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前編

 ロンドンに留学中の俺は、夏季休み日本に一時帰国していた。

 

 普段なら上げ膳据え膳、実家暮らし楽チン~となるところだが、今回は日系ハーフの知人が、ホームステイすることになった。

 

 そいつはお袋の親友の子で、俺と同じロンドンの大学に在籍している。

 そいつの来日に、お袋は大喜びでウェルカム。

 

 しかし俺は複雑な心境である。


 それと言うのも、俺とそいつの仲は非常に悪い。

 仲が悪いというか合わない。


 へたれの自覚がある俺は、ずばずば物を言うそいつに苦手意識を持っていたし、やつはやつで強く言われるとたじたじになる俺にいらっとしていたようだ。


「国柄だろうが、個人の性格だろうが自分の意見を言わなきゃ、利用されるだけ。あいつらあんたのこと友だちなんて思ってないよ。便利だと思って、話しかけるだけだから」

 

 言葉のコミュニケーションがうまく行かずに凹んでいる俺に、そいつは止めを刺しに来た。

 言ってる事は正論だし、馴染めていないのは自覚があったが、その言い方がきつすぎる。

 

 そいつが不機嫌オーラを俺に向けているような気がしたので


「ごめん、俺何かやった?」


 と聞いたら


「あのさ、反射的に謝るくせどうにかなんない?ごめんって挨拶代わりに使う言葉じゃないから」

 

 きれられた。

 不機嫌の理由は、俺は全く無関係だった。

 

 英語も上達し、メンタルも随分鍛えられたが、やつへの苦手意識は変わらなかった。


 正直、やつが家に来るって知ったときは、帰国するの止めてロンドンにいようかなぁ?なんて思った。

 

 学校ならいざ知らず、プライベートの時間まで関わりたくない。

 

 うーん、と暫く悩んだが帰国することに決めた。


 友人にもご無沙汰だし、住んでいる家が一緒だというだけで、関わる時間は少ないだろうと判断。

 

 俺は久々の日本帰国で、友人と遊ぶ予定が沢山あったし、そいつはそいつで初めての来日に、色々な計画を立てているようだった。

 

 やつは、日系ハーフ。

 お袋が日本人なので日本語には問題ないだろうし、日本を満喫するだろうと思っていたが…。

 

 やつが家に来て、初めての朝食。

 昨夜親父が空港まで迎えに行った。


 日本で俺と会うのは、今朝が初めてだ。


「おはよう」


 日本語で話しかけてみた。

 時差ぼけなのか、ちょっとぽやっとした顔で


「おたよ」


 と返してきた。

 その妙な発音で、おや?っとやつの語学力を疑問に思った。


 やつのお袋が日本人なので、ある程度日本語が出来るのかと思っていたが…。


「Can you speak Japanese?」


「まだつきゃない」


「????」


 やつが何を言っているのか、全く分からない。

 

 手に日本語の辞書を持っているので、日本語で何か言おうとしているのは分かるが、理解不能。


「ふぁぁ~。おっはー」


 欠伸を押さえる手をそのまま上げて、挨拶をする妹にやつは


「おったー」


 と返した。

 おっはーが朝の挨拶と認識しているようだが、発音がおかしい。


 やつは日本語を覚えようとしているのか、辞書を引きつつ、一生懸命おしゃべり。


「すき」


 やつは出し巻き卵が気に入ったようで、しきりに褒めていた。


 お袋もまんざらじゃないようで、あっらーそう?と言いながら自分の分を分けている。


 語学力はゼロレベルだけど、やつの行動力は日本でも発揮されて、元気良く観光していた。


 最初は、案内とか押し付けられるかもと身構えていたが、やつは1人楽しく日本ライフを満喫。


「これ、おすたい」


 日本語を早く覚えるためか、やつは俺にも日本語でしか話しかけてこない。

 やつの凶器とも言える毒舌は日本の地で、封印されている。

 

 たどたどしい日本語で話されると、俺も邪険にし辛い。


 身振り手振りを交え辞書を引き、買った文具を自慢してくる。

 俺は、そうか良かったなと言って話を聞いていた。

 

 正直、何を言ってるのか殆ど分からないが。

 

 やつはスタンプを気に入ったらしく、大量に購入していた。それを押すための紙が欲しくて俺の部屋に来たらしい。

 

 犬や猫のスタンプの山に、小池の印鑑が混じっていた。


 小池?誰だよと思いながら、これは違くね?スタンプじゃねぇよと教えてやれば


「すき?」


 仕方ない、押させてやると言わんばかりに小池の印鑑を渡してきた。

 いや…そうじゃなくてな…と思いながら押した。

 

 そんなある日、お袋から俺に指令が下りた。


 やつのお袋が電化製品を所望しているらしく、俺に秋葉原までお供せよと。

 

 何だか日本へいるやつへの苦手意識が軽減している俺は、軽く了承。


 確かに日本語が話せないやつに、指定された家電を購入するのは難しいだろう。

 

 人に溢れる秋葉原駅。

 頭上に注意、鳩の糞と言う何故かけばけばしいしい看板が立っていた。


 何だろ?と辞書をぱらぱら捲っている。

 危ないので


「上に注意しろってことだ」


 と教えてやると、やつは怪訝そうに上を凝視。

 前も見ろっ、前もな!と焦る俺を気にせず、やつはフリーダムに行動。

 

 ちょっと目を離すとどっかに突進している。

 

 日本で使える携帯をやつは持っていないので、逸れたら見つけるのは至難の業だ。

 

 うぉっ!いねぇしっと焦ること数回。


 苦肉の策として、やつと手を繋ぐことにした。


「カピパラ!」


 繋いでいる手をぶんぶん振り回された。

 カピパラ?と怪訝に思いながらやつが指す方を見れば、タピオカの店。

 

 ピしか合ってなくね?と言う前にやつに引かれて、店の前に移動。

 

 ハチャメチャに動くそいつに振り回される。


「めんどきっちゃ!」


「は?何それ」


 メイド喫茶に連れて行かれた。

 愛情たっぷりのもえもえオムレツを食べた。


「まんが!」


 某有名バスケ漫画と某有名野球漫画を大人買い。

 全31巻と全26巻。日本語読めねぇくせに、と言う突っ込みはさて置き、持って帰れんのかよ、これ…。


 っつーかすげぇ重い。

 家電もあるし。

 

 筋肉痛決定したな…と思いつつ、家に帰ってからストレッチしていると、やつがちょいっと顔を覗かせた。


 差し出された可愛い和紙の葉書。


【ご新切にありがとう】

 

 ぎこちない文字が書いてある。

 新しい…と思うと同時に、下の方に押してあるどんぐりのスタンプに紛れた小池を発見。

 

 まだ、勘違いしてる。



 そいつの日本滞在も数週間過ぎる頃、やつが出かけたまま戻ってこないことがあった。

 

 いつかやるだろうな?と思っていたが、迷子だ。

 やつは携帯電話をもっていないので、公衆電話から自宅に連絡。

 

 基本的にやつはぎりぎりまで助けを求めない。

 自分でやるのが大前提で、俺に頼る事もほぼしない。

 

 受話器から漏れ聞こえるやつの声は、心細そうで、相当不安なんだろうと察した。

 

 俺の携帯電話にかけ直させ、英語での会話に切り替える。

 やつの居場所の情報が全く分からず焦った。


「今、どこだっ!?」


「せちがらく…」


 せちがらく、が世田谷区だとすぐに気付けなかった。穴だらけのやり取りの後大体の場所を推測。


「すぐに行くから!」


 と言う俺に


「………ん」


 返事するやつの声が小さくて焦った。

 やつは携帯電話を持ってないので、会話しながら場所を移動することが出来ない。

 

 人通りの少ないところにいると言うので、出来れば安全な場所に移動して欲しかったがそうなるとやつからの交信を待つしかない状態になる。

 

 あーもうっ!っと中々見つからず苛々した。


 見知らぬ地にいるのだから迷子にならないように注意しろって言っただろうが!と発見した時怒鳴りたくなった。


「だからっ、ちゃんと周りを確認しながら歩けって…」


 駆け寄った俺に、やつはぎゅうっとしがみ付いてきた。

 

 怒鳴りたくなった苛立ちはこの時点で霧散。

 人通りが少ないし、街頭も少ないので、怖い思いをしたんだとかわいそうになった。


「遅くなってごめんな」


 非がないなら謝るな!と言われるパターンだが、やつは何も言わずにしがみ付いてくる。


 聞けば今日、他にも色々と不幸なことが連続したようだ。


 そういう日ってあるよなぁ~と思いながら、コンビニ寄ろうか?好きな菓子買ってやろうか?と慰める。

 

 しょんぼりしているやつの手を引きながら、もっと早く連絡することと、連絡は自宅ではなく俺の携帯にかけるよう念を押した。


「いやっ、それよりも携帯電話だな」


 やっぱり携帯電話を持っていたほうが安全だ。


 次の日早速携帯電話を契約して、やつに渡す。

 日本語の勉強にもなるし、どこにいるか連絡するように諭せば


「お兄ちゃん、過保護~」


 と妹にからかわれた。


 うるさい。やつはフリーダムなので、現在地を把握しておかないと危険だ。


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