始まり
残酷な描写があります。説明がかなり多いです。
戴冠式が終わり、巫女クレア、皇帝ガルザスが帰国をした。スレインはサイラスの新しい王となる事になったが、まだ大きな仕事が一つ残っていた。
それは、この国の荒廃を招いた張本人の処刑である。元サイラス王ディルの死をもって、この国は正式に生まれ変わる。処刑の決行は、クレアやガルザスが帰国した、午後に行われた。
首都の中心の広場で、サイラスの民が見守る中、ディルは縄に縛られた状態で、引き摺られるように連れてこられる。ディルの顔は青ざめ、恐怖に怯える子羊のように、処刑台まで連れてこられ、跪かされる。
ディルの許しを乞う嘆願は民衆の誰にも聞き取られず、処刑される時が来るのを待つことになる。そしてその処刑される刻限が来た頃、志願していたのであろう、サイラス軍将軍カイルが処刑台に姿を現す。ディルはその姿を確認し、逃げようと足掻こうとするが、両脇を兵士に固められ、動くことすらできなかった。
ゆっくりとカイルは所定の場所まで歩を進める。カイルの表情は凛として感情は伺えないが、それを見ている宰相クロノスだけはカイルの心情を知っている。カイルはこの時だけの為に、恥辱とも思える王への追従を良しとしてきたのだ。
ただこの時の為だけに、カイルは生きていたのだ。両親の恨みを晴らすために。
カイルの愛刀が刀身をこすりながら抜かれ、鉄でも切り裂けそうな切れ味を持つ剣が姿を現す。民衆はいまや歓声がどこからでも聞こえる程賑わっている。
カイルは剣を掲げ。
「今!サイラスの悪政の主幹である元サイラス王の処刑を行う」
その声により民衆の熱気は頂点に達する。
ディルの悲鳴等、民の声にかき消され、誰の耳にも届かない。
ディルの首は兵士によって固定され、カインの剣が狙いを定める。
そして、一気に首を落とす。
民衆はそれに感涙する、恨みがどれほどのものか物語っていた。
それはカインも同じだった。頬に涙が伝わり、心の中で両親へ報告をするのだった。
元サイラス王ディルの処刑が終わり、数日後スレイン、シーク、クロノスの3者が相談して決めた。役職の大幅な変更が行われる。
玉座の間、ここでサイラスの国作りの初めの一歩の叙任式が行われる。
玉座に座るスレインを前に、黒の砦幹部等が整列する。
「宰相の任にクロノス」
「ハッ」
スレインの呼び声にクロノスは前に出て、宰相の証たる印綬と剣が授けられる。
「第一将軍の任にグレン」
その声にグレンは一瞬驚くが。
「オウ、じゃなかった。ハッ」
グレンはおずおずと前にでて、将軍の印綬と剣を授けられる。
「第二将軍の任にレオン」
「ハッ」
レオンもスレインの前まで行き、将軍の印綬と剣を授けられる。
「第三将軍の任にカイン」
「ハッ!」
これには黒の砦の幹部等は少し驚く、てっきりシークがなるものと思っていたからだ。カインもまた同じく印綬と剣を授けられる。
「第四将軍兼副宰相の任にシーク」
「はい」
シークは前にでて、将軍と副宰相の印綬をもらう。これには3者がよく考えての事だった。宰相は官吏の中では王の次に並ぶ権力者だ。王はスレインなのだが、王としての責務がよくわかっていない。つまりは、クロノス一人で国を思い通りに動かせるということになる。それでは、まずいという事になり、シークを王城守備の第四将軍に任じ、さらに副宰相の任も兼任してもらうことになった。これにより、黒の砦側が監視する態勢を整えることになる。
また国の守りの要でもある軍事だが、おいそれと将軍に任じるわけにはいかず、現在は黒の砦の2人とカインの1人が、サイラスにおける実働部隊の将であった。これは非常に少なく、国全体を守るにはあまりにも不足。各砦には守備を置くとしても、治安の悪いこの国では少なすぎるのである。だが、しばらくはこの状態にするしかないという結論に達する。時間をかけて信頼に足る将を獲得する方向になったのだった。
そして宰相の下で様々な役職に付く内政の大臣の役職は、クロノスの指示の元、王の足元で我慢して耐えた優秀な者が就く事になる。だが、クロノス曰く、大分得意な分野が偏っているので、いずれは変えねばならないという事だった。
そして次の名前が呼ばれる。
「近衛騎士団長の任にアリス」
それにアリスは狼狽える。
周囲を見渡し、スレインと視線が合う。スレインは静かに頷きそれを促す。
それを見てとって、アリスはしっかりとした声で返事をする。
「はい!」
近衛騎士団長の印綬と剣を授かり。所定の場所に踵を返す。
「近衛騎士団副団長の任にティラ」
この言葉にティラは憤慨する。
「ちょっと待ってください、兄様!なんで私が副で、アリスが騎士団長なんですか?納得行きません!」
それには周りの人々はざわめく。当然王の守護たる近衛騎士団に就くことは光栄な事であり、名誉な事である。それに不満をもらす、ティラを知らない人々は、狼狽するのだった。黒の砦の面々は手を顔で覆い、この光景を隠す。
慌てたようにシークが仲裁に入るが、ティラの怒りは収まらず、場は騒然となる。
それを鎮めたのはスレインの一声だった。
「ティラ、実力ではアリスに劣る。よく考えての事なんだ。これは僕の気持ちの序列じゃないんだ。わかってくれティラ」
スレインの言葉に、ティラはしぶしぶと言った感じで、スレインの前に進み印綬と剣を受け取る。その時にティラは。
「兄様、アリスを追い越して近衛騎士団長にきっとなってみせますからね!」
一言残し所定の場所に戻る。それにはスレインも苦笑する。
「近衛騎士団副団長の任にレナ」
その言葉にレナは驚く。なぜ自分がここに呼ばれたのか理解する。返事をしようと口を開けかけた時に。
「ちょっと待ってください!兄様!レナと同じなんてあんまりじゃないですか?」
それにはスレインも手で顔を隠す。ティラがここまで階級にこだわるものだとは、スレイン自身わかってなかったのだ。
ティラにとってみれば、当然の事なのだ。兄様からそれだけ信頼されている証なのだから、それに負けるというのはどうしても悔しいのだ。
シークは必死にティラをなだめ、なんとか無事終わることができた。
サイラスから昔から使えていた官吏にとってみればそれは前代未聞の出来事で、呆気にとられるもの、憤慨するものなど様々な態度を見せる。
だが黒の砦にとってみればそれはいつもの光景で、日常茶飯事の出来事なのだ。クロノスは口を開けて固まっていたのは、さすがに申し訳ないとスレインは少しばかり思う。
その後、スレインの周りには元、黒の砦の面々が集合する。クレアと話した事への情報共有だ。アリスはすぐに両親へ返すべきだと意見を出したが、スレインはそれを拒否した。理由は簡単な事である。ティラと出会った事、どんな理由にせよ壊したくないという思いと、被害はスレイン一人しか被っていないこと。
「村の皆が被害を受けた、そんなの詭弁だ!」
とアリスには、説教を受けたがスレインは頑として拒否する。
それと同時に、妹2人がクレアに話した事を確認するが、またもやはぐらかされて終わる。王としての責務に忙殺され、いつしか聞く機会を逃す。




