
「スレインお主ならば無事じゃとわかっておったぞ」
「遠くですごい激しい激突音が聞こえたが、無傷とは・・・さすがアリスの兄さんだな」
仲間がスレインの無事を祝して次々と言葉を紡ぐ。
スレインは仲間を一人ずつ視線をやると、クレアを除き皆傷だらけだった。どうやらかなりの激戦だったようだ。何より、皆無事にスレインは嬉しかった。
それは自然な笑顔だった。
スレインの表情に呆気に取られ、口を開けポカーンとする皆を。
「無事で良かった。本当に良かった」
スレインの本当の気持ちからだった。
呆気に取られる仲間達はすぐに元の表情を戻し、当然だとばかりに笑顔になる。
そんな和やかな雰囲気が漂う中、不意に声を掛けられる。
「再開を祝してる中、申し訳ないけど」
その声の主は、霊廟で過去の話をしていたユマがそこにいた。
皆、すぐに臨戦態勢に入り、武器を構える。
それを手を振り。
「残念だけど、私は戦闘能力はないわよ。魔法は使えるけど、貴方たち相手じゃすぐに倒されるでしょうね」
そんな皆の緊張とは裏腹に呑気な返答が返ってくる。
未だ緊張が張り詰めている中、意に介さないように話を続ける。
「とりあえずおめでとう。私達の計画は全て終わったわ」
最初何を言っているのかわからなかったが、何度も反芻するうちにその意味を理解する。
「母様・・・、もうティラを狙わないと言う事か?」
ユマは頷き。
「そうよ、全て終わったの。ティラ、アリス、クレア、マイ、貴方たちは帰してあげる」
帰すという言葉に一同喜びが湧き出るが。
大声でそれを吹き飛ばす。
「兄様は?兄様がその中にいない!」
クレアとマイはお互いを見て、スレインの名前を言われてないことに気が付く。
クスリとユマは微笑み。
「もちろん兄さんは希望があれば帰すわ。どうする兄さん?」
皆の視線が集まる中、スレインは首を横に振る。
「という事よ、帰すのは貴方たちだけ。兄さんはまだやることがあるのよ」
「ふざけるな!何でだ兄さん、何故帰らない?もう終わったんだろ?一緒に帰ろう」
アリスは怒りと悲しい感情が混ざり合いながら、スレインに問う。
「すまない、必ず帰る。ただ一緒に帰れない」
「そんな、理由を説明して!そんなんじゃ納得できない!」
「そうじゃ、何故帰らぬのじゃ?もう終わったんじゃろ?」
スレインは首を横に振り。
「ユマの計画は終わった。だけど僕はやることがあるんだ」
「やることってなんだ兄さん?答えてくれ!」
皆の動揺が激しい中、パンとユマが手を合わせ。
「では、元の世界に戻すわね」
あまりにも残酷にその言葉は聞こえた。
「いや・・・・」
ティラの悲痛な言葉は最後まで言う事なく、転移をする。
目の前が一瞬真っ暗になり、視界が開けた時。周りには大勢の人々が居た。
神官の服装をした者、武装した兵士の姿をした者。霊廟を取り囲む様にたくさんの人々がいた。すでに夜になっている様だ。その中で一部の者が霊廟の扉を開けようと何かの道具を使い動いている様がみてとれた。突然転移して来たティラ達に一斉に視線を移し、一瞬の沈黙のあと歓喜の声をあげる。その中で一際大きな声を上げた者がいた。カインである。
「皆様ご無事でなによりです」
カインの喜びの声は、すぐに低くなる。
「あの・・・陛下は?」
カインの問に誰も答えない。答えることができなかった。
転移した姿を見て、スレインは呟く。
「元気で」
そんな姿をユマは。
「後悔しない?」
スレインは頷く。
「僕にしか出来ないことがある。それがティラを守れるなら後悔はしない」
「そう・・・。兄さんはやはり兄さんね。思ったとおりだわ。最後にはそれを選ぶと思った」
「だから、僕の名前を言わなかったんだろう?」
ユマは微笑む。
「複雑よね。それを選ぶと分かっていても、選んで欲しくないという気持ちがある」
「最後に僕がやると分かっていて、どうして戦ったんだ・・・僕は・・・」
ユマは首を横に振る。
「分かっていてもよ兄さん。私達は私達の存在理由がある。私達はその為に生まれてきたのだから。そして彼ら彼女もよ。全てを話した、だけどあの3人は私達がオリジナルでないと分かっても最後までついてきてくれた。そんな彼ら彼女に半端な気持ちで挑むことはできないわ。それは何よりの侮辱だもの」
「そうか」
スレインはその気持ちがなんとなく分かる気がする。それはユマと戦ったせいかもしれない。ユマは真剣だった。真剣にスレインを倒そうとした。ユマにはユマの理由があるのだ。スレインにもあるように。
「では始めましょう」
スレインは首を横に振る。
「君は離れたほうがいい、恐らく死ぬ」
ユマは笑う。
「大丈夫、言ったでしょう。わかってたって。この世界なら兄さんの力を全て出し切っても大丈夫。私がその為に作り出したもの。そして私が戦闘能力が無い理由は、兄さんの力をフォローする様に設定されてるからなのよ」
スレインはそこまでユマという人物は考えていたのかと驚きが隠せなかった、それと同時にユマに感謝する。そして。
「ありがとう。こんな僕の言葉でここまで頑張ってくれて本当にありがとう」
ユマの目に水気を帯び、それがたまり流れる。
「当たり前じゃない、私はあなたの妹なのだから」
ユマは頬を拭い。
「では、始めましょう」
一つの島が世界の全てだった。だがこの日、世界に大きな大陸が突然と出現し、狭い島は世界の全てではなくなった。人々はこぞって世界を探検する時代が訪れる。
人種は元には戻らなかった。だが当たり前の事となっている今となってはそれが普通なのかもしれない。
世界の意思、世界の知識がある。世界の意思は自分の分身とも言うべき、一つの魂を作り一人の人間の赤ん坊に定着する。世界の意思の分身であるその人間は一つの力を持っていた。それは願った事を叶える力。死した時、世界をより良い様にと改変させる力。分身はに生を全うして満足に人生を送るか、囁かな願いしか抱かなかった。あの日までは。それは一人の人間との出会いで大きな願いを抱いてしまった結果なのかもしれない。




