バニシングツイン
『レントゲン写真を見てください。ここです、背中……右側に陰があります』
そう言われて病院で再検査をする運びとなった。
背中と言っても右の肺にギリギリ掛かるくらいの小さな影で癌や腫瘍の類では無い。
キチンと機能している心臓だった。
高校に入学してから三ヶ月。
今日。
見た目は温和で親しみやすい感じのする一つ上の先輩から………
『…………最っ低!!』
何故か上履きに履き替えたばかりの私はたった数歩歩いたらビンタを喰らった。
普段、部活動をする先輩の姿からは憤怒の感情など無縁の人だと思っていた。
「一学年上の先輩だよね?……今の」
「………そ、そうだね」
「叩かれてたみたいだけど……何かあったの?……聞いたりしたらマズかったかしら?」
「いやぁ~理由が分からないんですわ。コレが」
叩かれた頬を触ると皮膚はビリビリと痺れて少々熱を帯びている気がした。
ビンタを喰らう理由が私には心当たりは無い。
それに、ビンタをする前から先輩は少しだけ泣いていた………気がする。
本来なら叩かれた私の方が泣きたかったのだけど、先輩の泣き顔に驚いてどうする事も出来ないでいる。
先輩は先輩で私に伝えたい事があったのだろう。
この時私は、もう見えなくなった先輩の後ろ姿になんとも言えない感情を覚えていた。今追いかけなければ消えて無くなると思える……それは焦燥感というものなのだろうか?
「………ごめん」
「ごめんって……ちょっと何処に行くのよ~HRはじまっちゃうよ」
「ごめん……調子悪くなったって先生に言っといて」
クラスメイトにお願いと両手を合わせてた。
私の胸をズクリと刺して痛みが全身に巡る……視線の先、先輩の後ろ姿の残像をみる。私は追行した。
歩く度に胸の奥に棘が肥大するようでズクりと痛む……重い足取りで追い掛けたが保健室の前で両足は動くのを止めてしまった。
保健室の扉は私を招き入れるように簡単に開いた。
「……すみません体調が優れないので少し休ませて欲しいのですが……」
嘘から出たまこととは強ち間違って無いのかもしれない。
一言具合が悪いと口に出したら本当に寝ていないと立ち上がれない気分になっていた。
「貴女大丈夫?随分と顔色が悪いみたいだけど」
「…少しの間ベッドで休ませてください」
高校の保健医は見た目は若くて白衣の下にミニスカを履くフェロモンを撒いて歩いている様な人だが話が解るから生徒からの人気も高く恋愛相談によく乗ってくれると評判の良い先生だ。
促されるまま保健室のベッドを使わせて貰う。
「午前中は会議に出るから保健室空けて居ないけどいい?……って大丈夫そうね。寝てるし」
【同日たぶん昼過ぎ】
左腕に程よい重さに人肌ほどの温かさ。
胸にやわらかな感触。
鼻腔をくすぐるお日様の匂いに混じった擽ったい甘い香り。
うぅん………こんな抱き枕……私持ってたっけ!?
もにゅん。
掌に広がる壊れないプリンの様な柔らかさ。
身体が沈むくらいの包まれる感じのする柔らかなベッド。
天井は遠く見馴れたトラバーチン模様は無くシャンデリアが飾られている。
私はまだ夢を見ているのだろうか……。
左腕が痺れて上手く動かせ無い。
痺れた腕の方を見ると、生まれたままの姿の女性。
自由に使える右手で女性の髪に触れて隠れた顔を出す。
一矢纏わぬ姿の先輩。
「……なんだ先輩か」
「うみゅ……おきたの?おはよ」
ん!?先輩!?
今朝昇降口で私にビンタをした先輩。
途中で見失って私は保健室で寝ていたはず。
「先輩……コレはどういった状況でしょうか?」
「……あら、先輩って他人行儀なのね。いつも見たいに私の事呼んではくださらないの?」
え?……いつも見たいにって先輩と私ってどんな関係なの?
それに先輩は裸で一緒に居るのに堂々としている。
「……先輩。ここ何処ですか?」
「ココが何処か何も、アナタがホテルに呼んだのよ?私は制服姿だと恥ずかしいって言ったのに『今朝のお仕置きだ!』って言ってたのに顔を見たらスグに寝てしまうんてますもの……酷いわ」
「……ひゃっ」
私の右胸を円を描く様に弄りながら先輩は器用に左の胸の中心の昂りを口に含んで憾みを伝えてきた。
私の気持ちいい場所を熟知しているのか彼女の指や舌で追い詰められていく。
「うぅ……くふっ……うわ……だ…ダメです……ねがい」
「………」
あと一歩のところで先輩は身を引いた。
先輩が離れてくれたおかげで落ち着いて話が出来る気持ちと、最後まで達する事が出来なかったと身体の声が痺れた脳に新たな信号を送る。
「ねぇ、学校でも私の事を他人行儀な目で観てくる……貴女は誰なの?」
「私は1年___」
私は自己紹介をするが『そんな事を聞いているんじゃない!』と一蹴されてしまった。理不尽。
「電話を受けて此処に来た時に居た貴女は私のよく知る人だった!でも今、眼の前にいるのは誰なの?貴女の眼は私の事を知らないって言ってる……それが今は辛いの」
「……先輩」
どうやら先輩との関係は一年続いているらしい。
私の強く強引な処に当初は戸惑ったがスグに『悪くない』と思える様になっていた。
特に恋愛に夢見がちな性格だった先輩はスポンジが水を吸収する様に愛欲の沼に沈んでいく。
「私自身、信じられませんが先輩知ってる私と今の私が同一だとしたらもう一つの記憶と心は何処にあるのでしょうか?」
「……そんなの私知らない!!……そう言えば貴女が確か『ばーにんぐなんちゃら』って言っていた様な……」
「バニシングツインですか?」
「そう、それ『ばにしんぐついん』」
バニシングツイン:元々双子として産まれるはずの胎児が妊娠初期で胎嚢内にて双胎一児死亡となり消失する現象。
しかし私の身体にはきわめて珍しいが小さな心臓が動いている。
オカルトと思っていたが臓器移植で記憶が移ると聞くが、共に育った心臓が思い出を共有した結果自我が芽生えても不思議では無い……かも。
「先輩と会う時の私って自分の事を何て言ってましたか?」
「彼女は常に自信家で、賢くて……たくさんの愛し方を教えてくれたわ」
「性格的なものもそうですが、自分を表す何かを聞いてませんか?」
「彼女を表す何か……そうだわ、貴女に妹は居て?」
「兄弟も姉妹も居ません」
「そう……いつだったか彼女が『妹と喧嘩した』って言ってたわ。姉が居ないなら接触する何かあったはずよ」
先輩との付き合いは一年。
その間に私の中の誰かは妹と呼ばれる誰かと接触していたか、私を妹として認識していたかだ。
「先輩以外で誰か知り合いや特定の友人とか居ましたか?」
「知り合いとかまでは知らないけど……私以外で特定の人間を連れて歩く事はしてなかったな。彼女は私を呼び出した時も一人で居たし……それに並の相手じゃ彼女は靡かないって言ってたわ」
「よかった。相手が先輩で」
「そう?私は彼女に出合えて良かったと思うけど……それは相手が貴女で良かったと同義では無いのよ。彼女を知る前でも貴女に惹かれることは無かった……貴女今部活はなにをやってるの?」
特にやりたい事も目標も無いから帰宅部。
「……いえ特には」
「なら明日部活見学に来なさい。校内で別人格に成らないとも限らないし、秘密は限られた人間にした方がいいと思うわ」
「そうですか?」
「そうよ」
こんな感じの設定の話を読みたいなあと思ってたら少し輪郭が出来た。
百合に寄せても寄せなくてもテーマ的にはいいねぇと思う。
別人格を、姉とするならどうするか練ってみます