クライシス城
黒の砦の一団、周辺の民、降伏したサイラス軍を引き連れて、行軍を開始する。その数は数万の大群だ。警戒を怠らず、進軍をする。数日の道程を乗り越え、目の前に見える城こそがクライシス城であった。クライシス城は平城である。防御に特化するならば、山などの防衛しやすい地形に建てるのが一番なのだが、クライシス城は周辺の都市を守る要でもあり、又、鎮守府の役割も果たしている場所なのだ。その為、城は平城であり、その大きさは普通の城と比べるとかなり巨大とも言えた。10万の軍勢すら入れる事ができるこの城が今目前に広がっている。
そしてクライシス城を攻める為の作戦会議をしている。そのメンバーはいつもの黒の砦幹部であり、降伏したサイラス軍の新しい指揮官が参列している。サイラス軍の新しい指揮官は参謀の地位にいたものでロンギという名前である。ロンギはなかなか優秀な参謀で、敗北を確実視とみなしすぐ降伏を促した者だ。そのおかげで降伏したサイラス軍の治安は概ね平穏とはいえるが、それは表面的なものであった。いつ裏切るかわからないサイラス軍、そのサイラス軍に裏切りをさせないためにも圧倒的な勝利をクライシス城で見せなければいけない。それが今回の主目的の作戦会議。
スレインはその席上で堂々と言い放った。
「今回の攻城戦は僕一人でやろう、誰も死者なくこの戦いを終わらせたい」
それに驚いたのはロンギだ。
「それはさすがに不可能です、クライシス城には2万の兵がいます。一人なんていくらなんでも・・・」
ロンギの顔は驚きと呆れがにじみ出ていた。
黒の砦の代表である、スレインは少しばかり名前が売れているが馬鹿なんではないかと、この戦次第では降伏したサイラス軍の半数はいとも簡単に寝返ってしまう大事な局面で無謀な作戦を言うことに呆れが混じる。
しかし、周囲の者はそれには動じない様を見て、ロンギは狼狽える。
「スレインさん確かに降伏しましたが、わかっているのですか?今は嫌々従っているサイラス軍もいつ寝首を掻くかわからない状況なのです。それを一人で城を落とすと言う。もしスレインさんが命を落としたら、すぐこの均衡は崩れますよ」
ロンギの言葉を受け、スレインは頷く。そして周囲を見て。
「僕ははっきり言ってこの軍事行動に賛成してない。だからこそやるからには多少の負傷は致し方ないとしても、死者はだしたくない。僕がサイラス軍の兵の戦意を削ぐ。犠牲を少なくしたい。この行動に賛同して欲しい」
ロンギは呆れる。
それは理想論だと、そのようなことが可能ならば、戦の常識が覆してしまう。 呆れるロンギは幹部達を見るが、それに同意するかのように動じない様を見て、さらに呆れる。これは降伏は失敗だったかもしれない。と考えを深める。
元々、ロンギが降伏したのは黒の砦の勝敗を決したのもあるが、それとは別に犠牲をだしたくないのもあった。だからこその速やかな降伏なのだ。だけど、この無謀な黒の砦の代表は更なる騒乱を出す種を蒔こうとしている。後悔するのは当然のことであった。
「スレインさん、考えはわかりました。皆さんもそれで構いませんか?」
シークが皆に問いただす。
ティラは少し迷う、兄様の強さは自分が誰よりも知っている。だけど、絶対はない。それがティラを迷わせる。迷うティラとスレインは視線が合う。そこには自信のある兄様の顔があった。だからティラはそれに対して。
「兄様がそれでいいのなら私はそれに賛成です」
後押しするだけなのだから。
アリスも迷いはあるが。ついて行くと決めた。
「兄さんが怪我するとは思えないけど、気をつけて」
それに従うのみだ。
グレンとレオンは暴れられないことに不満の色をみせるがしぶしぶ、承諾する。
シークも想定内とばかりに、それに同意する。
ロンギはその様子を見て、呆然とするのみだった。
そして、翌日の朝、スレインは陣を出る。皆の期待の視線を受けて歩く。
目の前にある、クライシス城に向かって。
一人歩いてくるスレインにクライシス城の兵は一様に動揺する。
降伏の使者だろと話す兵もいた。しかし歴戦の兵は警戒を怠らない。
魔法の詠唱を開始するもの、弓を番えるもの、様々な行動をする。
スレインは城門から100Mほど離れたところまで到達する。
「僕は黒の砦のスレインだ!クライシス城の兵よ、無駄な争いをしたくない。降伏してくれ!」
スレインは叫ぶ、クライシス城の兵に聞こえる大きな声で。
それを聞いたクライシス城は笑うもの、呆れるもの、馬鹿にするものが見て取れた。そしてクライシス城はその叫ぶ青年に向かって、攻撃命令を発する。
詠唱を終えた魔道士などは魔法を打つ。ファイヤーボールが幾十もスレインに向かい、直撃する。また別な魔道士はサンダー、アイスランス、と次々とスレインに向かって放つ。それは鍛えられた歴戦の兵の動きであった。
煙が立ち込め、そこには灰塵と化した目標があると確信して攻撃を辞める命令が下される。煙が次第に去り始め、生きているはずがない対象を見る為、兵は注視する。完全に煙が消え始めた頃、そこにいたのは無傷の青年の姿だった。
それを確認した兵は、狼狽える。あれほどの魔法集中攻撃を受けて、そこに立っているはずのないの青年が立っていることに衝撃が走る。
スレインは降伏する旨なしと見て、スレイン上空に光の無数の玉を構築する。
その数は数十から数百に膨れ上がり。今や、兵たちの視界には数え切れない数の光の玉ができあがる。
サイラス軍の指揮官は慌てて、攻撃命令を発すると同時に。
「行け」
スレインの攻撃命令も行われる。詠唱を開始しようとした兵達、弓を番えるもの、武器を構えるもの、その全てに光の玉が襲いかかる。
それは蹂躙であった。壁上にいた兵達全てに平等に兵達の体を貫く。
急所を外すように、腕、足、を中心に意思を持つかのように貫く。
それは阿鼻叫喚の響きがクライシス城全体に響かせる。
その光景を見ていたロンギは驚愕する。いつもの引き締めた顔を忘れたかのように、口を開け呆然とその光景を見ていた。
「なんだあれは・・・、魔法なのか・・・しかし、的確に兵のいる位置に目標を定めず当てるなど、それもあの数・・・」
信じられない光景を見たという心境と別に、ロンギは安堵する。
あのまま降伏して良かったと。
もし無駄に抵抗していたら、あの狂気は私達に襲いかかっていただろうという思いで。それだけではなく、魔法をあれほどその身に受けてなお、無傷の様は熟練した魔道士の防御魔法を超える結界を想像させる。敵でなくて心底良かったとロンギはその光景をみながら理解する。
光の玉は逃げる者も平等に蹂躙していく、動けない程度に的確に、その攻撃はわずか10分ほどで止む。その10分で壁上にいた兵はすでに立っている者がいなかったのだから。
光の玉を消し、スレインは魔法防壁を施している門に近寄り、素手で門をこじ開ける。重圧な門をどいう支援魔法で強化して開けたのか、ゆっくりと門をこじ開ける。それに抵抗する者などいるわけもなく完全に開かれ、シークの合図と共に黒の砦の一団がなだれ込む。降伏したサイラス軍は動けるものがなく、ロンギ同様、呆然と立ち尽くす。
こうしてスレインの活躍により、クライシス城はいとも簡単に落城することになった。ここで食料の確保を行い、進軍を続行することになるのだが、死者は0だったが負傷者は述べ、1万余を超え、治療に3日の日数がかかってしまったのは仕方がないだろ。その3日で斥候が流した民の参加もあり、その規模は膨れ上がることになる。




