第9話 「エリシアの故郷」
王都から三日。
俺たちは、エリシアの故郷——ヴァンフリート領へと向かっていた。
「なあ、エリシア」
ミーシャが、馬車の中で尋ねる。
「実家に帰るの、久しぶりなんだよね?」
「ええ……」
エリシアが、窓の外を見つめたまま答える。
「二年ぶり、ですわ」
その横顔は——
いつもの自信に満ちた表情じゃなかった。
「複雑な思い出が、ありますの」
ぽつりと、呟く。
「父は厳格な方で」
「私が魔法使いになることを——」
「反対していましたから」
「へえ」
俺が驚く。
「あのエリシアが、反対されたのか」
「ええ」
エリシアが、苦笑する。
「領主の娘は、良家に嫁ぐもの」
「そう、決めつけられて」
「だから——」
「家を飛び出したんすね」
「その通りですわ」
エリシアが、こちらを向く。
「でも、今は違う」
「私には、仲間がいる」
「だから——」
「胸を張って、帰れますわ」
その目は——
強く、輝いていた。
◆
ヴァンフリート領。
緑豊かな丘陵地帯に、白い城が建っていた。
「立派っすね!」
俺が感嘆する。
「ああ」
リオンも頷く。
「さすがは名門」
馬車が、城門をくぐる。
門番が、俺を見て固まった。
「お、オーク……!?」
「大丈夫っす!」
俺が手を振る。
「勇者パーティっす!」
「し、失礼しました……」
門番が、慌てて道を開ける。
城の中庭に、馬車が停まった。
「エリシア様!」
メイドたちが、駆け寄ってくる。
「お帰りなさいませ!」
「ただいま」
エリシアが、微笑む。
でも——
すぐに表情が強張った。
「エリシア」
低い声。
城の階段に、初老の男が立っていた。
銀髪に口髭。威厳ある立ち姿。
「父上……」
エリシアが、緊張する。
「よくぞ帰った」
男——ヴァンフリート領主が、階段を下りてくる。
「二年ぶりだな」
「はい……」
「して」
領主の目が、俺を捉える。
「何故、オークを連れてきた」
空気が——
凍りついた。
「父上」
エリシアが、前に出る。
「グロッグは——」
「私の大切な仲間ですわ」
「何を言っている!」
領主が、声を荒げる。
「オークだぞ!」
「野蛮な魔物を、この城に!」
「父上!」
エリシアが、一歩も引かない。
「グロッグは勇者候補です!」
「数百年に一人のギフトを持つ剣士!」
「それに——」
深く、息を吸う。
「私が、認めた仲間ですわ」
その声は——
今まで聞いたことがないほど、強かった。
「エリシア……」
領主が、驚く。
「お前が、私に逆らうとは……」
「逆らうのではありません」
エリシアが、まっすぐ父を見る。
「私は——」
「私の信じる道を、選んだだけですわ」
「そうか」
領主が、深く息をつく。
「……好きにしろ」
「だが——」
「責任は、お前が取れ」
「もちろんですわ」
エリシアが、頷く。
俺は——
ちょっと感動していた。
「エリシア……」
「何ですの」
「かっけえっす」
「……馬鹿ですか」
エリシアが、顔を背ける。
でも——
その耳は、少し赤かった。
◆
夜。
城の食堂で、歓迎の宴が開かれていた。
「いやあ、豪華っすね!」
俺が、料理を頬張る。
「グロッグ、食べ過ぎだよ」
ミーシャが笑う。
「いいじゃないすか!」
リオンとザックは、領主と話している。
エリシアは——
窓辺で、外を見ていた。
「エリシア」
俺が、隣に立つ。
「大丈夫っすか?」
「……ええ」
エリシアが、小さく笑う。
「少し、疲れましたわ」
「そりゃそうっすよ」
俺が頷く。
「親父さんに、あんな風に言うなんて」
「でも」
「俺のために、ありがとうっす」
「別に」
エリシアが、頬を染める。
「当然のことをしただけですわ」
「あなたは、私の仲間なのですから」
その瞬間——
警鐘が、鳴り響いた。
「魔物だ!」
「魔王軍が攻めてきたぞ!」
兵士たちの叫び声。
「何!?」
リオンが、立ち上がる。
「クソッ!」
ザックが舌打ちする。
「いくぞ!」
俺が、剣を抜く。
城の外——
夜空を、無数の魔物が飛んでいた。
「数が多い!」
ミーシャが叫ぶ。
「領民を避難させろ!」
領主が、指示を出す。
「兵士は城壁へ!」
魔物が、城に突っ込んでくる。
「任せてください!」
リオンが、剣を振るう。
「聖なる加護を!」
ザックが、防御魔法を展開する。
俺は——
城門へと走った。
「うわああああ!」
領民たちが、逃げ惑っている。
「大丈夫っす!」
俺が、魔物を斬る。
「俺たちがいるから!」
次々と、魔物を倒していく。
でも——
キリがない。
「チッ……」
息が、上がる。
その時——
「父上!」
エリシアの悲鳴。
振り向くと——
領主が、大型の魔物に襲われていた。
「くそっ!」
俺が、全力で駆ける。
間に合わない!
魔物の爪が——
領主に迫る。
「父上!」
エリシアが、飛び出す。
「エリシア!」
俺が、叫ぶ。
次の瞬間——
俺の体が、二人の間に滑り込んでいた。
ガキィン!
剣で、魔物の爪を受け止める。
「っ!」
腕が、痺れる。
「グロッグ!」
エリシアが、驚く。
「大丈夫っす!」
俺が、笑う。
「ソードマスター、なめんな!」
剣を、回転させる。
魔物が——
弾き飛ばされた。
「はあああ!」
追撃の一閃。
魔物が、消滅する。
「何故……」
領主が、呆然としている。
「何故、オークが私を……」
「当たり前っしょ!」
俺が、振り返る。
「仲間の家族っすから!」
「守るの、当然っす!」
「仲間の……家族……」
領主が、言葉を失う。
「父上!」
エリシアが、父に駆け寄る。
「怪我は!?」
「……大丈夫だ」
領主が、立ち上がる。
「エリシア、お前の仲間は——」
「立派だな」
その目には——
涙が、浮かんでいた。
「私が、間違っていた」
「オークだからと、決めつけて」
「本当に大切なものが——」
「見えていなかった」
「父上……」
エリシアが、目を潤ませる。
「いいんすよ!」
俺が、笑う。
「これから、分かってくれれば!」
「俺、まだまだ——」
「頑張るっすから!」
「ああ」
領主が、頷く。
「頼むぞ、グロッグ」
「エリシアを——」
「よろしく頼む」
「任せてください!」
俺が、胸を叩く。
その時——
空気が、変わった。
「よくやったな、オーク」
低い声。
城壁の上に——
黒いローブの男が、立っていた。
「誰だ!」
リオンが、剣を構える。
「私は——」
男が、フードを取る。
「魔王軍四天王、ベルザード」
その顔は——
冷酷そのものだった。
「魔王様が——」
「お前に会いたがっている」
「グロッグ・ブレイドハート」
「魔王が……?」
俺が、驚く。
「何で?」
「それは」
ベルザードが、笑う。
「会えば分かる」
「楽しみにしているといい」
「次は——」
「魔王様、自らがお出ましだ」
「待て!」
俺が、叫ぶ。
でも——
ベルザードの姿は、闇に溶けて消えた。
「魔王が……」
エリシアが、呟く。
「グロッグに、会いたい……?」
「どういうことだ」
リオンも、戸惑う。
俺は——
空を見上げた。
魔王ゼルギウス。
何を、考えている?
何で——
俺に会いたいんだ?
胸の奥が——
ざわついた。
嫌な予感が、する。
でも——
「とりあえず!」
俺が、声を上げる。
「今は、片付けっすね!」
「ああ、そうだな」
リオンが、頷く。
「行くぞ、皆!」
「おう!」
俺たちは——
残った魔物を、掃討していった。
◆
翌朝。
城の謁見の間。
「エリシア」
領主が、娘を抱きしめる。
「すまなかった」
「父上……」
エリシアが、涙を流す。
「私も、ごめんなさい」
「勝手に、飛び出して」
「いいんだ」
領主が、微笑む。
「お前は——」
「お前の道を、行きなさい」
「父は——」
「いつでも、見守っているから」
「父上……!」
二人は——
長い間、抱き合っていた。
俺は——
それを見て、胸が熱くなった。
ミーシャが、そっと俺の袖を引く。
「グロちゃん」
「ん?」
「良かったね」
「……ああ」
俺が、笑う。
「良かったっす」
エリシアが、こちらを見る。
涙で濡れた顔で——
でも、笑っていた。
「グロッグ」
「ありがとう、ございます」
「おう!」
俺が、親指を立てる。
「これからも、よろしくっす!」
「ええ」
エリシアが、頷く。
「これからも——」
「よろしくお願いしますわ」
その笑顔は——
今まで見た中で、一番綺麗だった。
でも——
俺の心は、まだざわついていた。
魔王の、言葉。
会いたい。
何を、話すつもりだ?
どうして——
俺なんかに?
答えは、まだ——
見えなかった。




