紅葉、自転車に眼鏡っ娘。
「私は貴女を殺めてきた」
スーツ姿の目の前の女が言った、銀髪を表面だけ黒くブリーチしているのか内側から銀髪が主張しまくっている。
本来なら聞き流す処だが残念ながら私は聞き返してしまったことを今更ながらも後悔している。
「私を殺したと言うのが事実なら今の私は何だ?」
「さぁ?動く死体か幽霊ですかね?」
「貴女がブードゥー教の信者なら兎も角、ゾンビは無いわぁ幽霊だって怪しいのにさぁ」
「それでも貴女を殺めたんです!」
彼女は力強く訴えてきた。
左目の下にある泣きホクロがセクシー。
仕事が出来そうな女性なだけに感性が残念だと思う。
「仮に貴女の言ってる事が事実なら、私に言うより警察に行くべきでは?それとも空想の産物なら他に行くべきと思いますが?」
私は警察組織のものでも医療従事者でも然りとて探偵でもない……一介の学生にすぎない。
他人から殺されるほど怨まれる事はしていないはずだ。ただ目の前の女性は初めて会ったのだから尚更である。
「私を疑う前にコレを観て下さい」
そう言って一枚の写真を出してきた。
そこにはウエディングドレスを着た二人の女性が写っていた。椅子に座る彼女の肩に手を置いて微笑む私の姿だった。
「これは何のイタズラ?」
「私と妻の写真です」
「でも、貴女とは初対面で……」
「なら私と伴に暮らした事実をお見せしますから同行お願いします」
彼女曰く私は死んでいるので眼鏡を着用してばれないように変装してほしいんだとか。
確かに普段から眼鏡は使う事は無いから変装出来ていると、鏡を見ながら思った。
「大変お似合いですよ」
どうも彼女の話を聞いているとなんだか断りづらい。
彼女の家は新興住宅側では無くて、山沿いのいわゆる古参の居住区にある一軒家であった。
私は何の疑問も持たずに彼女の後を着いていき、客間へ案内をされる。
室内のイメージがどれも懐古趣味で毛足の長い絨毯や家具などの調度品が埃と黴の臭いがしそうな物ばかりで、正直落ち着かなかった。
「……で証拠ってなんですか?私は早く帰りたいのですが!」
「先ずはお茶でも召し上がってください」
一緒に部屋に入ったばかりなのに温かなお茶とお菓子が用意されていた。
「なにぶん独り暮らしに慣れないから勝手がわからなくて……ごめんなさいね」
「……いえ」
湯呑みに口をつけて……飲む。
温かくて飲みやすい温度、そして緑茶の豊かな薫りに甘味さえ判るほど。
お茶を飲んで落ち着いて見ると部屋も掃除が行き届いていている。
これで独り暮らしで不慣れと卑下されると普段の私の日常が可哀想になってくる。
「済みません本題に入っても宜しいですか?」
「……あ、はい」
お茶一杯で気持ちが弛んでしまった!アブナイ。
「私と妻の出逢いは現在公園の遊歩道の一角にある『悠久の紅葉』でした」
悠久の紅葉とは町の観光資源の一つで秋は然程有難がる物でもないのだけど冬から夏に掛けて枯れることも無く只真っ赤に色ずく一本の紅葉。
俗説では親達の都合で別離をさせられた二人の娘の片方が愛する相手を待ち焦がれて血の涙を流して自害した。
紅葉はその血を今も吸い続けて葉は紅く染まり恋人を待っていると言い伝えがある。
その伝承に因んで役所は紅葉の周りに百合の苗を植えて夏には白色の花の中にある紅葉が絶景で多くの女性が足をはこんでくるほどだ。
「地面から人の腕が出ていて大変怖かったのですが……」
地面から出ていた腕はブンブン動いていたからそれ掴んで引き抜いたら可愛らしい女学生だった。
「それが妻なのですが……」
女学生は開口一番に怒鳴ってきて、『私は貴女の人形じゃない!』
「それはもう可愛らしくて、ジェットコースターのように恋に堕ちちゃいました……きっと紅葉が逢わせてくれたのですよねきっと!」
そう言ってる彼女は幸せそうに微笑んでいた。
「……で、そんなに愛していた彼女、奥さんを殺したのですか?」
「殺してはいません!殺めたのです!!」
「??」
イミワカンナイ!
「どうも理解して貰えないみたいだから、殺めてしまった場所を見てもらいましょう♪」
それがいいわ!っと、まるで家電量販店で洗濯機を決めた後についでに冷蔵庫も買っちゃえ!って衝動買いをした主婦のような笑顔で言ってきたから困った。
「こっちこっち!」
彼女は歳上なのよね?そう疑いたくなるほど無邪気に笑い、私を部屋から連れだそうとする。
「さぁどうぞどうぞ♪」
案内された部屋に入るとピシッと時間が停止した感じだった。
その部屋には窓も一切無くて、壁から天井まで大小様々の私の写真が貼り付けてあった。
私はその部屋を見て何故か恐いよりも懐かしさを覚えている。
「ごめんね、特長が無い部屋だから戸惑うよね……えへへ」
「……これは、わ た し?」
「正面の壁一面のはそう、後は妻の写真良くわかったね♪」
奥さんの写真は常にセーラー服やナース・メイド服等の何かの服装で写っていた。
「奥さんは何の仕事をしていたのですか?」
「ん?してないよ!強いて言うなら『絶対に労働することはないけど、パートナーを思いやる気持ちと、自由な発想と何事にも動じない鋼のような精神を保つ存在』かな」
何か引っ掛かるが、どうにも言葉が浮かばない。
「一般的な流行りから持ってきた仕事だからね!………確か、『ニートとか……ヒモとか……一級在宅士とか総戸締役社長……』そんな感じ?」
「超ダメ人間じゃないですか!本当にそれでよかったんですか!」
「いいも悪いも、彼女の存在そのものが仕事の原動力なんだから仕方ないよね?それに……」
「それに?」
「妻を他の人の視線で穢れて欲しく無かったのよね……うふふ♪………ダッテ私以外ノ存在ハ不要デスヨネ!妻ヲ愛セルノハ私ダケダカラ♪」
一瞬空気が凍りついた様な寒気が背筋にはしった。気のせいだろう。
「で、私を殺めた場所は何処なんですか?」
「ん……キスしたら喋っちゃうかも♪」
「ふざけないでください!」
「いやねぇ!至って真面目よ?ふふふ♪」
「………なんなんですか!真面目に答えてください!」
「わかったわぁセッカチねぇ♪あのね……」
彼女が言う妻を埋めた場所は公園の一角で周りは鮮やかな緑色が連立する中に一本だけ紅く染まった木。『悠久の紅葉』。
まるで人の血を啜って色付いているかのようだった。
目印に赤色の自転車を地面に突き刺したらしい。
「あらあらおかしいわね……この辺に埋めたのにねぇ」
自転車は何処にも無かったが、花壇から外れた場所で土の色が変化している場所があった。
「……もしかして」
自転車が有ったらしい場所を掘り返すが死体どころか毛髪一本、爪一枚見つかることも無かった。
そろそろ断念しようと思った時スコップから軽い感覚を得たのだ。
「……」
スコップを足下の地面に刺すと素手に切り替えた。
「……ここだけ軟らかい」
夢中で掘り返すと穴の底に更に奥へと誘い掛けるようにボコッと穴は広がっていった。
広がった穴の奥は暗く湿った空気が流れてくる、手を入れるのには少々怖かったが暗い孔の中に入れてみる。
「中はどんな感じですか?」
「……かなり広そうですね、壁に手が当たりませんよ」
「……そうですか」
私の手の甲を何かが触れた。
「みゃっ!」
「どうされたのですか?」
「い、今何かが触ったの!ニュルンって!」
穴から腕を出そうとするが、何かに絡め取られて動かない。恐い恐い恐い!恐くて死にそうだ!
助けを求めるべく後ろを向く。
「……た、助け…」
しかし私の声は届かなかった。
あろうことか、女は私の背中をドンッ!っと押したのだ(物理的に!)。
背中に当たる女の手、バランスを崩した私は顔を庇う様なポーズで穴へと頭から落ちていった。
はしった。
背後から何か声を聞いた気がする。
落ちていきながらも何かに引っ張られ続ける私は、彼女の事を思い浮かべる。
――――なんて言ったのだろう?多分『ごめんね』だろうか?
彼女との出逢いはメチャクチャなのに、それが自然で。
初めて会ったのに、懐かしくて。
そして、私を妻呼ばわり!非常識なのに嫌いにはなれない。
もう!もう!!もう!!!今度逢ったら………
―――好きになるに決まってる♪だから………。
私の腕を掴み目の前で私を見て驚いている銀髪ショートの女の子の眼鏡フレームで見辛いけど、確かに左目の下にある泣きホクロを確認する。あった。
「いいこと!私は貴女の人形じゃない!!」
「………?」
ここまでは、聞いていた通り!この先は知らない。だから……。
「……ん」
「!」
彼女の言葉を待たずに百合キス10分間の刑を執行した。
噂では、悠久の紅葉の前でする口付けは二人を深く結びつけるという。
どうなるかは知ったことでは無い!
私はここからやり直すのだから!
この先は私の知らない物語。
私が居なくなった後の悠久の紅葉の前に独り佇む銀髪の女性は穴が塞がるのを確認するとヌッタリと立ち上がり拳を握る。
「貴女はいつまでこんな事を続けるのかしら?私の愛しい人……いえヤンデレ!」
「貴女と違ってあの娘には資質がある!」
回答しつつヤンデレは声の方に体を向ける。
「観測者たる貴女がいくら私を召喚しても無駄と理解しなさ………」
一瞬でデレデレの心臓に三徳包丁を突き刺すのはヤンデレだった。
「私はね、貴女の笑顔をみたくて始めたのに…………なんでだろうね……貴女を愛した事は間違ってない………だから………だから………でも、ごめんなさい貴女には無理なの、あのデレデレなら世界を救う勇者に成ってくれる!終わらせてくれる………そして私を…………」
――――必ず殺しに来て!愛しい恋人
はなうたさんからのお題『紅葉、自転車、眼鏡っ娘』です。
初期では、ポタリングしながら紅葉を楽しむ文系少女の話でした。
でもそれだと物足りなかったので痛々しいのにしちゃいました。
物語の終わりを始めるってやってみると楽しいですね。
だからと言って、続きませんよ!
では。