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翌日の朝食は、ひょっとしたら先日を上回る疲労感を僕に与えたかもしれない。席についた僕は多くの学生に囲まれ、嵐のような質問を浴びせられた。

 これが転校生への洗礼のようなものだろうか。

 以前の生活から好きな食べ物まで、ありとあらゆる質問に答える僕は、初日にして朝食を残す羽目になった。質問の中で最も多かったのが純奈のことだった。玲瓏での有名人であることに加え、彼女の容姿が男子学生たちの興味に拍車をかけているようだった。

 しかし、特化因子のことについては怖いくらいに触れてこなかった。これが他の学園とは違う、閉鎖された学園での彼らなりのルールなのだろうか。

 だとすると、触れてほしくない領域に、あえて踏み込むために作られた審問委員会は学生達から忌避されるのも無理はないと思った。そこに参加することになったと言ったら、彼らからの質問も少しは減っただろうか。

 玲瓏学園は中等部と高等部に、校舎と寮がそれぞれ分けられている。純奈と僕は高等部の二年で、全体で数えると五回生ということになる。

 食堂に君塚の姿は見えなかったので、僕は一人で校舎に向かうことにした。

 校舎までの道のり、昨日とは異なり多くの学生の姿がある。食堂の一件のように直接質問をぶつけてくる学生はいないが、見慣れない僕の姿に注がれる視線は多かった。

 校舎に入ると、真っ先に職員室に向かった。あらかじめ校内の地図に目を通しておいて良かった。ここで職員室への行き方を尋ねでもしたら、ますます転校生という存在を周囲にアピールすることになる。

 職員室に入ると、待っていたとばかりに一人の男が話しかけてきた。

「卯月君、こっちこっち!」

 声の主は無精ひげを生やした年配の教師だった。よれたワイシャツを纏い、声音とは裏腹に気だるそうな表情を浮かべている。

「担任の安岡だ。クラスは二年A組ね。審問委員会への所属も聞いてるよ」

 安岡は、まくし立てるように話した。

「はぁ、よろしくお願いします」

「じゃ、行こうか」

 安岡は言うべきことを述べ終えると、机の資料を手に取り、さっさと立ち上がった。

 僕は慌てて質問を投げた。

「審問会のこと、もう聞いたんですか?」

「? もうっていうか、君が玲瓏に来ると分かった日、志堂が俺のところに所属の旨を伝えに来たぞ」

 ……相変わらず手が早い。僕が断らないと確信していたのか。嬉しさもあるが、心を読まれているようでいささか不快でもある。

「よく許可が下りましたね」

「まぁ、俺が審問会の顧問みたいなもんだしな。半ば強制に判子押させられたけど……」

 安岡は気にする様子もなく経緯を話した。純奈の行動力もそうだが、安岡の事なかれといった態度もどうかと思う。

 安岡の後に続いて廊下を進む。彼の背中は、新築の校舎には不釣合いに見える。

「ついたぞ、二年A組だ。心の準備は?」

「――大丈夫です」

 安岡のらしくなさそうな心遣いに感謝しながら、僕は彼に続いて教室に入った。

 教室は多少のどよめきこそあったが、安岡の一声ですぐに収まった。僕の目に映る全ての人間の視線が、こちらに向けられる。

「転校生だ。卯月遼次くん。仲良くなー」

「よろしくお願いします」 

 わずかな囁き声と視線。騒がしく質問をされる方がかえって気が楽だ。

 停滞した空気の中、視界の隅で動くものを捉えた。目をやると、それはまさしく志堂純奈その人だった。顔の横で小さく手を振っている。同時に佐渡国光の姿も確認できた。

 佐渡は偶然だとしても、純奈はやっぱり同じクラスだったか。あきれ半分だが、この緊張感の中では純奈の存在が天使のように思えた。

 そしてこれも彼女の行動による功績なのか、彼女の隣は空席だった。

 安岡に諭され席に向かう僕を、当然のような顔で迎える純奈。

「よろしく、遼次」

「これは偶然なのか?」

「さぁー」

 純奈はニコニコ笑いながら僕の言葉を受け流した。

「そんなことより大変よ、休み時間」

「はい?」

 そして訪れた休み時間、僕は純奈の言葉の真意を知ることになった。

 やはりこの時期の転校が珍しいのか、はたまた純奈との関係に興味があるのか、授業毎に挟まれる休み時間の度、佐渡を中心にクラス中の質問攻めを受けた。それは朝食時の比では無く、僕は休みに休めず、昼食の存在自体も忘れてしまった。

 純奈は最初からこの結果を見越していたのだろう。明らかに疲弊していく僕を横目に、度々口元をほころばせていた。

 放課後を迎え、ようやく質問の嵐はやんだ。佐渡やクラスメイトに別れを告げ、僕と純奈は会室へと向かった。

「疲れた……。助けてよ、純奈」

 ただでさえ多数の人と同時に会話する機会なんて、今までの僕にはなかったのだ。

「いい経験になったでしょ?」

 自分のことのように笑う純奈。その笑顔に、非難の念は消し飛んだ。

「良いか悪いかは分からないけど、経験値は大分たまったかな」

「なら、よしとしましょ」

「で、今日は何をするんだ?」

「着いてからのお楽しみ」

 そういうと純奈は急に黙ってしまった。これ以上今は話すつもりが無いらしい。

 昨日彼女の話を聞いたとき、随分と悩んでいるように思えたが、今日はそんな様子を微塵も感じさせない。むしろ――。

「楽しそうだね」

「楽しいもの」

 そう言うと、純奈はニコリと笑った。

「もっと悩んでるかと思った」

「もちろん悩んでる。でも……言ったでしょ。遼次、あなたがいることに意味がある、って」

 顔を赤らめながら、純奈は歩を早めた。僕自身彼女の言葉を受けて、気恥ずかしさでいっぱいだった。

 少しだけ、周囲から純奈に関する質問が多いことに納得できた気がした。

 会室のドアを開けると、君塚は流れるような動作でこちらに頭を下げた。

「何か飲みますか?」

「んー、紅茶頂戴。ミルク多めのやつ」

 今になってしっかりと会室内を見渡すと、随分と物が多いことに気づく。ケトルから冷蔵庫、パソコン、様々な書籍。純奈のやつは完全にこの部屋を私物化していた。

 僕は備品の数々を見回しながら、会室の中へと踏み入れた。

「遼次さんはどうします?」

「悪いね。コーヒー頂戴」

 君塚によって運ばれて来た飲み物に口をつけると、さっそく純奈が切り出した。

「始めましょ。君塚」

 はい。と返答すると、君塚が話し始めた。今日は彼も席に座っている。

「今のところ特化因子に関わりそうな問題は二つあります。一つ目は――やはり南後さんですね」

「やっぱあいつか」

 君塚の昨日の言葉を思い出す。しかし特化因子絡み、となるとやはり、ただ単に不仲という問題だけではないのだろう。

「具体的に教えてもらってもいい?」

「南後冴、風紀委員長。顔は良いけど性格が悪いのよ。そういうこと」

 全容を語ったかのような口ぶりだが、僕にはうわべだけの、それもかなり主観の入り混じった意見にしか聞こえなかった。つまりは、どういうことだ?

「特化因子が絡んでるのか?」

「当然、そのための私達だもん」

 純奈は余程嫌っているらしい。これではまるで話が進まない。君塚に視線を向けると、僕の意図を察してくれたのだろう、具体的な話を始めてくれた。

「単刀直入に言うと、彼女の因子は『約束』で、これを使っての行動が少し行き過ぎているようです。審問会の僕のもとへ、直接話が来たくらいです」

「聞いたこと無いな、そんな特化因子」

 事件性の伴う因子の使用であれば、報道がなされるはずだ。さもなければ、企業に重用されるために、世間の目が向く場所までは出て来れない。

「えぇ、かなり珍しいらしいです。というか、そもそも自分の因子を人に話すケース自体稀なので……」

「目立ちたがり屋なのよ」

「純奈」

「はーい」

 会話の隙を見付けては悪口を言う純奈をいさめつつ、僕は君塚の話を促す。

「それで?」

「彼女の『約束』は文字通り約束という概念によって成立します。やっかいなのはその効力ですね。約束が果たされた場合、別段何も起こりません。しかし、破られた場合何らかの不幸が訪れるらしいです」

「あぁ、それで周囲の人間と『約束』をして、不幸を恐れて逆らえないと」

「そうです。簡単な約束は実行すればすぐに果たせますが、世の中には破ることが出来ても、果たすことが出来ない約束もありますから」

 果たすことができない約束? そんな約束があるのだろうか。

「友達でいてね。とかかな」

「あぁ……。なるほど」

 それは確かに果たせない。おつかいや頼みごとのような、行動に終わりがある場合とは異なり、一見優しそうで、何気ないその『約束』には期限がなく、果たすという結果は得られない。

「不幸ってのは具体的に?」

「こればっかりは確実な情報がないんですが……。噂によると南後さんは昔、『約束』の効力で近しい人を亡くしているそうです」

 君塚は「あくまで噂ですよ」と付け加える。

 だとしても、人が死んでいるのか……。

 そこまで大きな話なら、危険すぎる。

「特化因子に関する事件は多くありますが、その全てが証明できるわけではありませんから……なんとも言えませんね」

 僕は自分の『予感』に近しいものを感じた。僕に原因が無いとしても、結果次第では自分を責めることになるだろう。南後冴も等しい悩みを少なからず抱えているはずだ。

「過去に何があろうと、現状で人を苦しめてたら、それはもう立派な悪よ」

 純奈の言葉に僕は内心ドキリとしてしまった。勿論、南後冴を擁護する気はないが、彼女にも何らかの理由があるように思える。

「『約束』ってことは、相手もそれに同意したはずだろ?」

「そうですね。おそらくは……。しかし約束事の内容までは個人の問題なので、現状では分かりかねます。こちらはもう少し情報を集めないと」

「分かったわ。引き続きお願いね、君塚。もうひとつの話は?」

「もう一つのほうは、どうも具体的な人物に関することではないんです。随分と不可解な現象で、学園内でもあくまで一部の噂程度で……」

「と、言うと?」

「学園内に、音のない場所があるそうです。その場所に行くと周囲の一切の音が聞こえなくなるそうです。実際に体験した人がいることから、おそらく特化因子絡みの現象だと思います」

 言い終えると、君塚は読み上げていた冊子を置き、自分のマグに口をつけた。純奈はまだ疑いを持っているのか、腕を組み首をひねっている。

「どう思う? 遼次」

「そうだな……」

 特化因子に理由を求めることは、この際やめよう。世界の科学者が辿りつけない答えに、僕の一瞬のひらめきが到達できるとは思えない。この場合重要になってくるのは、おそらくその現象を引き起こしている人の意図。それを考える必要がある。

 音を消す特化因子が存在することを前提に、それを校内で使用する理由はなんだろうか。真っ先に思いついたのが、

「人に見つからないように何かをしていたとか……」

「いやらしい」

「……純奈がね」

「でも、それだとかえって自分の場所を周囲に伝えることになりませんか? ちなみに本人がいる場所は分からないので明確な距離は分かりませんが、実際にその現象に遭遇した人は数十メートル走ったところで音は回復したそうです」

 走るという行動を取ったように、やはりその現象に突発的に遭遇したのであれば、気味悪がり、そこから真っ先に離れるだろう。しかし当人の位置がつかめない以上、明確に反対方向へ走れる保障はない。

「その人は運よく抜け出せたけど、ひょっとしたら対象者に向かって走ってしまう可能性もあるわけだ」

「そうね。その人が偶然音の無い場所に踏み込んだのか、偶然近くで因子を使ったかも分からないわね」

 偶然という言葉で片付けたくないが、それ以上に考えられない。現に君塚の言い分だと、せいぜいそれはいたずらで終わる問題で、実害が出ているわけではないようだ。

 もしかしたら――。

「特化因子の発現ってことはないかな?」

 純奈が悩んでいたことの一つ。僕はそれに行き当たった。特化因子の二次的発現により、なんらかの現象を起こせる状態になってしまう。僕の『予感』や純奈の『予知』のように。そしてその背景には、多大なストレスを伴った心理状態が展開される。

「それは十分考えられるわね。戸惑いや焦燥から感情が揺さぶられて、無意識に因子が使われてしまっているのかも」

 今のところは、その線が強そうだった。

「うーん、でも……」

 推理という程大げさではないが、これだけの情報から答えを導くのは難しいだろう。

 コーヒーはとうに熱を失い、とても口をつける気にはなれなかった。

「よし!」

 声を上げ、純奈が勢いよく立ち上がった。

「何か分かったのか?」

「街に繰り出そう」

「はい?」

 先ほどからうなっていたのは、深く思考をめぐらせていたためではなかったのか。僕はつい、意識せずため息を吐いてしまう。

「実際ここで頭を抱えてても、今の段階では答えはでないと思うの。実際に街を見るってのも良いかもしれないわ」

「まぁ、否定はしないけど。なんでまた急に」

「遼次に街を案内しないとね。それに、お腹も減ってるでしょ?」

 朝から続く質問攻めと、先ほどからの議論ですっかり忘れていた。いざ思い出すと、途端に急激な空腹感が襲ってきた。

「非常に助かるよ」

「じゃあ早速行きましょ」

 純奈の言葉を合図に、僕らはそそくさと会室を後にした。僕と純奈が並んで歩き、少し後ろを君塚が追う形だ。

 商業区は先日に引き続き多くの学生達で賑わっていた。装飾から食品まで、各種取り揃えているようだ。島という社会から隔絶された環境において、衣服がそれほど大きな意味を持つとは思えない。ましてや学生という身分、私服を披露する機会はかなり限られるのではないだろうか。

「自分で選んで買うってことが大事なの。それがこの島で日常や普遍性を保つ秘訣よ」

 僕の疑問に純奈は迷わずに答えた。

 異常ではないが、普通ではない。二日目にして、玲瓏の学生が抱える不安定さの片鱗に僕は触れてしまったようだ。自分にとっても、いずれこの危うい日常が当たり前になるのだろうか。いや、そうならないために純奈は審問委員会を作ったはずだ。

「学生のための街だから、流行やニーズに合わせて店や売り物なんかもどんどん変わっていくの。だから過度に集中する店ってのは基本的にないわね。逆に潰れるくらい過疎化が進んでいる店も無いわ」

 なるほど、上手くできている。学生のために常に変化を続ける街か……。どこまでも受動的になれるが、飼い慣らされている印象はぬぐえない。

「純奈のおすすめは?」

「私は普段商業区ではカフェで食事して、読書するくらいしかしないからなぁ……」

 見た目に反しない楚々な行動ではあるが、僕の懸念は膨らんだ。やっぱり、純奈は友人が少ないのだろうか。

 突然、純奈がギロリと目を剥いた。

「今失礼なこと考えてた?」

 因子云々を抜きに、鋭いやつだ。

 しかし失礼と分かってはいても、彼女の友人として聞かないわけにはいかないだろう。

「あのさ、女子高生って言ったら友人とショッピングとかじゃないのか?」

「いやまぁ……そうなんだけどね」

 言いよどむ純奈の視線が泳ぐ。心なしか、後ろを気にしているようにも見える。

 僕らの後ろには――君塚。

「確かに、周りは遠慮するかもな」

「友人がいないわけじゃないの!」

「分かってるよ」

「ま、これからは審問会の仕事も増えるでしょうし、瑣末な問題よ」

 そう言って純奈は屈託のない笑顔を僕に向けてくる。

 とりあえずは目先の問題を片付けよう。それは、僕の空腹事情だ。

 僕らは商業区の街並みを眺めながら、純奈の口にしていたカフェへ向かった。なんでも青菜のクリームパスタが絶品とのこと。その味を想像しただけで、僕の口内を唾液が満たした。

 カフェは大通りをいくつか外れた場所にあり、他の飲食店とはだいぶ距離を置いていた。店名は「モノリス」で、いつぞやSF映画の中でその名を耳にした覚えがある。純奈に聞くと、「孤立した岩って意味よ」とそっけなく答えた。僕の勘違いだろうか。

 店内は狭く、申し訳程度にテラスが数席でている。通りの静けさから予想したとおり、店に客はいなかった。僕らは通りが見える窓側の席を選んで座った。そして、さっき過疎化が激しい店は存在しない、と純奈が言っていたのを思い出す。

「ここがなくなったら、私に授業以外の居場所は自室以外なくなっちゃうもの。君塚に頼んで残して貰ってるの」

 純奈が志堂を使ってまで自分のために残す価値が、この店にあるのだろうか。

「特別な思い出でもあるの?」

「特にないわ」

 一見するといたって普通のカフェのように思える。チェーン店にはない落ち着きはあるものの、それは人気の有無という差でしかない。

「コーヒーにこだわるタイプだっけ?」

「それは遼次が知ってるでしょ。コーヒーを飲みたいと思う時はあるけど、正直インスタントとお店で飲むコーヒーの違いも分からないわ。それに、私は紅茶派」

 仮にも志堂の令嬢の言葉ではない。

 僕はブレンドと、例の青菜のクリームパスタを頼んだ。勿論、大盛りにすることを忘れない。君塚もブレンド、純奈は主張通り紅茶を頼んだ。

 運ばれてきた飲み物を口にすると、三人の口から計ったように同じタイミングで吐息が漏れた。

「さっきの続きだけど、特別この店に思い入れがあるわけじゃないの。ただ自分の居場所が欲しかった」

「自分の部屋以外にってことでしょ?」

 僕はパスタを口に運びながら、純奈の話に相槌を打つ。うん、これは旨い。

「なんていうかさ、一人の時間にも色々あると思うのよ。自室とここ。同じ一人の時間にも、場所によって全く違った価値があると思わない? まぁ、ここでの一人の時間は、正確に言えば一人っきりってわけじゃないんだけどさ」

 君塚が申し訳なさそうに「すいません」という言葉とともに頭を下げる。

「いいのよ。分かってる」

 純奈は君塚に向けて手をひらひらと振り、頭を上げるよう促す。

 純奈の言う一人の時間というものを、なんとなく僕も理解できた。

「自室と出先で読む小説のジャンルが違うとか?」

「うーん……。分かるようで分からない」

「そうですか……」

 通じ合えたと思ったのは勘違いだったようだ。ちなみに今の例は僕自身のこと。ミステリーはどうにも自室では読む気が起きない。もっぱらこういう静かなカフェなんかじゃないと読めない。

 完全な一人きりという状態ではなく、人が周囲にいつつ、自分と他人の間にはどこか壁がある。カフェのような場所でこそ、疑心暗鬼に囚われ、周囲に拒絶の意を示すミステリー小説の登場人物の心境にシンクロできるのではないか、とは姉さんの考察。

「もしかしたら――」

 先ほど純奈に頭を下げてから黙っていた君塚が、ゆっくりと口を開いた。

「――例の音の無い場所の原因となる人も、そういった場所を求めていたのかもしれませんね」

「なるほど……」

 純奈は足を組み直し、こくりと頷いた。 

 君塚の指摘は心地よいほどに、僕と純奈を納得させた。

 驚いた被害者が自分の方に向かってくるのでは……。という考えを抜きにすれば、理由として君塚の意見はとてもしっくりときた。

「一人になりたかったのかな」

 純奈がぽつりと呟いた。それに連動するように、彼女の先ほどの言葉が耳にこだまする。

 ――同じ一人の時間にも、場所によって全く違った価値があると思わない?

 音の無い場所の主は、なぜ孤独を求めたのだろうか。

「明日、『予知』を使ってみようと思うの」

 君塚の肩がピクリと動き、僕は驚いて純奈を見つめた。

「なんでまた……急に」

「多分、多分だけど、その人はきっと悩んでる。一人の場所を探さなくちゃいけないくらい。その人は悩んでるんだと思う」

 純奈の言うその人、とは音の無い場所を作り出している人物のことで間違いないだろう。

「因子で悩んでるのなら、私も因子で立ち向かわなくちゃ」

 独り言のように呟き、純奈は唇をきつく結んだ。

 その覚悟を否定する材料は僕にはなかったが、不可能性を説く言葉は持ち合わせていた。

「純奈はその人を知らないだろ? 『予知』は無理だ」

 純奈の『予知』は人を起点として未来視を行う。知らない人にまつわる未来は当然見れないし、能動的に因子を使わなければ勿論未来視はなされない。純奈が姉さんの死を見れなかったのはそのためだ。

「学園の生徒全員の未来を視るつもりか?」

 それはあまりにも無謀だし、そんなこと僕が許さない。三年前に一度だけ『予知』を使った所を見たが、それを終えた純奈は息も絶え絶えで涙を流し、見ているこちらがつらかった。その時姉さんは僕に「二度と使わせるな」と言った。

「僕は純奈に使ってほしくない」

 姉さんの言葉があったからじゃない、僕も純奈の苦しんでいる姿など見たくない。

「考えがあるの」

「聞こう」

 頭から否定する気はない。結果的に、純奈に因子を使わせなければいいのだ。

「部屋ではない、一人の場所を求める程にその人は追い込まれている。そんな状態の人が日中普通に登校しているとは思えないの」

 僕達が全てを把握できているわけではないが、君塚の情報では最も早く音の無い場所が現れたのは丁度一週間前。その付近から幾度かの休みを取っている生徒、ということだ。。

「玲瓏は各学年にばらつきはありますが、中高を合わせると千人以上になります。その中から条件に合う人を探しても、まだまだ人数は多いと思いますよ」

 君塚は暗に『予知』を使わせないようにしている。立場上純奈の意思を止めることが出来ないのだろう。僕が純奈を止めるしかない。

「君塚の言うとおり。『予知』はダメだ。どうしても使うというなら、僕の『予感』を使っての捜索がダメだった時だ」

 この言葉は思った以上に純奈に効いたらしい。

「……分かった」

 顔を上げた彼女の泣きそうな顔は見ていてつらかったが、もはや仕方が無い。覚悟をないがしろにしたことに対しても、しっかりと心の中で謝罪する。周囲を巻き込んででも純奈を守ろうと、そんな使命にも似た感情が僕をつき動かしていた。

 ふと君塚の顔を見ると、慌てたように顔を逸らした。意外な反応だったが、僕の主張に対して彼なりに思うところがあるのだろう。

「とにかく。明日はその生徒を絞る作業に専念しよう」

 頷く君塚と、どこか上の空の純奈。彼女の顔を見た僕の心中は穏やかではなかった。なにか嫌なことが起きるのではないか。これは、決して『予感』ではい。だがその思いはぬぐえなかった。

  ふいに四人組の女学生がモノリスの前を横切った。内ひとりが一瞬こちらに視線を向けたが、たいして気にする様子もなく、彼女達はそのまま歩き去った。

 ――孤立した岩って意味よ。

 再び純奈の言葉が、耳に響いた気がした。

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