呪われているらしい私はどうやら、公爵令息様には必要不可欠なようですよ?
『伯爵令嬢のケアリーは呪われている』と
そう、初めに言ったのは確か義妹エノーラだった。
幼くして両親を馬車の転落死で亡くし、その後我が家の爵位を継いだ男爵家の叔父が義母と義妹を連れて我が家にやって来た。
その後、隠居していた祖父が流行病で亡くなり、その病は領民の間でも流行り、天候にも恵まれず、領地の特産品は不作が続いた。
そうしてあまりにも不吉なことが立て続けに起こるものだから周りが我が家を気味悪がり始め、気が付けば家に向けられていた悪意は私にだけ向けられるよう、エノーラと義母によって噂を流されていた。
この時の私は大切な人を立て続けに亡くしたことで傷心していたし、義家族からは日々暴言や暴力を浴びていたこともあり、それらの苦しみに耐えることで精一杯だった。
噂の弁明などする余裕もなく、そもそも社交界に顔を出すことすらできなかった。
呪いなどある訳もないし、もしそんなものがあるならば私に危害を加える義家族はとっくに亡くなっているというのに。
そんな根も葉もない噂は段々と尾鰭をつけ、私ですら把握し切れないほど広まっていった。
こうして、私が社交界へ復帰して王立学園へ通うに至るまで、私は義家族から虐げられ、外では蔑まれる生活が続いた。
そんなある日の事。
「君、関わった事ある人を殺せるって本当?」
突然、そんな風に呼び止められた。
振り返れば、美しい顔立ちの男子生徒が微笑んでいる。
とても、その甘い顔からは吐かれてはならない言葉が聞こえた気がしたのだが。
「僕のこと殺せたりする?」
始め、自分の耳を疑ったけれど、どうやら聞き間違いではないらしい。
「残念ながら、私が呪われているという話は偽りです。……クリフォード様」
「おや、僕のことを知っていたんだね」
「貴方様ほどこの学園で名が通る者も他にはいないでしょう」
クリフォード様は公爵家の嫡男だ。
国有数の大貴族、おまけにこの顔立ちに文武両道ときた。
注目されない訳もあるまい。
「君も有名人だろう?」
「クリフォード様とは全く異なる理由ですが」
「呪い……ねえ。まあ、荒唐無稽な話だとは思っていたけれど、そもそも何故そんなにも気味悪がられているんだい」
これが私とクリフォード様の出会いだった。
その後彼は「もしかしたら君の傍にい続ければ死ねるかも」などと言って私の傍に居座ったし、翌日以降も彼は暇さえあれば私に絡んできた。
「何故私に付きまとうのですか」
「死にたかったからだね」
そんな生活にも慣れ始めた頃。私が問えば彼はそう答えた。
以前と似たような返答に、私は彼が本当にそう考えていることを悟る。
「一体何故?」
「退屈だったんだよ。誰も彼も公爵家の嫡男という僕にしか興味を持たず、僕自身を見る人はいない。……確かにここにいるのに、どこにもいないような感覚に心底嫌悪していたんだ。けれど、それも今はあまり気にならなくなったかな」
クリフォード様は私を見て微笑んだ。
「君は公爵家の人間だとかそういうのは関係なく、僕自身と対話をしてくれるだろう? そんな君と接する時間は、生きている実感があるから……悪くないと思うんだよ」
「生きている実感」
初めてだった。
お前といれば死ぬとは言われ慣れていても、生かされていると言われるのは。
***
「酷いわ、お義姉様っ!」
それから数日が経った頃。
大勢の生徒が行き交う廊下で、エノーラは突然私の前で崩れ落ちた。
「私だけが家族に愛されているからって怒らないで……っ!」
今更怒るとかそんな感情がある訳もない。
ただ、エノーラに突っかかられたことが厄介だと考えながら彼女の話を聞いていただけ。
しかしそんな私と目を合わせた彼女はすぐに怯えるように顔を歪めた。
「や、やめてっ、そんな目で見ないで……っ! 私を殺さないで!」
怯え切ったエノーラの様子に周囲は私から距離を置こうと後ずさる。
殺そうともしていないし、何か強い感情を抱いた訳でもない。
なのに周囲は早く彼女を助けた方がいいのではという想いと、自分の身の安全を守りたいという考えばかりを抱いていた。
そんな中。
「これは一体何の騒ぎかな」
騒ぎを聞きつけたクリフォード様が私の傍までやってくる。
「く、クリフォード様! お義姉様に近づくのは危険です! 呪われてしまいます!」
エノーラが必死の形相でそう訴えると、クリフォード様はきょとんとした。
「彼女の呪いの話は嘘なのだろう?」
「な……っ」
「だって僕は、毎日のように彼女に会っているのに死んだりしていないし、僕より深く接していそうな彼女の家の者達だってそうだ。言い掛かりにしか聞こえない」
「で、でも、実際に彼女の周りで人が」
「偶然、不幸が重なることなんて誰にでもある。何故、その渦中にあり、最も悲しんでいるはずの人間をよってたかって蔑んだりするのか、僕には理解できないな。そもそも、彼女という存在そのものが人を不幸にするという証拠も出せないんだろう?」
シン、と辺りは静まり返った。
クリフォード様の主張は至極当然。
証拠はないから私を咎めることはできない。
しかし不確かな力が働いていると一度確信してしまった者は簡単にそれを覆すことはできない。
怖いものは怖いのだ。
肩身狭そうに視線を逸らす周囲の者達の様子を見たクリフォード様は大きな溜息をついた。
「……わかった。なら……ケアリー。僕と婚約しよう」
「……え!?」
瞬間、周囲の者が騒ぎ出す。
「い、いけません、クリフォード様……っ!」
エノーラは焦った。
私のような人間に、優秀な後ろ盾ができるのが気に入らなかったのだろう。
けれどそれをクリフォード様は冷たく睨みつける。
「僕にとって彼女は、命の恩人なんだよ。僕は彼女こそ特別な人間で……僕が生きるのに必要不可欠な存在だと思っていた。こんな形で伝える事になるのは不服だけれど……僕が彼女と親しい関係を築くことは、彼女が無害であり――彼女に荒唐無稽な悪評をなすりつけた者達こそが悪人であることの証明になる」
その場の全員の顔が青くなる。
だがクリフォード様はそんなのは気にしなかった。
「どうかな、ケアリー」
「……本当によろしいのですか、私で」
「君がいいんだ」
そう言って、手を差し伸べるクリフォード様。
その時のまっすぐな眼差しが、私だけを映す瞳がとても嬉しかった。
私は差し出された手をそっと掴むのだった。
***
それから。
クリフォード様と婚約した私の悪評を流す者はほとんどいなくなった。
クリフォード様の逆鱗に触れることが自身の家の地位ごと転落しかねない選択だと、誰もが理解していたのだ。
クリフォード様が私の味方についたことで義家族も私を大っぴらに虐げることは出来なかった。
「……まだ『何故』という顔をしているね」
公爵邸を訪れた私は庭園のガゼボでクリフォード様とお茶をしている。
私の顔を見た彼はくすりと笑った。
「言っただろう。君が僕に生を吹き込んだと」
クリフォード様は私の傍へ近づく。
そして私の手を取り、跪き……そうして手の甲に口付けを一つ落とした。
「僕は君といる時間が好きだ。そしてそれができる限り続けばいいと……そう思っている」
頬に熱が灯っていく。
「どうか僕を、生かしてくれないか」
また、彼は彼しか言わないようなおかしな事を言う。
けれどそんな言葉一つで……簡単に浮き足だってしまう。
彼の言葉と声音、そして共に過ごす時間。
それらひとつ一つが心地よい。
だから私は、熱くなる目頭と揺らぐ視界をなんとか堪えて、微笑むのだった。
「――よろこんで」
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