獣人王2
スレインとウイドの戦いは俄然ウイドが優勢だと誰が見てもそう思うだろう。
しかし、ウイドの心中は焦っていた。何度も何度も致命傷というべき怪我を負わせても、立ち上がるスレイン。だが、それはウイドにはさして問題になる事ではない。何度も立ち上がるのならば、それ以上の攻撃を繰り出し、起き上がれないようにするだけ。ウイドが焦る理由は、ただ一つスレインという男への恐怖だった。勝負ではウイドが勝てると分かっていても、スレインの得体の知れなさはウイドへ少なからず恐怖を与えた。何よりも、世界を崩壊させた数千年前の出来事を再来させるかもしれない男が、吐く言動はあまりにも常軌を逸していた。
人という種族ならばそんな力があるとわかったとき、どんな行動に移るだろう。恐らくは欲へ走るのが人という種族の本性。そこにあるのは力で捻じ曲げる欲、人を助けたいと思う欲、人から隔絶した世界への欲、そう言われればきっとウイドはそこまで恐怖する事も、ここまで不安になる事もなかっただろう。人というものは自分への満足感から行動に走るものだ。だが、スレインは違う、いや元来は同じ欲なのだが、根本が同じだけで本質が違うのだ。スレインの発する言葉は主体が自分ではない。そこにスレインの欲はあれど決定するのはスレインではない事が恐ろしい。他人が個を超えて存在しては、それは人と呼べるのだろうか。
ウイドの頬に一筋の汗が流れる。
ここでスレインを殺さねば・・・、将来禍根を残すやもしれぬ。個の決定権を他人に委ね、あまつさえ種を滅ぼす力を有しているだと。それはもう・・・・。
ウイドは目の前の男、スレインを見据え、力を込める。先ほどスレインと戦っていた時は、6割ほどの力を込めて攻撃していた。しかし、今度は確実に殺すために全力で力を込める。ウイドの筋肉は膨張し、元々巨体であるにも関わらず、更に大きくなる。観衆はどよめく、優勢であるウイドが本気を出したことに、そして初めてウイドの本気の力を出したときの姿を見たことに。ウイドが初めて戦闘態勢を取る。腰を屈め、足を大きく開き、渾身の力を下半身に循環させる。この状態での攻撃はまず目測不可能のスピード、そしてそこから繰り出される一撃はどんなものでも粉砕する必殺の一撃。例えスレインがどんな回復能力をもってしても、回復等到底不可能な姿になる事は必然。
そんな姿を見ても、スレインの表情に変化はない。
「死を恐れぬか!」
ウイドはまるで憎い敵を見るかのように、言葉を発する。
それに答えるように。
「もちろん怖い、死ぬことは恐ろしい。だけどもっと怖いのは・・・」
そこで言葉は途切れる。
スレインは頭を振り。
「どうぞ」
ウイドは歯を噛み締める。あまりにも言葉と表情が一致してない、そのちぐはぐさに苛立ちがこみ上げる。
その怒りを力に変え、一気に力を開放する。放たれた力はウイドにとてつもない速さへと変換し、スレインへ駆け出す。人には目視できない速さ、スレインに近寄るのは一瞬きしないうちに迫るだろう。だが、ウイドに悪寒が走る。野生の勘ともいうのか、経験の勘とも言うのか、このまま行ってはだめだという警鐘が鳴らされる。
その警鐘に動かされるように、ウイドの足は横へ避けようとする。しかし、一度走り出した足は急に止まることも出来ず、態勢が大きく崩れ、回避行動が若干遅れた。その瞬間、スレインの体が大きく飛び跳ねた。それとともにスレインの体を何かが突き抜ける。ウイドは横に回避を必死にしたが、完全に横に移動するには速すぎた。右腕に何かが焼く様に通り抜け激痛が走る。
「グワッ」
急激な痛みに思わず声を出し、瞬時に距離を開けるために、後ろへ飛び退く。
怒りで火照った体を冷まさせ、状況を観察する。右腕が幾つもの穴の空いた焼け跡があり、それが痛みの原因だと理解する。スレインに視線をやる。またスレインも幾つもの穴の空いた焼け跡が痛ましいほどに開けられていた。
「愚かな・・・・、自分の体で光の玉を隠し、儂が攻撃の瞬間に打つ等、最早正気の沙汰ではない。痛みを感じぬわけではないだろうが」
ウイドは腕を見る。野生の回復能力を持つウイドでも、焼き傷となれば話は別だ。ただ貫通しただけならば半日もすれば傷は塞がるが、中から焼かれたのでは、数日は最低かかるだろう。
「右腕は使えぬか」
ウイドはそう呟くと戦闘態勢に入る。スレインに視線をやり、同じ手は食わないとばかりに、力を込め始める。スレインの傷が治癒されていくのがウイドの目に認識された瞬間、スレインの体が力なく崩れ落ちる。
「なにっ!」
平然としていたスレインがいきなり倒れる瞬間、ウイドの思考がとまる。
必死に立とうともがく、スレインが目に映るほんのひと時の間。
「本当に愚かな・・・」
必死にもがき立とうとしているスレインを見てウイドは悟る。スレインだけではない、黒い特徴を持つ力は無限ではないのだ。また寿命も人には長い寿命を与えられるが無限ではない。その力は使えば使うほど寿命を縮める。ましてや、スレインは人の体では助からない傷をこの戦いで幾度も治癒している。スレインの治癒も代償が必要だ。それを幾度も使って立っている方が不自然なのだから。一気に襲いかかる疲労は常人なら立つのもしんどいほど。それを積み重ねればどうなるか・・・。
「立つこともできぬか」
静かにスレインの元に歩み寄り、見据える。体も満足に動かせないスレインが動かそうと必死になっているのが伺える。傍から見ればあまりにも滑稽な行動。だがその必死さは笑おうにも笑うことができない。
「何故そこまで・・・・」
ウイドは思う。スレインを危険だと断じるよりもあまりにも哀れな姿に、その必死さに、終止符を打たせたいとこれ以上苦しまないようにと思った。
当初、この小説に書くにあたり少しずつ明るい話にしようと考えていたのですが。書くと、思うはうまくいかないものですね。そしてこれは小説なのかと疑問でもあります。




