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お姉さんと学生さん

 ホームに続く階段の途中でベルが鳴り始める。


「すみませーん乗せてくださーい」


 閉じる間際のドアを無理矢理開かせて滑り込みで乗車する。

 車内では『駆け込み乗車は危険ですのでお止め下さい』と放送され周りの大人達は私に注目した。

 でも、乗ってしまえば私の勝ちなのだ。

 部活動に頑張る乙女でも無いし本日日直でも無い私が日課にしている事だ。

 だからこそ他人の目などどうでも良いの。何のために無理して朝早い、7号車の真ん中の扉から乗る理由があるだから。


「………いた♪」


 毎朝7号車の真ん中のドアで進行方向に背を向けた状態で扉近くの手すりに掴まっている人物を見て嬉しさだけが込み上げる。


 クリーム色の上着に同色のタイトスカート。

 いつも文庫本を読んでいる。


 ───今日はポニーテール。レアだわ。


 写メをしたい衝動に駆られるがシャッター音でバレちゃう。

 自分でも変だと思う。

 相手は年上の女性。

 名前は知らない。

 一方的に私が好きになっただけだ。


 誰かに相談なんか出来ない。

 級友でいくら仲が良くても無理………きっと相談したその日から私はハブられてしまう。


 親に相談なんて有り得ない。


 ただ心の中で『お姉さん』と呼んでいた。


 ポニーテールもそうだけど、今日は珍しい事が多かった。

 お姉さんが私を一瞬だけ見たのだ。


 ────見られてるのにバレた?


 いつもは私と同じ駅で降りるのだが今日は一つ前の駅で下車。

 私も慌てて追い掛けた。

 なぜ追い掛けたのだろう。

 私自身よく分からない。

 ただお姉さんのポニーテールと刹那的に向けられた視線が珍しかったから…………かもしれない。


 付かず離れず程々の距離を空けて後をつけた。

 普段は通りすぎるだけの駅の改札をくぐるだけで世界は広がって見えた。

 ただ土地勘の無い私には本当の意味で風景を楽しむ余裕は無いのだけどね。

 駅前の商店街に入ってからはお姉さんの背中を必死に追い掛けた。

 幾人も私の視線を遮り見失いそうになる。

 しかし、商店街の終わりを告げるアーチを抜けると、大通りの信号がありその先にはポニーテール姿の彼女を視認出来ない。慌てて左右を見るが目視出来る箇所に彼女(おねえさん)は居なかった。

 ガックリと肩を落とすと方向転換をする。

 ボフッと誰かにぶつかり咄嗟に謝罪の言葉を出そうとするが強く抱き締められた。


「こんな場所まで来ちゃうなんて悪い子ね」

「えっ?あの………その………え?え?」


 冷静になろうにも、お姉さんは近くだとこんなに背が高いのか………って何考えてるの!


「あの………違くて……じゃなくて………ごめ………」

「別に謝らないでもいいわよ。私の誘いに乗ったのって貴女だけだし」


 どういうこと?


「いつから気づいていたのですか?」

「貴女の拙い尾行それとも思慕の視線?」


 バレてた!

 私の驚愕の表情は面白い状態になっているはずだ。


「………迷惑ですよね?」

「迷惑?ぜーんぜん♪可愛い女の子に想われて悪い気はしないわね」


 それを聞いて安堵するがお姉さんは私を離そうとしない。


「………あの」

「なあに?」

「そろそろ登校なので………」

「サボタージュしよっか!それともこんな時間に行く?」


 お昼の鐘の音がする……既にそんな時間なのだ。


「………お姉さん」

「家来る?近いよ!」


 彼女(おねえさん)の家は商店街から10分ほど歩いた場所にあった。


「家に誰か来るのって久々だから緊張する」


 中はこざっぱりしたワンルームでテーブルの上にビールの缶と少々のつまみが散乱していた。

 お姉さんは袋を片手に散乱したゴミと格闘している。


「私手伝いますね」

「お客さんなんだからそこら辺でノンビリしてて」


 正直ノンビリ出来ない。

 結局二人で手分けして大掃除になってしまった。


「ごめんねぇ幻滅した?」

「新しい一面がみれて良かったのかな………たぶん」

「よかった。お茶でもしながら自己紹介でもする?」


 お姉さんは大学の研究生らしく研究帰りに私と会うらしい。


「で、お姉さんはなんでいつも私と同じ駅で降りるの?」

「………笑わない? 」

「笑わないよ」


 少しの沈黙と部屋の中に甘い蜜の香が流れる。

 その時間に私の鼓動は大きな音へ変化していく。


「私って意気地が無いっていうか………ズルい女なんだと思う」

「そんなこと………」


 私の言葉は片手で制止される。


「随分前に私ねサヨナラされて随分落ち込んでたの………そんな時に電車にその人に良く似た人を見かけて………はじめはその人に想い人を重ねて見ていた」


 正直ショックだったけど、首を振り続きを促した。


「ある日気付いてしまったの………その人の視線にね。でも私から声を掛けるなんてイケナイ事だと思えるほど眩しくて………キラキラ輝いて………何度かアプローチをしたけど中々気付いてもらえなくて…………今日ね諦めるつもりで賭けてみたの」

「………おねえ……さん」

「嫌よね。歳も随分離れているオバサンなんて………」

「そんなこと無いです!」


 どうにも卑屈になってるお姉さんをどうにかするにはまず自分から動かないと駄目だ!


「お姉さんは友チュウって知ってますか?」


 友チュウとは仲良しの相手とするキスで、本来頬っぺたやオデコにするものである。

 クラスに一人キス魔がいるがまぁこの際それは置いておこう。


「友キスの事?」

「多分そうだと思います。友達の約束って感じで………ダメですか?」

「…………本当にいいのね」


 お姉さんは私の隣に来ると肩を抱く様に引っ付いた。

 頬と頬が当たり徐々にお姉さんの唇が当たる。


「いいわね若いってお肌がスベスベで……でともう少し顔をこっちに向けて………」


 彼女の方に顔を向けるのはもう友チュウじゃないのは分かってる…………でも興味猫を殺す。

 魔法に掛かった様にユックリ唇同士が重なりあう。

 甘ったるい痺れが私の脳を麻痺させて思考能力を止める。

 彼女は私から溢れる唾液を吸出しコクコクと喉を鳴らして飲み干している。


 彼女に私の秘密を知られた気がして胸の奥がカァーッと熱くなった。


「んっチュ………舌……出して」


 恥ずかしかったけど舌が痺れるほどピンと延ばして期待に応えた。


 今度はお姉さんの口内からアップルミントの爽やかな液体が流し込まれ必死に飲み干すとお腹の辺りがキュッとなって温かさが増す。

 もしかしなくても私は今イケナイ事をしてるのだろうか?

 でもイケナイ事はとてもドキドキして気持ち良くて…………離れるの辛くなった。


「あふっ……お、ねぇ………

 はっ……さんんんん~」


 私の身体は意思に反して背筋はゾクゾクと粟立ち腰から下が気だるく時折ビクビクと振るえる。正直恐かった。恐かったけどそれはとても心地が良くて今ならまだ引き返せるって気持ちともっと探求したい気持ちが交差して頭が真っ白に成った。


「んはあぁぁぁぁぁぁぁ」


 ─────

 ────

 ──


 気付いたら私はベッドの上に横たわっていた。

 全身気だるく動くのも億劫だ。


「無理させちゃったね………ごめんね」


 私は首を横に振った。


「私の知ってる友チュウじゃなかったけど………嫌じゃなかった」

「そう言ってくれると嬉しいけど無理は禁物だからね」

「私って欲張りだって言ってませんでしたっけ?」


 お姉さんは呆れたように笑う。


「そんなに喜ばれるとまたしたくなっちゃうよ?」

「それは嬉しいけど………私達友達なのかな………」


 素朴な疑問だ。


「まだわからないわ………でも私達のペースで答えを探してみましょ?」


 お姉さんは覆い被さるように私には口付けをした。

 私はただお姉さんを抱き締めて受け止めた。






さて次回40話になります。


遅くなった理由は割烹にて。

では。


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