獣人王3
意識が遠のくのを次第に感じ始める。体も動かそうとするが立ち上がることすらできなかった。頭の中では何度も何度も死という単語が駆け巡る。薄れゆく意識の中で、後悔だけが残る。
終わるのか・・・。
まだまだやり残したことがあるのに。
約束を果たしてないのに。
何のために今まで頑張ってきたんだろう。
僕が死んだらきっと皆、悲しむだろうな。
ティラすまない。
約束果たせなかった。君に何もできなかった。
まだ死にたくない。
<そんなに死にたくないのかい?>
誰?
<僕は僕さ、それよりも君は相変わらずだね。自己犠牲と言えば聞こえは良いけどさ、そんな力の使い方してたら普通の人間だったらとっくに死んでるよ>
・・・・・・・。
<君の気持ちはわかるよ、怖いんだね。また昔の様になるのが。だからと言って最小限の力だけ使って、力をわざわざ魔法の様に見せて使うなんて、効率が悪すぎるよ。本来なら君の目の前の相手なんてすぐに殺す事ができるのに。>
・・・・殺しは嫌だ。
<どうして?君は目的を果たす為にはなんでもする覚悟があったんじゃないのか?>
・・・・・・。
<君はすぐ黙り込むね。そして暗い。本当は明るい性格だったはずなのにね。僕は少しショックだよ。だけどこのままじゃ終われないだろ?>
約束を果たしてない、だからまだ終わりたくない。
<約束ね、だけどそれは違うだろ?君はそれを言い訳にいつもしてるけど、本当は違う。ただ一人になるのが怖いんだ。だから、あの子を離したくないから、それを言い訳にしてる。そうだろ?>
それは・・・・。
<言い返せないよね、事実だから。だけど僕はそれに協力する。>
何故?
<理由は言えないし、言っても意味のないことだから。今を生きる君にはね。じゃあ、君の体を少し借りるね。そして中から力の使い方を良く見ておくといい。>
ウイドが止めを刺そうと、腕に力を入れスレイン目掛けて振ろうと上空に上げた時、スレインはゆっくりと体を起こし起き上がる。それを見たウイドは一瞬驚きの表情を見せたが、すぐに顔を引き締める。
「驚いた、まさかその体で起き上がるとはな。しかし今起き上がっても苦しみが増すだけだぞ」
スレインはウイドの言葉を意に介さないように、まるで顔をほぐすかのように、摩る。
「なんだこれ!顔が硬い!どんだけ表情変えてないんだよ。いくらなんでも硬すぎるだろ」
スレインは数十秒顔を摩り、納得が言ったのかその行為を辞め、ウイドに視線を合わせる。
「いや~お待たせ。じゃ始めようか」
そう言って笑顔をウイドに向ける。その光景を見て、先ほどの雰囲気とまるで違うことが瞬時にわかった。
「お主・・・、大分変わった様に見えるが?」
「えっ?そう?まあ、気にしないではじめよう」
笑顔を崩さず話すスレインに戸惑いを隠せないが、さすが歴戦の強者であるウイドはすぐに戦闘態勢に入る。スレインはそれを見てとって、ウイドに向かって駆け出す。その速さはウイドが見せた速さと同等かそれ以上の速さで。
自分と同じ速さで向かってこられるとは思わず、一瞬判断が鈍る。そして次の瞬間、ウイドの視界は地面に勢いよく地面に激突する瞬間だった。勢いよく顔面をぶつけられ大きな音をあげた。スレインがウイドの頭を片手で地面に倒したのだとこの時、理解した。すぐに頭を上げようと力を入れるが、ウイドの頭はまるで地面にくっついてるかの様に、微動だにしなかった。
「どうした?上がらないのか?」
必死に力を入れるウイドにスレインは語りかける。その声は乱れておらず、ウイドの頭に力を入れているとは思えない。
「なんだ上がらないのか?今の獣人はこんな者なのか?」
スレインはウイドの頭を離し、自由にさせる。頭を上げ、怒りに震わす獣人がそこにあった。
「何故お前が我ら獣人の瞬走が使える!」
怒声にもまるで驚く様子を見せず、淡々とスレインは答える。
「まあ、人間の体じゃ本来なら無理なんだがね。力を少し使えば、全盛期の頃の肉体にも早変わりできるってわけさ。僕じゃ、力はこの程度しか使えないがね」
「なにを言っているんだ・・・・」
「ふふ、知らなくてもいい事さ」
馬鹿にしたような態度にウイドの怒りは頂点に達し、全力の力を込めスレイン目掛けて猛烈な速さの一撃の拳を打つ。ウイドの力をもってすれば巨岩ですら破壊できる一撃。それを受けて立つものがいるはずはなかった。だが、その拳を受けたはずの目の前の男は、立っていた場所から動いておらず、平然と片手で受け止めている。
「馬鹿な!」
驚愕で顔を歪めるウイドにスレインは呆れた表情を浮かべる。
「本当に今の獣人はこんなものなのか」
そう言って、スレインは受け止めていない左腕で拳をウイドの腹部目掛けて打つ。強靭な肉体を持っているウイドがその一撃を受けて、顔を歪め膝を地面につける。
「グハッ」
獣人王が膝を地面につけたことに今まで勝利を確信していた観衆は一気に沈黙し、音のない世界が訪れる。
「はぁ・・・・、がっかりだな。ラパは後継をしっかり育ててこなかったのか」
その一言にウイドは目を見開く。
今、目の前の男はラパと言った。その言葉に聞き覚えがあった。それはわずかな獣人しかしらない呼び名であり、一人の男しか呼ぶことが許されなかった、尊敬する獣人の愛称であった。それは人が知るはずのない愛称。何故この男が・・・・。そう思考を巡らして、そう呼ぶことができる男は一人しかいない事に思いつく。
「まさか・・・・お前は・・・・いやあなた様は。ラパス様の・・・・」
その言葉を聞いて少し驚いた顔をして。
「わかってしまったか。まあこれは内緒ね」
悪戯をした子供の様な屈託のない笑顔でスレインは言う。
ウイドは頭を振り。
「分かりました。深くは聞きません。しかし、理解が追いつきませんな」
「理解しなくていい、今ここにいる自分はただの残滓にすぎないのだから」
「左様ですか」
「ところで勝負はどうするんだ?まだやるか?」
「いえ、私の負けで構いません。どのみちあなたには勝てるわけがないのですから」
「そうか、だがもう少し鍛えないとな。それでは王を名乗るのは少々恥ずかしいぞ」
恥ずかしがるように顔を下に向け。
「精進いたします」




