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夕日が教室から漏れ、赤く染められた廊下を僕達は進んでいた。グリップは汗に濡れて滑りやすくなっている。こんなんじゃいざという時に銃を落としてしまうかもしれない。近くに生き物がいない事を確認しワイシャツで手を拭く。冬だというのに背中まで汗を掻いているのを感じる。ワイシャツがピッタリとくっついて気持ち悪い。だめだ。しっかりと集中しなければ。階段まで移動しただけでこんな様じゃこの先やってけない。
一歩一歩階段を踏み外さないように進む。後ろには化物が本当にいないのだろうか。僕は本当に生存者を見つける事ができるんだろうか。雑念が頭から離れない。
集中しろ。集中しろ。
「ーーッ!南から狼が一匹来てる!もうこっちに気づいてるみたいだ!距離はあと十五メートルも無い!」
今僕達は階段の踊り場にいる。これから駆け上るのか。それとも迎え撃つのか。判断は要に任せる。
「俺がおびき寄せるからお前らはもう少し階段上って腹ばいになって待ってろ!」
そう言うや否や要は駆け出した。僕達も言われたとおり、階段を十二段中半分の六段登って身を伏せる。
要の背中が見える。もちろんあいつは一人でどうにかしようとは思ってない事ぐらい分かるがそれでも不安が過る。
狼が見えた。要は階段ギリギリの所に立って動こうとしない。あんなところじゃ録に動けもしないのになぜ!?狼は狙いを定めている。警戒しているみたいだが、今まで大した苦労もせず人間を殺せていたせいか、要の首に狙いを定めるとその脚力を活かし飛び掛った。
けれど要もそれを待っていたかのように動いた。今まで狼の飛び掛りなんて反応するのが精一杯だった。しかし今は違う。レベルが上がった僕達にはそれを躱すだけなら十分可能だ。要は上がった脚力で横に跳び、無理矢理体を捻って回避した。
それにより狼は飛びかかる対象を見失う。ここは空中。方向転換など出来ない。しかも階段だ。地面に着地するまでにはえらく時間がかかる。要は自分の脚力を活かし回避し、そして更に狼の脚力を逆手にとったのだ。狼が僕達の頭上を超えていく。撃つならいましか無い。僕は銃を構え引き金を引いた。明日香も僕と同時に撃っている。お互い一発ずつ。それで十分だ。動いているがあまりにも的は近い。更にレベルにより能力が一段階すべて上がっている。どちらの弾も狼の頭を貫きーーそして狼は踊り場に突っ込むように落ちた。狼の頭から血が湧き水のようにとくとくと流れているが、ある程度血に耐性が出来てしまっている僕達は何も感じない。。
レベルアップーーそれは思っていたよりとても効果が大きいのかもしれない。特に前衛の要にとってはその効果は計り知れない。今回はレベルが上がらなかったが、今後狙って見るのもいいだろう。
「海斗、取り敢えず四階で他に動いているのはいるか?」
「いや、いないな。息を潜めているならともかく、歩いている音は聞こえない」
明日香はその言葉を待っていたのか僕が言い終わるとすぐに声を荒立てた。
「要!あんたなんであんな事したの⁉全員で撃った方がもっと安全だったじゃない!」
「あぁ……まぁ分かってんよ。けどよぉ。あんなにでかい狼に覆いかぶさるように来られたら普通ビビるだろ。それに足場は悪いし踏み外す可能性だってある。階段を全員で上がったとしても狼との距離を考えたら明らかに近いし、密集してて避けれねぇだろうよ。それに結局後ろも階段だしな。まぁ確かに危なかったかもしれないが、上手くいったんだからそう怒んなって」
要は怒られるのをわかっていたようだ。頭を掻きながら居心地悪そうにしている。明日香もあの行動が正しくは無くとも間違っていないとは分かったみたいだが、それでも怒りが収まらないのかわなわなと震えている。そこに沙智が笑顔で歩み出て言った。
「まぁいいじゃないですか。私なんて攻撃すらさせてもらえなかったんですから。うふふ」
怖い笑顔だった。やる気満々だったのに、初めから自分だけ矢を放てない状況だったからだろうか。要も明日香も見た事のない沙智の迫力に冷や汗がにじみ出ている。ってか沙智がうふふなんて笑うの始めて聞いた。
「ま、まぁそんなことより早く生徒会室行こう。ほら、何事も早いに越した事は無いってよく言うしさ」
「そ、そうだよそうだよ。話なんてしてないでもっと集中しなくちゃ」
僕の助けに明日香は乗るとさっさと歩いてしまう。こうなると沙智も話を中断して着いて行くしかない。僕もそんなことよりという言葉を口にしてから何故か冷や汗が洪水のように出てきていたので黙って着いて行った。
「あーだめ!生徒会室鍵かかって開かない」
生徒会室前まで辿り着くと明日香が扉に手をかけた。しかし鍵がかかっている様子で開きそうもない。
「中も人のいる気配は無いね。ここは無理して開ける必要ないんじゃないかな」
その言葉に皆同意し次の音楽室へ向かった。
階段まで行くとバサバサという羽ばたく音や金属を引っ掻いているような音が上から聞こえた。
「ちょっと待って。もしかしたら上に蝙蝠がいるかも。これは……六匹かな。まだあっちは僕達に気づいてないけどどうする?」
「大丈夫じゃないか。あれは飛ぶだけで狼ほど速くねぇし、頭も大きそうだ。静かに上ってこっちからふっかけよう」
僕達は踊り場へ上がった。蝙蝠達は音楽室の扉に体当たりしたり、体の大きさとあまり変わらない大きな口をこれでもかと開き尖った歯で引っ掻いたりしてる。この世の生物としておかしい形状、そもそもあのような大きな巨体を持っているのになぜ飛べているのかも分からない。
「要、わかってるだろうけど音楽室にまだ人が10人近くいる」
「だろうな。じゃなきゃあの化物の行動がおかしい。それにしても六匹か……どうやって殺すかな」
音楽室の壁はそもそも音が漏れないようにできていて他の教室の扉と比べてかなり頑丈だ。中にバリケードでも作れば恐らく狼でさえ開けれない。蝙蝠なら尚更だ。 そう考えるともしかしたらこの状況はずっと前から続いているのかもしれない。そして僕達が蝙蝠と遭遇しなかったのも、ここに大半が集められていたからだと想像できた。
「手榴弾ぽーんて投げればいいじゃん」
「いや……明日香……お前少し短絡的過ぎないか。手榴弾の威力ってのはな、半径10メートル以内だったら大体七、八十パーセントの確立で致死傷を与えちまうぐらい強いんだよ。こんな所で使ったら床とか壁まで破壊しちまうし、あんなかの生徒も無事じゃ済まない」
「でもここまで来て見捨てる事はできませんよね……そうなると分断ですか?」
「しか無いだろ。いや……ちょっと待てよ……ーーッ!なぁ……海斗は目瞑ってもあいつらの居場所は分かるよな?」
「うん。まぁあれだけ羽バサバサさせてれば簡単に分かるよ」
「だよな。ったくお前の能力は本当に使い勝手が良いな」
要は何か思いついたようだが一向に喋ろうとせず、静かにくつくつと笑っている。蝙蝠たちはまだこちらに気付かない。どうやら目は発達しているが、その分耳はあまり発達していないのだろう。その目だって僕達と蝙蝠達には高低差があるため視界に入りにくく役に立っていないようだ。
「何か思いついたんならさっさと言いなさいよ」
「分かってんよ。あぁ……武器なんて周りにいくらでも落っこちてんだな……思い知ったわ。いや、これじゃまさに漫画だな。けどおもしれぇな……」
要は何がおかしいのか相変わらず顔やニヤかせながら説明する。
「あいつらは目が良いが耳が悪いのは分かるだろ。俺たちがこんなに喋っていても聞こえてないんだからな」
「うん。確かにそうだね」
「そんじゃあの目を潰しちまえば良いと思わないか?」
「え?でもあの目を弾や矢で潰すのとあの蝙蝠たちを殺すのはほぼ同義じゃないですか」
「あぁ。まぁそうだな。弾や矢を使ったならな。じゃあ煙幕だったらどうだ?」
「そんなの持ってないじゃない」
「それじゃああれならどうだ」
そう言って要はアゴをしゃくる。その先は蝙蝠達の少し下。消火器を指していた。




