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前編

あぁ、大変です。


先ほどから目の前で知らない女性が威嚇している猫のように全身の毛を逆立てて何やら叫んでおられます。

目を吊り上げたそのお顔は昔見た異国の「ハンニャ」というお面にそっくりです。

本来ならば美しいお顔なのに、台無しです。


「ちょっと聞いてるの!?」

「はい!! 聞いております」


聞いてなかったとは言えるはずもなく、私はビシッと姿勢を正して答えました。


「じゃあさっさとあの人を連れてきなさいよ」


え? あの方をですか?


「そ、それはぁ……」

「それは?」


女の人がじりじりと詰め寄ってきます。

私はどうすればいいのでしょう。

冷たい汗がコメカミの辺りをタラリと流れます。

あのぅ、誰か私を助けてくださいませんか? 

S.O.Sです。へるぷみーなのです。

でも逃げることも無言を貫くことも許されないようなその雰囲気に私は恐る恐る答えました。


「む、むりです」


あの方を連れてこれるのならあなたがやってきたその瞬間に差し出していますよ。

でもそんなことできるわけがないのです。

そんな私の返答に女性は更に頭に血を上らせた様子で、


「連れてこれないというのなら私が行くわ。あの人はどこにいるの!?」


と、ものすごい剣幕で叫びます。

それを教えてしまったら私はあのお方にどのような仕打ちを受けることか。

考えるだけでもゾッとします。


「そ、それは言えません」


どうか勘弁してください。

その瞬間、私の左頬に熱い何かが走り抜けました。

なんだかジンジンします。

痛いです。なんで私がこんな目に……。


「もういいわっ。『知らない』ではなく『言えない』なのね。 あなた何様のつもりなのよ。ただの平民の召使の癖に。あの人にちょっと目をかけてもらってるからって調子に乗ってるんじゃないわよ!!」


そう言い捨てて女の人は去っていかれました。


台風一過です。

いえ、台風というよりハリケーンのようでした。


私ははぁと大きく息を吐きその場にしゃがみこみました。

今まで女性は違えど何度となく繰り返されてきたこの応酬。

しかし慣れることなどなく、なぜか毎回疲労が増していくような気がします。

あの方も私と同じくもう23歳。

そろそろ身を固めていただかないと困りますっ。



あの方とはこのお屋敷のご当主、クリスフォード侯爵のご子息アロウス様。

アロウス様はご長男です。よって未来の侯爵様です。

ハニーブランの瞳と髪がよく似合うその容貌はなんともいえぬ甘さと色気があったりします。

文武ともにとっても優秀らしく国王陛下のお気に入りという噂です。

そして独身。

そりゃあ過激なご令嬢も現れて当然です。

彼ほどの優良物件はなかなかお目にかかれないはずですから。

しかし、しかしですよ。

そんな表面上のことには騙されてはいけません。

彼が今まで流した浮名は数知れず。

二股三股は当たり前。女性から声がかかればすぐ手を出して「もういい」という一言であっさりと捨ててしまう。

そんな方なのです。


アロウス様のお母様はアロウス様をご出産されたときに儚くなってしまわれ、ちょっとご縁があった私の母が彼の乳母となって23年。

私たちはずっと姉弟のように一緒でした。

昔はもっと純粋で可愛らしい方でしたのに。

何故こんな風になってしまったのでしょうか。

やはり母親を早くに亡くされたあの方は代わりの女性を求めてしまうのでしょうか。

役目を終えた母について屋敷を去ろうとした私を、側に置くことを泣いて願ったあの4つの日のように寂しがり屋のままなのかもしれません。

そう思うとなんだかかわいそうな気がしてきますがそれとこれとは話が別です。

なぜ私がこのように巻き込まれなければならないのか。

もういい加減にしていただかなければ!!

早くアロウス様を愛し、そんな彼の寂しさを埋めてくれる素敵な女性が現れてくれないものでしょうか。



屋敷の門扉の前に座り込んだままそんな事を悶々と考えていると、


「エルサ、こんなところで何をしているんだ?」


私の上に影がかかったと同時に聞きなれた声がかけられて私は顔をあげました。

そこにはいつものハニーブラウンが。

でもいつもと違って甘さ控えめでその瞳は私の赤くはれた頬をジッと見つめています。


「ちょっと疲れることがあったので力が抜けていただけです」

「疲れることって、なに?」


何も心当たりがないようにアロウス様は眉をしかめられました。

まったく身に覚えがないようです。

“なに”ってなんなんでしょう?

一体 『誰 の せ い』 でこのような目にあったと思っていらっしゃるんでしょうね、この方は。

ちょっとムカついたので私はこの際だからとハッキリキッパリ言って差し上げることにしました。

アロウス様から冷たく突き放されても、もうついでみたいなものでしょう。

八つ当たりかもしれませんがもうやけっぱちです。なるようになればいいんです。


「先ほどウィルソン男爵家のご令嬢ヴィエラ様がお見えになられました」

それを告げると少しアロウス様が顔をしかめました。

「そういうのは無視するように伝えてあるだろう」

「私のような者が貴族の方を無視するなどできません」


私だって無視できるものなら無視したいです。

大体なぜ女性方はアロウス様に面会を断られると私を呼び出すのか。

不思議でなりません。


「アロウス様を出せとおっしゃるのでお断りしたところ『平民の召使いのくせして調子に乗るな』と頬をぶたれました。女性がこのお屋敷に押しかけてくるの、一体何度目でしょうね!? いつまでもふらふらふらふら。いい加減大切な(ひと)を見つけて身を固めてくださいませ。いつまでも振り回されるエルサはとても迷惑です」


一気に言い切ってやりましたよ。

最初は淡々と申し上げることを心がけていましたが最後のほうは喚きに近くなってしまったのが少々不覚です。

今までアロウス様の女性関係には一切口出ししなかった私。

こんなことを急に申し上げてアロウス様はどのような反応をされるのか。

私は一度うつむけた視線をもう一度そうっとアロウス様の顔へと戻していきました。


No~~~~~!!!


そこには今まで見たこともないほどの怒気を孕んだ美しいお顔。

周りには殺気がたち込め体感気温がぐんと下がったような錯覚に陥ります。

私はピシッと固まってしまいました。

やっぱりまずかったようです。不本意ですが元はと言えば私がアロウス様の命令を無視し勝手な行動をとったことからこうなったのですし。あぁどうしましょう。今更ながら自分の判断を誤りすぎたことに気づいてしまいました。子供のころから今まで何度となく彼を怒らせてきましたがここまでの怒りは初めてかもしれません。これで、なるようになる……のでしょうか……。


「ょ……、……っ!!!」


私が一人でわたわたしているとアロウス様が何やら小さく呟きました。

あぁ、聞き逃してしまいました。

この状況でもう一度言ってください、なんて言える勇気がないのに。

どうしましょうどうしましょう。私はどうすればいいんですか?

私はパニックに陥っていました。


そのとき、


私の体が何やら窮屈なものに閉じ込められてしまいました。


吃驚して正気に戻り、その窮屈なものの正体を探ります。

ごく至近距離で私の目に映っているものはアロウス様が今日着ておられた 衣装と同じ深い深い緑色。

ふんわりと鼻に香ってくるのはアロウス様の香り。

温かなぬくもり。


そう、私はアロウス様に抱きしめれていたのです。


アロウス様の腕が少し強めに、でも息苦しくない程度に絞められました。

そして私の耳元に囁きます。

「ごめんね。でももうこんなことはないから、つらい思いをさせてすまない」

それは先ほどの怒気など一切感じられない優しい優しい声でした。

何故だか私の心臓はバクバクと音を立てて顔に熱が集まったかのようになんだかカッカします。

そうこうしてる間にアロウス様は腕を緩め、私の男爵令嬢に叩かれた頬を手の甲でそっと撫でると一人屋敷の中に戻って行かれました。


幼いころからずっと一緒だったアロウス様。

誰よりもずっとそばにいました。

でもここのところずっと様子が変です。

今日はこんな風に抱きしめられたけれど、日によって触れることはおろか視界に入ることすら拒絶されることもあります。

優しくしては冷たく突き放し、冷たくしては抱きしめる。

彼が何を考えているのか、私は彼の何を信じればいいのかさっぱりわかりません。


ただ一つだけはっきりしていることは抱きしめられるたびに私の鼓動が大きくなってきていることだけ。


私は両頬を手のひらで押させながら小さく何度か頭を振りました。

気づいてはいけません。

芽は小さなうちに摘み取らなくては。

私は平民なのです。決して変な想いを抱いてはいけない。


はやく、はやくアロウス様に大切な人を見つけてもらわなくては。



それから、

アロウス様が宣言されたように屋敷への女性の来襲はピッタリと止みました。


私の願い通りの噂とともに。

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