第10話 パワーレベリング 前編
屍ゴブリンたちが、静かに、だが徐々に速度を上げて迫ってきていた。
荒野を踏みしめる音が響き、砂埃が風に乗って舞う。
ただ集まってくるだけの屍ゴブリンとは違う。
屍ウルフにまたがった槍持ちのゴブリンが前に出る。
錆びた刃物を持った屍ゴブリンたちが、その後ろに続いた。
どいつもこいつも体のどこかが欠損し、腐敗していて気味が悪すぎる。
数は、全部で三十ほど。
昨日の俺なら、その数と圧を見ただけで光の壁の内側に逃げ帰っていたと思う。
いや、今でも逃げたい。
めちゃくちゃ逃げたい。
「どうやら善一郎様の反応を見るため、ひと当てする気のようですね」
「……迷惑な話やで。このまま俺をスルーして、どっかいけへんかな?」
「大切なポイント……いえ、お客様です。もてなしてあげましょう」
「あんな殺意マシマシの客、もてなしたないわ」
俺は木製バットを握り直した。
手のひらに汗がにじむ。
棒術指南書のおかげで、昨日よりは動ける。
癒しの書もある。
身体も強化している。
それでも、目の前から迫る武装した屍ゴブリンの列を見ると、胃が縮む。
「善一郎様、笑顔でお出迎えを」
「出来るか!」
騎乗ゴブリンの一体が、短い槍をこちらへ向けた。
その瞬間、後列の屍ゴブリンたちが一気に動き出す。
狂った咆哮を上げ、全速で向かって来る。
「来た!」
「構えてください」
「分かっとる!」
先頭の槍持ちが、低く突っ込んでくる。
ただの屍ゴブリンなら、腕を伸ばして噛みつこうとしてくる。
だが、こいつは違った。
槍の穂先が、まっすぐ俺の腹を狙っている。
「うおっ!?」
俺はバットで槍を払った。
がんっ、と硬い音が鳴り、手が痺れる。
槍の軌道は逸れたが、横から別の屍ゴブリンが刃物を振り上げていた。
「横です!」
「見えとる!」
俺は半歩下がって、バットの先端をそいつの顔面へ突き込む。
ごっ。
鈍い音。
よろめいたところへ、横から薙ぐ。
頭が砕け、灰になる。
「一体!」
「次です」
屍ウルフが横から跳んできた。
その背には、槍を構えた小柄な屍ゴブリン。
ウルフの爪。
ゴブリンの槍。
二匹の連携が襲い掛かる。
「あぶねぇ!?」
俺は慌てて横へ転がる。
槍が肩口をかすめ、加護の光が弾けた。
「っ」
微かな痛みが走る。
体勢を崩した俺に、別の刃物持ちが迫る。
俺は地面に片膝をついたまま、バットを横に振った。
屍ゴブリンの膝を払い、地面に転がす。
すぐさま身を乗り出し、その頭にバットを叩き込む。
ごしゃっ。
「はっ、はっ……!」
息が上がる。
まだ数体倒しただけだ。
なのに、もう呼吸が乱れている。
一体一体なら、まだ対処できる。
下級なら、頭を砕けば倒せる。
だが、連携されると話が違う。
正面の槍。
横の刃物。
騎乗個体の突撃。
こちらの視線を散らし、死角を狙ってくる。
考えることが多すぎる。
「善一郎様、前です」
「くそったれっ!」
俺はバットを構え直す。
間合いを詰められないために、もう一度突く。
死角から来た攻撃を加護が弾く。
受け損なった衝撃で腕が痺れるが、それでもがむしゃらに振った。
灰が舞い、少しずつ、数が減っていく。
最後の騎乗ゴブリンが突っ込んできた。
屍ウルフの背から、槍を低く構えている。
俺は逃げずに、足を踏み出し前に出る。
「おらぁぁっ!」
槍をバットでかち上げる。
すぐさま、屍ウルフの顔面へバットを叩き込んだ。
勢いよく転倒した屍ゴブリンの頭に追撃の一撃を喰らわせ、灰に還す。
「はぁ、はぁ……終わったか?」
「ええ、すべて片づけました」
ギンコの声が聞こえた。
俺は肩で息をしながら、バットを地面につけた。
「初っ端からこれか……きつい」
「ですが、よいお小遣い稼ぎにはなりました。武器を新調するのに十分なポイントを得られましたので」
「有休申請したいんやけど?」
「新人のくせに生意気です。却下」
「鬼狐……絶対、訴えたるからな」
「善一郎様」
「なんや……」
「次のお客様です」
「早ない!?」
俺は顔を上げた。
荒野の向こう。
今度は、さらに多い影が動いていた。
さっきの三倍。
いや、それ以上かもしれない。
ざっと見ても、百体近い。
「待て待て待て! 今終わったばっかりやぞ!」
「新たなお客様、もといポイントです。張り切っていきましょう」
「ブラック企業でも、もうちょい休憩くれるぞ!」
「では、装備更新をしましょう」
「話の切り替え!」
ギンコが前足を振る。
俺の目の前にメニュー画面が浮かぶ。
そして、ある武器が自己主張するかのように文字が点滅していた。
【装備ショップ・金魂屋】
【店長のオススメ! 善一郎モデル 鉄バット『鬼軍曹』 8,000P】
「……な、なんやこれ?」
「どうやら、うちの職人が善一郎様に買っていただきたいみたいですね」
「胡散臭ぇ。大丈夫なん?」
「うちの囲っているドワーフは、倒産した工房から借金の担保として回収した超一流の職人です。品質は保証されていますよ」
俺と似たような境遇の奴がおんのか……。
同情するで。
画面の文字がより一層激しく点滅しだした。
どんだけ買ってほしいねん……。
「八千ポイント……八十万円か。高いなぁ」
「ですが、木製バットでは効率が落ちます」
「まだ木製バットも現役やろ?」
「優秀です。しかし、武装個体や上位種相手には破壊力不足です」
「上位種も混ざりだすんか?」
「混ざる可能性は高いです。なので、一撃確殺を狙うなら買いだと思います」
「ルーチン化のためか」
「ええ、その通りです」
「買わなかったら?」
「加護切れの際、強化不足で死ぬ確率が上がります」
「買うわ!」
「ありがとうございます」
俺が叫ぶと、メニューが淡く光った。
【善一郎モデル 鉄バット『鬼軍曹』を購入しました】
【8,000Pを消費しました】
【所持ポイント:残高表示中……】
「あぁ、またポイントが消えたぁぁっ!」
「命が残るなら安いものです」
「その通りやけど腹立つ!」
次の瞬間、俺の手元にずしりとした重みが生まれた。
鉄バット。
見た目からして普通のバットやない。
黒く鈍い光を放つ金属。
持ち手には、びっしり刻まれた理解不能の文字。
表面の一部分には、鬼の憤怒の顔が装飾されている。
握った瞬間、手のひらに冷たい感触が伝わる。
「見た目厳つ! てか、重っ……!!」
「木製より重量がありますから」
「いやいや! 片手で持ち上がらんくらい重いんやけど!?」
「よかったですね。破壊力は上がっています」
「こんなもん振り続けられるか!」
「振り続けるために、今後身体を強化します」
「順番逆ちゃう!?」
「敵が来ていますので」
第二波が迫っていた。
百体規模の群れが、雪崩のように近づいてくる。
「善一郎様」
「なんや」
「試し打ちです。派手にいきましょう」
「お、おう!」
俺は鉄バット、もとい『鬼軍曹』を両手で構えた。
重い。
見た目に反して重すぎるやろ、これ。
構えだけで腕に負荷が来る。
でも、不思議と頼もしさもあった。
当たれば、砕ける。
そんな予感がある。
先頭の武装屍ゴブリンが突っ込んできた。
割れた木盾のようなものを前に出している。
俺は力の限り『鬼軍曹』を振り抜いた。
「うおらぁぁぁぁっ!」
どぎゃんっ。
さっきまでとは音が違った。
硬いものを、さらに硬いもので叩き潰す音。
速度の乗った重撃が盾を粉々に砕き、その奥の頭までまとめて潰した。
屍ゴブリンは冗談みたいに吹っ飛び、後ろの仲間を巻き込みながら灰になって崩れた。
「……交通事故やんけ」
俺は思わず声を漏らした。
「すごいな、これ」
「さすが、職人のオススメですね」
「職人、ゾンビ用バットに本気出し過ぎやろ」
「当たれば勝ちです。ガンガン振っていきましょう」
「いや……今の振りで肩が」
そんな俺の肩事情にお構いなしに、次が来る。
重い。
『鬼軍曹』を振るたびに腕がつりそうや。
だが、威力はある。
木製バットなら数手必要だった相手が、一撃で砕ける。
槍を持った個体の腕ごと、頭を潰す。
屍ウルフの突撃も、正面から弾き飛ばして潰す。
騎乗個体が飛び込んでくる。
俺はバットを横に振る。
屍ウルフの首が折れ、その勢いのまま背のゴブリンごと砕いた。
「はっ、はは……!」
笑いが漏れた。
強い。
明らかに強い。
怖さはあるし、敵の数も多い。
それでも、『鬼軍曹』を振るうたびに一撃の重みが違う。
当てれば砕ける。
それだけで、心が少し軽くなり、楽しいとさえ思えてしまった。
そんな自分に、少しだけゾッとする。
「善一郎様、振りが大きいです」
「分かっとる!」
「重さに振られています。体幹で止めてください」
「急にトレーナーみたいなこと言うな! これ重すぎなんや」
「前です」
「くそっ!」
俺は『鬼軍曹』に振り回されながらも振り続けた。
当てる。
砕く。
避ける。
受ける。
また振る。
腕が鉛のように重い。
だが、敵は倒れる。
木製とは違う派手な音で、次々と砕けていく。
第二波の百体は、決して楽ではなかった。
何度も囲まれかけた。
敵の攻撃に何度も加護が発動した。
それでも、『鬼軍曹』の破壊力が戦いの流れを変えていく。
だが、その代償に、俺の腕は確実に限界へ近づいていた。




