後編
いよいよやってきたアロウス様の結婚式当日。
アロウス様の幸せそうな姿をしっかり見届けようと私は母と共に今日の式場である大聖堂に向かいました。
そう、向かったところまではいいんです。
しかし、しかしですよ、
「これはいったい何なんですか~!????」
時は遡ること2時間ほど前、私たち母子は大聖堂に到着いたしました。
不思議なことに今日の参列者はかなりの人数だと思っていたのに、そこにはまだ誰もおらず。
もしや、日にちか時間を間違えたか!?とあたふたしだした私は、母に「大丈夫よ~」と笑いかけられながら腕をグイグイ引っ張られ、大聖堂の中にある小さな部屋に押し込まれました。
そして、部屋に入った瞬間、
「エルサ~!! 久しぶり」
というリズさんをはじめとするクリスフォード家のメイドの皆様方の歓迎を受けたのです。
「な、なぜ皆様がここに?」
混乱する私に構わず「いいからいいから~」と言いながら皆様方は私の母との絶妙なチームプレイで私が今日の参列用に着ていたドレスを剥ぎ取り、なんだか重たい衣装へと着替えさせていきます。
あぁ、そういえば私の母は昔私と共にクリスフォード家に乳母として居たこともあったしこのチームプレイはその時に培われたものでしょうか。
そんな事を考えている間にあれよあれよと髪を結いなおされ、化粧をされ。
出来上がった自分の姿に叫び声をあげてしまったというわけです。
だって、だってですよ。姿見の中には純白のウエディングドレスを着た自分。
皆様は私のこの出来上がりにうんうんと満足そうに頷かれ「綺麗よ」とか「これならアロウス様もきっとお喜びになるわ」とか好き好き感想を口にされています。
アロウス様も喜ぶ?
私がこんな格好で参列なんかしたら驚愕を通り越して軽蔑されてしまうと思うのですが。
今日の花嫁様だって絶対にいい気分はしないではずです。
なんの当てつけかと思われるかもしれません。
というか、私どんな非常識人間?
「いやぁーー!! もう脱がせてください」
「おっお止めくださいっっ」
無我夢中でドレスに手をかけようとする私と必死に止める皆様。
激しい攻防が始まったその時です。
入口のドアのほうからクスクスといった笑い声が聞こえてきました。
「なんだか楽しそうだね」
「アロウス様!??」
そこには正装に身を包まれたアロウス様がドアの枠にもたれかかるようにして立っておられました。
どうしましょう。アロウス様に見られてしまいました。
あぁ、なんて言われるんでしょう。
もしかしたらもうこのまま追い出されてしまうかもしれません。
せっかくアロウス様の幸せなお姿を見届けに来たはずなのに怒りを買って追い出されることになろうとは。
私は固まったままアロウス様の言葉を待ちました。
あぁ、久しぶりの再会なのになんて気まずいのでしょう。
心臓がバクバクとなる音が耳に聞こえます。
しかし、かけられた言葉は私に対しての言葉ではなく、
「みんな、ご苦労だったね。ありがとう。もういいよ」
というものでした。
皆様は「はーい」と軽やかに返事をして部屋から出ていきます。
え? あなたも出ていくんですか、お母様。
行くなら私も連れて行ってくださいよぉ。
しかしそんな私の心の中の願いなど無情にも聞き届けられず、パタンという乾いた音とともに部屋のドアが閉まってしまいました。
アロウス様と密室で2人きり。
気まずいです。
しばらくの沈黙が流れます。
どれくらいたったのでしょうか。
アロウス様が一歩、また一歩とこちらにゆっくりと歩み寄ってきました。
そして私の前で止まったと同時に私は彼の胸へと閉じ込められてしまいました。
頬に彼の胸元のフリルがあたってくすぐったいです。
でも久々に彼の温もりを感じて、香りを感じて、腕の力を感じて、あぁ、やっぱり好きだなぁなんて思ってしまうと急に現実に引き戻されて、私はガバッと顔をあげてアロウス様に訴えました。
「ダメです! アロウス様。こんなところ結婚相手の方に見られたら大変ですっ! 離してください」
私はあわてアロウス様との間に距離を取ろうと両腕に精一杯の力を込めて彼を押します。
でもアロウス様はビクともせず、それどころか先ほどよりも腕の力を強められてしまいました。
「エルサ、会いたかった」
まるで絞り出したかのような小さな小さな声。
私も会いたかった。
会いたかったけれど、でもこんなのはだめ。
「アロウス様、早く離してくださいっ。アロウス様は知らないかもしれませんが女性の嫉妬は怖いんですよ。エルサのためを思うなら早く離してくださいませ」
その台詞は一体誰のことを思って語ったものだったのか。
今日の花嫁様がこの光景を見て抱くことになるであろう感情なのか、この間までの醜い自分がまた顔をのぞかせようとしていることに対する恐れだったのか。
どちらにしろ私はもうそういうものとは無縁でありたい。
私は穏やかにただ祝福したいのです。
するとアロウス様の腕が緩められて私の体は自由になりました。
自分で望んだことだったのに泣きたくなるような寂しさが胸を締め付けます。
手を重ね痛む胸元を抑えました。
なんだか気まずくて視線を一歩下がったアロウス様のブーツのあたりでさまよわせました。
再び沈黙が襲ったその時、
ふっという小さな笑い声と共にアロウス様の両手が私の両頬を包み、無理やり上を向かせられました。
自然と彼のハニーブラウンの瞳と私の黄緑色の瞳が重なります。
そしてアロウス様は可笑しそうに、
「エルサが嫉妬するの? 自分で自分に?」
と笑いながら言いました。
意味が分かりません。
何故自分で自分に嫉妬しなくてはならないのでしょうか。
いつまでたっても答えが出せない私に彼はもう一言添えてくださいました。
「僕の結婚相手はエルサなのに」
と。
「……はぁ!??」
私の阿呆面がよほど面白かったのか、アロウス様があはははと笑っています。
こんなに笑っている彼を見るのはいつ以来でしょうか。
じゃなくて、一体どういうことなのでしょうか。
そもそも貴族と平民は結婚できません。
私の母のように駆け落ちでもしたなら話は別でしょうがアロウス様が侯爵家と縁を切ったとは考えられませんし。
私は彼をじっと見て詳しい説明を求めました。
「うーん、何から話せばいいのかな」
アロウス様はちょっと困ったような顔で私に笑いかけました。
「僕はね、ずっと君のことが好きだった。いつまでも一緒に居たいと小さなころから思っていた」
そう語りながらアロウス様は近くにあった椅子を私に勧めます。
「でもね、僕はクリスフォード侯爵家の唯一の跡取り息子で、君は僕の乳姉弟とはいえただの平民の娘だった。将来結婚して跡取りを生んでもらうのは君ではだめだった」
アロウス様も一緒に私の向かいの椅子に腰を降ろします。立っていた時よりも少しだけ視線が近くなりました。
「僕はそのことが恨めしあった。でも現実はそうやって恨んでもどうしようもなくて、君以上に愛せる人が見つかるならと思っていろんな女性と関係をもった。でも結局そんな女性はいつまでたっても見つからなくて、次第に君すらも恨んでしまった。君さえいなければ僕は適当に気に入った女性と結婚して、それなりの幸せを手に入れられたはずなのにって。だから君に冷たく当たった。いっそ君がいなくなってくれればいいと思った。それなのに君が実家に帰ろうかと言っているのを聞いて、そんなことは許せないと思った。手放した君がほかの誰かと幸せになるなんて耐えられない。考えたくもない」
そう言ってアロウス様は肘を足の上に立て、拳を作った手に自分の額を押し付けました。
陰になってしまったその顔の表情は分かりません。
私の心はチクリと痛みます。
あの頃のアロウス様はそんな風に自分を見ていたのだと、あの冷たくなったり優しくなったりした不安定な行動の裏にはそんな想いがあったのだと初めて知りました。
私がなにも言えずにいるとアロウス様は顔を上げ、ちろりと視線だけをこちらに向けました。
「僕はね、もうどうすればいいのか分からなくなったんだ。だからね君のお母さんを訪ねた」
「え? お母様?」
思いもよらない人物の名前を聞いて驚いて声をあげました。
「彼女は僕にとっても母のような人だからね」
アロウス様はそう言ってクスリと小さく笑いました。
「僕は彼女にすべての胸の内を語り謝った。君を傷つけてばかりいる自分のふがいなさを。するとね彼女は少し考えるように目を伏せた後こう言ったんだ。『あなたは私と同じ色をしたエルサの瞳を見て何も思ったことはなぁい?』と」
「瞳の色?」
私が首をかしげるとアロウス様は「そう」と小さくうなずきました。
そういえば私の瞳の色は珍しいものです。私と母と伯父様と。
その他の人でこの色をした人は見たことがありません。
でもそれがどうかしたのか。
そう思ったとき部屋のドアがバンっと大きな音を立てて開け放たれました。
「エルサぁ―! なんと、なんと美しいんだ!!!」
そんな声と共に涙で顔をぐちょぐちょにした男性が部屋に入ってきました。
「伯父様!?」
私は驚き、慌てて椅子から立ち上がってハンカチを一枚差し出しました。
伯父様は顔をゴシゴシとふいて、それから最後に鼻をぶーっと咬みました。
相変わらずです、伯父様。
どうされたんですか? 伯父様。
そう言おうとして口を開いたその上にアロウス様の声が重なりました。
「陛下」
陛下? ヘイカ?
伯父様は目と鼻を赤く染めたまま、やや気取った感じで、
「やぁ、アロウス」
と手を上げました。
そして、くるりと私のほうへ向きなおり訳の分からない言葉を発します。
「こんなに美しい娘に成長したエルサとバージンロードを歩けるなんて私はなんと幸せなんだ」
伯父様はまた瞳を潤ませます。
ハンカチハンカチ……。もう一枚あったはずなんですがどこでしたっけ?
「今日はそなたの義父上としてしっかり頑張るからな」
え? チチ? 私の父はまだ健在ですが。なぜこんな話になっているんでしょうか。
「そなたの父上が悔しがっていたがな、まぁ仕方がないだろう。戸籍上でも、そなたの父は私ということになったことだし、何より便宜上、私が歩かねば意味がないからな」
伯父様が何やら一人で納得したようにうんうんと頷いておられます。
「その件に関しては陛下にもご尽力いただき、ありがとうございました」
アロウス様が伯父様にそう言いながら頭を下げました。
いや、だからどういうことでしょうか?
私が混乱していることに気が付いたようで伯父様がニヤリと笑い、一枚の紙を差し出してきました。
「なに、聞いておらんのか。エルサはこれにサインをしただろう? これは私との養子縁組の手続き書類だったんだが」
私はそれをおずおずと受け取ります。
これは、私が実家に帰った時に大量にサインさせられた書類の中の一枚。
そこには私のサインと、マリソン3世という国王陛下のサイン。
そう、このサインを見つけたからそう疑わしいものではないと判断して私もサインに応じたのです。
もしや、いやまさか。
「あのぅ、伯父様?」
「これでそなたは私の娘。そなたはこの国の王女ということになる。よってアロウスと結婚できると。伯父様はエルサのために久々に頑張っちゃった」
いや、頑張っちゃったって。
えぇぇぇぇーーー!!
もう開いた口がふさがりません。
なんですか? 今日はなにかのドッキリ大作戦デーなのでしょうか!?
「とにかく、エルサ。そなたは幸せにおなりなさい。
エルサが幸せだと私も嬉しいのだから」
伯父様はそれだけ言って後ろ手に手を振りながら部屋を出ていきました。
私は少し不安になったことをアロウス様に聞きました。
「国王があんなんでこの国は大丈夫なんでしょうか?」
アロウス様はクスクス笑いながら答えます。
「陛下は身内以外の前では取り繕っていらっしゃるからね。それにあの方は賢王として民衆にも知られているだろう?」
と。
後ほど聞いた話。
私がずっとクリスフォード家で暮らしていたのはアロウス様が望んだからという以上に何も知らない私が勢力争いの火種となり、それに巻き込まれるのを避けるため、だったのだと。
表面上は死んだことになり、王籍から抜けている母だとはいえ、この王家独特の瞳の色を見ればわかる人にはわかってしまう。
だから母の友人であり、事情を知っている侯爵さまのお屋敷で私は保護されていたのだと知らされました。
大聖堂に降り注ぐステンドグラス越しの光を浴びながら、
私はアロウス様と並んで神父様の前に立ちました。
病める時も健やかなる時も。
私たちはずっと一緒です。
これからもずっと傍に居られる幸せを噛みしめて、静かに、私の頬に一筋の涙がこぼれました。
式の後:
「アロウス様はどうして今日のことを私に事前に知らせてくれなかったのですか?」
「だって断られてしまったら、僕は君に何をしてしまうかわからないからね。断ることができないくらいぎりぎりになるまで秘密にしていたんだ」
「……じゃあ実家に帰ってる間に私が姿をくらませていたら……」
「大丈夫。見張りは付けていたし、それに、君は僕から逃れられると思っているのかい?」
おわり。